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幾時を越えて、この想い 上

 雲一つない青空の下、駿河湾から富士山を眺める。富士の頂きはこの国の中で最も天に近い場所と言われ、頂上に冠むる白い雪は涅槃への階と言われていた。

 逆に地下には地獄があると言われ富士山は地獄から鬼や亡者共が溢れて来ないように塞ぐ超巨大な要石とも言い伝えられている。


 そんな逸話を街道の茶屋で聞いた俺達は足並みそろえて富士山の麓の村を訪れていた。なんでも富岳風穴と鳴沢氷穴の二つの洞窟があって富岳風穴は八熱地獄に、鳴沢氷穴は八寒地獄に通じていて、俺達の目的地を示している。どっちかと言えば寒いのより熱い方がマシなんだけど、どうせどっちも地獄だし、ろくなもんじゃないだろう。


 大手を振って鬼退治と言ったものの、さすがに足踏みしてしまうのも無理はない。だって熱いのも嫌だし寒いのはもっと嫌だし、なにより地獄って怖いもん。

 誾と一緒にうんうん唸っている所に僧侶にしては随分若い、というより袈裟を着たチャラいお兄ちゃんが話しかけてきた。


「チョリーッス! お二人さん地獄へ行きたいんだって? オレチャンってば地獄の鬼チャン達と友達なんだよね。よかったら案内したげようか」


 破戒僧か、でなければコスプレイヤーか。俺の理性がここは逃げろと叫んでいるが、もし彼の言う事が本当だとしたら渡りに船。乗らないわけにはいかない。いかないのだが、あまりにも胡散臭すぎる。


「あ、自己紹介がまだだったね。オレチャンは渾沌。コンちゃんでいいよ☆彡」


「おいどうするよ。このチャラ男怪しくないか。超怪しいだろ」


「でも実際俺達には手立てがないし、ここで地団太踏んでてもしょうがないしなぁ」


「もしかしたら敵かもしれんぞ。鬼退治にやってくるってのを知って親切にして鬼の巣窟に誘って囲ってなぶりごろす腹かもしれん」


「もうそこまでいったらお手上げかな。諦めて死のう」


「もー大丈夫だって信用してよ二人とも☆彡」


 たしか渾沌って封神演義っていう中国の物語の中で鴻鈞道人って名前で登場し、敵の大将を仲直りさせる為に、敵意を抱いただけで即死する毒を盛ったっていう至上最悪の手段選ばない人だったような。たとえあんたが偽物でも本物でも信用するのはちょっと無理があるかも。


 頭を抱えて悩んだ結果、猜疑心はぬぐい切れないけれど、とりあえず彼の後ろをついて行く事にした。ただ、なんの見返りもないと後で何を言われるかわからないから手持ちのおまんぢゅうを一個あげると、それはもうおもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃぎまくっている。ついでに誾も催促するもんだから渋々一個あげた。断ると地面に転がって駄々をこね始めるもんだから手に負えないのだ。非常食って事でおばあちゃんから貰ったのに自分は全然食べてないよ。もう残り少ないし、この辺で何か携帯食を買っておこう。


 富士を目指し無造作に生い茂った森を抜けた先にぽっかりと空いた洞窟が現れた。舗装されていない所を見ると通常知られている洞窟とは別の入口のようだ。あながち地獄の行き方を知っているというのは本当かもしれない。


 昔話では黄泉平坂もおむすびを転がして穴の中へ落ちて行ったおじいさんも、地下へ続く道というのは転げ落ちていくものだと覚悟していたが、地獄へ続く道は地上よりもずっとバリアフリー化が進んでいるようだ。右側はスロープ、左側は段差の低い階段。真ん中の境界にはスロープが設置されていた。

 なんでも亡者も生者も地獄へ降りていく最中、力尽きて坂の途中で骸を晒す事案が年々増加傾向だから、対策としてバリアフリー化が進んでいるという。坂を整備して随分と骸の数は減ったそうだが、それでも時々壁にへたっている人間もいるから、週一で鬼が見回りに出ているんだとか。地獄も大変だな。


 長い長い坂を下りて行くと、何やらとてつもなく騒がしい音が暗闇の奥から響いている。進むにつれてその音は次第々々に大きくなり、朧気だったリズムがはっきりと輪郭を持ち始めた。

 まるで太鼓の音のように心臓に響いてくるような振動。

 哀愁と高揚感の二律背反を体現したような音色。

 リズミカルで思わず躍ってしまいそうなアップテンポの旋律。


 これは一体。


 未知なる心臓の高鳴りを沸騰させながら、洞窟を抜け開けた場所に出る。

 ステージを中心にフォーマルな衣装を身にまとい、踊り狂う鬼と亡者。頭上にはキラキラと光り回り回るミラーボール。サックスとトランペットの軽快な息吹が岩盤をはねまわり、力強いドラムの拳が胸を打つ。鋭く刺さるギターは激しく魂を揺さぶっている。

 およそ少女とは思えない大人びた声色で人々を魅了する歌姫の言霊が猛る心を走らせた。

 まるで異世界、ここが地獄のダンスホール!

 気付けば思うがままにステップアップ。ダンスなんてやったことはないけれど、気持ちの高ぶりに身をまかせて踊り狂え。ここにいるのは躍る阿呆。見る阿呆などいはしない。踊れ歌え阿呆ども。着の身着のまま踊り狂え。


 それから幾時が過ぎただろうか。狂熱も冷めてきた頃、まるで夢だったかのようにすっかり人はいなくなって、嘘のようにあたりは閑散としていた。現実だと思わせるものは遠くに見える楽器を乗せた大きな舞台。

 体を冷やしながら気持ちのよい酔いを眠りに落ちる中で楽しんでいると、軽い身なりで近づいてくる足音を感じる。ステージで楽器を奏でていた美女達だ。みな一様にパンクでポップな衣装をまとい楽しそうに汗を流していた。その姿は本当に輝いていて、地獄の中で生者以上に生き生きとしている。


「ねぇねぇお兄さんまだ生きてる人でしょ。どうして地獄に来たの? もしかして私達のライブを見に来てくれたの?」


「そんなわけないでしょ。渾沌さんと一緒に来ていたようだから閻魔様に用があるのではないかしら。そういえば渾沌さんは?」


「この人を連れて来たらすぐにどっかいっちゃたの。せっかくだから躍っていってくれればよかったの」


「でもまぁこんな所で寝てたら風引くじゃん。よかったらうち来なよ。あたいらシェアハウスで住んでんだけど一室空いてるからとりあえずそこ使えばいいじゃん」


 なんかこれってハーレムコースのフラグ立ってるんじゃないか。嬉しいようで嬉しいような気がするけど、気のせいか、彼女達の目がなんか獲物を狙う豹のように見える。そういえばつい最近もこんな表情をした女の子にあったなぁ。

 デジャヴの記憶を思い起こして、次の展開の想像をしたら精神的に疲れてきた。それに馬車に揺られていただけとはいえ、旅も長丁場。踊り狂ったのもあって疲れたしちゃんとした所で体を休められるならありがたいが、ちゃんとした所かどうか疑わしい。助け船を探しても辺りに人の影はなし。


「いや、長旅で少し疲れてたんだけど、君たちと一緒に踊ってたら元気が出て来たよ。それにしても地獄って初めて来たけど随分と賑やかな所なんだね。もっとこう暗い場所かと思ってた」


「驚かれるのも無理はありません。実際私達も死ぬ前はあなたと同じイメージを持っていました。でも胡喜媚ちゃんが来る前は通常知られている通りの血沸き肉躍る地獄だったそうです。あ、胡喜媚ちゃんっていうのはさっきまでセンターで踊ってた金髪の女の子です。お連れ様を追ってどこかへ行ってしまったようですが」


「それよりさー、元気が出てきたんだったらラブホ行こうよラブホ。わたしは五人一緒でも大丈夫だよ」


 積極的な赤髪サイドテールの女の子が力いっぱい腕を引っ張ってくれるのは嬉しいけど亡者とそういう事するのはちょっと。生きてても知り合ってすぐそういう関係になるのもよくないし、と何かと理由をつけて抵抗してみるがいっこうに放してくれる気配はない。心なしか他の四人もにじり寄ってきているような気もする。

 いくらなんでも四対一では分が悪い。特に相手が女性とあらばなおさら無碍にできない。俺の貞操もここまでか。


「ほぉーらほら。お客人が困ってるじゃないか。ちゃんと自己紹介はしたのか」


 手を叩いて四人を静止する声の主を見ると、虎柄のパンツに全身毛むくじゃらの体。身長は三メートルを越えようかといういかにもご想像通りですってな鬼がいる。横には紫色の髪を目が隠れるほど長く伸ばした若い男が一緒に歩いていた。さらに並んで歩いているのは胡喜媚という名の金髪碧眼の少女と、走り回ったせいか着崩れしている誾が立っている。

 鬼に促されて五人は横一列にな並び、きっと何度も練習してきたアイドル流自己紹介を披露してくれた。


「わたしは地獄の暴走ガール☆朱美」


「私は地獄の包容力☆百合」


「私は地獄のまったり系☆ままの」


「あたいは地獄の熱血女子☆麗子」


「そしてあたちはぢごくのげんきっこ☆こきび」


「「「「「五人揃って地獄の地下アイドル☆*.アスタリスクズ」」」」」


「それで俺が鬼チャン。こっちの前髪が隠れてエロゲの主人公みたいなのが閻魔大王様だ」


「どうも、エロゲの主人公になりたい☆閻魔大王です」


「あたしは誾だ」


 地獄だけに地下アイドルってか。死んでお星様になったってだけにアスタリスクってか。物凄いエスプリが効いてるなぁ。

 オシャレな美少女とはうってかわって、キャッチコピーも振り付けも完成されたアイドルの自己紹介の後に空気読まずにぶっこんできた三人は空気読めよ。案の定、激おこぷんぷん丸の五人が空気読まない勢に猛抗議を始めた。それにしても鬼って閻魔大王の部下じゃないの。上司も上司でその自己紹介は酷すぎる。なんで誾は混じったし。ツッコミどころが多すぎて頭が痛くなってきた。本当にどこか静かな所で休みたい。




 温めたタオルがこんなに心地よいだなんて知らなかった。

 ここは地獄の三丁目、ではなく医務室。彼女等の欲求から逃げる為と安心して静かにできる場所を貸して欲しいとエロゲの主人公になりたい閻魔様にお願いすると快く案内してくれた。この際、鬼や亡者が怪我してここに来るのかどうかというのは聞かないでおこう。


 寝る前にこしらえてくれたタオルはすっかり冷えて時間の経過を教えてくれた。しかし、何分眠っていたかなんて事は陽の光も時計もないこの地獄において推し量るものはない。そもそも地獄に時間の観念はなく、みな一様に寝たい時に寝て、起きたい時に起き、躍りたい時に躍るのだという。だから地獄風に言えば俺が起きたい時に起きた、というべきか。


 胡喜媚の知恵袋でぐっすりと眠る事のできた体と心はすっきりとリフレッシュして調子がいい。頭もしっかりと冴えてきて思考が回る。

 ここに来た目的は踊りを踊りに来たんじゃない。そりゃまぁいきなりダンスホールに出て切った張ったをするほど無粋ではないし、その事に後悔はないし納得もしているが、少しはしゃぎすぎたかなと反省する自分もいた。


 もう少し思考を深く落とし込んで腕を組み頭を傾ける。駿河に鬼のいる地獄があるからここまで来たわけだが、どうもここの鬼がわざわざ地上にまで出て来て村々を襲うようなやつらじゃないとしか思えない。地理的に言っても最初に現れたのは山陰。山陰まで行って帰って来たという可能性はあるが、こんな巨大な鬼が誰にも見つからずそんな遠くまで行けるだろうか。行ったとして何の目的で。

 考えても分からないものはわからない。直接鬼に聞いてみたいが、鬼退治をしに来たと言えば、因縁はなくとも刃を交える事は必至。さてどうしたものか。

 あーでもないこーでもないと下手な考えを巡らせてみるがついぞ妙案は浮かばない。


「あたまかかえてどーちたの? あたまいたいの?」


 確か胡喜媚と言ったか。頭をなでなでされるまで気づかなかった。考えすぎて周囲が見えなくなっているとはなんたる不覚か。しかしいいところに来てくれた。どうやら彼女は鬼ではないようだし。物言いは随分と幼いようだがアイドルのリーダーならそれなりの経験もあるだろう。何か良い策を授けてくれるかもしれない。

 包み隠さず己の状況を話すと、彼女は得意満面になってどこかへ飛び出して行ってしまった。わかった、とだけ言い残した点については少し不安がぬぐえないけれど、まぁ大丈夫だろう。

 それから数分して、彼女は閻魔王を連れて来た。鬼を連れて来られるよりはマシなんだが、鬼の上司っていうか、元締めと相対するのも気まずい。しかし彼は終始笑顔のまま軽快なステップを踏んで見せた。


「事情は渾沌と胡喜媚から聞いたよ。桃太郎君は鬼退治の旅をしてるんだよね。だからここまで手がかりがないかとやってきた。残念だけどここに君の村を壊した鬼はいないよ。一応証拠という事で浄玻璃鏡で見てみようか」


 抱えて持ってきていた全身が映りこむ程の大きさの鏡を前に出して白く鈍い光に顔を覗き込む。なんでも死者の過去を見て実刑を決めるために使われる道具なんだとか。なるほどこんな物があるなら嘘をついても見破られるわけだ。嘘はバレるためにあるとじいちゃんが口をすっぱくして言っていたがこの鏡はその格言を象徴している。


 白い光が晴れてはっきりと俺の村を襲っている姿の鬼の姿が映りこんだ。肌の色は鬼のように真っ赤だけど、背丈は俺と同程度か一回り大きいくらい。顔立ちも少し腫れぼったい感じはするが全体的に人間のそれと大差はない。あきらかに違うのはその凶暴性と膂力。人の業ではないのは確かだ。


 彼が言った事が真実だという事を確認する為に、村が襲われている数日前の光景がリプレイされ、次に今の鬼がどこにいるかを映しだした。蹂躙されている景色をまざまざとみせられて心臓が握りつぶされるような感覚になる。みんなは命があってよかったと笑ってくれていたけれど、襲われた時どれほど怖かったか。どれほど不安だったか。それを思うと拳に力がはいった。


「ああ、ごめんね。君にとってはショッキングな映像なのに、配慮が欠けてごめん」


「いやいいんです。もう終わった事ですし。みんな無事でしたから」


「プラス思考だね。まぁそんなわけで地獄の鬼の仕業じゃないって事がわかってもらえたかな。ちなみに鬼は越国にいるようだね」


「はい。それにしても越国ですか。ここからだと飛騨を越えた先ですね」


「よく知ってるね。そうさ、東北の女性は特に肌のキメが細かくてね、色白のべっぴんさんが多くて有名なんだ」


 そうさ、じゃねぇよ。

 こいつ本当に閻魔王なのか。見てくれはそれっぽいけど中身がクソすぎる。死んだ後にここに来てしまうのだろうが、こんな人に裁かれたくはないなと本気で思った。


「ひとまず君が次にどこに行くべきかがわかったわけだ」


「ええ、おかげさまで」


「次は越国…………なんだろうけど、申し訳ないんだが一つ頼まれ事をお願いできないだろうか」


「朱美さんの事なら諦めて下さい」


「いや君の貞操の事じゃないんだ」


 そうかならよかった。鏡越しに彼女が扉の隙間から覗いているのを見て、もしかして閻魔様も協力者なのかと思ったけど違ったみたいだ。ほっとしたのも束の間、彼は胡喜媚という少女の肩を叩いて言葉を促す。どうやら主人公になりたい人の頼みというより彼女のお悩み相談をして欲しいというような案件らしい。胡喜媚はもじもじとした様子で言葉を詰まらせていた。


「あの、あたちといっしょに、じょーどまでついてきてください」


「え、それって昇天っていう意味じゃ」


「昇天っ!?」


「ちがくてっちがくてっ! あいたいひとがいるの。でもながくぢごくにいたからいけなくて。それにあたちおそらもとべないち」


「彼女は君と同じように地獄に来たんだけどちょっと訳ありでね。友達に会いたいと思っていて、でも勇気が出ないまま地獄で考え込んでたらその子も死んでしまって。でも地獄に来ずに浄土へ行ってしまったんだ」


「そうなんだ。大丈夫、俺にできる事があるなら手伝うよ」


「でもおにたいぢがあるんぢゃ」


「どの道、断ってたらテラスでハウスなひとつ屋根の下に放り込むぞって脅そうと思ってたから大丈夫」


「…………まぁ寄り道ついでみたいなもんだし。今更って感じもするし。なにより困ってる人をほっとけない質っていうかさ、そんな感じ」


「ほっとけないならわたしを抱いてっ!」


「あ、ありがとう」


 どういう事情かわからないけど頼られるなら大歓迎だ。少女のありがとうを聞いて俺まで助けられた気持ちになるのは少しだけ誇らしい気がした。

 話を聞く限り鬼や亡者、手段を選ばないクソ閻魔でも助けになれないらしい。エロゲの主人公になりたいクソ野郎も扉の向こう側でドギマギしている鬼達も安堵のため息をついていた。その姿が、彼女がいかに愛されているかを物語っている。そんな子の苦しみを放っておけるわけがない。わが身隠して声隠さず心の声を飛ばしては苦虫を噛み潰した顔になるほど悔しそうにしている朱美さんも、今だけは少女と共に喜びを分かち合っていた。




 腹が減っては戦はできぬ。そう言ってクソ野郎は胡喜媚の壮行会をするって言って飛び出した。俺は誾を背負い鬼のあとについていく。誾が疲れ果てて寝ていた理由は地獄で芦屋道満を探し回っていたからだそうだ。死んでいるなら地獄のどこかにいるに違いない。お前の考えていた事、心に抱いたもの全てを知りたい。そう思って走り回っていたという。

 結局、道満はどこにもいなかった。鬼が言うには死者がすぐに地獄にたどり着けるわけではない。すぐに来れるやつがいれば死神に連れて来られるやつもいる。地上で誰にも見つかる事もなく、また地獄の入口を見つけられず、成仏できずに彷徨っているやつもいるらしい。


 地獄に来たのなら誾が道満を探すという事は予測していた。最期に聞きたい事もあっただろう。知りたい事もあっただろう。言いたい事だってあっただろう。それができるチャンスが訪れたなら誾が立ち止まっていられるはずがない。

 それでも俺は少しほっとしていた。もしも誾が思うような男でなかったら。期待を裏切るような言葉だったら。それだけが、それを聞いてむせび泣く誾を見るのが何故だかとても怖かったんだ。


 宴会の席に着くより前においしそうな匂いが鼻をくすぐる。どうやら食べ物は配られて主賓を待たずに宴会が始まっているようだ。壮行会って言ってたのに胡喜媚を待たずにすでにへべれけの鬼達。酌をしている女の子達はアスタリスクズと名乗っていた亡者の子。みんなべっぴんさんなんだけど死んでるんだよなぁ切ないなぁ。俺が将軍だったら絶対囲ってるなぁちくしょう。


 え? もしかして俺の事、仏男子だとでも思ってた? 


 俺だって女子の胸ちらだって見逃さないし思春期だし。そういうのにはもっぱら興味はある。ただ出会ってすぐに手をつなぎましょうってのは、なんていうか緊張すると言うか、ただ純粋なのよ俺は。

 だから可愛い女の子に酌だなんだと言われて体を押し付けられても動じないわけ。そりゃあ鈴の時は随分とまぁ恥ずかしいぐらい動揺したもんだけどおかげで鍛えられたからな。だから間違っても反応するなよ俺の男のシンボル。


「やぁやぁ人気者だね桃太郎くん。超うらやまー」


「あんたどこ行ってたんだよ。なんかもう、なんかもう大変だったぞ」


「いやそれオレチャンいてもいなくても桃色遊戯不可避っしょ草生えるわー。どこ行ってたかっていうクエスチョンについては野暮用とだけいっとこうかな。まぁいいじゃん桃くんの旅にオレチャン同行してあげるから。オレチャンいれば飛騨の山なんてひとっ飛びですわー」


 今一緒に旅するって言ったか。そんな話一言もしてねぇよ。ツッコんでも上の空。酔ってるのを言い訳にして話聞かないタイプだこいつ。


 仙人ってのはよく酒を飲むイメージがあるけどこいつ瓶ごとかかえて柄杓で飲んでやがる。普通じゃねぇ。それに地獄を出入りして、亡者や鬼、閻魔王と顔見知りだなんて普通じゃない。普通じゃないからこそこいつは本当に四凶渾沌なのだろう。


 そう考えると閻魔と渾沌はグルだな。きっと浄玻璃鏡あたりで鬼退治の事を知って俺を地獄に案内したって所か。そうすると彼らの目的は胡喜媚を友達に会わせるためなわけだが。


「なぁコンちゃんよぉ。なんで俺なんだ。俺じゃなくてもコンちゃんぐらいすげぇ奴なら浄土なんてひとっ飛びじゃん」


「それなんだけどねぇ、オレチャン仮にも四凶なわけよ。穢れマックスなわけ。でも浄土ってそういうの立ち入り禁止なのね。喜媚ちゃんも元々雉鶏精っていう妖精なんだけど過去に色々あって魔が憑いちゃってさ、一人で行こうにも行けないし、そもそも浄土って地面ないから飛ばないといけないの。喜媚ちゃんは飛べない雉だし、オレチャンは元の姿は飛べるでっかいワンちゃん。だけど目も耳も鼻も口もないから飛んだって前も分からなければ先導する声も聞こえねぇ。誾ちゃんは飛べるお猿さんでしょ。でも鵺も魔が憑いてて浄土には入れない。そこで君なんだな」


「そこで俺になる理由は聞かせてくれるんだよな」


「君とその刀【鬼哭千桜】さ。火事場火斎村正の娘、火事場火斎華が異国で鍛えた魔を祓い鬼を斬る刀。それがあればオレチャン達の穢れを一時的だけど斬れる。そうすればオレチャン達は浄土へ行ける。喜媚ちゃんの友達に会えるってわけなのだ☆彡」


 ☆彡の話を最後まで聞いて反射的に顔面パンチを入れた所でようやく納得のいく現実が見えて来た。一つは男に“なのだ☆彡”と言われるとイラっとする事。もう一つは閻魔も渾沌も俺と俺の刀、実際はおじいちゃんの刀なわけだが、その両方に期待しているという事。


 そういう事なら最初っから言ってくれればいいのにと呆れる反面、鬼退治を目的に旅をしている俺にとって時間のロスにしかならない頼みを真っ向向けて頭下げても受け入れるとは思はないだろうな、と思われていたに違いない。普通に考えればそんなの断られるに決まっている。何も知らなければ俺だって断っている。


 だからこんなまわりくどい策をとったのだろう。だからこそというか、そこまでして会わせてあげたいと思う気持ちを知ってしまった今、彼等の執念にも似た感情と、胡喜媚に対する、愛にも似た気持ちの強さが涙を誘った。


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