第九話 戦慄――まさかの有志達
実を言えば、女性用の下穿きを穿くのは初めてだったりする。子どもの時は母が作った男女兼用の物だった。
神子時代は下着類も、神官が用意した男性用の物を着用していたのだ。
さっき広げた下穿きはとても可愛かった。
もう一度見てみたくなり、遠くへと押しやった木箱を傍に寄せる。そして、そっと蓋を開け、綺麗に収められた物の一枚を広げてみた。
手に取れば、しなやかで手触りの良い布を使っていることがわかる。
品のある白いレースに、左右に結んだリボンがとても可愛らしい。
なんというか、下穿きなのに、至極可憐だ
思わずほうと溜息がでる。
この素敵な下穿きを私なんかが穿いてもいいのだろうか?
そんなことを考えつつ、胸当ての箱も開けてみる。
「お、おお……!」
胸当てもまた、フリルとリボンがふんだんに使われた可愛らしい物だった。
一枚一枚広げてみれば、下穿きと上下一組になっていることに気付く。
なんという素晴らしいお仕事なのか。
ありがたく着用させていただこうと、下着の前で思わず手と手を合わせてしまった。
大きな箱には普段着の神子服を模した物と、もう一つはシャツ類、最後の一つは寝間着。
どれも丁寧に作られていて、眺めながら感極まる。
――ありがとう、鼠妖精のみんな! 私、これを着て頑張るよ。
そう、心に誓ったのである。
◇◇◇
翌日。
装いを新たに心機一転と、気合を入れて新しい朝を迎える。
チュチュとも三日ぶりの再会となった。
「チュチュ、いろいろお世話になったみたいで」
『炎の御方様……!』
チュチュはちまちま、ちまちまちまと近づき、すぐ目の前で立ち止まる。
丸くて黒い目が、微かに潤んでいるような気がした。
「チュチュ?」
『心配を、しておりました。陶器の工房で、突然倒れて、三日間も目を覚まさないので――』
「ごめんね」
『いいえ。ですが、こんなことを言える身分ではないことを承知のうえで言わせていただきます。どうか、あまり、ご無理はなさらぬよう……』
「うん」
『約束を』
「わかった」
しゃがみ込んでチュチュと同じ目線になる。
手を差し出せば、小さな両手を重ねてくれた。
……これ、抱きしめてもいい雰囲気なのかな?
チュチュと見つめ合いながら、ふと思う。
いいや、まだ駄目だろう。
反省していないと思われても嫌だし、今回も我慢だ。
チュチュとの絆を深めたところで、あるお知らせを聞く。
なんでも、朝食の前にアルフレートの執務室に来て欲しいとのこと。
いったい何の用事なのか。首を傾げながら向かう。
ご領主様は朝から眉間に皺を寄せ、執務机の椅子に腰かけていた。
そんな彼に、朝の挨拶をする。
「おはよう、アルフレート」
「……おはよう、炎の」
「いろいろと、心配をかけたね」
「まったくだ」
片目を瞑って可愛らしく「ごめんね」と言ったけれど、真顔で「次は許さない」と返すアルフレート。
なかなか手ごわい。師匠はこれで許してくれたんだけどな。
おふざけはこのくらいにして、本題へと移る。
「それで、話とは?」
「ああ、それなんだが――」
アルフレートが話し始めたのと同時に、トントンと扉が叩かれる。
やって来たのはホラーツだった。
「爺、どうした?」
『いえ、それが、村から有志の方々が……』
「もう来たのか?」
『はい、すぐ私の後ろに。お入れしても?』
「……まあ、すでに来ているのならば、仕方がない」
アルフレートは外にいる人(?)に向かって、入れと命じた。
ホラーツが扉を開けば、鼠妖精の奥様、お嬢様方が一列に並んで行進してくる。
数は全部で二十くらいだろうか?
執務机の前に綺麗に整列し、『おはようございます』と元気よく挨拶をしてくれた。
この方々はいったい……?
アルフレートに視線で問いかける。
「彼女らは、陶器職人の家族の者達で、お前に一言お礼を言いたいと」
「それはそれは、ご丁寧に」
鼠妖精達に視線を戻せば、皆で一斉に『炎の御方様、工房に素敵な炎をありがとうございました』と声を揃えて言う。
「いや~、なんだか照れるなあ」
「調子に乗るなよ」
「……はい」
デレデレしていたら、すぐにアルフレートから釘を刺される。
「――それで、あの者達より希望があり、是非ともお前に仕えたいと」
「え!?」
鼠妖精が私に仕えたい? こんなにたくさん?
「工房の炎のお礼だそうだ」
なんでも、竈に薪をくべなくなってかなり余裕ができたので、空いた時間はここで働きたいと。しかも、無償でと言っているらしい。
どうするかと、決定を一任される。
これは、判断が難しい。
アルフレートに近づき、耳元で内緒話をする。
「いいの?」
「……何がだ?」
「無償で仕えたいってお話」
しばし黙り込んだので、顔を覗き込めば、怒られてしまった。
「……近い!」
「あ、ごめん」
体をぐいっと強く押され、おとっとっとと、たたらを踏んでしまった。
それよりも、答えが聞きたいので、アルフレートに大丈夫なのかと再び問いかける。
「お前の炎は、それだけ価値があるということだ。問題はまったくないから、好意に甘えるといい」
「そっか。了解」
鼠妖精に、「これからよろしくね」と言えば『もちろんです、炎の御方様! 精一杯お仕えいたします』と揃って頭を下げてくれた。
その様子を眺めていたら、若干の危機感を覚える。
――ああ、みんなまとめてもふりたい。
もふり欲を刺激してくれる集まりに、戦慄を覚える。
私、大丈夫かな? チュチュだけでも我慢が限界なのに……。
なんとか耐えるしかないと思った。
◇◇◇
鼠妖精がいなくなった執務室で、村の薪不足問題について話される。
「隣町の鉱山で採掘する許可と、移動手段である翼竜の手配が完了した」
「おお、仕事が早い」
一昨日、翼竜便がやってきたので、ついでに手紙を渡したらしい。昨日、すぐに返事があったとか。
「戦力だが、前衛は知り合いの剣士に頼もうと思っている」
後衛は私とホラーツ。
中衛は鼠妖精の騎士団から人員を借りるらしい。
「鼠妖精の騎士団があるんだ」
「村長の家に入ったあと、案内しようと思っていたんだが」
「よ、予定を崩してしまい、すみませんでした」
「いい。今度案内する」
「ありがとう」
ちなみに、今回アルフレートはお留守番組。領主様なので、当り前だろう。
案内役に鉱山で働いていた人もつけてくれるらしい。心強い存在だった。
「前衛の人は、アルフレートの知り合い?」
「ああ。彼も人間ではないが」
「そうなんだ~」
翼竜便の従業員らしい。どんな人(?)なのか、楽しみだ。
「その代わり、魔石の製作は、可能な限り手伝おう」
「あ、それは助かる」
石に呪いを彫る作業は地味にきついお仕事だ。
呪文は他人には教えないけれど、アルフレートならば大丈夫だろう。
「あ、でも、もう少し手は必要かな?」
「鼠妖精に頼めばいいのでは?」
「いや、力仕事だから、彼女達には辛いかなって」
それに、一生懸命働かれたら、可愛くって気になってしまうので、鼠妖精に手伝ってもらう案は却下する。
「ならば、隣町から人員を確保するのか?」
「う~ん。魔力のない人は難しいかも」
手っ取り早く、お手伝いを呼ぶ方法が一つだけあった。
「地下の召喚陣、使ってもいいかな?」
「それはまあ、構わないが」
「よかった。ありがとう」
召喚魔法は魔導神殿の教えでは禁術とされている。
けれど、国が違えば決まりもまた違う。
この国では、召喚は合法のようだった。
朝食後、私はさっそく召喚の儀式を行うことにした。
▼notice▼
【炎の魔眼ウインク】
エルフリーデの謝罪時にでる、まったく反省しているように見えない技の一つ。
だが、師匠はこれで大抵許してしまうチョロさ。
尚、発動時、不思議な力はまったくない。