31 別れ
東京との調整も済ませていないのに、親方はこちらでの段取りをどんどんと進めていった。
まずその一。私は車を取り上げられた。
飛行機やら列車やらいろいろと検討してみたが車が便利だとのこと。
私の仕事用は、と聞くと。「今回の仕入れ分は十分にあるからしばらくはいらないだろう」だそうです。
その二。ダイアナとメイドさんと二人揃って帰るとのこと。
「ダイアナ計画」は一応の目途が付いたので、帰って現地での計画を決めていきたい。
その三。「適当なところで東京に帰って貨物を受け入れる準備などをやっといてくれ」誰が、もちろん私です。
もうどんだけこっちに滞在するつもりなんだか。
永年の上下関係というのは恐ろしいもので、私としては親方に逆らうすべはなかった。
ダイアナはそれでも「みんな揃って帰りましょう」とは言ってくれたのだが。
「あまやかす必要はない」との一言で全ては決定となった。私のどこが甘やかされていると言うのだ。
2日ほどで準備は出来たようだ。
不思議なのは車の後部貨物スペースが一杯になっていることだ。親方の荷物はいつもショルダーバッグ一つだ。飛行機でも機内手荷物ですんでしまうぐらいだ。ダイアナ達と一緒に帰ってきた時も車は荷物で満載だったが、あれは各地で仕入れた物がほとんどだった。何が増えているのか、ダイアナとはほとんど行動をともにしていた筈で、買い物はあまりしていなかったと思うのだが。これだけ荷物があれば、そりゃあ車でいくわな。
後部座席も半分ふさがっている。その隣に親方が結構機嫌良く座っている。運転席はダイアナでメイドさんが助手席だ。釈然としないが、なんとなくこういう力関係になったようだ。
朝出発すれば午後にはフランスに着いているだろう。ドーバー海峡にトンネルが出来てから英仏の距離は時間的に随分近くなった。政治的にはそうでもないようだが。
ダイアナとはあれから二人きりになる機会がなかった。瞬間的にはもちろんいくらでもあったのだが、ゆっくりと話をするタイミングがなかったのだ。親方かメイドさんがどうしても同じ部屋にいたりする。狭い家なのでこれはしかたがない。買い物にさそっても二人きりにはなれなかった。
もっとも二人きりになったとして何を話すのか。考えはまとまっておらず、まとめようとしてもうまくいかなかった。
私はどうしたいのだろう。
結局車が出発していくのを家の前で見送った。運転席ではダイアナが楽しそうに地図をひろげている。
「気をつけてね」と声を掛けると、彼女は横のメイドさんから紙袋を受け取りそのまま私に差し出した。
「お昼ご飯よ」
「え、ありがとう」紙袋を受け取り御礼を言うのが精一杯だった。
「じゃあまたね」
車はあっさりと走り出した。私を一人残して。
東京でもそうなのだが、ロンドンは公共交通がよく出来ていて、たいがいのことは車無しで用が済む。本業である骨董品の買い付けや日本への送りにしても、やろうと思えば対応は出来る。早朝のマーケットは無理だけどね。
一週間程で色々と仕事を片付けてから、私は日本へ向かうことにした。




