29 休憩
予定と言われましても。
「そこですわ。是非相談に乗って頂きたいのです」
「ほう、相談?」
「どうでしょう、一口乗りませんこと、この事業に」
親方の目がキラリと光ったような気がした。
横のテーブルを見るといつの間にか資料が広げられている。街の模型やスケッチなども一緒だ。一気にダイアナのターンが始まった。私はそっとトイレに向かうふりをして抜け出すことにした。一応メイドさんには目配せをしておく。二階に上がりソファーに座り込む、朝から働きづめだ少し休まなきゃ。
気が付くと上着が脱がされ代わりに毛布が掛けられていた。30分ぐらいは寝てしまったようだ。サイドテーブルの上には水差しと一緒に鍵束と小銭入れが置かれていた。ズボンのポケットに入れていたものだ。スタンド式の帽子掛けにはハンガーで上着が掛けられていた。窓のカーテンは目隠しのレースだけが引かれていて、外はまだ明るいことがわかる。夕暮れ前の濃い青空が見えていた。白い雲がゆっくりと移動していく、ヒースローへ向かう旅客機が音もなく雲の下を飛んでいく、ここは空路に近いので低空を飛ぶ飛行機をよく見かけることがあった。空を眺めるのは久しぶりな気がした。湖のほとりでダイアナと見上げた空を思い出した。あのとき飛んでいたのは鳥たちだったが。
「何か見えますか?」ダイアナの声がした。さすがに驚いて体を起こす。ソファーの横に彼女は小椅子を置いて座っていた。寝ている体勢で頭側の向こうというのは全くの死角だ。
「ごめんなさい、驚かせましたね」
「いや、ちょうど君のことを考えていたら声がしたものだから…」
「まあ、お上手ね」
彼女は椅子から立ち上がり、あらためて身体を起こした私の横に座りなおした。水差しからコップに水を入れ手渡してくれる。ありがたく頂き一息つける。
「そうね、すこし濃かったかしら」私の眉毛に手をのばして軽くなでながら言った。
親方の相手はメイドさんにバトンタッチしているらしい。もともとジオラマみたいなものや地図などは彼女が作ったものらしいし、何人もの来客相手に説明もこなしているのでそういったことはお手の物のようだ。
「OYAKATAも参加してくれるようよ」楽しそうに日本語を混ぜる。
「そりゃあ君がプレゼンテーションすればね、大概大丈夫だろう」
「そうかしら、店舗を出そうかって言ってくれたわ、親方さん」
そりゃすごいな。でも何を商いするつもりなんだ。
「日本の骨董品や雑貨を置いてみたいって」
それは商売になるのか、あの街で。
「それはやり方だって。だいいちロンドンやパリなんかには日本物を扱っているお店が幾らでもあるでしょう」
「そうだけど、対象になる人口が違いすぎるよ」興味を持つ人々も。日本でだって東京で成立する商売がそのまま地方で成り立つわけではない。
「まあ親方さんにはなにかアイデアがあるんじゃない、そんな顔してたわ」どんな顔なんだ。
(買付時の注意)
帽子掛けというのは日本ではあまり見かけません。玄関先などに置くフックに鏡と傘立てがセットになった家具ですが、生活様式に違いがありすぎて使い道が少ないようです。一つ置いてあるとなかなか使い勝手の良いものです。スタンド式や壁に取り付けるタイプのものなど種類も色々あります。制作年代を間違って判断して、単なる中古品を骨董品として扱ってしまうこともありますが実用品なんで許してください。




