第九十話 明らかとなる事実――アルとエルのあれやこれ
アルフレートと共にやって来たのは竜人の村。
ヤンを魔導研究局に誘おうと訪問していたのだ。
今回は夜なので、街は活気づいている。大木を切り抜いたお店など、灯篭にぼんやりと照らされた街並みは相変わらず幻想的で素敵だ。
『蜥蜴の香草焼きはいかが~?』
『新鮮な蛇酒あるよ~』
売っている品々はまったく素敵ではないけれど。
「エルフリーデ」
「ん?」
珍しく、アルフレートは私の手をぎゅっと握り締める。
やだ、周囲に竜人がいるのに。
人前で触れてくることなんてほとんどないのに、いったいどうしたのか。尋ねてみる。
「どうしたの?」
「いや、以前、ヤンがエルフリーデに結婚を申し込んでいたことを思い出して、それで、私は嫉妬をしてしまい――」
「そうだったんだ」
これも【太陽の子】のなせる技なのか。申し訳なく思ってしまう。
アルフレートは憂鬱そうに、話を続けた。
「それで、今回も、不機嫌になったりしたら、大人げないなと……」
「大丈夫だって。鼠妖精の祝賀会でもヤンは私を口説いてこなかったでしょう?」
「いや、ヤンが慣れ慣れしく話しかけるだけで、気に食わなかった」
「そ、そっか」
今も不安から、こうして手を繋いでしまったとか。
可愛いところがあるじゃんと思う一方で、【太陽の子】の影響かと思うとちょっと微妙な気持ちに。
『あら、娘っ子、それ、【太陽の子】の影響じゃないのよ!』
「ひえっ!」
突然上空から登場する神鳥アーキクァクト様。
登場にも驚いたけれど、心の中を読まれたことにもびっくりした。
『当たり前じゃな~い。アタシ、神よ。読心術なんてお手の物!』
「さ、さようで……」
でも、アルフレートの嫉妬が【太陽の子】の影響ではないとはどういう意味なのか。
『そうそう。あれはね、人々の特性に名前を付けたものなの。神の祝福っていうけれど、それ自体に不思議な力はないわ』
「な、なるほど」
『天真爛漫で馬鹿明るくて、自己犠牲値の高い人物に【太陽の子】の特性を割り当てられるのよ』
「へえ~」
なんでも、【太陽の子】は人格的に魅力的な人が多く、周囲にどんどん人が集まって来る特性があるらしい。それで、恋人や夫婦ができた場合、パートナーを不安にさせ、精神異常をきたしてしまうのだとか。
なんとも恐ろしい話である。
『ねえ、眼鏡男子、娘っ子の暴走には気を付けてね。【太陽の子】の特性持ちは、みんなのためとか言って、迷わず自分の命と引き換えに世界を救ったりするから』
それを聞いたアルフレートの、私の手を握る力が強くなる。
「大丈夫だってアルフレート、世界を救うなんて大層なことできないから」
「自分の命を犠牲にすれば可能だと言われたら、やりそうで怖い」
「まさか!」
アルフレートは立ち止まり、私をまっすぐに見下ろして言う。
「もしもそうなれば、世界は救わないでほしい。どうか、共に滅びゆく時を迎えてくれ」
私が世界を救い、アルフレートは一人になる。
そうなった場合、残されたほうはとても辛い思いをするんだと思う。
けれど、この先歴史が変わったら、私は消えてしまう可能性が大いにあるのだ。
「アルフレート、大丈夫だよ」
「エルフリーデの大丈夫は信用ならないんだ」
「そ、そんな」
アルフレート、さり気なく酷い。でも、これから先に起こりうることを考えれば、大きく否定もできないことだろう。
『お二人さん。だったら、魂の契約を結んじゃえばいいのよ~~』
「魂の契約って?」
『同じ時、運命、死も分かち合っちゃう系の、やばいくらい重たい契約よん』
「え~っと、それって、自分が死ねば相手も死ぬってこと?」
『正解! アタシ、そういうのも司っているの。なんなら無料で儀式してあげるけれど?』
「頼む」
「ア、アルフレートのお兄さん、ちょっと待って! もう少し考えよっか!」
びっくりした。アルフレート、迷いなさすぎ。
動揺する私に、辛そうに語りかけてくる。
「エルフリーデは平気なのか? 私がいなくても、悲しまずに暮らせるというだろうか」
「いや、それは、無理……」
だけど、この先のことを考えれば、了承するわけにはいかない。
っていうか、アーキクァクト様、私の心読んでいるはずなのに、どうして危険な契約を勧めてきたのか。
『だって、そのほうが面白いでしょ~~』
ですって。
いやいや、そうじゃなくって!
『いいじゃない、結んじゃえば。魔力値も共有になってお得だし、来世でもすぐ会える特典もついているから』
「来世もアルフレートに会えるの!? それは凄い!!」
『ちょっと待ってね。本で詳細を調べてあげるから』
アーキクァクト様は羽毛に包まれた胸をモフモフと探り、一冊の本を出す。
いや、そんな大きな本が収納されていたようには見えなかったけれど。四次元な羽毛空間なのだろうか。
『ふむふむ……へえ、そうなのね』
「それは?」
『過去と現在と未来のことが書いている書物よ』
「へ、へえ~」
ちなみに、来世ではアルフレートは女の子で、私が男の子だとか。
女の子なアルフレートか~。見てみたいかも。
『あなた達、今回だけ性別が逆転しているみたい。どうしてかしら?』
人々の魂というものは肉体を失っても消失せずに、生まれ変わって新たな肉体を得て、次の人生を送るようになっているらしい。前世の記憶を持っていることはほぼないと言う。
アーキクァクト様の調査によれば、過去の私は男性で、アルフレートは女性だったらしい。
『なるほど。あなた達、今まで一回も上手くいかずにに生涯を終えているみたいね。しかも、もれなく独身のまま。あまりにもすれ違うものだから、肉体の選別で男女入れ替えていたみたい』
「ええ~」
なんでも、新しい魂の人生で、波長がぴったりと合う者に出会えば、神様が縁を結ぶらしい。それによって、人類は繁栄する仕組みなのだとか。
けれど、二回目以降の人生での私とアルフレートはすれ違いまくり、産まれた地域どころか時代などが違っていて出会うことすらなかった事例もあったとか。
あまりにも上手くいかないので、男女入れ替えて誕生させたのが私とアルフレートらしい。
「ならば余計に、契約を結んでいたほうがいいだろう」
「う~ん」
「なぜ迷う?」
「いや、来世よりも今世が心配と言うか」
今から魔王軍との戦争が始める。
命をかける戦いに身を投じるので、私のうっかりがアルフレートにも響くことが怖いのだ。
「アーキクァクト様、そんなこと教えても大丈夫なんですか」
『アタシは神なのよ。誰が咎めるのかしら?』
「そうでした」
この件に関しては、要検討だろう。
もちろん今すぐ契約を結びたい気持ちはあるけれど、先のことを思えばなんとも言えないのだ。
話はいったん中断し、ヤンの家に向かう。
竜人の家は木をくり抜いて作られる。
高い位置に部屋があるので、竜人はするすると器用に昇っていくが、私達にはちょっと難しい。
なので、ほとんどの家には、縄と鉄の入れ物で作られた昇降機があって、それで部屋のある場所まで昇っていくのだ。これは子供の竜人用に作られた品であり、来客用ではない。なので――
「ひえええええ!!」
ぐらぐらと揺れながら昇っていく昇降機。動力源は魔石らしいけれど、いったいどんな仕組みになっているのやら。
とっても恐怖心を煽ってくれる代物であった。
「やばいくらい怖かった。アルフレートは平然としていたね」
「隣で騒がれたら、逆に冷静になる」
「そんなもんなんだ……」
部屋の前まで辿りついたので、呼び鈴を鳴らした。
『は~い。あ、アル殿下とエルフリーデ妃殿下!!』
久ぶりの来訪となった私達を、ヤンは明るく出迎えてくれた。
『うわ~~、まさか、本当に来てくれるなんて、ありがとう!』
元気そうで何よりである。
アルフレートは事前にお誘いの件について手紙で送っていたみたいで、話は早かった。
『あ、手紙にあった件、いいよ!』
玄関先でのヤン氏の一言である。
話が早すぎだ。
▼notice▼
人類転生のいまとむかし
神鳥アーキクァクトの所持していた書物。
きまぐれで、内容をエルフリーデに教えてくれた。
だが、書物の内容は運命の女神の手によって、しょっちゅう書き変えられる。




