第八十九話 聖女と――勇者
アルフレートの抱擁という対価を払ったところで、質問をする。
「すみません、さっそくなんですけれど、聖剣について聞きたくって」
『聖剣? ああ、勇者スノウに突き刺さっているけれど』
「そう、なんですね」
どうやら本に書いてあったことは本当のようだ。
『多分、引き抜いても大丈夫だと思うの。そろそろ成仏もしているでしょう』
勇者スノウに刺さっているものの、封印しているとかそういう意味合いではないらしい。
止めを刺したまま、放置してあるだけだとか。
『取りに行くのならば、早い方がいいかもしれないわね。行きましょう』
「え!?」
返事をする前に、景色がぐるりと反転する。
周囲は真っ暗となった。
何も見えない。
けれど、すぐ近くにアルフレートの魔力を感じる。手を伸ばして、服をぎゅっと握った。
「エルフリーデ」
「な、何?」
「その部位は、掴まないで欲しいのだが」
「お、おお……それは、申し訳ない、です」
どうやら、アルフレートのお尻の布地を握ってしまった模様。
暗闇だったから、ぜんぜんわからなかった。本当だよ。
他の人は来ていないようだった。アーキクァクト様の気配も感じない。
アルフレートと二人きりである。
『あ~ごめんなさいねえ~、アタシ、結界があって入れないみたい~~』
「結界、ですか?」
『そうなの~、きっと、ブス聖女の仕業ね』
「ブ、ブス聖女……?」
きっと、不細工な聖女という意味ではないのだろう。何か、きっと聖なる意味を持つ単語のはず。
『相変わらず、暗い場所ねえ~辛気臭いったらないわ』
魔法で灯りを点けてもいいと言うので、光球を作りだす。
周囲が明るくなれば、先のほうに黒い塊と突き刺さった何かの姿を確認できた。
「アーキクァクト様、なんか、見えました」
『多分、それが聖剣ね』
「え、ええ……。それで、あの……」
じっと目を凝らし、瞼を擦ってもう一度確認をする。見えた物は同じ。アルフレートにも確認したが、同一の感想だった。
アーキクァクト様に聞いてみる。
「あ、あの~」
『なあに、娘っ子?』
「剣が、二本、刺さっているんですけれど……?」
『二本……? ああ~忘れていたわ、それ、魔剣』
「え!?」
勇者スノウの亡骸に突き刺さる、二本の剣。
聖剣だけでなく、なぜ、魔剣も刺さっているのか。
ご丁寧に、白と黒の二本の鞘は並べておいてある。
『ここは神話の時代に作られた空間ではないの、ウン百年前だから最近ね』
永遠の時を生きるアーキクァクト様にとって、数百年は最近のことらしい。
ちょっとした諍いがあり、このような状態になってしまったとのこと。
『強いて言えば、プチ魔王騒動かしら?』
「え~っと、勇者が魔王化した、ということですか?」
『半分正解で半分不正解ね』
なんでも、魔力生成の力のみ有していた若者が勇者の骸に憑りつかれ、ちょっとした魔王になってしまったらしい。それの止めを刺したのが、聖剣と魔剣だったとか。
そんな話をしているうちに、二本の剣と勇者の亡骸の前に辿り着く。
亡骸といっても、黒い塊にしか見えない。
「あの~、アーキクァクト様、引き抜いたらいきなり生き返るとか、ないですよね?」
『さあ?』
「……」
「……」
『ウフフ、冗談よん』
ちょっとと言うか、相当笑えない冗談です。
一応、剣が刺さっている骸から勇者の魂は抜けているので、動きだすことはないらしい。
「怨念とかで動いたりもしないですよね?」
『大丈夫だから、サクっと抜いて、サクっと帰るわよ』
「了解です」
アルフレートと視線を交わし、白い剣の柄を握る。
触れた瞬間、魔力がぞわりと粟立った。けれど、嫌な感じではない。心が静まるというか、清浄な中に包まれているような感覚となる。これが、聖剣の力なのか。
一気に引き抜こうとしたが、想定外の事態となる。
『――ねえちょっと、無理矢理引かないで、わたくし、スノウから離れたくありませんのっ!』
「んん?」
女性の声が聞こえ、アルフレートと顔を見合わせる。
互いに、自分ではないと首を振った。
『相変わらず、うるさいわねえ、ブス聖女』
『その声はオカマ鳥!! あなたの差し金ですの!?』
『ねえ、眼鏡男子、ブス聖女がうるさいから、魔剣も抜いてくれる?』
『誰がブス聖女ですか! スノウも、なんとか言ってくださいな!』
『……』
なんだろう、この、置いてけぼり感。
アルフレートはアーキクァクト様の指示に従い、魔剣を引き抜いた。
私も聖剣を抜き、鞘に納める。
アルフレートは聖剣と魔剣の前に跪き、挨拶をする。
「申し遅れました。私はリードバンク王国の第五王子、アルフレート・ゼル・フライフォーゲルと申します。隣にいるのは妻のエルフリーデです」
『私は聖女ヴィクトリアール、こちらは夫のスノウですわ』
まさかの聖剣、魔剣ご夫婦!
しかし二人はなぜ剣の姿に……?
駄目元で質問してみる。
『なんか、この人わたくしが死にそうになって病んでしまいまして、実際わたくしも死にそうになっていたから、剣に魂を映して支えようと思いましたの。スノウはあとの時代になって魔剣になりました』
「そう、だったのですね」
ということは、物語の最後で勇者スノウに止めを刺したのは、聖女ヴィクトリアールということになる。なんて切ないのか。
けれど、物語はそれで終わりではなかった。
結末はめでたしめでたしではないけれど、ずっと一緒にいられる二人が羨ましく思ってしまった。
『それで、わたくし達に何か用事ですの?』
「それがですね、魔王がやって来まして、是非ともお力を借りたいなと」
『嫌ですわ。ねえ、スノウ?』
『……』
勇者スノウは無口なのか、まったく喋らない。その分、聖女様が喋っているけれど。
それにしても困った。ここで、聖剣と魔剣のご機嫌伺いをすることになるとは。
「どうか、お願いいたします」
アルフレートは頭を下げる。私も続いた。
『もう、魔王とかなんとか、国に巻き込まれる騒ぎに関わりたくありませんの。わたくしはゆっくり、静かな場所でスノウとイチャイチャしたいだけですわ!』
「ああ、すごく……わかります……」
聖女様の主張に思わず同意してしまった。
『あなたたちも、そうですの?』
「はい、本心を言えば、今魔王とかどうでもよくて、新婚ですし、夫とイチャイチャしたいです……!」
力強い主張を伝えた。
アルフレートは隣で呆れていた。ごめんね、こんな奥さんで。一応、謝っておく。
『あなた、エルフリーデといったかしら?』
「はい」
『なんだか、私わたくし達気が合いそうですわ』
「ええ……そうですね!」
心から夫を愛し、隙あらばイチャイチャしたい。そんな想いを持った者同士なのである。
『似たような境遇にいるのならば、放っておけませんわ。仕方がないので、力を貸します。スノウは?』
『ヴィクトリアールの言う通りに』
『ありがとう』
こうして、聖剣と魔剣の契約が交わされる。
魔力生成の力がある聖剣は私に。
神杯の力がある魔剣はアルフレートに。
「――あ!」
勇者スノウの亡骸は、突然消えていった。
ご夫婦は、何も反応しない。
私達も振れずに、アーキクァクト様に頼んで元の場所に戻ることにした。
こうして、聖剣と魔剣を手にした私達だけど、課題は山積み。
そして――
『この、オカマ鳥、わたくしのスノウに触らないで!』
『あら~いいじゃな~い。ねえ、スノウ』
『よくありませんわ!! スノウもなんとか言って!』
『うん……』
『うんじゃなくて!!』
賑やかな神話時代の人々(?)
みんなの気分も沈んでいたし、いいことなんじゃないかな。多分。
▼notice▼
聖剣ヴィクトリアール
夫命の聖剣様。
エルフリーデと意気投合するも、久々の下界にてライバルだった神鳥アーキクァクトと出会うこととなり、日々小競り合いをしている。
魔剣スノウは静観していた。
ヴィクトリアールも【太陽の子】の祝福を持ち、夫となったスノウはもれなくヤンデレと化した。




