33 貿易業務
骨董品の値付けは結構微妙だ。仕入れ値に単純に決まった利益を乗せるというものではない。そのものの値打ち、相場というものもある。といって何でもかんでも相場に従ってしまうと客の目を惹かなくなる。そんなのはカタログ販売みたいなものだ。まあそれもありかもしれないが。
うちの店では、出来るだけ入荷したてのものは仕入れた価格に比例した値付けをする。そうすることで、掘り出し物を探す楽しみを作っておきたいと考えているからだ。安く仕入れた物は安く売る、長く続けていればそうしていることがほかからもわかってくる。それも信用の一つだ。
ということで、持ち帰った商品はその日のうちに半分程捌けた。これで経費分は稼げた。ホクホクして帳簿付けをしていると「先生悪い顔してる」といわれた、なんでや。
身の回りが落ち着つく間もなく頭の中を切り替えて貿易屋としての準備をする。輸出入の手続きを代行する専門の業者に行って打ち合わせを行う。今回は自分で荷を作り送り出しているから何の問題もなく話は進んだ。
ところでこの輸入手続きだが、普通の輸入貨物と少し違うのは、中身の殆どが骨董品ということになるので証明書を提出しなければならない、ということだ。まあどんな貨物だって何らかの証明書を必要とするのが貿易業務なのだが。
骨董品の定義は至ってシンプルだ。単に制作されてから百年以上経過している、ということだけだ。もちろん、それぞれの品に製造日などは書いていない。そこで鑑定が必要になる。値打ちは判断しないけどね。
いつも鑑定をお願いしている美大の先生に、事前の挨拶をして日程の確認をすることになる。私がこれをするのは久しぶりなので電話ではなく直接キャンパスに行くことにした。おまけもついてきたけど。まだ午前中だからお店は開けなくても良いけどね。貨物の荷受けも近いし会社としては留守番が欲しいところなんだが。
「会社専用の携帯がある」そうですか。そりゃべんりだ。
これも日常業務の一つだし、仕事を覚えるという観点からすれば、まあいいかな。とにかく教授の研究室へ、ってそっちじゃないのか。
「先生この前から学部長になったのよ。午前中はそっちの部屋にいることが多いの」そうですか。
「それって凄いのかな」
「そりゃそうでしょ。親父もなんかお祝い送ってたから」
「そうなんだ。じゃ、これ持ってきてちょうど良かったな」手提げ袋を私は持参していた。
「なにそれ、ワイロ」
「んー、ある意味そうかもしれない」
馬鹿なこと言っているうちに学部長室に着いた。秘書さんがいて、取り次ぐとかそんなシーンは残念ながらなかった。そういうドラマみたいな設定はないようだ。でも初めて訪ねる部屋だし、ちょっと躊躇していると、さっさとノックしてドアを開けるやつがいた。もちろんうちのお嬢様です。
「先生おはようございま~す」ああ、仕事モードじゃないな。
「失礼致します。先生お久しぶりです、またお手を煩わしますがよろしくお願いいたします」
教授あらため学部長は、大きなデスクで何やら書き物をしていた。
「なんだい、お揃いで。麻布くん、ついに良い話でもまとまったのかな」
「何いってんですか、こんなところで」あ、顔が少し赤くなったな。ゼミの教授でもあるらしいから会話が気楽なのもしかたがないが、今日は仕事だ、あまりワイワイされるのもまずいので世間話モードで学生と教授の会話になっているところに割り込む事にする。
「先生、学部長就任おめでとうございます。先日帰国したところでご挨拶が遅れました」
「そんないいもんじゃないよ。つまらん雑事が増えるばかりなんだから」そうだろうな。もともと学究肌で学内政治なんかには縁のない人だ。今の学長みたいに政財界との交流もしていないと思うし。
「お祝いと言ってはちょっとあれなんですが」私もわけのわからない言い回しで手提げ袋から荷物をだす。
「すいません。包みもなしで失礼かとは思いましたが」
「おお、これはこれは」先生の顔が一気にほころんだ。何が入っているのか知らなかった彼女がいぶかしげに尋ねる。
「なあにそれ。ひょっとしてお酒?」少し説明しておくか。
「そう、スコッチのシングルモルト。先生がお好きだと前に伺っていたのでね。メーカーの近くを通った際に手に入れてきたんだ」
「あーやっぱりワイロだ。高いんでしょうきっと」
「変なこと口走らないようにね。価格じゃないよ、これは。まあ希少ではあるけど」
「ふーん。じゃあ私が研究室へ持っていっときましょうか、先生」
「何を言うか。君たちに見せたらどうなるか。これはね、君たちにはまだ早いんだよ」
「えー、なんか嫌な感じ」
そうか、酒も危なくて置いておけない研究室か。しばらくごぶさたしているうちにずいぶん様子が変わったようだ。巻き込まれないように気を付けよう。




