30 親方の予定
階段を降りていくと親方の話し声が聞こえた。東京と電話でやり取りしているようで、どうも日程を延長しようと色々指示を出している。二三日の調整ではないようだ。
「もう一度確かめてまた連絡するわ」と言って切り上げている。交渉はまだ成立しなかったようだ。
「何を言って怒らせたんですか」電話相手の口調は随分とハイトーンだった。内容はともかく感情は横で漏れ聞いた私にもよく伝わった。
「まったく年々口うるさくなる。ちょっと予定をのばすだけのことやちゅーのに」怪しいな。
「何日変更するんですか」
「まあ一週間かそこらかな」目が少し泳いでますよ。
「半月もですか、そりゃあ怒られますよ」
「なんでやねん、一週間や」
「まあ倍がけでしょう、いつものことじゃないですか伸ばすのは」
「まあええやないか滅多にこっちに来られへんのやから」どんどん怪しい関西弁になっていくな。
「だいたい今回だってどうしたんですか。まえぶれもなしに」
これは私も悪いのだが。
「いい年の大人の男が一週間や二週間連絡が取れんからってなあ」
「それは…だから先週連絡して説明したじゃないですか」
「どうもその説明が怪しいってなあ、納得せんのよ。うちのが」
ああ、そういうことか。
「ちょっと行って確かめてみなきゃってなあ、自分でいきゃあいいのに。俺の仕事なんだから俺が行くべきだって言ったくせに。だったら予定を伸ばすぐらいなんだってんだよ」
要するに。私が原因でイギリスまで急遽出張してきたのだが本人はピンピンしているばかりか家には美女二人を侍らしていて何やら怪しい計画を練っている一枚噛むと面白そうなので遊びがてら(←重要)付き合ってみよう。というわけですね、親方。
「でも半月はちょっと長くないですか」
「半月はは既定事項かよ。それはまあ現地まで行ってみたいと思ったからな」
「今からですか?まだ何にもありませんよ、受け入れ態勢どころか宿だってあるかどうか」
「わかってるって。そこらへんのところは大体わかった。なにもないからいいんじゃないか、俺もこの話に乗る以上な、途中参加じゃつまらんからな、一等最初のプレーンなところから見てみたいんだよ。お前から見てどうなんだよ、行けると思ったからこんな話をひねり出したんだろう」
「そりゃそうです。良いところです、現在何もなくてでも色々と見るべきところが一杯あります」
「だろう、一週間や二週間必要なんじゃねえか。お前だって半月以上いたんだろう」
「やっぱり半月行く気まんまんじゃないですか。大体私は療養してたんです」
「なに言ってやがる、ツルッパゲになってメソメソしてただけだろう。気弱になってたところに美人さんに優しくされていいきになってたんじゃねえのか」
「メソメソなんかしてませんよ、ちゃんと仕事もしてたんですから」
ここに来て不毛な言い合いは、メイドさんが現れて食事のお誘いをするまで続いたのだった。




