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輝く蝶、その行く末は 中

 目覚めたのは薄暗い部屋の中。

 生臭い魚油に揺らめく炎の陰に、痩躯の男が一人、机に向かって筆を走らせている。

 あれは誰だ。ここはどこだ。いまはいつ。なんで体が動かないんだろう。------あたしは、誰だ?


 芦屋道満と名乗る男の言うことでは、あたしはこの男の娘で、事故に遭い山奥で療養しているのだそうだ。

 事故のせいか記憶は無く、四肢もつっぱる。不自由だし、とにもかくにも、頼るにこの男しかいないのも事実。それでも、思い出もなにもない赤の他人同然の人間を、はいそうですかと信用する気にはなれなかった。


 もしも、本当に実の親子だというのなら、あたしの態度はたいそう我慢ならないものに違いない。それまで親子として過ごしていたのに、突然他人として扱われるなんて、あまりにも理不尽で悲しすぎる。

 そう思う度に、自分は親不孝者なのかもしれないと、己を呪わずにはいられなかった。

 だが、不思議なことにこの男は一切としてそういった感情を表には出さない。あたしを気遣っているのか。絶望を目の当たりにし続けるくらいならいっそ他人のように振る舞う方がよっぽど楽だと、そう思っているのか。


 そんな事を考えながらも、あたしも親子のように振る舞うよう努めて接した。肩を揉んだ、食事の準備を手伝ってみたり、書物の整理をしてみたり。

 すると彼は満面の笑みで、ありがとうを言ってくれる。それだけが今あたしが信じられる全てで、二人を繋ぎ止める絆のように感じた。


 そういう歪な親子の振る舞いをする度に、とんとん、と後ろから肩を叩かれる感覚がある。いつ振り返ってみても誰もいない。最初は気のせいかと思っていたけれど、それは何度もあった。

 父と呼んでいる男に話してみても事故の後遺症か何かだろうと取り合ってはくれない。心配することはないという事なのかもしれないけど、あたしの中ではどうしても心に引っかかってしょうがない。


 ある日、不思議な夢を見た。

 空は雲で塞がれてもいないのに、星が闇に紛れて消えている。摩天楼の中心には大きな噴水が一つ。星も人もいない公園で、まるで世界にあたし一人取り残されたみたいだった。

 最初は物珍しさに動転して、あたりをぐるりと歩きまわり、広場に出るまで路地を突っ切った。

 走り抜いた先にはいつも朝起きて最初に見る天井。見慣れた景色にほっとしながらも、見知らぬ地に赴いた心は少しわくわくしてどきどきしている。


 次の日も不思議な夢をみた。

 雲一つない灼熱の砂漠。山ほどの大きさのあるカラクリが、大きな音を立てながら忙しなく働いている。大きな岩から小さな石まで、ベルトコンベアに乗せられて、地平線の向こう側まで運ばれていた。やっぱりここにも人はいなくて、世界にたったあたし一人。

 砂塵の香りと太陽の陽が強く照りつけて、喉も渇いてもうヘトヘト。なんでもない小石に足をとられて、地面に顔を打ち付けたところで目が覚めた。


 三日目の夜も夢を見た。

 今度は円錐形の建物の中。壁に空いた窓とは程遠く呼ばぬ隙間から射す光が、辛うじて昼と夜の区別をもたらす。

 そこにはやはりあたしを除いて誰もおらず、誰も訪れることはない。それどころか、虫や鳥のさえずりさえもない。

 まるで喜びも悲しみも失くしてしまったかのような、虚空の時間が流れていた。


 目を瞑り、また目を開けると、見慣れた天井に光るしみが浮いている。それはふわふわと浮いて、しばらくすると部屋から出て行ってしまった。

 物ノ怪か、夢の続きか分からぬまま、気づけばあたしはそれの行く道を追っている。誘うように進む光の玉を寝ぼけ眼でついて行った。


 導かれた先は父と呼ぶ男の書斎。棚に仕舞われ数多ある書物の一冊に光のは群がっていた。

 本を開いて中を見ると、それは男の日誌だった。陰陽道を歩いて今日に至るまでの道。

 志し半ば、親友に裏切られ、嫉妬と憎悪と、憤怒にもた悲しみの歴史。復讐を果たす為の計画が記されている。友が築き、守り続けているモノを壊す為の怨念が詰め込まれていた。

 その計画の一つに身に覚えのある景色が描かれている。人間の体を中心に殴り書かれているそれは、おぞましく身の毛もよだつ人体改造手術の設計図だ。


 頭と胴、四肢を別々の人間から採取し、その繋ぎ止める皮をまた別の人間の物でつぎはぐという。原理がどうとか、どうやってくっつくとか書いているようだったが、そんな細かい所なんてどうでもいい。今大事なのは、あたしの体そっくりの図を見て恐怖している自分がいるということだ。

 不揃いの五体に違和感を覚えても、事故のせいだと言い聞かせていた。それが、明らかな形であたしの思い込みを否定している。


 あたしは彼によって造られた。見も知らぬ誰かの体をつぎはいで。


 気づけばあたしは心のままに走り出していた。

 ここにいたらまずい。殺されるかもしれない。恐怖があった。

 復讐の為に人の命を弄ぶなんて許せない。怒りがあった。

 でも、一番嫌だったのは。嘘をつかれた事。本当の親子じゃなかった。それが悲しくて寂しくて、振り切るように、歯を食いしばって、ひたすら闇を縫っていく。




 そしてしばらくの間、この洞窟で暮らしている。夜になるとどうしようもなく体がうずいて、獣の姿になっては暴れまわり、疲れたら体を休めるという日々が続いていたそうだ。

 悲しみが、絶望が、虚しさが、暴力という形でストレスを発散させている。


 正直言って話を聞く限りでは根っからの悪人というわけではなさそうだと感じた。自分の野望の為に他人を使うのに、そこまで優しくするだろうか。もしかしたら、絆という鎖で誾を縛り付けようとしたのかもしれないが、この日記を見て、こんなに几帳面な人間が隙を見せるとは思えない。


 誾が咄嗟に引っ掛けて持ってきてしまったという日記と、おそらく材料にされた人達の遺した物を見ても分かる。きちんと手入れされているのが見ただけで分かるほどに大切にされていた。


「わかったよ。誾の道満を助けたいって想いには賛同しよう。でも、殺す事についてはまだ決めかねる。俺にはどうもその男が本物の悪人のようにはどうしても思えない。まだやり直せる可能性があるように思える」


「そうか。そう思ってくれるか。お前は優しいんだな」


 緊張していた表情が少し緩み、笑顔が見えた。彼女だって本心では殺したいなんて思っていないはずだ。本当はまた一緒に暮らしていって思ってるに違いない。命を奪うのはその魂が邪悪に染まっていると分かってからでも遅くはない。




 入れ違いに子供が一人増えると聞いていたが、それがこの子の事だったのか。

 寿命が近いと言っていたけど、あの子達はもう死んでしまったのか。

 その死体は、安らかに眠る事はなく、復讐の道具に利用されているのか。

 彼女の事は初めて見るけど、彼女の体には身に覚えがある。あの細くて白い腕は金髪碧眼の少女の物だ。もみじのように小さくて可愛らしい手の感触を私はまだ覚えている。

 あの褐色の足は中性の子の足だ。肩車すると世界が一望できそうだってはしゃいでた。

 あの四肢の継ぎ目の日焼けした肌は黄色い帽子の男の子。体を使って遊ぶのが大好きな元気な子で追いかけっこじゃ全然捕まえられなかったっけ。


 そんな。

 そんなまさか。

 そんな事をする為に、彼等の命は終わったのか。

 己の欲の為に。己の野望の為に。彼らの体は使われたのか。

 全部嘘だったのだろうか。あの笑顔も言葉も全て。嘘だったのか。


 頭の中がぐちゃぐちゃになって、どうしていいかわからなくなっていた。彼女の話が本当なのだとしたら、道満を殺してでも止めなければならない。でも、人生の恩師と仰いだ人を殺めるなど、どうしてもやりたくない。葛藤する答えを求めるように震える体を抑えて彼女に問う。


「あなたは芦屋道満を殺したいの?」


「殺さなければきっとやつは止まらない。もうきっと止められないんだ」


 その言葉に私と同じ葛藤を感じた。その瞳に決意と覚悟の輝きがある。

 その強い意志を見て、私はもう何も言えなかった。

 彼等の体を持つ彼女こそが、断罪の剣を振るう権利がある。止める事などできはしない。道満も誾と呼ばれる彼女も、もう二度と彼等の想いが交わる事はないのだろう。


 走馬灯のように思い出が脳裏によぎっては消えていく。たった数か月過ごしただけなのに、その日々がとってもキラキラしていてとっても暖かで、でもその記憶が汚泥で塗りたくられた気分になる。


 誰か嘘と言って。


 あんなにも優しい笑顔の裏に非道の怨嗟が隠れていたなんて。あんなにも無垢な子供達を、己の野望の為の道具に使っただなんて。私の、彼らの想いを踏みにじられて、心臓が潰れてしまいそうになる。


「お前はどうなんだ。この子達が教えてくれたから知っているぞ。随分と道満に可愛がられていたようだし、お前も彼等を、彼等もお前を大切にしていたようだが」


「彼は本当に私にもみんなにもよくしてくれた。あなたと桃太郎さんは彼を殺すと言っているけど、私は、できうるならば説得したい。甘い事を言ってるってのは分かってる。だけど、あの人がそんな恐ろしい事の為に私達に笑顔を向けていたなんて事、どうしても信じたくない」


 握り拳に涙が一つ。落ちた悲しみを包み込んでくれるかのように、桃太郎が肩を抱き寄せてくれた。ドキッとして萎縮しちゃったけど、彼なりの思いやりだと思うと、少しだけ残念に思いながら、とっても暖かいものを感じた。それが本当の真心だからだろうか、悲しみで冷えていた心がちょっとだけあったまった。




 決戦の地は山の中のボロ屋。

 芦屋道満のねぐらであり、かつて鈴も誾も生活していた思い出の場所。

 今そこに芦屋道満が待ち構えている。どういう訳か誾が走り出して数日の間、道満は自宅から外出していないという。何か理由があるのかわからないが、もしも誾が帰ってくるのが分かっていて、罠を張っているとしたら、どうしても一緒についてくると言ってきかない鈴には山を下りてもらわなければならない。


 戦う術をもたない彼女が足を踏み入れて良い場所じゃない。それがわかっていて、彼女の頼みを断れなかった理由は一つ。道満に会って真実を確かめたいという願いがあったからだ。本当なら突き飛ばしてでも祠に置いてくるべきだったのかもしれないが、鈴の強い瞳に圧されて、その想いを無下にする事ができなかった。

 もし彼女に何かあれば、これは本当に責任を取らないといけなくなる。覚悟はしていた。覚悟して、全てを守り、二人の心を晴らしてやらねばならない。


 鬼退治の途中なのに寄り道してる暇があるのかって、誰かが知ったらそんな事を言うかもしれない。でも、頬を涙で濡らして無力を呪う彼女達に手を差し伸べられたなら、その手を取ってやる事に躊躇など必要だろうか。もしもその手を払いのけるなら、俺は一生後悔を背負って、ろくでもない人生を歩むだろう。

 自分の為にも、誰の為にも、世間の為にもならねぇ。そんなつまんねぇ事はしたくねぇ。俺の心が前に進めと背中を押すんだ。


 獣道を進んで開けた場所に年季の入ったボロ屋が現れる。外装はぼろいが水の張った池と庭は立派なもんだ。井戸もあるし小さいながらに畑もある。きっと湧き水のある山の奥地には新鮮なわさびが成っているんだろうな。

 老後はこんな所で静かに暮らして余生を過ごしたい。そんなわびさびの理想を思わせる風情があった。憎しみを抱えて復讐に燃えるような男が住んでいるとは到底思えない。


 軒先に回ると縁側に座ってお茶をすすっている老人がいる。ぼけーっとして雲の果てをみているのか、はたまたお茶を飲みながら寝ているのかわからないが近づく俺達の事など意にも介さず明後日の方を見ていた。


「おい、道満。久しぶりだな」


 その沈黙をいともたやすく誾は引き裂いた。正面に回って仁王立ちするなり、歴戦の戦友が数年ぶりに交わすあいさつのような素振りで言葉をぶつける。

 おいマジか、とは思ったが止めに入ろうとして戸惑う足は進まない。どこか寂しそうな横顔を見て、誾だってこの男を殺したくはないのだと悟った。それでも返答次第では心を殺して戦うと、深く吸った空気が胸を上下させている。


「なんだ、えっと…………鵺か。よう戻って来たな。それに……そうだ、鈴だったな。そっちの男は知らん顔だな。お前のコレか」


「ち、違います! そんな、そんな話をしに来たんじゃないんです私達。その、先生はその、本当に」


「本当に天守閣の結界をつなぐ龍脈の流れを逆流させてこの地を滅ぼす気なのか」


 言葉を継いで誾ははっきりと口にして出した。途端、緊張が走る。誰も動かない。沈黙だけが俺達の間を縫っていった。返答次第では即戦闘。そんな空気に最初に口火を切ったのは、意外にも鈴だった。


「嘘ですよね。先生がそんな事するなんて。だって言ってたじゃないですか。みんなで見る夕日が好きなんだって。同じ太陽なのに朝と昼と夜の姿が違って面白いって。そんな子供達の手をとって色んな所に行って、凄く楽しそうだったじゃないですか。全部、嘘だったんですか。野望を果たす為の道具だったんですか。みんなも私も笑顔も優しい言葉も、全部道具で、嘘だったんですか?」


「ほうそうか。日記やらなにやら無くなっていると思ったらそうか。鵺が持って行ってたのか」


 よっこらっしょっと、重い腰を持ち上げて、午後の散歩に行こうかというような仕草を終え、老獪の足元からどす黒い火柱のようなオーラが空へ立ち上っては天を裂く。


 瞬間、腰に下げた刀を抜き、考えるよりも速く切り結んでいた。自分でも気づいた時には居合の一刀を浴びせ終えた後。振り向き様に黒い柱を見てようやく、手に柄を握りしめている事を実感する。

 過ぎ去った背中を追いかけるて何枚ものガラスの板が破裂するような音が聞こえた。手応えもある。誾が言っていた物理防核とやらを破壊したのだろう。その証拠に道満は恨めしそうな顔をして横目で俺を睨んでいやがる。


 誾の話では道満の体は常に二重防核で包まれているらしい。外殻は物理的な障壁が張られていて攻城戦で用いられる大砲並みでないと破壊できない。内郭は物理防核と障壁を編み合わせた金剛結界。大阪城を中心とした五芒の結界と同じ仕組みで作られていて、これ以上は俺では手が出せない。

 しかし、道満の復讐の為に作られた誾の爪はその五芒の結界を破壊する為に作られた物。ならばこそ彼女は道満の野望を止める事ができる最後の刃。引導を渡す銀の爪。

 間髪入れずに誾の想いが走り出した。物ノ怪の姿をかりて獰猛な腕を振り下ろす。振り下ろして、その爪は道満の手前で空を斬った。

 爪を地面に突き立てたかと思うと、そのまま体ごと倒れこむ。身悶えて大きく土煙をまき散らしながら悲痛な雄叫びを上げた。襲い来る獣を飼い主である道満が術で抑え込んでいる。

 無駄と知りながら、俺は無心になって道満に刀を突き立てようとした。だけど届かない。見えない餅のようなものに弾き返されて刃は的を逸れるばかり。


「さて、あまり趣味ではないがこうなっては飼い猿に首輪をつけるしかないようだな」


 ああ、このままでは誾が捕まってしまう。きっとそうなってしまっては取り返しのつかない事になるに違いない。そのまま結界を破壊して、この国は火の海と化すだろう。そしてなにより誾と鈴の想いは無念となって彷徨うだろう。

 歯を食いしばって何も出来ない自分を呪った。今俺にできる事はなんだ。考えると同時に同じ言葉を繰り返している。


『がんばれ』


 たった一言、気付けばそれだけを叫んでいた。

 お前の想いはそんなもんじゃないはずだ。あの優しい道満の笑顔を嘘にしない為に決意したのは誾、お前だ。だったら寝込んでる場合じゃねぇだろ。




 何が起こっているのか分からない。

 桃太郎が走りぬいておじいさんを斬ったかと思えば、誾は突然、大きな獣の姿になって道満に食らいついた。何事かは分からなかったけど、不自然に体は倒れ起き上がれないでいる。腰が抜けて、呆然と立ち尽くす私の数少ない思考はたった一つ。


 もう、こんなの嫌だよ。


 桃太郎も誾も道満もどうして争わなくっちゃならないの。道満が良からぬ事を企んで、この地を私の家族を、大切な人達の命を脅かすのだからそれを止めるのは頭では分かっている。頭では分かっているのだけれど。道満にも死んで欲しくない。

 私に大切な事を教えてくれた。

 私に生き甲斐を教えてくれた。

 笑顔で手を取り合う事の素晴らしさを教えてくれた。

 そんな恩人を見殺しになんてできない。


 気付けば勝手に心が動いていた。彼にしがみついて懇願している。お家の運命に沿って享受するだけの私なら、こんな時でも傍観に徹していただろう。だって貰うだけなら待っていてもやってくるって知っているから。動かない分、自分が楽できるから。

 言われるままにやっていればみんな、偉いねって褒めてくれた。味気ない日々を過ごしていたのも自ら変わる勇気がなかったから。

 でももう違う。自ら踏み出す勇気を私はあの子達から貰ったんだ。自分から手を差し伸べる大切さを教えてくれた。そのきっかけをくれたのはあなたなんだよ。


「もうやめようよ。こんな事したって誰も喜ばないよ。そんな事より、また身寄りのない子を助けてさ、お手玉したり蹴鞠したりして遊ぼうよ。先生だってあんなに楽しそうにしてたじゃん。あれは嘘じゃなかったんだよね。ねぇ…………なんとか言ってよ!」


 冷たい視線。何かを諦めたような無機質な表情。覚悟を決めているのか、それとも心を無くしてしまったのか、それはとても平淡で、まるで顔のない人形と話しているよう。

 そうか、もう全て忘れてしまったんだね。数日前の事も忘れるくらい重くて暗い絶望を長い長い間、背負い続けて来たんだ。


 だったら少しぐらい分けてくれたっていいじゃん。一緒に過ごしたのはちょっとの間だけどさ、少しだけでも、せめて支えるくらいさせてくれたっていいじゃん。そうじゃなかったらあんたに恩返しなんてできないよ。一生を変えるくらいの大きな物を貰いっぱなしなんて、これじゃあ商人失格になっちゃうよ。


 どんなに問おうと、返事は帰ってこない。もう二度と返ってこない。

 彼の体は怒りと悲しみの爪に貫かれ、血の代わりに黒い何かを吹き出して消えようとしている。水に溶けて消えていく砂糖菓子のように、ボロボロに崩れて舞っていった。儚く散りゆく恩師と仰いだ男の最期に空を仰いで、心から湧き出る言葉を贈ろう。


 ――――――ありがとう。


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