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華咲く夜空をこの胸に、束ねる未来は百輝夜光 上

 江戸から潮と風の流れの助けもあって、半日たらずでかぐやのいる真備まで戻る事ができた。これもそれも大公の計らいですぐに出航できる帆船を用意してくれていたからだ。

 道中、事故もなく無事に故郷へ帰ってこられたのは実にありがたい。特に俺の精神面にこれ以上、負荷がかかるのは避けたい。


 港には普段、漁船が並んでいて猟師の賑やかな声が響いているのだが、嵐の過ぎ去った後のような静けさで異様な雰囲気を漂わしている。何か異常事態があったのかは分からないが、今はそんなことに構っている暇はない。

 見慣れない黄金の宝船が泊まっているからそれが原因だろうが知ったことではない。


 温羅に憑いた鬼に破壊された故郷はいまだ再生には至っていない。それにもうじき冬が来る。そうなれば柱が凍ったり、道具が濡れたりして作業にならないから、村人達は一時避難として鬼之城で冬を越す事になっていた。

 俺と誾は馬を走らせておじいちゃんとおばあちゃんのいる山まで一直線に走りぬく。三人には先に真備へ行ってかぐやの家を訪れるようお願いしたのだが、誾はまんぢゅう目当てについてきおった。


 山中を抜ける時にちらほら見知った顔が通り過ぎる。栗やら山菜やらを採りにでているようで、みんな元気で過ごしているらしい。なんか帰ってきたって感じがしてほっとなる。これが故郷なんだなと、この約二か月半ほど旅をして、やっぱり生まれた地というのは心が安らいだ。


 城に着いて広い庭で剣を振っている子供達がいる。相対して老齢でありながら、まだまだ若い者には負けないと体現している顔つきの師範が仁王立ちしていた。

 宮本武蔵。数多の戦場を駆け巡り、豪傑でありながら芸術にも造詣の深い、俺の自慢のおじいちゃんだ。傍で見守っているのは宮本吟。いつも優しい笑顔を浮かべてご飯を作ってくれるおばあちゃん。

 一気に緊張の糸がほぐれて自然と涙が流れる。大切なものっていうのはすぐ傍にあるもんなんだと、離れてみて初めて知った。


「あ、桃お兄ちゃんだ!」


「ああ、ただいま。鬼退治、無事に終わったよ」


「よう桃。久しぶりだな。俺だよ俺、温羅だ。今は名前を変えて浦島太郎ってんだけどな」


 …………!?


 なんでお前ここにいるの!?

 しかもその足元にいるちっちゃい温羅はなんだ。腕に抱いている乙姫みたいな赤子は誰だ。

 突然の再会に涙も吹っ飛んで目を見開いて硬直した。何がなにやらさっぱりわからないってやつだ。


「帰ったか桃太郎。いやぁ一段といい顔になったのぅ。島太郎から話しは聞いたぞ。見事、鬼退治を成し遂げたとな」


「ほんと、立派に成長したみたいでおばあちゃん嬉しいわ」


「お久しぶりです、桃太郎さん。七年前は本当に、なんとお礼を申し上げてよいやら。感謝の言葉もありません」


 七年前?

 そうか、十日程前のことでも彼等にとっては随分過去の出来事。家康公が言っていた、玉手箱の中身のせいで時空がねじ曲がってたんだっけな。つまりこの子らは二人の子供というわけか。なるほど完全に理解した。


「お、おう。それよりなんで二人はこんなところにいるんだ。家族旅行か?」


「それもあるけど、憑りつかれていたとはいえ桃太郎の故郷をメチャクチャにしたのは俺だ。だから償いがしたくってな。それですぐに船を出したんだけど、どういうわけか竜宮城から船を出しても陸にたどり着けなくってな。毎年船を出してみてもおんなじで。七年経った先日、ようやく陸に上がれたってわけなんだが、どうしてだろうな」


 簡潔に理由を説明しても、よくわからないと首をかしげるありさま。俺もよくわからんがそういうことらしいし、もう終わった事だし考えても仕方のない事だろうと諭すと、ぽんと手を叩いて納得してくれた。

 夕方に村人や、荷物を運んでくれた猟師達と一緒に宴会をやるそうで、是非にと誘われたのだが断らざるを得ない。凱旋の折りに酒を浴びる程飲みたい気持ちはあるけれど、危急の事態にそんなことはしてられないのだ。


 簡単に挨拶を終えると、俺は馬にまたがってかぐやの元へ勇み足。誾はまんぢゅう食べたいとおばあちゃんにせがむもんだから置いていった。


 一刻過ぎてようやく到着。屋敷の周囲は見慣れない門番が等間隔にぐるりと囲って見張りをしている。

 初めて見る出で立ちではあるが想像はつく。

 帝がかぐやに求婚したとなれば、それを邪魔するやつの姿を捕えようとしているに違いない。以前に雁首揃えて求婚していた貴族達では吶喊して姫を奪還するなんて肝の据わった事はしないだろう。

 だが俺は違う。穴を掘って地中からとか、空を跳んであざ笑うなんてまどろっこしいことはしない。正面突破だ!


「こんにちは。かぐやに用事があるんだけど、通してもらっていい?」


「桃太郎様ですね。お待ちしておりました。どうぞ中へ」


 お待ちされていたらしい。

 驚くほど拍子抜けするくらいあっさりかぐやに会えた。

 普段と違って化粧もばっちり。唇の紅のなんと鮮やかなことか。髪を結って、いつも夜のような柄の着物をきているからか、全身白の出で立ちは新鮮そのもの。

 これ、花嫁衣裳じゃん。

 ちょ、ま、え、なんでそれ着てるの。

 まさか、すでにコトは終わってしまったのか。

 そんな……まさか…………。


「そんなところでぼけーっとしてないで早くこっち来なさいよ。大事な話しがあるんだから」


「よかったねー桃くん。ぎりぎり間に合ったみたいだよ☆ 日頃の行いのおかげじゃーん」


 渾沌の言葉が初めて俺を救った。間に合ったという事はまだ結婚してないってことだ。落ち着け大丈夫だ。俺は大丈夫だ。

 客間の中にはかぐやにお鶴さん。渾沌、胡喜媚と俺。それから見慣れない少年が一人と付き人らしい男性。少年は聡明そうで、女の子に間違われそうなほど可愛らしい顔立ちをしている。身なりや態度、正座しているだけなのに漂ってくる気配から相当に気高い身分と見えた。


「桃と会うのは初めてよね。彼は帝の息子さんで景葦くん。あたしの婚約者よ」


「あの、初めまして。僕は景葦と申します。桃太郎さんのお噂はかねがね伺っております」


 ……………………………………………………………………………………ッ!


 やっべ意識がぶっ飛んだ。

 え、なんだって? 婚約者?

 冗談きついって本当に。

 あれ、なんだ、涙が止まらねぇよ。


「なーに泣いてんのまったく。ノスタルジーに浸ってる暇なんてないのよ」


「かぐやちゃん。多分、桃くんはそういう気分で泣いてるんじゃないと思うわ」


 くっそかぐやのやつ全然分かってねぇ。こうなったらもうやぶれかぶれだちくしょう。振られたってかまうもんか。

 深呼吸して涙を拭いて、かぐやの肩を掴んで目を合わせた。

 可愛いなぁ。今まで意識してみていなかったけど、かぐやってめっちゃ可愛い。つややかな黒髪。ぱっちりと開いた黒い瞳。ぷにぷにのほっぺ。ぷにぷにの唇。どれをとっても超絶美人。


「かぐや、俺と一緒になってくれ!」


「え…………あ、うん」


 彼女は小さく頷き、頬を紅潮させていた。瞳はうるうると揺れ、閉じるとともに、体を前に起こして顔を近づける。そして耳元で、


「今は人がいるから、これで我慢して」


 囁いて、かぐやの温もりを全身で感じた。あったかくて、優しくて、安心できて、心がぽかぽかしている。なんて気持ちがよいのだろう。悩んでいたこととか不安とか全部どうでもよくなって、ただ彼女が愛しいと、それだけを想っていた。


「ふぅ、さて。お熱いところ申し訳ないのだけれど、そろそろ演目について話しを進めようと思うのだがよろしいか?」


 頬を両手に添えて、まるで自分の事のように息を飲んでいる彼等と、人目も恥じずに抱き合っている幼馴染に、本当に徳の高そうな口ぶりで渾沌が言葉を投げ込んでくる。

 ゆっくりと体をほぐして、少しやっちゃったなと思う俺達に、渾沌は、よかったね、と笑顔を向けた。

 そして、次に言葉を繋げたのは帝の息子。大人げもなく、ぽっと出のやつにかぐやは渡さんと睨みつけた自分と、後にぶっ叩いてやりたい。


「あ、大丈夫ですよ桃太郎さん。父が勝手に決めた婚約の事なら安心してください。僕にその気はありません。しかし、父はその気になっているので、これをどうにかしたくて皆々様に集まっていただいた次第です。一応父は帝という身分で、この命令に逆らえば死罪もありうるでしょう。ですからそれを丸く収める為の作戦会議を行いたいと思います」


 そうだったのかよかったやったー助かったー。

 最終的に戦争か夜逃げを考えていた俺としてはマジにありがたいお話し。そうか、帝とかぐやが結婚するわけじゃないし、息子さんもかぐやと一緒になりたいわけじゃないんだな。

 とはいえ、帝の考えという事実は変わらない。いかに実子とはいえ父に真っ向向かって逆らえないというわけだ。だから演目という手段を用いて欺こうと。

 しかしそんなんでごまかせるものなのか。丸く収められるなら全力で手伝うというものだがその計略とはいかに。


 御付きの黒子が紙芝居のような箱を取り出して、一枚一枚めくりながら事細かに説明してくれた。

 一、宴会の席で帝を泥酔させる。

 二、かぐや姫は十五夜に月の使者が現れ、月の姫として帰郷しなければならない。(今夜)

 三、そうはさせまいと月の使者と戦うが、健闘むなしくかぐや姫は月へ帰る。

 四、月の使者の一人が戦闘で負傷し、影葦様が看病したのち、その人と結婚。


 …………能とか神楽だとかいうのはお祭りやなんだかんだで見た事はある。

 見た事があるだけで、脚本に携わった事はないけど、これはあまりにも無茶苦茶すぎないか。

 急ごしらえなのだろうけど、かぐやが月のお姫様で故郷のお月様に帰っちゃうって。しかも今日って。帝を泥酔させて判断力を失わせる算段だろうが、婚姻の席で泥酔するほど飲むのだろうか。

 そして最後の一つ。看病したのち結婚とは。つまり影葦にはほかに好いている女性がいると言う事。これはいい。実にいい。かぐやと結ばれるつもりはないという担保になる。


「なんていうか。箇条書きだからざっくりしてるけど、具体的にはどうすればいいんだ?」


「はい。第一段階の、父を泥酔させるというのは現在進行しております。たまたま紀州の豪族の方々がかぐや姫と懇意にしているということで助けてもらっているところです」


「ああ、鈴ちゃんの家族が遊びにきてるのよ。噂がどこかで変わってたみたいで、私と桃が結婚するって聞いて、それなら娘の顔を見るついでに祝いの席に馳せ参じねばと。計画については、帝と繋がりができるなら実に僥倖って」


「さすが商人、たくましい……。しかしその後の戦うっていうのはどうするんだ。影葦の方の家来はすでに用意してるんだろうけど、月の使者は誰がやるんだ?」


「あ、オレチャン閃きっ!」


「どうやって彼等を連れてくるんだよ。駿河から走っても夜には間に合わないだろ」


「ついに心を読めるようになったのかい。距離なんて問題じゃないさ。よっこらしょ」


 立ち上がって向かった先は裏手の庭に備え付けられた大きめの井戸。

 普通、井戸は共用だから個人の敷地内に造るのは珍しい。

 小さい頃、かぐやのおじいちゃんに問うた事がある。なんでこの井戸はこんなに大きくて深いし階段もついてるの? するとおじいちゃんは、迷わず行けるようにだよ。そう答えた。

 迷わず行くところとはこれいかに。

 以前、日照りの際に階段を下りて底を見に行った時は何もなかった。どこにでもあるただの井戸。まさかそんなまさかだろ。それじゃあ月の使者じゃなくて――――――。


「おいおいおいおいどうしたってんだいコンちゃん。急に地上に呼び出して。あ、桃太郎くんに、君が噂のかぐや姫だね。地獄まで噂が伝わっているよ。結婚おめでとう」


「いえーい。閻魔大王様連れてきたっちゃ☆彡」


「……それで、地獄の使者を地上にと?」


「ノンノン☆ つ・き・の・し・しゃ! オニチャン達は温泉に行ってからここに来るって」


「えっと、それじゃあ月の使者に扮した僕達は温泉街から機を見計らってやってくればいいのかな」


「その時は桃くんも一緒に来てね。結婚式の最中に現れる浮気相手のように。結婚式の最中に現れる浮気相手のように!」


「言い方ッ! 二度も言わんでいいから。それはそうと、そんなんで納得するの? いくら泥酔してるとは言っても月の使者が現れて姫を月に連れ帰るって無理があるんじゃあ」


「父は泥酔すると途端に判断力を失います。それに、古事記に造詣が深い事もありまして、そういうとんでも設定を信じる傾向にあります。現実的な流れよりこういう非現実的な方が都合がよろしいのです。というか信じる信じない以前に、そんな夢物語のような出来事があって欲しい、と願っているので必ず信じます。そういう事情もあって、竹から生まれたというかぐや姫を僕と結婚させたいと思った次第ですから」


 迷惑な中二病患者め。


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