表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/20

華咲く夜空をこの胸に、束ねる未来は百輝夜光 中

 ここは極楽、桃源郷。

 風呂上がりのぽかぽかとした心地よい余韻。ひんやり気持ちいい畳の感触。部屋を吹き抜けて、頬を撫でる風が柔らかく温まった体を冷やしていく。


「温泉最高ー!」


「本当ね。温泉って初めて入ったけど、外の景色を見ながらお酒を頂いて、裸で湯船に浸かっておしゃべりするのがこんなに楽しいとは思ってもみなかったわ」


「本当ですね。そういえばままのと麗子は?」


「全身マッサージコースを体験中よ」


「それって亡者のわたし達に意味あるんですかね?」


「さぁ? 気分なんじゃない?」


 はぁー……生きてるっていいなぁ。あの時、桃くんの忠告をちゃんと聞いていれば。今頃一緒に温泉道中なんて夢じゃなかったのかもしれない。

 もしかしたら桃くんの隣にいたのはかぐやちゃんじゃなくて……。

 いや! ダメだぞわたし! そんな不敬な考えは捨てなくては。なんせ今夜のライブは二人に捧げるビッグイベントなんだから。


 コンちゃんの誘いで温泉街を満喫している鬼や亡者が地上に出ているのには理由があった。帝が決めた影葦とかぐやちゃんの結婚を阻止する為に我々は英気を養っているところなのだ。


 作戦では我々が月の使者としてお見合い会場に乱入。

 帝側が用意した相手と戦う。

 その隙に桃くんがかぐやちゃんを奪取。

 戦いの末、怪我をした月の使者を影葦が介抱し、恋に落ちてハッピーエンド。


 最後のはなんかこじつけくさいけど、なんかラブなロマンスがハートでビートな展開が乙女心をくすぐるからオッケー!

 そんなわけで鬼が担ぐ神輿に乗った私達がソウルを震え上がらせる旋律でどいうもこいつも昇天させてやるぜって話しなのだ!


「それで、私達が演奏している隙を縫って桃太郎さんがかぐや様を奪取するということなので、この温泉街に桃太郎さんも来ていますが、朱美さんは会わなくてもいいのですか。もしかすると今日が……」


「そ、それは……」


 でもそれ伝えてしまうと、きっとわたしは未練がなくなって輪廻に還る。

 まだみんなとバカ騒ぎをしていたいという気持ちもあるし、伝えたいって気持ちもあった。

 彼が死んで地獄で再会してからでいいって思ってたのに、死んでもないのに地獄へ来ちゃって、でもわたしの事なんかやっぱり忘れてて、切なくて苦しくて、別れ際に伝えようとしたけど勇気が出なくて……凄く怖いよ。

 わたしやっぱり怖い。フラれるのはいいよ。もう死んでるし、かぐやちゃんとなら文句なんてない。超お似合いのカップルだよ。

 怖いのは、忘れられて、彼の人生からわたしがいなくなってるって事。

 わずかでいいんだ。面影だけでも思い出にあるならそれでいい。少しだけでいいから、わたしも彼の中で生きていたいんだ。


「そうね……忘れられるって、本当に怖いものね。でもね、やっぱりいつか言い出すなら…………なんだか妙に騒がしいわね」


「あけちゃんはいるかーーーーーーッ!」


「っ!? かぐやちゃん!?」


「うわぁーーめっちゃ美人になってるーー!!」


「どうしてなんで? 今は真備にいるはずじゃあ」


「あけちゃんに会いに走ってきた!」


「走って!?」


「私こう見えても単純な体力とか運動神経だけなら桃より高いから! それよりほんとにあけちゃんなんだね! 桃から聞いたんだけど地獄で楽しく過ごしてるって? いやぁもう突然のお別れだったからお礼も何も言えなくて悔しくってしょうがなかったんだよね。それより元気でなによりだわ。でも亡者に元気とかなんとかそういうのあるのかな。まぁいいか! あ、どうもあけちゃんの幼馴染でかぐやって言います! よろしく!」


 覚えててくれたんだ。かぐやちゃんがわたしの事を覚えててくれた。それに桃から聞いたって事は…………桃くんも覚えてくれてたんだ。

 五、六歳の時に何度か遊んだだけなのに。地味で引っ込み思案で頑固でどうしようもないこんなわたしを幼馴染って、あけちゃんって言ってくれるなんて。


 ああ、もうそれだけで救われたような気さえする。

 誰にも覚えていてもらえなくて、独りで逝くのが怖かった。喜媚ちゃんに会って手を差し伸べてもらってから二人になった。百合さんがベース弾いて、ままのがドラムを叩いて、麗子がギターを掻き鳴らして五人になった。

 それでもやっぱり、一番覚えていて欲しい人に忘れられるてるのが苦しくて。

 母さんや父さん。かぐやちゃんや桃くんみんなに、ここにいるよって地獄でずっと頑張ってた。


 頑張っててよかった。自分を信じてよかった。みんなを信じて…………よかった。


「かぐやちゃん、わたしの事、覚えててくれてありがとう! わたし、超嬉しい!」


「あったり前じゃん。私達友達なんだから! だからさ、ね。あけちゃんにお願いがあるの」




 温泉街の少しはずれ。湯気が多いと湿気が張り付いてマシンの調子が悪くなっちゃうとかで、街道の脇に閻魔様と桃くんはいる。

 閻魔様が趣味で改造しているバイクを使って、結婚式の最中に現れる不倫相手さながらの登場を演出したいらしい。


「とりあえずここを内側にひねると前と後ろのタイヤが回って走り出す。後ろには進まないから要注意ね。で、このレバーを引くとブレーキがかかって速度が落ちる。ブレーキをかける時は右手を軽くはずしてのひねりを元に戻してね。で、足元のペダルを踏むと後部に搭載したジェットエンジンが噴射して雲の上まで翔べるから、かぐや姫を奪取した後に使ってね」


「よくわかんねぇけど分かった。まぁ真っすぐ走り抜いてかぐやの所まで辿り着けるならなんでもいいや」


「ねぇ、桃くん。今ちょっといいかな」


「ん、あけちゃん? あっ」


 やっぱり覚えていてくれたんだ。嬉しい。超嬉しいよ。気を抜くと輪廻に還っちゃいそうだけど、まだだ。わたしにはまだやるべきことがある。

 気を利かせて閻魔様は席を外し、実に十数年ぶりの二人きり。隣に座ってみたはいいものの、いざ切り出そうとなると心が縮んだ。まともに顔も見れなくて、うつむいてばかりいるわたしに、桃くんは決意したような表情を見せて懺悔した。


「あの、あけちゃん。あの時は本当にごめん。俺知ってたのに、力づくでも止めていれば、こんな事には」


「違うよ! 桃くんが責任を感じる事なんてないんだよ。もう覚えてないくらい些細な事で意固地になっちゃって、桃くんは心配してくれてたのに、わたしはあなたの言葉を振り切って川に入っていって…………自業自得なんだよ。だからお願い。もうこれ以上、自分を責めないで。わたしの為に苦しんでる桃くんを……見たくないの」


 とっさに抱きしめて涙を隠した。心配させたくないのに、元気な姿を見せて安心させたかったのに、涙を見せたら台無しになる。

 恥ずかしいとか、後悔とか、苦しい悲しい羨ましい妬ましい。色んな感情が涙になって流れ出た。でも一番いっぱい出て来たのは、嬉しいってこと。

 全部全部涙に乗せて泣きあかす。心の中身が全部溢れでていくように感情が溶け出していく。『つたえたいこと』を覆っていた色んな想いが押し流されて、あなたに優しく抱き返されて、最後に残った本当の気持ちを吐き出した。


「桃くん。わたしはあなたの事が好きでした。今もどうかと聞かれれば好きなんだけど。だからね、ぜったい! かぐやちゃんと幸せになってね。それと、少しだけでいいから。わたしの事も覚えていて欲しいな。片隅にでいいから、あなたの中で生きていたい」


「絶対! 絶対幸せになるよ。あけちゃんの分まで幸せになる。それから、あけちゃんの事は絶対忘れない。ありがとう、俺の事を好きでいてくれて。本当にありがとう」


 大好きな人にぎゅってされるのがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。

 ぽかぽかしたものが流れ込んできて、幸せに包まれてる感覚。

 これでもう何も未練はないよ。ありがとう。本当に、ありがとう……。




 (とき)()一つ夜も暮れて、月は朧に世を照らす。

 十五夜(じゅうごや)輝く吉備の国。生涯最期の、あ! ラストライブ! ご覧に入れて見せやしょうっ!


 走れ走れ月の使者。

 そこのけそこのけ提灯(ちょうちん)お化け。

 轢かれて(ともしび)消したくないなら世は道連れについて来い。

 ただひたすらにひた走れ。

 逆巻く風もなんのその。

 恋する乙女の祭囃子の足取りは天上天下に恐るるものなどなにもない。

 光も音も独り占め。

 有象無象の百鬼が夜行。

 (ゆめ)(うつつ)も過去も未来も極楽浄土に八熱八寒(はちねつはちかん)大地獄(おおじごく)

 あの世(あっち)この世(こっち)も無礼講。

 飲めや歌えや踊れや騒げ。

 秋月(あきづき)(よる)は冷えるから(そら)を仰いで地団太踏もう。

 今宵は(ゆめ)(まぼろし)極彩(ごくさい)と咲く恒河沙(ごうがしゃ)(はな)




 神輿に揺られて決戦の地が旭川なんて因果だよね。

 わたしが溺れて死んだ場所が、またわたしの最期の場所だなんて。

 いや、違う。これから始まるんだ。これから始めるんだ。


 白無垢衣装のかぐやちゃんに、隣にいるのが噂の影葦くん。

 その横にいるのは……でろんでろんに酔っ払った帝。たぶん。

 出会え出会えと武装した屈強な傭兵達も地獄の鬼の前では手が震えている。一応、今回の手筈は帝以外全員に知れ渡ってるって話しだけど、そうとはいえ怖いよね。鬼だもんね。

 てゆーか月の使者って言っても鬼のふんどしに三日月マーク入れただけだけどこんな安っぽいものでいいのかなぁ。

 見た目だけだと明らかに月の使者じゃなくて、もろに地獄の使者なんだけど。

 帝さんは酔いが回ってるってのもあって随分とまぁ慌てふためいていらっしゃる。

 計画通りではあるが、本当に大丈夫なのか心配せざるをえない。

 とはいえこれもかぐやちゃんと桃くんの為。とあらば全力で行きましょう。


「さぁ、かぐや様。お向かいに上がりました。我々と共に月へと帰りましょう」


「ちょーーーーっと待ったーーーー!!」


 手筈通りの掛け声がかかる。予定では帝側が用意した敵が現れて、えんやこらしてる間に桃くんがかぐやちゃんをかっさらうって事だけど。

 あっちの方角はたしか鬼之城。

 伝承では百済からやってきた鬼が住み着いて、吉備津彦乃尊が討ち取ったって伝説があったようななかったような。

 光る大蛇のような行列としだいしだいに大きくなってくる声の集まりが近づいてくる。


 うらじゃ! うらじゃ! うらじゃ! うらじゃ!


 …………酔っ払いの大群だっ!

 数百人の酔っ払いが一糸乱れぬ行進を繰り広げている。それはまるで統率された軍隊のような、同じ志を持った人々の魂が共鳴しあっているかのような圧倒的気迫。

 なるほど、こいつらが相手ってわけね。いいじゃん面白いじゃん。


 冷静に考えれば先頭に立っている温羅が、このあたりの訛りで『~だ』というのを『~じゃ』になるのを知って使っているだけ。

 初めて覚えた英単語を何かにつけて使いたがるアレと同じ心理。しかもそれってただ単に、俺は温羅だ! って自己主張してるだけじゃん!

 意味わかんない阿保なの? こいつ阿保なの!? そしてこいつら阿保なの!?

 ちょっと待って。温羅の後ろに桃くんのおじいちゃんの武蔵さん。その後ろにお母さんとお父さんいるんですけど。

 マジでやめて超恥ずかしい! やっべ吹き出しそう。もう勘弁して!


「かぐや姫は連れて行かせねぇぜぇ~! 俺達が相手だぁ~!」


「あんたらみたいな世紀末にバカ騒ぎやってるような奴らなんかにかぐやちゃんは渡さないもんねー!」


「馬鹿野郎! かぐや姫は桃太郎のもんだ馬鹿野郎! 野郎ども、行くぜ!」


「おいそれ今ここで言っちゃダメなやつ!!」


 この酔っ払いが!

 計画が台無しになったらどうすんの。ちらりと帝の方へ目配せすると、御付きの人が親指を立てて大丈夫のサイン。

 大丈夫なの!?

 大丈夫ならまぁいいや!


 そうこうしている内に蛇のような長蛇の列が菱形四つの陣形に早変わり。地鳴りと揃う掛け声で圧倒してくる。

 地獄の番人の威厳にかけて、負けられまいと鬼も並ぶ。

 人間勢に数は劣るが体格も腕っぷしも鬼が上。

 力強い四股から始まり、自慢の棍棒捌きで威嚇した。


「ほう、やるじゃねぇの。俺もかつては鬼と呼ばれた男よ。覚悟しな」


「それじゃあ本物の鬼の実力を見せてやるぜ。余興は仕舞だ。これからが本番よ。嬢ちゃん達、よろしく頼むぜ」


「「「「「応、友よッ!」」」」」


 ここから先はまだ誰も見た事のないダンスバトル。

 魂の旋律。情熱と胸の想いを言の葉に乗せ、紡げ紡げと月が笑う。

 音楽がわたしに勇気をくれた。仲間をくれた。会いたい人に逢わせてくれた。

 なんて、なんて幸せ者なんだろうな。

 ここには音を通じて語り合える仲間がいる。笑い合える仲間がいる。知らない人がわたし達の演奏で楽しく踊ってくれている。


 こんな時間がいつまでも続けばいいのに。そう思って、違うなって否定した。

 終わりがあるから始められるんだ。一度途切れてまた繋いで、結って解けてまた出会って。一期一会の今生に、精一杯のありがとうを。


 気付けばかぐやちゃんと桃くんは空の上。二人の背中はもう見えない。

 だけど、音は、届く!

 想いは伝わるんだ!

 何度でも、何度でも言葉にするよ。

 ありがとう。ありがとう! ありがとうって何度だって叫ぶよ!!




 朝陽が差す頃にはもう誰も彼もが躍り疲れて眠りこんでいた。

 威勢を張って最期まで立っていた温羅も倒れる。

 暖かい。太陽がこんなに眩しいなんて知らなかった。

 瞼が重い。でもまだだ。最期に、もう少しだけ動いておくれよ。

 お母さん……お父さん…………。


 数百人の顔を見渡して川向うに二人が寄り添うように眠っている。

 あと少し。もう少しだ。最期にどうしても伝えたい言葉があるんだ。輪廻を渡る前に伝えなきゃ。


 一歩ずつ、確かに歩みを進めていくと、体が川底に沈んでいく自分に気づいた。

 おかしい。ここはもう浅瀬になっていて足をとられるなんてことはないはず。ましてや一か所だけ深いなんてありえない。

 体が沈む。そうかここは。わたしが死んだ場所だ。記憶が思い出してしまったんだ。

 嫌だ! こんなところで、目の前にいるのに、消えるなんてできない!

 どう抗っても引き摺りこまれるように体が闇に飲まれていく。

 助けて。誰か。…………苦しいよ。


 目の前が真っ暗になって何も見えない。

 あと少しだったのに。これはわたしへの罰なのだろうか。

 意識が朦朧としてきた。ラストライブって言ったもんな。これでフラグ回収かよ。あんまりだ。もう少し待ってくれたっていいじゃん。


 もう限界だ。眠くてしょうがないや。瞼を閉じて闇に身を任せる。なのになぜだろう。急に体が暖かくなっていく。忘れやしない。これはそう、お母さんに抱きしめられた時の温もり。

 目を開けると、ずぶぬれになって娘を抱きしめている母の姿があった。

 お母さんってこんなにあったかいんだ。知らなかった。気づかなかった。失って初めて知るなんて残酷だ。だけど、今ここにある太陽は本物なんだ。


「朱美……愛してるわ! ずっとずっと愛してる!」


「お母さん……ありがとう。お母さんってこんなにあったかいんだね」


「そうよ。お母さんはね。とってもあったかいんだよ」


「わたしね、どうしてもお母さんとお父さんに伝えたい事があるんだ。死んじゃってからずっと見てたんだ。わたしのために心を痛めてた事。わたしの事、愛してくれてありがとう。毎日毎日、自分の分のご飯を仏壇の前のわたしにお供えしてくれてたよね。ずっとずっと覚えてくれててありがとう。それから……それからね…………お母さんとお父さんより先に死んじゃって……ごめんなさい! それから…………一番伝えたい事。お母さん、生んでくれてありがとう。わたし今、すっごい幸せだよ!」


「朱美……ッ! お母さんこそ、私のところに生まれてきてくれて、ありがとう!」


 なんて、なんて幸せ者なんだろう。

 もう何も思い残す事はない。

 お母さんが愛してくれて。

 大事な友達が幸せになって。

 響き合える仲間ができて。

 私は――――――――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ