ハードモードな異世界転移と異世界転生
異世界転生・異世界転移。
それは誰もが夢見る理想のリスタート。
今日も世界のどこかで、誰かが神様に出会っているのだ。
神様のいる領域にて
「君は事故にあって死んだんや。だから異世界に送っちゃう! チートもあげちゃうよ~ん」
「やったぜ!」
学校の帰り道で8トントラックに撥ねられて死亡した青年は、白い法衣を着用して腹が丸々と膨れた中年オヤジ――神様と対峙していた。
青年の人生を終わらせた出来事は、よくある交通事故で原因は相手が居眠り運転をしていたと神様は懇切丁寧に説明。
そんな神様は困惑している青年を前にして「君は不幸やな、じゃあ異世界で第2の人生いっちゃう?」と今後のおすすめプランが書かれたフリップを取り出して懇切丁寧に説明している最中であった。
「チート! 最近流行のめっちゃ強い魔法とか剣術とかですか!?」
「そうそう」
「それで王様になったり、国の姫様とイチャラブできるやつですかァ!?」
「そうそう」
青年は歓喜した。
青年はこれといって特徴の無い人間だった。
顔は中の下、学校のクラスカーストは中の上、勉強もオール平均点をキープ。
クラスにいるサッカー部や野球部のイケメン君が、学園の美少女を彼女にしてあんな事やこんな事をする充実した生活をしているにも拘らず、自分はさっさと家に帰ってゲームやマンガを漁る日々。
ゲームやマンガは面白いが、自分の人生はこれからどうなってしまうのだろう。
そんな漠然とした不安を抱えながら生きていた。
しかしどうだ。
交通事故で平坦な人生とオサラバして異世界で生活できるときたもんだ。
人生捨てたもんじゃない。
まさか自分がラノベやアニメの題材になるような世界に飛び込めるのだから。
「行く! 絶対行く!!」
「よっしゃ! 良い返事やんけ! そこのカゴに入ってる『チートの種』から好きなの選んでくれや!」
神様は指で近くにあった買い物カゴを指し示す。
黄色い買い物カゴの中にはキラキラと光るクリスタルのような物がギッシリと詰まっていた。
「手に取ればチートの内容が頭に浮かぶぞい」
親切な神様はニコリと笑みを浮かべた。
青年は早速とばかりにカゴの中のクリスタルを手に取り、チートの種を吟味する。
青年がクリスタルに触れると、神様の言う通り脳内にチート能力が浮かんできた。
『剣豪』『賢者』『召喚師』『治癒師』『テイマー』『時空魔法』『精神支配』……などなど。
物語に出て来る主人公が手にするような力が、在庫処分品の如く乱雑に積まれていた。
「うわぁ。いっぱいだなぁ。迷うなぁ」
「1個だけね。2個はダメよ」
「そうなんですか?」
「チートが2個体に入ると体が耐えられなくて死ぬんや」
青年は素直に頷き、再びどれにしようか悩み始めた。
「よし!! これにします!!」
迷う事30分。
青年が選んだのは『賢者』だった。
「ほー。賢者か。どうしてそれを選んだの?」
「賢者って全属性使えるんでしょ? それに魔法使いたいじゃないですか!」
数あるチート能力の中で『賢者』だけは全ての魔法が行使できると脳内に説明が浮かんだのだ。
全ての魔法が使えるならば、単一属性が極まるチートの種よりも汎用性が高い、と青年は睨んだ。
「ははーん。なるほどね。目の付け所が良い!!」
神様は青年を褒めちぎった。
飲み会で部長の腰巾着になって後釜を狙う平社員の如く。
「じゃ、異世界送りまーす」
「はい! ありがとう神様!」
青年はニコニコと笑う神様に礼を告げ、手を振りながら異世界へ転送されて行った。
「はー。ようやく行ったわ。めんどくせえな。さっさと選べよ。30分も悩んでんじゃねえよ。ったく、帰ってネトゲログインしなきゃ」
適当にヨイショして適当な世界に魂を放り込んだ神様は本日の業務を終える。
異世界に送り込んだ魂のその後なんぞ知ったこっちゃない。
興味があるのは最近ハマっているネトゲの経験値300%ボーナスイベントだけだ。
腰をトントンと叩きながら光の粒子になって消えた。
「ここが異世界か!?」
見知らぬ森の中で大の字になって眠っていた青年。
彼は目を覚ますと周囲を見渡しながら感動に体を震わせていた。
「森からスタート! 物語通り――」
やったぞ、これでつまらない人生から一変、輝かしい人生が俺を待っている!
と、両手を上げて喜んでいると「ドン」と背中に衝撃を感じた青年は、衝撃の勢いに負けて前のめりになりながら少しばかり踏鞴を踏んだ。
一体何なんだ、と思いながら振り向こうとするが青年は自分の胸に違和感を感じた。
視線を向けてみれば、青年の胸から刃物が生えて胸から流れる液体が彼の着ている洋服をジワリジワリと赤く染めていた。
「おう。喜んでるとこ悪いね」
背後から男性の声が聞こえるが青年はそれどころじゃない。
助けてくれと叫び声を上げようとするが、動かした喉の奥から血の塊が込み上げて口の外へ溢れ出た。
青年の視界はぐるぐると回りながら暗くなっていき、命の炎が燃え尽きると同時に土の地面へ崩れ落ちた。
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青年を背後から剣で刺し殺した男は、自分の愛剣を死体から引き抜いて剣を振りながら刀身に付着した血を払う。
短髪に切り揃えたくすんだ色の金髪を風に揺らし、ポケットから取り出した布で払い残った血を拭き取る。
金髪の男の見た目は完全に戦闘を生業とする者の格好であった。
体の急所部分を覆い隠そうに金属製の防具を付けた20代後半の男性。
丹念に血を拭き取る彼の顔からは熟練のハンターのような風格があった。
彼は血を拭き取り終えると、背負っていたリュックからロープと綺麗に折り畳んだ麻袋を2つずつ、それに加えてボロボロで汚い厚手の布を取り出した。
ロープで今し方殺した青年の足を縛り、剣で一突きして穴の空いた胸に汚い厚手の布を捻じ込んで血を吸うようにした後、折り畳んでいた大きな麻袋を広げて頭から全身に麻袋を2重にして被せる。
麻袋の口をもう1本のロープで縛ると、紐を持ち手にしてズルズルと死体の入った麻袋を引きずって歩き始めた。
森の中を15分ほど歩き、街と街を繋ぐ街道が目の前に見える森の入り口までやって来ると、木に手綱を括っておいた自分の愛馬へ歩み寄る。
「お待たせ」
金髪の男が馬の体を撫でながら語りかけると、馬は主人である彼に答えるようにブルルと鳴いた。
馬の背中に死体入りの麻袋を載せ、括っておいた手綱を解いてから馬に跨る。
「帰るぞー」
馬の腹を軽く蹴り、男が拠点とする街へ向けて街道を進んで行った。
馬を走らせて20分。
男が拠点とする街の門へと辿り着くと、顔馴染みの門番が男へ手を上げながらにこやかに声を掛けてきた。
「おう! ロンド! お疲れさん! 仕事は終わったのか?」
金髪の男――ロンドも顔馴染みの門番へ手を振って応えた。
「おう。バッチシよ。今日は豪華な飯が食えるってもんだ」
「そりゃいいね。随分早かったがよ。楽だったのかい?」
「ああ。こっちに来たばかりのガクセーだった」
ロンドは自分の背中に親指を向ける。
「そうかい。まぁ、被害が出なくて良かったぜ」
ロンドの言葉を聞いた門番は安心したように笑みを浮かべながら入場手続きを行うと、街に入っていくロンドを見送った。
馬に乗ったロンドが次に向かうのは自身の所属する職場だ。
石畳で整理された大通りを進んで街の西側へ向かう。
木造やレンガ造りの家や店が並ぶ道を進み、目的の場所へと辿り着く。
1本の剣が中央に配置され、剣の左右に天使の羽が描かれた看板が掲げられるコンクリート造りの建物。
掲げられている看板の下には『異世界人対策支部』と書かれていた。
ロンドは愛馬を建物横にある馬留めに繋ぎ、死体の入った麻袋を下ろして引きずりながら建物のスイングドアを押して中へ入った。
彼は建物の中に入ると、一直線に受付へ向かう。
「おう。仕事完了だぞ」
馴染みの受付嬢に声を掛けると、彼女もにこやかな笑みを浮かべた。
「お疲れ様。ちょっと待ってね。おーい! 異世界人届いたよー!」
彼女は背後を振り返り、受付の奥にある事務室へ用件を伝えた。
すると、雑用係の男が現れてロンドの持ってきた死体袋を肩に担いで、再び事務所の中へ消えて行く。
「今日はどうだった?」
馴染みの受付嬢はサラサラと紙に文字を書きながらロンドに問う。
「転移したてのガクセーだった。そっちはどう?」
「んー。今のところは動き無しかな。脅威度が高い異世界人の発見報告は無いね」
受付嬢は記入し終えた紙をロンドに手渡す。
「わかった。向こうで飲んでるから」
「はーい」
ロンドもそれを受け取ると、事務所に併設されている酒場へ足を向けた。
酒場へ顔を出すと顔馴染みの仕事仲間2名が飲んでいるようだ。
ロンドは迷わず彼等の傍へ歩み寄ると、彼等もロンドに気付いて陽気に手を振り出した。
「おう! ロンド!」
「お疲れさん」
ロンドも手を上げて「お疲れ」と言いながら彼等のテーブルに座る。
「随分早い時間から飲んでるじゃねえの」
現在の時刻は午後3時。
夕飯を摂るには早く、昼飯を食べるには遅い。
「ああ、それがな……。ゴードンの野郎がよ」
ゴードン。それは彼等2人といつもチーム組んで仕事をしている者の名前。
いつも一緒に行動している仲間の1人がいない事にロンドも気付き、今から訳を話すであろう男の言葉を待った。
「あいつの嫁さん。妊娠してたろ? 今日の昼に子供が生まれたんだがよぉ。その子供がな……」
仲間の1人が悲痛な表情で語り出すと、ロンドは胸の中で話の結末を予想した。
「転生者だったわけよ」
ああ、やっぱりな、とロンドは胸の中で思い浮かべていた予想が当たると顔を顰める。
「マジかよ。最悪だな」
本当だぜ、と2人は短く答えながらジョッキを煽る。
「ったくよォ。異世界人ってのは本当に迷惑だよな」
「ああ、全くだ」
異世界人。
それは別の世界からこの世界にやって来る、神に捨てられた者達。
この世は世界がいくつもあり、それらはピラミッド型で形成されている。
頂点に上がっていくほど世界の文明は発達しているようで、一番上の世界は争いも起きない幸福に溢れた世界らしい。
一方でロンド達の暮らす世界は中の下。
この世界は剣と魔法を駆使して魔獣という害獣から身を守って生活する世界だった。
文明的にもそこまで低いわけでなく、人間・魔族・獣人がそれぞれ生活圏を持って平和に暮らしていた。
しかし、ある時。
ロンドの暮らす世界よりも上位の世界に問題が発生した。
それは人が増えすぎて魂の循環が上手くいかなくなったのだ。
争いが起きない世界で人口が増え続けた結果、世界が維持できる人口のキャパシティが超えてしまった。
人は死んでも生まれ変わる。人口の総量は増え続け、このままでは上位世界が崩壊してしまう。
困った上位の神達は解決策を見出した。
『下の世界に魂を捨てようぜ』
神による魂の不法投棄だ。
この解決策に至った経緯は、上位の神達は自分の世界に争いや災害を起こして人口減少を引き起こすのを面倒臭がったかららしい。
当然、ロンドの世界を管理する神や同列に位置する世界の神達が上位の神々に抗議したのだが、神の社会も軍隊ばりに縦社会のようで。
うるせえ! と一喝されて聞き入れて貰えなかったようだ。
こうしてロンドの世界や同列に位置する世界には異世界人が迷い込み、世界に影響を与えていった。
異世界人の影響を国際規模で例に挙げるとすれば、魔獣を狩りまくって生態系を崩したり、平和に暮らしていた魔王様を悪と断定してぶっ殺したり、国の姫様を誑かして国を乗っ取ったりと地図から消えた国は数え切れない。
他にも悪行を働いて逃げた王族の味方をしてテロを引き起こしたり――まぁ、これはこの世界にいた悪人が異世界人の力を利用したからだが。
個人単位の被害でいえば好きだった女を寝取られたり、異世界の知識だと~とか言いながら農家の畑に毒をぶちまけたりだろうか。
とにかく挙げればキリが無い程に世界をかき混ぜまくった。
しかも魂を放逐した神々が中途半端な優しさを見せて、異世界人にチート能力を授けてしまったもんだからタチが悪い。
大量殺戮能力で国を滅ぼしたり、内政チートなどという知識を使い『キカイコウジョウ』作ってを環境破壊をして、この世界の自然界に住む精霊を虐殺したりと……とにかくやり放題だ。
現在もこの世界のどこかで異世界人が暴れているのだろう。
今朝の新聞では北の国が異世界人の組織に侵略を受けていると書かれていた。
「ゴードンの奥さんは大丈夫なのか?」
「いや、塞ぎ込んでるよ」
もっとタチが悪いのは転生者だ。
転生者は異世界から魂状態でこの世界にやって来て、本来この世界で死んだ者の魂が循環して宿るはずだった子供の体を乗っ取るのだ。
もちろん、チート能力を持って。
それを放置すると転生者は成長した後に好き勝手始める。
故に、世界に被害が出る前に処理しなければならない。
この世界では子供が生まれたら神の眷属に魂を見てもらい、転生者の魂が入り込んでいたら子供が成長する前に命を奪わなければならない。
本来生まれてくるはずだった子供を奪われた夫婦の嘆きは聞くに堪えない。
ゴードンの奥さんも立ち直るまでに時間が掛かるだろう。
ロンドはゴードンの仲間である2人と彼を心配しながら話をしていると、先ほどの受付嬢が酒場までやって来てロンドへ声を掛けた。
「ロンドさーん! 査定終わりましたよ」
「ああ、どうだった?」
「賢者の能力を持ったガクセーですね。脅威度が高いのと被害未然防止ボーナスが入ってます」
ロンドは受付嬢から受け取った紙にサインをして再び彼女に手渡す。
「ありがとう」
「はい。口座に振り込んでおきますね」
ニコッと笑って彼女は立ち去って行く。
彼女の後姿を見送った後、ロンドは酒場のウェイトレスを呼んだ。
「ワインとソーセージの盛り合わせをお願い。あと、2人の会計も俺に回してくれ」
注文を受けたウェイトレスは「はーい」と言ってカウンターへ注文表を出しに離れて行った。
「ロンド、いいのか?」
「ああ。ボーナス入ったんだ。今日は付き合うよ」
ゴードン夫婦が子供の誕生を待ち望んでいたのはロンドもよく知っている。
仲間である2人も子供が出来た、と聞いて心から祝福していた。
「……ありがとうよ」
ウェイトレスの運んできたワイン瓶を持って掲げ、彼等と共にゴードン夫婦の子供へ哀悼を捧げた。
酒場でゴードンの仲間を慰めながらダラダラと過ごし、空が真っ暗になって星の光が降り注ぐ頃にロンドは事務所を後にして帰宅する為に大通りを歩く。
帰ったら風呂に入って寝よう、寝る前に一杯やろうか、なんて考えながら歩いていると『カンカンカン』と鐘を鳴らす音が街中に響き渡った。
この鐘を鳴らす音は警報音だ。
その音を聞いたロンドは、フワフワとした気持ちから一瞬で一変して気を引き締める。
すると、明かりが灯っている家から武器を持った男達が一斉に飛び出してきた。
その中には偶然にも酒場で話題となっていたゴードンの姿が混じっていた。
「ゴードン!!」
「ロンド! どうなってる!?」
「北側から鳴った!」
ロンドはゴードンへ手を挙げながら叫ぶと、それに気付いたゴードンが駆け寄ってくる。
彼の頬には涙の後が残っており、目は充血して赤かった。
「異世界人が入り込んだ!! 場所は北門付近だ!! 非戦闘員は家に戻ってカギを閉めろおおお!!」
街の自警団をしている青年が全力で大通りを南下しながら叫び声を上げていた。
それを聞いたロンドとゴードンは武器に手を当てながら大通りを北へ走る。
「クソが! 俺がぶっ殺してやる!!」
ゴードンは目を血走らせながら叫ぶ。
昼間の子供の件があった彼の心には異世界人への復讐心が渦巻いているのだろう。
「相手の脅威度がわからないんだから無茶するなよ!」
異世界人はチート能力を持っている。
ロンドのように転移したての者を殺すのは、相手が状況を把握していない為に殺害するのは容易い。
だが運良く逃げ続けて、この世界に馴染んだ異世界人は危険だ。
自分の持つ能力を把握し、この世界の住人に狙われているのを理解している。
武器を向ければ強力な力で反撃され、能力を持たないこの世界の住人は簡単に殺されてしまう。
「いたぞ! 東へ逃げた!」
街に住む住人やロンドと同じように異世界人狩りを生業とする者が、街に侵入した異世界人を追い立てる。
異世界人を街にいれて放置すれば、何かしらの問題を起こす。
平和に暮らしている自分達の生活を壊されたくない。
街に入れて余計な問題を引き込みたくない。
その一心で彼等は武器を手に取り、異世界人を殺害するのだ。
ロンドとゴードンが街の東側へ走っていると、大量の人が集まっている場所を見つける。
集まっている人たちの後ろへ近づくと、既に異世界人の逃走劇は終盤を迎えていたようだ。
街を囲む高い壁を背に追い詰められた異世界人へ街の住人や軍人が殺到して逃げられないよう人の壁を形成していた。
どうやら街に入り込んだ異世界人は1人だけのようだ。
「頼む! 仲間が怪我をしたんだ! ポーションを売って欲しいだけなんだよ! 俺達は貴方達を傷つける気は無いんだ!」
異世界人はローブで姿を隠しているが、声から推測するに男であった。
彼は街に来た理由を叫びながら、人ごみの先頭に立っている軍人に懇願していた。
「ふざけるな! 貴様等に売る物など無い!」
軍人が異世界人の要求を拒否すると、集まっている人々も「そうだ、そうだ」と大声で軍人を肯定する。
「な、なんでだ! 僕達がなにを……何をしたって言うんだよ! この世界に害を与えたのは僕達じゃない! 違う異世界人じゃないか!」
異世界人の男は必死に自分達は違うと叫ぶが、街の人達の気持ちは治まらない。
そして、ロンドの隣に立っていたゴードンは鬼の形相を浮かべながら人ごみを掻き分けて異世界人へ向かいながら叫ぶ。
「ふざけるなァ! お前達が! お前達がこの世界に来なければ! 俺の子供はァ! 俺の子供は転生者に乗っ取られたりしなかったんだ!!」
ゴードンは人ごみの先頭まで躍り出て、腰に収めていた剣を抜く。
「そ、そんなの! 俺達のせいじゃない! 俺達は――」
「うるせええええ!!」
ゴードンは剣を中段に構え、異世界人へ走り込む。
壁に追いやられていた異世界人はゴードンの剣を右に避けようとするが、家の屋根の上にいた者が放った矢を足に受け、短い悲鳴をあげながら体勢を崩してしまった。
その隙をゴードンは見逃さず、剣を異世界人の胸に突き立てた。ゴードンは剣を捻るようにしながら異世界人の胸から剣を抜く。
胸を突かれた異世界人はドクドクと流れる血を手で抑えるが、トドメとばかりに屋根の上から複数の矢が降り注ぐ。
足、腹、腕――体の至る所に矢が刺さり、異世界人は地面に崩れ落ちる。
「俺のせいじゃ……俺達のせいじゃ……」
地面に崩れ落ちた異世界人は、光が失われていく目を見せながら何度も呟きながら絶命した。
「チクショウ……! チクショウ! 俺の! 俺の子供がァァ……」
異世界人を殺したゴードンは剣から手を離し、その場で涙を流しながら崩れ落ちる。
「ゴードン……」
ロンドはゴードンの傍まで駆け寄り、彼の泣く姿を悲しそうに見つめる。
異世界人を殺そうと集まった人々も子供を失った彼に同情の目を向けたあと、殺した異世界人の死体に蹴りを入れて家へ戻って行く。
軍人は異世界人の死体を処理するために麻袋へ死体を詰めて、麻袋の口を括ったヒモを引き摺りながら去って行った。
ここは無数に存在する世界の1つ。
今日も神によって不法投棄された異世界人がこの世界に迷い込む。