第九十四話 精霊化――様々な問題について
居間にメーガスとホラーツを呼びだすように執事さんに頼む。
グラセは魔力を結構消費してしまったようで、お昼寝をすると言って使用人が連れて行ってくれた。
部屋にアルフレートと並んで座っていたが、沈黙が怖い。
「あ~あの、アルフレート……」
『お二人さん、いい感じになっているじゃな~い』
気まずい雰囲気の中、突然アーキクァクト様が出現する。
もう慣れっこになってしまって、「あ、はい」みたいな反応になってしまった。
『眼鏡男子、順調に精神異常ているわね!』
それは、完全にアーキクァクト様のおかげさまです。
魂の契約を持ちかけなければ、こんなことにならなかったのに。
歴史改変で消えてしまう可能についても話してしまったし、これからどうなるのか。
はあと溜息を吐く。
『娘っ子あなた、それ正解よ』
「え!?」
『【太陽の子】の伴侶や恋人は、当人の命の危機が迫ると敏感に察知して、精神異常値が跳ね上がるの。そうなれば、暴走を繰り返して――ああやだ、怖い!』
【太陽の子】あるあるとして、命をかけて世界を救うとか、命と引き換えに誰かを救うとか、そういう場面に出くわすとか。たいていの【太陽の子】は周囲に黙っているらしい。けれど、傍にいる恋人とか夫は何も言わなくても敏感に察知し、【太陽の子】を守ろうとさまざまな問題行動を起こしてしまうのだとか。
『一番怖いのは魔王化ね。次に怖いのは心中。もうね、死ぬほど自己犠牲が強いから、【太陽の子】はなんでも受け入れてしまうのが完全にホラーなの!』
「そうなんだ……」
『多分、恋人や伴侶にきちんと相談したの、あなたが初めてかも』
アーキクァクト様は凄い勇気だと言ってくれた。
「私は、どうにもできなかったから、アルフレートに言っただけで……」
『普通の【太陽の子】の子は、それができないのよ。ほとんどの人が、自分の不幸に酔いしれて、受け入れてしまうの。自分さえ我慢をすれば――ってね。そんなの聖女でもいい子でもなんでもないわ。私からすれば、自分勝手よ』
もしかして、アーキクァクト様は私達に別の道を辿って欲しくて、魂の契約について教えてくれたのか。
『それもあるし、本当に契約結んじゃったら面白いし』
「……左様でございましたか」
でも、アルフレートに話せてよかった。これ以上思いつめたりしたら大変だから。
『ま、そんなわけだから、娘っ子も、眼鏡男子も諦めないで、最後まであがきなさいね』
激励の言葉を残し、アーキクァクト様は『男前の第七王子を見に行こ♪』なんて言葉を呟いて消えて行った。
それと入れ替わりに、メーガスとホラーツがやって来た。
アルフレートの目覚めに安堵し、何があったのかと聞かれる。
「師匠、ごめんなさい。アルフレートに歴史改変について話しちゃった」
「はあ!?」
「だって、アルフレートが魂の契約をしたいって熱望するから」
魂の契約の話を聞いたメーガスとホラーツは驚いていた。
『そんなものがあったのですね』
「初めて聞いたぞ」
私もびっくりした。それを受け入れようとしていたアルフレートにも。
太陽の子が周囲に及ぼす影響について話したら、メーガスは理解を示してくれた。
「そういう事情があるのならば、仕方がない。黙っているほうが罪だ」
「せ、師匠~~!」
むぎゅ~~と抱きつきにいきたいけれど、目付きが鋭かったので、思いとどまった。あれはきっと、あとで部屋に呼びだされてめちゃくちゃ説教をされるパターンだろう。
さてさて、説明が済んだあとで、本題に移る。
議題は『どうすればこの先消えずに生き残れるか』ということ。
「私、師匠にも消えて欲しくない……」
だから、みんなでできる限りの対策を考えたいと思う。
まずは、アルフレートの言った精霊の眷属化から。
『これは、アルフレート様は問題ないかと思いますが、エルフリーデ様は属性が違いますので、魔力の運用などで苦しむことになるかと』
「やっぱりそうなるよね」
アルフレートは私の手を握り、すまなかったと謝る。
太陽の子の伴侶に暴走はつき物らしいし、これくらいならば可愛いものだ。
『精霊化すれば、きっと人の輪廻から外れますので、歴史を変えても消えることはないのではと』
けれど、精霊化も問題がある。
それは、人ではなくなるということ。
『人から精霊に、というのはあまり例がありません。いったい、どうなってしまうのか……』
私が、私でなくなる可能性がある。アルフレートも。
それって、結構怖いことだと思う。
「それに加えて、永遠の時を生きることになるのだぞ? お前は、その覚悟があるのか?」
「え、でも、ずっとアルフレートやお義母様、メルヴ、炎狼、グラセとかと一緒にいられるってことでしょう?」
前のご主人様が亡くなってしまった話をするメルヴは、とても悲しそうだった。
もしも、私達が精霊化すれば、ずっとみんなと一緒に暮らせる。
一方、メーガスは厳しい顔で、精霊化について指摘した。
「お前は永遠を生きる辛さを想像できていない」
「う~ん。辛くなったら眠ったりしてもいいんじゃないかな」
封印されている精霊の話とかも聞くし、疲れたりしたらそういう風にしてもいいんじゃないかな、と思ったり。
「しかし……はあ」
メーガスに盛大な溜息を吐かれる。
ここで、ずっと何かを考えているように見えたアルフレートが発言する。
「そういえば、母の実家の精霊の始祖がいるのですが、その中に、精霊化した女性がいたような気がします」
『なんと!』
「ほう?」
精霊化した人がいたんだ。しかも、ストラルドブラグ家――アルフレートのご先祖様に。
「けれど、今、その方々がどこにいるのか……」
かなり遡った先に当たる人らしい。
お義母様に話を聞いてくれるらしい。
精霊化した人の意識については、その人を参考にできたらなと思う。会えるかはわからないけれど。
『あとは、どうやって精霊化するか、ですね』
一番手っ取り早い方法は、同じ属性の精霊の眷属になること。
「ここの世界の炎の大精霊様って?」
『炎獄王エールプティオーくらいでしょうか?』
かなり気性の荒い精霊様みたいで、現在は火山に封印されているとか。
「封印されていなくても、眷属化を許してくれそうにないよね」
他にも炎系の精霊を教えてもらったけれど、どれももれなく荒ぶる存在であった。
『もう一つ、精霊化に繋がる物がありますが――』
ホラーツは深刻そうな表情で語る。
『竜の血を飲むのです』
なんと!
竜は莫大な魔力量を持ち、その存在自体が高位精霊と同等、もしくはそれ以上の存在だと言う。その血は人間にとって毒だと言われ、浴びただけで死んでしまうという伝承もある。
『それもあながち間違いではありません。竜の血は高濃度の魔力です。ただの人が受け止めきれる物ではないのですよ』
けれど、私には竜の血を受け入れられる可能性があると言う。
「エルフリーデの、神杯か?」
『そうですね』
まあ、竜の血が受け入れられたとしても、竜がいないとどうにもならない。
「あの、その場合って、炎属性の竜を探さなければいけないってこと?」
『いえ、属性は関係ないかと』
「そっか」
しかし、竜がどこにいるかが問題だ。
竜人のヤンが所持する翼竜は竜と呼ばれているけれど、実質的に竜ではない。蜥蜴に近いのだと、前に教えてくれた。
『もしかしたら、ヤンさんが何かご存知かもしれないですね』
「そうだね。聞いてみようか」
方針がぼんやりと決まる。
まず、お義母様にご先祖様の精霊化した女性について聞くこと。
次に、竜についてヤンに聞くこと。
それから、竜の血を得ること。
魔王討伐までの道のりはまだまだ遠い。
▼notice▼
ストラルドブラグ家
氷の大精霊を祖先に持つ一家。
精霊の一人息子は半精霊化をしていた。時が経って完全な精霊と化し、その妻も眷属として精霊化を果たす。
以降、ストラルドブラグ家は精霊の血を引き継ぐ。そのほとんどは普通の人であったが、アルフレートの母のように先祖返りする者も存在している。




