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恋心、波立思いは揺れに揺れ 中

 落ち着き払った姿は全ての女性が目指す理想と、そう言わんばかりの輝きが彼女にはある。

 土佐国は竜宮城。乙姫と呼ばれたその女性はまるで天女のように美しく、この世のあらゆる穢れが取り除かれた玉のような光を放っていた。


 向かい合っては加賀百万石の大名・前田利家は稀代の傾奇者にして誰もがうらやむ色男。

 もし二人が結ばれようものなら、天下に轟く美男美女として勇名を馳せるだろう。しかしどうにもそうはならなさそうだ。

 利家は乙姫の顔を見てずっと笑顔でいるが、彼女のほうはどうも毛色が違うらしい。

 眉間にしわをよせ、怪訝な表情で目の前の色男を睨みつけていた。


「元気でおったか乙姫よ!」


「利家殿も息災のようでなによりです」


「そう嫌そうな顔をするでない。お前のそういうところは嫌いだぞ!」


「奇遇ですね。わたくしもあなたのそういうところが嫌いです」


「そういう物事をはっきり言うところは好きだぞ! 今日はお前に贈り物があって来たのだ!」


 後ろに控えている御付きの人々が続々と繰り出す珍品一品を披露して得意げになる利家とは裏腹に、やはり乙姫は苦虫を噛み潰したような顔色を隠す気もなく興味なさげにしかめっ面を露わにしていた。大和撫子と傾奇者。こんなにも相性が悪いものなのか。


 この屋敷に入る前、入口付近で見た光景は異様なものだった。庭園は紀州の鈴の家で見た枯山水など赤子の砂遊びに見えるような広大さ。庭の木々は毎日きちんと剪定され作り物のように完璧に整えられていた。

 特に目を見張るべきはこの遠大なお屋敷。まるで神殿のようで扉は仁王が通れるほど大きく広く、建築物の装飾は外見はもとより内側まで徹底され、現在建築中の日光の東照宮にも引けをとらない輝きを放っている。


 そんな眩しく光る屋敷の周りに何本とも数えきれない箒が立てかけられていた。庭も廊下も常に掃除が行き届いている。ここの使用人は掃除好きなのか。違う。これは客人に対して早く帰れという家主からの合図。

 部屋に入ってからも、利家が座る座布団の前にひと握りの布包みが置かれていた。乙姫からの贈り物として渡されたのだが中身は塩。貴重な塩を贈り物としているのか。違う。これはお前に塩を投げて追い払ってやりたいという彼女の心の声。

 どんだけ嫌われてるんだよ。


 そんな無礼を笑い飛ばす利家は楽しそうだけど乙姫を始め部屋の端でその光景を見ている俺達は、はやくこの茶番劇終わらないかなぁ、と寒くもないのに猫背になっている。

 ちなみに鬼、改め温羅のやつはまだ決心がついていないようで、島に上陸するなり走ってどこかへ行ってしまった。


 現状では乙姫は温羅を、温羅は乙姫を、利家は乙姫を好きになるという、なんともどうしようもない三角関係が構築されている。

 紀州でも駿河でも将軍の名において鬼の討伐命令が下っていたことを考えると利家から見て温羅は討つべき敵。恋敵を将軍の名の元に公然と消すことができるのだから、立場としては利家の方が有利だし権力を背景に嫁がせることだってできた。


 しかしそれをすると、いくら将軍の命令とは言え気を寄せている女性の想い人を殺したとあらば破局は免れない。権力で悪人でもない人を脅すような性格をしてもない。そういう事情もあって利家は温羅に刃を向けていないし、貢物と言って口説きに来ているというわけだ。


 乙姫と温羅がくっついても利家は温羅を討伐しなければならない。

 乙姫と利家がくっつく気配もない。

 温羅は合わせる顔がないって言ってどっか行っちゃった。

 この状況は一体どうやって収拾つけるんだ…………。

 人の情を忘れるならば、やっぱり温羅を殺して乙姫とくっつくという線だが、これはあまりにも人の道に外れる業。悪鬼羅刹の所業と言えよう。

 時間はかかるが利家が将軍に口添えをして温羅を赦してもらうようにしてもらうのが義理人情というものだろうけど、どう考えたって難しい。そもそも利家に利益が無い。


 無限にいたちごっこを繰り返す三角関係をよそにおいといて、俺としてはおばあさんの簪を返してもらい、温羅にもう酒を飲んで暴れてくれなければそれでいいと考えている。それで鬼を討ったかどうかと言われれば表現に苦しむ所だけど、鬼は実は人間で、鬼を殺したのは美女でしたとかなんとか言って言い逃れよう。言い逃れるか……。ちょっと苦しいかな。


「乙姫よ、あの男の事を好いておるのだろう。確か名を温羅と言ったか」


「ッ! …………それがどうかしたのですか。あなたとは関係ないでしょう」


「そういうわけにはいかん。ヤツは松江やそこにいる桃太郎の故郷を荒らしまわり幕府から討伐命令も出ている。大名としてこれを放っておくわけにもいかん。というわけで」


 というわけで?

 頭にクエスチョンマークが浮かぶと同時に利家の背後の襖が勢いよく開き、二人の男が赤鬼と見紛うような風体の男の両腕を掴んで突き出した。

 全身真っ赤に日焼けした温羅がひっとらえられている。こんなステレオタイプのひっとらえられ方あるんだって思ったのも束の間、そんなどうでもいい事なんかぶっ飛んでしまうような大声が耳を貫いた。


 貴様アアアァァァァァ!!


 ただ一言。傍に控える女達に抑えられ、十二単が千切れ乱れる程に怒り迫り、それこそ本物の鬼の姿がそこにある。涙を浮かべ忿怒と悲嘆の言葉をその清々しいほどあっけらかんとした男に浴びせていた。


 普段ふざけた態度をとる渾沌も、ふわふわして半分眠気眼になっていた胡喜媚も、あくびをして人前であるのも気にせず腹をかいていた誾も今は背筋をピンと張り詰めて硬直している。

 激昂する乙姫をよそに、色男は子供に言い聞かせるように、仕方のない事なのだ、と言って彼女を一瞥していた。それを見て鬼と化した美女はますます爪を立て、声にならない声で罵倒し続ける。見損なった、と。そんな男だとは思ってもみなかった、と…………。


 まさかそんな……悪鬼羅刹の道を征くというのか。驚きよりも失望を禁じえなかった。

 会って間もないとはいえ彼の豪胆な性格に尊敬の念を抱いていた俺としては心底残念でならない。まさかこんな結末を迎えようとは。

 浜辺で会って温羅にも同情の気持ちを抱いていた。届かない恋と知って、それでも勇気を出してここまで足を踏み出した男の気持ちに応えたい。そう思っていた。そう思っていた矢先にこんな。


 こんな…………あんまりだ!


「お待ちください利家殿!」


「おう桃太郎。なんだ!」


「この者、人の身でありながら内に鬼を宿しております。しかし人の真心をも確かに持ち合わせております。何卒改心の機会をお与え下さい。何卒!」


「よかろう。吉備国より鬼を追い、長き旅にてここまで辿り着いた貴様の覚悟に免じ認めよう。この土佐国にて本懐を遂げる事を許す!」


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