華咲く夜空をこの胸に、束ねる未来は百輝夜光 下
煌々と輝く月の下。地上の喧騒を酒のつまみに、空を仰ぐ男と女。
週に一度はこんな風にして縁側で、世間話を愉しんでいた事を今では遠い昔のように感じる。
約三か月、離れ離れだったのに本当に久しぶりに会うようだ。
「なんかさぁ、十年はさよならしてたような気がするわ」
「どんだけなんだよ。そりゃ確かになんかすごい久しぶりに再会したような錯覚はあるけど」
「それだけ桃と会えない時間が長く感じたって事」
「俺も寂しかったよ」
「なっ……! 面と向かって言われると恥ずかしいわね」
照れて頬を赤らめ、たじろぐ姿も可愛らしい。
雲の上で遮るもののない輝く夜が彼女の艶やかな黒髪を照らしている。あらためて見ると本当に可愛いな。なんで今まで気づかなかったんだろう。
中国の昔話しで、大切なものを見つけてくると言って出掛けた青年が、数年後に故郷に戻ってみて初めて大切な物はここにあったと気付くという物語があるが、まさにそれか。
旅をして歩いた場所はどこも素敵な景色で、誰もが輝いて見えたものだけど、やっぱり生まれ故郷と言うのは格別に心地が良い。
愛しい人がいるとなればなおさらだ。
思い出したように、咄嗟にくすねてきた一升瓶を口飲みでぷはぁ。
一度やってみたかったと言うがさすがに行儀が悪い。たしなめてみたが、誰も見てないから大丈夫、って回し飲み。そりゃそうだ。ここは銀色の雲の絨毯。見てるとすればお月様と瞬く星だけ。
「それでさぁ、あけちゃんとはお話しできた?」
「ああ、ちゃんと言葉を交わしてきたよ。昔と変わらずさ、すげぇ優しい子だったよ」
「……あのさ、あけちゃんの事、初恋だったんでしょ」
「…………なんで知ってんの?」
「女の感をなめないでよね。初めて顔を突き合わせた時に気づいたもん。最初はがっかりしたけどまぁ、あけちゃんならいいかなって思ってた。悔しかったけどね。それからあんなことがあってさ、凄く責任を感じてたでしょ。だから桃があけちゃんの後を着いていってしまいそうで怖かった。それについては武蔵さんも気付いてて、随分手を焼いたらしいけど」
「今思えば結果論だけど、そりゃあ責任感じるよ。好きな子を死なせちまったと思ったからな。あけちゃんにはもう悩むなって言われたけど、やっぱりそれについては、きっと一生もやもやするんだと思う。どうしようもなくて、終わった事で変えようがないってのは分かってるんだけどさ」
「私だって忘れられない。でもその想いを背負って生きる事が私達があけちゃんにできる唯一の償いなんだと思う。……っと、しんみりした話しはもう終わり。あけちゃんの元気な歌声が聞こえるでしょ。だからもう大丈夫だよ。でさ、夜が明けるまで時間はたっぷりあるんだし、旅の話しを聞かせてよ」
そうだ。そうだよな。しけった顔なんてあけちゃんには見せられない。
涙を吹っ切って、俺は今日までの旅路の出来事を言葉にした。
紀州で出会った老怪人と誾と鈴の事。
地獄で踊ったジャズロック。
胡喜媚と玉虫姫の仲直り。
土佐国の竜宮城。
越国の傾奇者。
華厳の滝の温泉卵。
江戸の気のいい孫バカ将軍。
本当に長いようで短い旅だった。
この旅は、いろんな人の想いが響き合う出会いに満ちていた。
道満の心を知りたいと願い、その男を最期まで信じた二人の少女の悲しい別れ。
疑念と後悔を繰り返し、壊れた絆を信じた少女達。
好いた女に見せた、男の涙の恋心。
出会う振袖、別れて結ぶは後ろ髪。
未来を生きる人々の覚悟を決める物語。
「いいなぁいいなぁ。おいしいものいっぱい食べてたんでしょ。ずるい。桃ばっかりずるい」
「そう言われると思って手紙と一緒に美味しい物を贈ったじゃん」
「桃と一緒に食べたいの。そうだ! 新婚旅行はさ、桃が辿った旅と同じとこ行きたい。やっぱり新鮮なものが一番だよね!」
新婚旅行。その言葉に心臓が高鳴るのは気のせいではない。あの時は勢いで告げたけど、今思い返すとめちゃくちゃ恥ずかしい。勢いとは恐ろしいものよ。そのおかげでこうして二人っきりになれたのだが。
「ねぇ、私のどんなところが好きなの? ちなみに私は桃の全部が好きよ。頼もしいところとか、ちょっとおバカなところも。ちゃんとした挨拶もなしに鬼退治に飛び出して行った時は一声くらいあってもいいんじゃないのって思ったけど、誰かのためになりふりかまわず突っ走るところはすっごいカッコイイと思った」
「ぐっ…………急にきたな。俺もかぐやの事は全部好きだよ。子供達には本当に優しいし、常に誰かの為にならんとしてる姿勢は凄い、その、輝いててさ。尊敬してる。鬼に襲われた俺の村に一目散にかけつけて支援してくれたっておじいちゃん達もとても感謝してた。考え無しに突っ走る時もあるけど、そういう行動力が本当に凄いと思う」
「あれ、言われてみれば私達って結構似た者同士なのかも。一直線に突っ走るところが」
「…………確かにそうかも」
「似た者同士、惹かれ合ったのかもね」
「ああ、そうかもな」
「あのさ、あの時の言葉、もう一回言って欲しいな。もう一度、聞きたいな」
「一度と言わず何度だって言ってやるよ」
「かぐや、俺と一緒になってくれ」
「こんな私でよろしければ」
アスタリスクズの面々は新たな旅路に出発し、月の使者あらため鬼を含め胡喜媚と玉虫姫達は地獄で新たなメンバー集めを始めるようだ。
帝の記憶は、どういうわけか空から降って来た酒瓶が頭に当たり、ここ数か月の記憶が消えていた。
影葦は一目惚れしたお鶴さんに猛アタックの末、結婚。彼がこさえたシナリオの最後の部分。取り残された月の使者を看病したのち結婚、とはこれを狙っての事だったらしい。
誾は記憶が戻らないままだがいつものように自由気ままに生きている。
美味しいまんぢゅうの作り方をおばあちゃんから伝授された後、おいしいあずきの栽培を目指して各地を放浪しているそうな。
鈴は紀州の実家に戻って、家族の助けと帝の後ろ盾もあって救護院を設立した。
戦争孤児のみならず、飢饉にあった人々などを助けるべく日夜奮闘している。
それと、陰陽道を通じて芦屋道満の足跡を追うつもりだそうだ。彼女の恩人にして、彼女に夢を抱かせた彼の想いを知りたいと。
温羅、今は島太郎と乙姫は子宝に恵まれ、その命尽きるまで幸せに暮らしたそうな。
そして俺達は――――――――。
「あ~~楽しかった! 真備から出た事なかったから見る物全てが新鮮だったわ。特に護国神社近くのお菓子屋さん。ネギ味噌を練りこんだせんべえは絶品だったわね」
「いきなり食い物の話しかい。まぁその方がかぐやらしいか」
「そりゃそうよ。美味しい物を食べてる時と、桃とお酒を飲んでる時が一番幸せなんだもん」
「ははっ、嬉しい事言ってくれるじゃん」
「そりゃそうよ。にしてもこれが故郷か。なんていうか、やっぱり一番落ち着くね」
「ああそうだな。やっぱり故郷が、かぐやと一緒が一番だ」
「それじゃあこれからも、末永くお願いしますね。旦那様」
「こちらこそ、よろしくな」




