32 帰京
しばらくぶりに帰ってきた東京は雨だった。ロンドンも雨は多いが、こちらの雨は苦手だ。傘がないと身体に湿気がまとわりつくような気がする。
親方とは違って私の荷物は多い。旅行用のあれこれではなく、商品をしこたま手荷物として持ち込んだからだ。正式な貨物として送りにくいものも手荷物としてなら結構簡単に日本へ持ち込める。もちろん非合法品などはないからだが。
しかし、空港を出てしまうと、単に重くてかさばる厄介な持ち物となる。それでも乗り継いで駅を出るまでは何とかなったが、雨は止む様子はない。両手はふさがっている。やれやれ。
タクシー乗り場に向かおうとしたところで声が聞こえた。私の名を呼ぶ声だ。久しぶりに名前を呼ばれて少し戸惑った。取り敢えず声のする方を見た。間違いではなかった。
「もう、さっきから呼んでるのに」
「ああ…ごめん、自分のことだと思わなかったよ」
「まったく、注意不足なんだから。とにかくお帰りなさい、車に行きましょう」
そう言ってさっさと歩きだす。彼女は親方の一人娘で、美大の学生で、たぶん一人で店を守っているはずなんだが。
「車って、免許取ったんだ」少しあわててあとを追いかける。
「そんなの一年の夏休みに取ったわ。この商売、車がなけりゃやってられないんだから当然でしょ」
いや、君はまだ学生だし。と言っても仕方がない、彼女は中学生の頃から店番をしていたものな。
「先生便名しか言わないんだから」だいたいの当たりをつけて駅まで迎えに来てくれたらしい。
私は素直に礼を言った。こういう時対応を間違うと、彼女は非常に不機嫌にになる。特に私を先生と呼ぶときは。
ロータリーの近くで待つように指示を受け、しばらく雨を避けれるところで待っているとワゴン車があらわれた。おお、結構仕事仕様だ。荷物を積み込んで、ありがたく助手席に座る。
ワゴン車はハイエースだった。貨物用ではなく乗用なのか、シートがそんな感じだ。ワイパー越しの風景は記憶とあまり変わりがないように見えた。良くも悪くもここはそういう街だ。 雨は結構強い。
「なんか最近の雨ってシトシトとは降らないのよね。スコールみたいに降るのよ」
たしかに私が子供だった頃はそうだったような気がする。
「温暖化のせいかもね」
「最近はゲリラ豪雨っていったりするのよ、なんか下品な言い方」そのうちロンドンもそうなるのだろうか。それは少し嫌だな。
あたりまえだが店の外観などは変わっていない。改装をして気分を変えるような商売じゃないからね。小さいが四階建ての自社ビルだ。店舗は一・二階を使い上は倉庫兼私の寝場所だった。今はどうなっているのか聞いていないが、東京にいるときはここで寝泊まりするのがここ数年のわたしのパターンだ。親方たちは近くのマンションに住んでいる。
鍵を開けて荷物を運び込む。照明はついたままだった。入り口に不在を知らせる札がかかっていた。紙ではなく板に筆文字で書かれた立派なものだった。
「わざわざ店を閉めて来てくれたのか」
「いつものことなの気にしないでね、親父が留守なんだから仕方がないのよ」店番を雇う気はないらしい。
「それよか早く値付けしなきゃ、おっつけ誰か来るかもしれないわ」
今日私が帰ってくることを、何人かに知らせていたらしい。忙しないことだ。




