3 召喚術だそうです
「何から言えば良いかな。僕が何をしているのか、それからだな」
さっきまでのいらついた様子から一転して、リチャードは落ち着いた口調で言った。ただしこちらを向いた眼はちょっと血走っているように見えた。少し怖い。
「今床に書いているのは何か分かるかな」
この対話の流れを途切れさせてはならない。私は思いつくままに応えた。
「なんといったかな…あれだ、ホロスコープだったっけ、その…占星術で使う、ホロスコープに似ているような気がするんだが」
「おーさすがだね、やっぱり君は博識だな。まあ似ているのはその通りだ」
「ということは占星術ではないってことかな」
「そうそう、あれは言ってみれば任意の場所と時間から見た天体位置を平面図形に落とし込んだものだ」
「じゃあ君が作っているのは」
「そうこれはね、天体ではなくこの地上を表しているんだ」
彼の授業が一気に一方的にそこから始まった。
曰く、占星術で使うホロスコープがそうであるように、この図形も古くからあるもので、秘術として一般には公開されていないらしい。秘密の一族にのみ伝えられ、維持発展してきたものなんだそうだ。
彼りチャードはその一族の末裔として秘術を受け継ぎ研究を重ねてきた。大学でも密かに資料を探して来たそうだ。そんな資料がある大学ってどこだよ。ケンブリッジって、あんたそんなとこ行ってたのか、超エリートじゃないか、なんでこんなとこにくすぶっているんだよ。
彼の語る話にとにかく合いの手を入れて話題を途切れないようにした。この事態を好転させるためには、時間をかせぎ拘束から脱出しなければならない。手足を椅子に固定している縄は、見たところ結構無駄にぐるぐると巻きつけてあった。あくまでも知識の上でだが、舞台などで上演される縄抜け術のコツは、できるだけ縄を多く使うことらしい。短くきちっと結ばれてしまうとほどけなくなるが、漫画の表現みたいにぐるぐると巻いてしまうと緩みやすいそうだ。だから私は彼の話に合わせるように相槌を打ち、うなづく。手足も一緒に。
「君は召喚術というものを知っているかい」
あー、なんかどんどんトンデモ方向に進んでいくような気がする。
「ファアストなんかの話かい。君の一族にはゲーテもいたのか」
「やはり知っていたか。無駄な説明を省けてうれしいよ」
しまった、むだな説明を長々としてもらえば良かった。
「悪魔でも今から呼び出そうというのか」
「うーん、生き物の召喚はどうも出来ないようなんだ。しかし悪魔というのは生き物なのかね、きみはどう思う」
「いやそれはまた別の問題だろう」
というか生き物でなければ出来るのかよ。
「それもそうだな。まあべつの機会に考察してみよう」
「そうだね、是非一緒に考えてみようじゃないか」
「ともかく、物体の召喚の話だ」
私の提案は軽く無視される。そして彼の話はやっと本題に入るのだ。
(買付時の注意)
占星術というのは、小説や映画などではよく出てきますが、骨董品としては小道具になりそうなものはまだ扱ったことはありません。秘伝の道具なんかがあるんでしょうか。水晶玉なんかはどっちかというと占い用だと思いますし。タロット(タロー)カードなんかもそうですよね。ホロスコープを作るためのコンパスや定規とかあったら…ってそりゃ単に製図道具か。それならよくころがってました。