5 召喚術の発動
やっと全体像が分かってきたので整理してみると。
リチャードは希望する物体を時と場所を特定して召喚出来る。
物体の召喚は等価交換が原則である。
交換のための物体は生き物が適している。
今リチャードは高価な浮世絵を召喚するために私を交換に使おうとしている。
寝不足も手伝ってか、眼が血走り言動も興奮気味で、理解出来ない言葉もずいぶんあったけれど、ようはこういうことのようだ。
一番肝腎な等価交換される生き物がどうなるのかというと、交換されて召喚物と入れ替わるというわけではないらしい。そもそも召喚といっても、あちらからこちらへ移動するわけではないらしい。どうも正確なコピーのようなものが出来上がるということのようだ。だから今までこの店で購入してきた物の不自然さ、オリジナルに極めて似ているが、妙に新しいという特徴はこのためだった。召喚術を行うと、蛙や蛇などの生贄は消え、替わりに磁器や浮世絵などが出現するというわけだ。使いきれなかった「パーツ」を残して…。
とにかく、リチャードが改良完成させた召喚術の現状はこんなところらしい。ご先祖様から引き継いだ秘技を受け継ぎ発展させた僕ってスゴイ状態で興奮気味の彼は、描かれた魔法陣の周りをゆっくりと歩きながらチェックを始めた。いよいよ最終段階らしい。
私の方も手をこまねいていたわけではない。手足の戒めの紐は、随分と緩んできていた。ただ、素人縛りのため緩んだのはたしかだが、車椅子の手すりに巻かれた紐の量が半端なく多かった。為に、緩みやすく抜けにくいというもどかしい状態になっていた。
「さあこれで完成だ。何がきてくれるかな」
うれしそうに手のひらをすりあわせて言った。
「なんだそんなこともわからないのか」
私は挑発するように身体をゆすりながら言った。
だが彼は作業が完成したことによる余裕か、あまり乗ってこない。
「ああそうだよ。作品の特定が出来なかったからね」
「そんなことで良いのか、それじゃあろくな物が来ないにちがいないぞ」
「いや、そんなことはない。何と言っても協力者が君だからね」
「僕は協力するなどと言ったおぼえはないぞ」
「うーん、まあそれについてはすまないとは思っているんだ。でも君も悪いんだ、滅多にないんだよこれだけ没頭して集中できることなんて。こんなタイミングに君が現れるんだもの。しかもいくら調べても分からなかった情報つきでだ」
「しったことか、君はそれに対する感謝の気持ちはないのか」
「そりゃああるさ。だから今こうやって解説もしているし。今まで僕はわざわざ説明しようなどとしたことはなかった」
「馬鹿野郎!そりゃ蛙や蛇が質問するわけがないだろう」
彼はかたをすくめるだけで、今度はなにも答えなかった。ポケットから古びた手帳を取り出し開いた。そしてブツブツと唱えだす。いよいよ呪文の時間らしい。
呪文はまったく意味が分からなかった。何語なのか見当もつかない。だが効き目は本物のようだ。私の目の前に薄く白い靄のようなものがかかってくる、そして少しづつ濃淡がつきピントが合うように景色が見えてきた。
店の中のように思える。所々の壁に絵が貼ってある。売り場のようだ、絵の入った入れ物が並んでいる。まだ開店前なのか人気はない。これが有名な蔦屋の店内なのか。思わず解こうとする手を止めて見入ってしまう。
最初はスクリーンに映されたような平面的だったものが、どんどんと立体感を増していく。
これは不味い。
そこでようやく左手側が縄から抜けた。かかっていたブレーキを外し、ホイールを回す。時計回りに勢い良く回転した車椅子が何かに乗り上げ大きくバランスを崩して横転した。リチャードの叫び声が聞こえる。そしてそれ以外にも鋭い声がきこえた。なにを言っているのは分からないが、叱責するような女性の声だった。
(買付時の注意)
小説や映画などでは召喚する時に怪しげな小道具をよく使っているようです。魔女の秘薬作りとごっちゃになっていて、イメージのための背景としてだけなのでしょう。魔術関係の資料を見ても、呪文などはそれらしく書いてあるのですが意味はよく分からないことしか言っていない気がします。お願いして来てもらうのなら何か御礼の品を用意するのが礼儀だと思います。