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旅立ち当日

 日の出とともに急報が届いた。


 俺の住んでいる村に鬼が出たという。それを聞くなり一目散に村へ戻る。幸い怪我人が何人かいるようだが死者はいない。その代わり家々は壊され、抉り出されたように茶碗や鏡が散乱しているありさまだった。

 おじいさんもおばあさんも無事な様子で本当によかった。けれど、おばあさんの顔色が良くない。事情を聞くと、おじいさんから貰った大切な翡翠の簪を鬼に奪われてしまったそうだ。

 毎日手入れをして、余所行きの時には必ずさしていたおばあさんの宝物。おばあさんは命があっただけ儲けものだって言ってるけど、その落ち込みようは見るに堪えない。

 思い立ったら吉日。鬼退治を名乗り出ると不安と応援の声が波打つ中、決意と共に走り出した。


 桃太郎の背中が消えるまで手を振る。あの子を育てて十八年。いつかきっとこんな日が来るんじゃないかと思っていた。そして、そのまま帰ってこないんじゃないかと心配している。鬼を追うということは、間違いなく富士山の獄風穴に行くだろう。そうすれば自分の出自を知る事になる。おじいさんとおばあさんと血がつながっていないという事を知ってしまう。


 おじいさんもおばあさんも歳をとって結ばれたせいか、どうしても子供を授かる事はできなかった。そんなある日、川から大きな桃が流れてくるものだから、物珍しやと割ってみると、中から元気な男の子が生まれたではないか。


 それが桃太郎だ。


 不思議な事もあるもんだと驚いた。そして親がいるならきっと心配しているに違いない。

 方々手を尽くして探してみたが誰も知らぬし、子供が桃から生まれたなどと誰も信じなかった。

 だから夫婦は桃から生まれた子を自分の子供として育てた。血のつながっている子と同じように、愛情を注いで育てた。頭の片隅で、本当の親が現れない事を祈りながら。




 その頃かぐやは。


 昨夜は自分の頭を酒瓶で叩いて気絶したものだから、本当に心配していたのに、この子ときたら大の字になって昼まで寝過ごしている。

 授業も来客もない日は本当にだらしない。逆にいつも気を張っている分、こんな時でないとゆっくり休めないのかもしれないけれど。

 とはいえさすがにお昼過ぎ。そろそろ起こさないと夜までこのままいびきをかいていそうな予感。


「うぇ~い、お鶴さんおはよう。おなかすいた」


「そうでしょうね。もう昼だもの」


「ええっ! じゃあ桃は? 帰っちゃったの?」


「桃君は急な報せがあって日が昇る前に出ていっちゃったわよ。なんでも鬼が出たんですって」


「鬼より私の方が大事でしょ」


 本当にこういうところはダメダメなんだから。好きな人には自分の事を第一に考えて欲しいという気持ちも分かるけど、時々自分中心になるのが玉に傷だわ。

 一つため息をついて詳しい事情を説明すると、怒りも収まったみたいですぐに見舞いに行こうと着替えを始める。

 その優しさは本当に尊敬するけれど、馬車を走らせても到着は夕方。夜道を帰るわけにはいかないし、そうなると一泊する事になるのだけれど、被害にあった村にそんな負担をかけられない。それこそ本末転倒だ。

 ゆっくりと彼女を諭して今日は手紙を届けるだけにして、訪問するのは明日にしようと提案した。利口な彼女は深呼吸をして私の言葉に賛成する。

 外行きの服を脱ぎ捨てて、寝間着のまま机にむかい見舞いの手紙に筆を走らせた。私はその脱ぎ捨てた着物と布団を片付けながらかぐやちゃんの言葉に耳を傾ける。


「それにしも鬼だなんて物騒ね。桃の事だから鬼退治に行くなんて言い出しそうだけど」


「そうねぇ、彼はとっても正義感が強いから。でもさすがにおばあさんが止めるんじゃないかしら」


「おばあさんはね。あのおじいさんは可愛い子には旅をさせよとか言って、笑って見送ってしまいそうだけど」


「そういえば随分前にお酒の席で楽しそうに話していたわ。そう、桃君のおじいさん、宮本様と水野のお殿様がね、若い頃、数か月の間一緒に東海道を膝栗毛していたそうよ。だから桃君にも見聞を広げるのに旅をさせたいなんて言っていたわね」


「二天道楽と鬼日向の二人旅とか、怖いものなしの酔いどれ道中記ね。本にしたらバカ売れしそう」


 本当に、とだけ言って部屋を片付け終える。かぐやも文をまとめてしたため終えた。あとは町におりて飛脚屋さんに手紙を預けに行くだけ。ついでに見舞いの品やら今日の夕飯やらを買い出しに行きましょう。


 その旨をおばあさんに伝えに台所へ行くと、ちょうど飛脚屋さんが手紙を運んできてくれていた。桃君からの手紙と知るとかぐやは優しく奪いとって封を切る。おしとやかで強引な手口に感心しながらも、いつかこういう性格が災いしない事を祈るばかりだ。


「なんて書いてあるの」


「…………鬼退治に、行ってくるってさ」


「はぁ!?」


 放心のかぐやちゃんを支えながら手紙の内容を確認する。


『鬼がおばあちゃんの大切な翡翠の櫛をとって行っちまった。取り戻すついでに鬼退治してくるから当分戻らん。それから昨日、酒瓶を頭に叩き付けて気絶したけど大丈夫か? 心当たりないんだけど俺が原因ならすまん。謝る。お詫びと言っちゃあなんなんだけど、道中かぐやが欲しいって言ってた宝物が手に入ったらそっちに送るからそれで勘弁してくれ。 P.S.あんまりおばあさんとお鶴さんに心配かけるなよ』


 本当に鬼退治に行きよった。そして酒瓶を叩き付けた原因が分かってないときた。これは苦労しそうだ。私達が。

 ほらさっそく土鍋を頭の上に持ち上げた。


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