表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

旅立ち前日

 夏の白い雲の下で、かそけき虫達は命の賛美歌を歌い、瑞々しく膨れた夏野菜は光り輝いている。子供達はあいも変わらずはしゃぎまくっては泥にまみれ、皆一様に笑顔を絶やさずにいた。


 戦国の終わり、元和の時代、縁側で天を仰いで心安らかでいられる時代を作った先人達に感謝と、この上ない、そうこの上なく申し訳ないが今私の心はどんよりと暗雲が立ち込めている。

 せっかくの良い日和だというのに、今日もまたお見合いの予定を入れられてしまった。それも五人同時とか正気かあの貴族どもは。お前らは私とだけ話しているつもりだろうが、私は五人を一度に相手をするのだぞ。


 あ〜めんどくさいよ〜鬱だよ〜…………。

 でも、今回は秘策があった。

 それぞれに課題を出して嫁入り道具ならぬ婿入り道具を持ってこさせるのだ。しかもこの世に伝承しか残っていない伝説レベルの一品。

 おバカの貴族達なら死に物狂いで奮闘するに違いない。これで当分、あるいは一生あいつらの顔を見ることもなくなる。

 案の定、彼らは私の要求する物を持参出来れば結婚できると、一目散に方々散っていってしまった。


 計画通り!


 思いのほかすんなり事が進んで用事は午前中に終わり、昼を過ぎて子供達に約束通りお勉強を教える時間がとれた。本来ならお坊さんにお願いしたいところだが現任の住職は高齢で要介護。若い衆は修行に出ていて三か月は帰ってこない。そういう訳で、留守の間は私が教鞭をとることとなった。


 時間になると騒がしい子供達の声が一斉におしよせてくる。部屋に入ってくるなり元気な声に挨拶をしてくれた。その姿を見る度に少し胸が熱くなる。


 彼らは戦争孤児。ないしは戦争で父を亡くし母子で諸国を渡り歩いていた放浪の徒。

 それを哀れんだ私のおじいさんとおばあさんは蓄えを全てつぎ込んでこの孤児院を作り上げた。幸いこの地の近くの和気神社という所がもともと孤児院をしていた為、そこの援助もあって多く帰る場所のない人達を受け入れることができたのだ。


 その噂は全国に広がり、同じような志をもった人々が各所で孤児院を拓いているという。おじいさんの人を助けたいという思いが多くの人の心を繋げていると思うと私はとても誇らしく思った。

 だから私は十の時、礼儀見習いを兼ねて神主修行に出て、寺子屋で勉強をして、今は亡きおじいさんの想いを継ぎたいと考えている。


 授業の内容は読み書きそろばん。論語の解説。概ね一時間を三つ、計三時間。それくらいにしないと集中力が続かない。授業の終わりにはおばあさんがお茶とおまんぢゅうを振舞ってくれる。子供達は甘いものが大好きで、おばあさんは子供達の笑顔を見るのが生き甲斐なのだ。

 さて、おやつ休憩が終わったら次は体を動かそう。そういうわけでここからは肉体派の幼馴染にバトンタッチ。


 季節の野菜を携えて、幼馴染のいる孤児院へ向かう。今日は週一で子供達に出張道場を開く日。部屋の横を通るとかぐやの声が聞こえる。ちょうど論語の解説をしているようだ。ということはあと数分もすれば子供達が飛び出してくるに違いない。


 荷物を下して庭へ向かう。倉から竹刀を取り出して縁側でしばらく待っていると子供達がなだれのように押し寄せてきた。

 待ってましたと言わんばかりに、自らきちんと整列して俺の号令を待っている。そのキラキラしたまなざしを向けられると俺も頑張らなきゃなって心が引き締まった。


 会ったばかりの頃なんてみんな下を向いて暗い顔をしていたものだ。それが今はこんなにハリのある笑顔をしている。それもこれもかぐやのおじいさんの想いと、子供達に愛を持って接しているかぐやのおかげなんだろうな。


 心からの尊敬と敬意を感じる。


 準備体操を終えて竹刀を握り素振りも終えた。打ち合いを始める前に質問が飛んでくる。

 なぜ太平の世で剣術を教えるのか。

 その質問は実は二度目だ。一度目は聞かれたのではない。俺がおじいちゃんに投げたんだ。平和になって天下が統一され、武士の地位が低くなってきているのに、なぜ武術をまなぶのだろうと。するとおじいちゃんは、武術は身を守るだけではない。心を鍛えるのだと言っていた。いまだによくわからないし実感もないが、おじいちゃんがそういうならそうなのだろう。


 俺もおじいちゃんと同じことを言って諭すが、かつての俺と同じように頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。いつかわかるさとだけ言って笑ってやった。


 二時間くらい汗をかいて水を飲んだら今日の訓練は終わり。きちんと道具を片付けて庭をならしたら、さぁここからが本番だ。

 陽が落ちるまであと約一時間。本気の鬼ごっこが始まる。村全体を使って本気で逃げる子供達をやや手加減を加えて捕まえる。基本的には鬼にタッチされたら次の人が鬼になるのだが、そうすると本気で逃げる俺に誰も触れないってんで、一度俺が触れたらリタイアというルールに変更された。

 日没までに十五人。三〇分でカタをつけてやらぁ!


 男の子どもはよくやるわねぇ。土埃をたて、屋根の上を走り回る姿を見ながら感心する。

 と同時に心の底から感謝していた。あんなに元気に走ったり飛び跳ねたりできているのは彼のおかげだからだ。小さい頃に父や母を亡くし、頼りにする人間のいない、そんな絶望を彼が払ってくれた。

 共に寄り添って泣き笑い、褒めてくれる。そんな男の背中のなんと頼もしいことか。男の子にも女の子にも、どこの誰だろうと、平等に接してくれた。大きな心の支えとなっている。


 お手玉や編み物をしている女の子達も同様、彼の事を慕っていた。お手玉や編み物、蹴鞠なんかも彼から教わったものなのだ。

 最初はただのお手玉とか組み紐とか針刺繍だったのに、いつのまにか五人で百個のお手玉を回しながら数え歌を歌うとか、銭に組み紐を編み込んで伊勢海老を作るとか、金糸で鶴亀の刺繍を作るとかしている。

 知らぬ間に突然レベルアップしていた。その原因はお鶴さんだ。なんでもおじいさんに恩があるとかで私達の身の回りの世話を焼いてくれているのだが、女子力っていうかもう職人力高すぎて、子供達も意欲が強いもんだから、異次元の技術を身につけてしまった。

 ま、なんにせよ、楽しく過ごしてくれればそれでいいんだけどね。


 今日は満月、月を囲んだ星々が煌々ときらめく。風は静かに頬をなで、涼やかな気持ちにさせた。お風呂上りの火照った体に冷たい空気が心地よく染みていくのを感じる。


「よう、かぐや待たせたな」

「ぜーんぜん待ってないわよ。それよりはやく晩酌してちょうだいな」

「なんだ、やっぱり待ってたんじゃないか」

 縁側に座って月見酒。これが私の週一の楽しみ。お酒を飲み交わしてまんぢゅうを食べる。ただそれだけだけど、二人で過ごす時間がとても愛おしい。酔いに任せて世間話やら近況報告やら、何気ない会話で華を咲かせる。彼はいつも子供達の話をしてくれて、褒めてくれて、それはとても嬉しいことなんだけど、少しはお互いの将来のことくらい話題にあげてくれてもいいんじゃないかしら。


 かと言って私から言うのは恥ずかしくてとても言えない。幼馴染で子供の頃の付き合いで、私の事を本当に良く考えてくれてるけど、もし告白して断られたらどうしようって考えたら、つい口をつぐんでしまう。

 桃から告ってきたら即オーケーなのに。だから今回はお酒の力を借りてちょっとだけ、いやものすごく勇気を出してみる事にした。実際、貴族連中から求婚をされている以上、時間の問題という事もある。


 それに、他の女子が桃に告ってそのままくっついちゃったらって考えたら、もどかしさと悔しさでどうにかなっていそうだ。

「ねぇところでさぁ、桃って好きな人とかいるの?」


 言ったーっ!


 いままで怖くて絶対言えなかった。もしそれが私じゃないってなったら顔向けできない。逆に私だったって考えたら、考えただけで赤面まっしぐら!

「好きな人? いや、いないけど。急にどうしたの?」


 いないんかーい!


 喉元まで、よっしゃーくそがーっ、と叫び声が響いたが、ここはプラス思考でいこう。桃はまだフリー。きっと攻めれば落ちるはず。


 言うぞ言うぞ言うぞ言うぞ言うぞぉーーーーっ―――――――。


 酔いのせいか顔が真っ赤になったままうつむいてしまう。ただ一言伝えるだけなのに。どうして口が動かない。たった二言紡ぐだけなのに、心がどうして固まるの。

「どうしたかぐや。随分顔が赤いけど大丈夫か」

「い、いや、なんでもない大丈夫。ちょ、ちょーっと長湯したせいかな火照っちゃって」

「ふーんそうか。それでかぐやは好きな人とかいんの?」


 …………え?

 え、何その質問。質問のオウム返しですか。え、え、私になんて答えて欲しいんだこいつ。てかそれ聞くって事は私に気がないわけ。それとも私に告って欲しいってわけ?

 出口のない自問自答を繰り返して沈黙していると、彼からまた爆弾が投げ込まれた。

「なんか貴族から求婚されてるんだろ。いい人でもいんのかと思って聞いてみたんだけど、まずい事きいちゃったかな」


 ゲロマズだよバカヤロォーーーーッ!


 なんてこと聞いてくるんだこいつ。まさに神をもおそれぬ所業。信じられない。

 くそぅ。しかしどうするどうする。返答を間違えたらなんかやばい事になりそうな気がするし、でももうパニックで頭が回らないし、ここはもう、あれをやるしかないっ!

 酒瓶の口を逆さに持って振り上げる。そしてそのまま、遠心力に任せて、自分の頭に叩き付けた。意識が遠くなる。桃が何やら叫んでいるが聞こえない。目の前が真っ暗になって白目をむいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ