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恋心、波立思いは揺れに揺れ 上

 寒い。秋口だというのに吹く風は冷たく日差しがあるというのに猫背になる。

 これが東北越国。鬼がいるという土佐国を目指して飛騨の山を通り越した。山の上、雲の中は当然寒いのは分かるが、地上に来て飛騨の頂きと大差ない気温とは恐れ入る。まだ市街だけど海を渡るとなれば海風にさらされるのだから呉服屋に寄ったのは正解だろう。


 ジーパンに備後絣の下着、パッチワーク風のジーンズのジャケットで旅してきたが、ここではそれだけでは肌寒い。しかも頑丈なジーンズも疲れてきてダメージが入ってきている。

 これはこれでおしゃれかもしれないが、局所的に冷たい風が肌を突き抜けるのは寒い時期にはキツイ。

 肌に吸着して保温効果を得るというヒートな技術を使った下着と、ジャケットに合わせた厚手のシャツを三着。それから流行りのパーカーを一着選んで手に入れた。


「お前ら寒くないのか。代金のことなら気にするなよ」


「桃くんやーさーしーいー。でもオレチャン大丈夫。徳が高いから☆」


「あたしも寒くないから大丈夫だ。風の子だからな」


「あたちねーあたちねーこれがいーな。あたまにかぶるの。ふわふわちててかわいいー」


 先の二人の大丈夫の理由はいまいち理解できないな。チャラ男の着てる袈裟って結構厚手に見えて通気口みたいにスカスカだから相当寒いはずなんだけど。まぁ徳が高いなら大丈夫だろうよ。

 誾は本当のことしか言わないから痩せ我慢なんかしていないだろうけど、言動が少しずつ渾沌に似てきてる所がとても心配だ。


 胡喜媚ご所望の熊耳ニットの勘定を済ませて店を出ようとすると、暖簾越しに大男の影が現れた。むこうは気付いていないかもしれないから端に避けて先に通す。男は百九十五センチはあろうかという背丈で肩幅も広い。

 襖絵のような、光に反射してキラキラと輝く袴。長着は黒くしっとりとして高級感もっている。羽織は虎の毛皮で作られている特注品。

 そして特筆すべきはその男の顔つき。豪奢に着飾っている物、全てが見劣りしてしまう程の色男。女なら見惚れ、男なら男惚れしてしまいそうな色気と逞しく引き締まった顔だちに誰もが足を止めてしまう。


「おや、出る客がいたのかい。こりゃあすまんね。それにしても兄ちゃん。ハイカラな恰好してるな。どこから来たんだい」


「吉備国から鬼退治に。服は地元の物です」


「ほう。ではお前さんが噂の桃太郎か。遠路はるばるよう来たのぅ。吉備とは違って越は寒かろう。海風はもっと冷たいから気を付けな。あ、そうそうその鬼なんだがちょうどそこの海岸で土佐国を眺めてしょぼくれておったぞ」


「マジすかっ!?」


「マジマジ。体中真っ赤に日焼けした男だ。数日前にいじめられてる亀を助けて、それが竜宮城にいる乙姫のペットで、お礼がしたいって招待された先で酒を飲んで暴れて追い出されて泳いで帰ってきたらしいぞ」


「お、鬼なんですよね」


 ただの浮浪者なんじゃ。そこまでは口に出さなかったけど、体中真っ赤な男というのは地獄の浄玻璃鏡で見た鬼の特徴と一致する。お礼を言って海の見える場所を走り回った。

 しばらくして一人、海を隔てて浮かぶ島を眺めて砂浜で膝を抱いてため息をついているいい歳した男を見つける。鬼にしてはその背中は寂しく哀愁に満ちていた。


 雰囲気だけ見ればどう考えても鬼とは程遠い。失恋した男が海を眺めて傷心した心を慰めているようにしか見えない。

 鬼ですか? →はいそうです→じゃあ斬ります

 ……いやこの状況でそれは無理。


「お前、松江から来たって言う鬼か」


「え、ああ、松江の人からは鬼って言われたけど」


「おい桃! こいつ鬼だってよ斬っちまえ!」


「おいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 相変わらずの誾節が鬼に炸裂。サバサバした性格はいいんだけどこういう時、全然空気読まないから収拾が大変なんだよな。とりあえず彼女を羽交い絞めにして取り押さえる。もし人違いだったら失礼だろ。じたばた暴れる誾を力ずくで説得していると、隣で俯いている男の悲嘆なつぶやきが耳をうった。


「死にたい……」


 話しを聞くところによると彼は、百済の国の王子だったが戦争で敗れ命からがら小舟で海を渡った。長い月日が経ち太陽の光で体中は真っ赤に染まりきったそうな。そして松江に流れ着き、その姿を可哀相と思った猟師に水をめぐんでもらったものの、間違えて酒を渡されて酔っ払って大暴れして、見知らぬ土地を故郷を求めて走り抜け今に至る。ということだ。

 そしてこの越国に来た頃、海岸でいじめられていた亀を童共から助けてやると竜宮城へ招待された。そこの乙姫に恋をしていい感じになったにもかかわらず、酒を飲んで酔っ払って暴れ、合わせる顔がなくなって泳いで帰って来てしまったと。


 恋、しちゃったんだね。

 とりあえず酒を飲むのはもう止めなさい。

 それからきちんと謝りに行きましょう。

 そうだおばあちゃんの翡翠の簪返せ!


 彼はどこで引っ掛かったのか分からなかったが、お近づきのしるしとして翡翠の簪を乙姫に渡してしまったそうな。

 よし斬ろう。

 大暴れした不貞の輩の首を持って行けばお礼に簪を返してくれるだろう。それだけ頭に描いて柄を抜こうとする俺を三人が必至に抑え込んだ。


 いかんいかん。相手が人間だと分かった以上、無駄な殺生をしてはならない。こいつの首を刎ねて突き出すのは最終手段だ。忘れてはならないぞ俺。おじいさんが教えてくれた剣はあくまで活人剣。人を殺して他を活かすのは最後の最期よ。

 なんか四人とも俺を見て青ざめてるけど気のせいかな。気のせいだな。


「確認なんだけどさ、仲直りしたいんだよな」


「そりゃあもちろん」


「じゃあ会って謝るしかないだろ」


「だよねぇ」


「恋しちゃったんだろ」


「恋しました」


「じゃあ諦めるなよ。よっしゃここはひとつでかい声を出して元気出すぞ! 腹から声だせよ」


「腹からは声でないだろ」


「おバカ。そういう意味じゃないよ。大きく息を吸って海に叫ぶんだよ。いいか、俺に続け!」


「「「「「オーケー!」」」」」


「かぐや好きだー!」


「かぐや好きだー!」


「いやお前は乙姫好きだって言えよ。あれ、俺今なんてった?」


「「「「「かぐや好きだって言った」」」」」


「……俺ってかぐやの事好きだったのか。知らなかった。…………ま、とりあえずそれはおいといて。かぐや好きだー!」


「乙姫好きだー!」


「まんぢゅう好きだー!」


「むっちゃんだいすきみんなだいすきー!」


「四象のバカヤローどもー!」


「海のバカヤロー!」


 お天道様がてっぺんに上るまで叫び続けて自分に檄を入れた。いつのまにか一人増えてるけどそんな細かい事はどうでもいい。


 それにしてもなんだ。続けって言っておいて乙姫好きだって俺が言うのもおかしいからほかのもので代用しようとしたらまさかかぐやの名前が出てくるとは。無意識に好きになっていたということか。振り返ってみればかぐやはすごくいいやつだし、器量もいいし子供好きだし、胸も大きいし可愛いし、衝動的に衝撃的な行動をするけどそんな所がまた魅力的。みんなから好かれていて、みんなの事を好いていて――――これってもしかして俺、恋してる?


「なにやら面白い事をしておるので勝手にまぜてもらったぞ。しかし鬼は乙姫の事を好いておったとは驚きだ」


「呉服屋で会った……ええと」


「申し遅れた。俺は前田利家まえだ としいえという者よ。ちょうど乙姫に用があってこれから行くところだ。おぬしらもついてまいれ」


 呉服屋で会った大男。稀代の傾奇者と名高い加賀百万石の大名…………あれ、なんか大事な事を忘れているような気がするが思い出せない。思い出せないような事なら気にする事もないかな。

 確か無断で戦に出たにも関わらず武功を上げまくった勇将と聞いたはず。なんか既視感あるな。あぁ水野のおっちゃんか。いや水野のおっちゃんは先走るなって言われてたのに我慢できずに突っ走って手柄を取り上げられたんだったっけ。どっちにしても異様なほどに雰囲気が似ている。悪い意味では無いのだが。


 その傾奇者は快晴とはいえ、決して穏やかとは言えない海を見つめて前へ出る。何十人かお伴を連れているけれど船の用意は見当たらない。殆どが貢物らしき反物や装飾品を入れた箱を持参しているだけだ。


 最も傍に控えている若い男は二メートルをゆうに超える朱色の大槍を利家に渡し、俺達に後ろへ下がるように指示を出した。刃の光の反射を合図にして土佐国から船を出してもらうのだろうか。それとも海中から船が顔を出してきたりして。まさかな。


 大男が舞うように力を溜め、喝と共に矛先を海へ叩き付ける。

 海面は地鳴りをうって左右に割れ、水面は壁となって海底を伝わった。

 端的に表現するならば、海は割れ道ができる。

 あぁ~なるほどね。これなら歩いて渡れますね。まさかだろ。


 こんなことくらい朝飯前よ、と言わんばかりの笑顔で男は我が行く道を闊歩する。

 なんだろう、戦国の世を生き抜いた大人達ってみんな超人なんですか?


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