第九十二話 戦慄――内なる世界へ
ヤンはいろいろと準備があるらしく、あとから合流してくれることになった。
こちらも、翼竜を受け入れる環境を作らなければならない。
チュリンはすぐに荷物を纏め、王都について来てくれた。
「チュリン、ありがとうね」
『いえ……私も義妹のことが心配でしたので』
「そうだよね」
転移魔法で王都まで帰る。
出迎えてくれたチュチュと、再会するチュリン。
『チュチュ!』
『チュ、チュリンお義姉様!?』
駆け寄った二人はひしっと抱き合う。
そんなチュチュとチュリンを見て、叫び声をあげるドリス氏。
「ああああ~~!!」
わかるよ。
二人の再会は感動的だし、抱き合う二人はもふもふ可愛いし、叫びたくなるもの。
チュチュの王都での頑張りを見ていたから、余計に感極まってしまった。
このまま感動に浸っていたいけれど、次なる目的を果たさなければならない。
メーガスの熱血魔法塾を受けなければ。
チュチュとチュリンには今日と明日、ゆっくり過ごして欲しいと言っておく。ドリスにも。三人で王都観光でも楽しんでもらえたらと勧めた。
ひとまず離宮に戻る。
出迎えたお義母様に、グラセを突然召喚したことを怒られてしまった。
「おかげで、一人寂しく眠ることになった」
「も、申し訳ありませんでした」
ちなみに、前にお義母様はメルヴと眠ったことがある。けれど、朝起きたらメルヴの表面に霜が付いていたので、気の毒に思って一緒に眠ることは止めたらしい。
以来、グラセと一緒に眠っていたとか。
お義母様は愛おしそうに「孫子よ!」と叫んでグラセを持ち上げ、昼寝をすると言って去って行った。
私はアルフレートと居間でメーガスを待つ。
執事さんが運んでくれたお茶とお菓子を楽しんだ。
お湯を使わずに、ミルクで淹れた紅茶は濃厚で美味しい。お菓子も焼きたてほかほかで、食べていると幸せな気分になる。
竜人の村で蟻のお茶と蜥蜴のお茶請けを食べたので、余計にそう思うのかもしれない。
「あ、そうだ。ヤンは王都暮らしって大丈夫なのかな? 食べ物とか」
「雑食だから問題ないだろう」
竜人にとって、虫や蜥蜴は嗜好品らしい。主食はお肉だとか。
「ヤンは王都に何度か来ていて、数日間問題なく過ごしていた。心配はいらない」
「そっか。だったら安心だね」
なんだか、いろんな人達を巻き込んでしまった。
申し訳なく思うけれど、魔王と戦うために力を合わせなければならない。
チュチュとチュリンは王都観光を楽しんでいるだろうか。
つかの間の休日を楽しんでほしいと思う。
「そういえば、私、アルフレートとデートしたことないかも」
ぽつりと呟けば、そうだったかと答えるアルフレート。
「二人で王都の街を歩きたいな」
「大変なことになるだろう」
「まあ、そうだけどね。アルフレート、超人気王族だし」
「いつの間にそんなことになっていたのか」
『結婚をされてからですね』
途中でやって来たホラーツが、質問に答えてくれる。
結婚式の時、露台から顔だししたことをきっかけに、人気が大爆発したとか。
「ああ、わかる! 結婚式の時のアルフレート、卒倒するほどかっこよかったから」
一瞬にして、王都の民を魅了してしまったのだろう。
『エルフリーデ様がお隣にいらっしゃって、表情が柔らかくなっていたのも良かったのかもしれないですね』
「そっか~」
『それと、新聞でアルフレート様のお仕事について報じられたのも大きかったかと』
「だよね! アルフレート、とっても頑張っていたから!」
ホラーツとアルフレート語りで盛り上がる。
すると、途中で突っ込まれてしまった。
「二人共、落ち着け」
アルフレートを愛する同志、話が止まらなかったのだ。
ここで、メーガスがやってくる。メルヴと炎狼も一緒だ。
「帰っていたのだな」
「ただいま!」
立ち上がってメーガスに向かって手を広げたけれど、ジロリと睨まれるばかりであった。
ホラーツはいつもぎゅっとしてくれるんだけどな~~。
「あれ、師匠、目赤いけれど、寝不足?」
「おかげさまでな!」
なんでも、伝説級の稀少魔技巧品、聖剣と魔剣に興味を持ったメーガスは、自室に揃って持ち帰り、いろいろと話を聞いていたとか。けれど、何を質問しても、結局は聖剣の惚気話になってしまい、古代の文明についての話題は引きだせなかったとか。
ちなみに、魔剣である元勇者スノウは一言も喋らなかったと言う。どうやら、大変な人見知りをするようだ。
「俺が独り身であると知っているのに、惚気がやって!」
「あ、うん……」
メーガスの前でアルフレートの話はなるべくしないようにしよう。そう、心に決めたのだった。
◇◇◇
午後からさっそく魔法強化の授業が始まる。
私とアルフレートは並んで席につき、教鞭をメーガスが執る。背後では、ホラーツが見学をしていた。人間式の魔法に興味があるらしい。研究熱心なことで。
そして、気になる授業内容については――
「まず、魔力を磨くのだ」
魔力を磨く。初めて聞く言葉だ。
今まで、基本的に魔力は体内で生成され、消費すれば自然に回復するのを待つしかない。
けれど、魔力を磨き、濃度を挙げれば、消費魔力も少なくなるんだとか。
「ある年より、この技術を教えるなと言われた。おそらく、神子の反逆を恐れていたのだろう」
「ふむふむ」
そして、気になる魔力の磨き方は――
「自らの内部に、魔力の核を探しに行くのだ」
「へ?」
トン、と人差し指で額を突かれる。その刹那、目の前が真っ暗になり、底なしの穴に落ちていくような感覚に襲われる。
「ぎょええええ~~~~!!」
我ながら酷い悲鳴だと思う。けれど、落下していく中で、冷静にはなるのは無理な話だろう。
地面にぶつかる! と身を縮め、瞼を閉じたけれど、底はフワフワでぽよんと着地した。なんじゃそりゃ。
それにしても、ここはいったい……?
立ち上がり、足を一歩踏み出せば、パッと周囲が明るくなる。
洞窟のような場所だと思ったけれど、森の中だった。
風で葉がさらさらと揺れる、普通の森。
「あ!!」
鮮明になった中で一番に目に入ったのは、アルフレートの後姿。
「アルフレート!!」
声をかけたら、走り出してしまう。
「ねえ、待って!!」
森の中でアルフレートと追いかけっこ。
謎の展開過ぎる。
道の先がキラキラと輝いていた。何かと思えば、湖だった。
走るアルフレートは、その湖の中へ飛び込む。
「ええっ、アルフレート、泳げるの!?」
私も湖に到着し、畔に腰を下ろす。水面を覗き込んだが、澄んだ水が見えるだけで、アルフレートはいない。
「え、やだ、アルフレート!!」
もしかして、溺れて沈んじゃったとか?
助けに行かなきゃと思って、ブーツと上着を脱ぐ。大きく息を吸い込んだら、ごぽごぽと水面が揺れだした。
「――んん?」
湖を覗き込めば、魔法陣が浮かび上がって水柱が上がった。
「ひえええ~~!!」
中から、人がでてくる。髭が長いおじいちゃんだ。
『質問をします』
「あ、はい……」
そんなことよりもアルフレート! と言いたかったけれど、それを許さない圧力のようなものがあった。
私は次の言葉を待つ。
『あなたが――』
突然湖から人が這い出てくる。
「あ!!」
アルフレートだった。
良かった、無事だったんだ。
抱きつこうとしたけれど、何か様子が違う。
思わず後退してしまった。
『落としたのは、色っぽいアルフレートですか?』
座り込んだアルフレートは、じっと上目遣いで私を見上げる。
こいつは確かに色っぽい。
でも、違う。アルフレートはこんなことをしない。
『では――』
またしても、ざばりとアルフレートが湖からでてくる。
『落としたのは、優しく甘ったるいアルフレートですか?』
アルフレートはふわりと柔らかな笑みを浮かべる。
そして、花畑に行こうと誘ってくれた。
誰にも邪魔をされない場所で、のんびり暮らそうと言ってくれたけれど、何かが違う。
「いや、素敵だけど、この人もアルフレートじゃない……」
そう答えたら、眉を顰める神様。
謝ろうとしたら、とんでもないことを言ってくる。
『では、この斧で二人のアルフレートをやっつけてください。そうすれば、本物を与えましょう』
「な、何それ!」
気がつけば、右手に斧を握っていた。
なんなんだ、この試練は。
前にもあったけれど、アルフレートと同じ姿の者に危害を与えるなんてできない。
「こんなこと、お断りだ~!!」
そう叫んで斧を湖の中へと放り投げ、私も湖の中へと潜る。
入ってから、泳いだことがないと気づいたけれど、今更どうしようもない。
不思議なことに、足をばたつかせれば、湖の底へと体が沈んでいく。
だんだんと真っ暗になり、息も苦しくなってきた。
だがしかし、ここで諦めるわけにはいかない。アルフレートを探さなければ。
とうとう、息が続かなくなって、ぶはっと口を開いてしまう。ごぼごぼと、酸素が逃げて行った。苦しい――けれど、ここで力尽きるわけにもいかない。
最後の力を振り絞ってバタ足していると、湖の奥でキラリと輝く物が見えた。
私はもうひと頑張りだと思い、足を必死になってバタつかせる。
光に向かって腕を伸ばした。
それは、真っ赤な宝石のようにも見える。
指先で触れたら、目も明けられないくらいに発光して――
「!?」
ガタリと、椅子から転げ落ちて目を覚ます。
「こ、ここは――!?」
「戻って来たか。思いの外、早かったな」
私の顔を覗き込むのは、メーガス。それから、心配そうなホラーツだった。
「あれ、私、今まで湖の底で溺れかけていて……」
「それは、お前の精神世界だ」
「精神、世界?」
なんでも、魔法使いは誰しも自分の中に内なる世界を持っているらしい。その多くは、自身にとって、都合のいい世界らしい。
ただ、その中で生きる住人は、外部からの侵入をよく思わない。それが、魔法使い本人であっても。
「なぜかと言えば、魔力の核となる物があるからだ」
最後に見た赤い宝石は、私の魔力の核らしい。
「意識をしてみれば、内なる中で感じるだろう?」
「あ、本当だ! 魔力が、形になって、手に取るようにわかる!」
これが、今回の成果だとか。
「日々、魔力の核を意識するようにしろ。それで、途中で形状なども自由にできる。そして最後に、磨くことを覚える。その時点になれば、自ずとやり方などもわかるだろう」
「うん、わかった。ありがとう、師匠」
魔力を磨くことについて習ったあとで、そう言えばアルフレートはどうしたと思って立ち上がる。
アルフレートも意識がない状況で、机に伏していた。
彼もまた、自らの内なる世界に飛び込んでいる最中なのだ。
なんか、眉間に皺を寄せて、苦しんでいるように見えるけれど、大丈夫だろうか?
「安心しろ。多くはそんなもんだ」
内なる世界は、その人物の恐れている光景が広がる場合が多い。
「お前みたいに、半ばニヤけ顔で潜っている奴など稀だろうな」
「私ったら、そんなはしたない表情を、無意識のうちに……」
だって、いろんなアルフレートがでてきたのだ。ニヤけるなというほうが難しいだろう。
まあ、とにかく、頑張れアルフレートと、応援しておいた。
▼notice▼
週刊王族誌
週に一回発行される、王族情報を中心に掲載している新聞。
アルフレートの結婚をきっかけに、彼を扱う記事があれば飛ぶように売れるようになる。
妻のエルフリーデ妃殿下による、夫コラムも大人気。




