第八十七話 読書――明らかとなった事実
召喚された勇者スノウ・ノーヴァは白皙の美少年剣士だったとか。
剣術だけでなく魔法も扱い、圧倒的な力を見せた。
魔王は人々の負の感情――暴食、色欲、憤怒、怠惰、嫉妬、高慢などを魔力に変換する力を有していた。
一方で、勇者スノウは知慮、勇気、節制、正義の感情を魔力に変換する力を持っていた。
勇者スノウは人々の希望を受け、力を増していく。
そして、魔王は聖女ヴィクトリアールと共に倒された。
「めでたし、めでたし?」
「いや、続きがある――」
ぱらりとページを捲ったけれど、アルフレートの顔が強張る。いったいどうしたのか。
「なんかすごいこと書いてあるの?」
「いや、古代語で書かれているので、読めない」
「そっか。残念だね」
なぜ、最後だけ古代語なのか。
本を覗き込めば――
「ん?」
「どうした?」
「いや、普通に読めるから」
「ああ、そうか。エルフリーデは召喚時に、様々な言語が堪能になるという祝福があった」
「あ、忘れてた」
今度は私が本を読み始める。
「えっと、魔王討伐後、勇者スノウは帝国の姫であるヴィクトリアールと結婚した。二人は幸せに暮らしていたが――」
勇者と聖女の新婚生活は甘いだけではなかった。
国からの依頼で残存魔物を倒したり、外交の手助けをしたりと忙しい日々を過ごしていたが、ある日、妻であるヴィクトリアールが病で倒れた。
それから、勇者は一人で魔物を討伐し、父王の願いを聞いて国交を行った。
日々、頑張っていたが、ヴィクトリアールの容態はよくなることもなく――ついに、子を望めないと判断した国王は最低最悪の判断を下す。
勇者にヴィクトリアールの妹を宛がおうとしたのだ。
それを聞いた勇者は狂い、死んだように眠る妻を連れて国から逃げ出す。
勇者は自らの盾を国境の砦に置いていった。その祝福により、魔物が入れなくなるのだ。それは妻の生まれ育った国への、ささやかな情けであった。
勇者と聖女はとある森にある小屋の中で、生活を始めた。だが、ヴィクトリアールは眠ったまま。幸せな生活は戻ってこない。
絶望から勇者の神杯と魔力生成の力は病み、白から黒へと染まっていく。その後、突然破壊衝動に襲われた。勇者スノウは負の力を糧とするようになってしまったのだ。
精神を病み、自傷をしては、すぐに回復してしまう行為を繰り返す。
自暴自棄となったスノウは病床の妻、ヴィクトリアールの姿も何日も見ていない。世話をする人もいなければ、薬や食料もない環境で、放置していた。もはや、生きているとは思えなかった。
「最後、勇者は聖剣を胸に息絶える。刺したのは――」
文字が掠れていて、読めなかった。
背筋がそわりと粟立ち、本をパタンと閉じて、アルフレートに抱きつく。
「なんか、凄い話……」
「ああ、なんと言えばいいのか」
けれど、わかったことがある。
魔王は聖剣で倒せること。それから、神杯は精神が病めば汚染されてしまう可能性があるということ。
勇者は孤独で、心のよりどころが奥さんしかいなかった。
でも、私達は、家族がいる。もしも誰かが欠けたとしても、きっと大丈夫。
「勇者の聖剣とか、盾とかあったら安心だけど、帝国とこの国ってどういう関係だっけ?」
「あまりよくはないな」
「そっか」
お義母さんのご実家のある国は良い関係を結んでいるらしいけれど、国と国の間を挟んで外交とか、なかなか面倒な気がする。
「それよりも、召喚術で呼んだ方がはやいかもしれない」
「勇者を?」
「違う。神鳥アーキクァクトを」
アーキクァクトというのは、物語の中に出ていた聖なる鳥で、勇者の手助けをしてくれる親切な存在だ。
「でも、神鳥なんて召喚したら消費魔力も凄いことになるんじゃ」
「作中の描写を読めば、慈愛に満ちた存在とあったので、こちらが困っている旨を魔法陣に記せば、来てくれるのではないか?」
「う~ん。そうだったらいいけれど」
このところ、何日か雹が降ったので、グラセの中に結構な魔力が貯まっているらしい。そういえば、グラセの大きさが一回りくらい大きくなっていたような。
まあ、これはメーガスと話し合いをしなければならないだろう。
「どちらにせよ、帝国に勇者の遺物などないのでは?」
「そうだね。この古代文字で書かれてあった記述が本当だったら、聖剣は帝国にはないと思う」
ならば、勇者と聖女と共に旅をしていた神鳥アーキクァクトに聞くしかない。
なんか、挿絵では真っ赤な羽毛に鷹の頭部、首から脚まで人間で、膝から下は鳥という神々しい姿で描かれていた。
きっと、厳かな存在に違いない。
「改めて読んでよかった。勇者の重圧とかも、知ることができたし」
世界最古の勇者の物語、『白きエリクシルの勇者』。昔、メーガスに読んでもらったのに、ほとんど覚えていなかった。
私が怖かったと思っていたのは、勇者が神杯を汚染させてしまう部分だろう。
メーガスも、精神に支障をきたせばこういうことが起こるのだと、教えるために読み聞かせてくれたのかもしれない。
「もうなんか、情報が多過ぎて、混乱する」
「また明日、皆で考えて整理するとしよう」
「うん、そうだね」
とりあえず、今日は眠るとしよう。
アルフレートにぴったりとくっついて暖を取りつつ、就寝することにした。
◇◇◇
翌日、魔導研究局のメンバーを集め、話し合いをする。
アルフレート、メーガス、ホラーツが真剣な顔で意見の交換をした。ちなみに、お義母様は今日も離宮でお留守番。
まず、昨日読んだ『白きエリクシルの勇者』の中にでてくる魔王討伐アイテムについて話し合う。
『確かに、魔王を倒した聖剣の話は有名ですね』
「しかし、実在しているのかどうか」
「聖剣は召喚できないの?」
『召喚術は生き物を呼びだす術式なので、意志を持たない聖剣を呼ぶということはできないでしょう』
「そっか~」
聖剣について、この場で新たな事実が発覚する。
「そもそも、ただの人が聖剣など使えないだろう」
「何か条件があるってこと」
「そうだ」
まず、勇者の称号を必要とする。次に、神杯と魔力生成の力があること。それから、神の祝福を必要とする、らしい。
「神の祝福とは?」
「特別な素養だ。これは、誰が持っているか、鑑定の力を持っていないとわからん」
「鑑定って、妖精族とかしか使えないやつだよね」
「そうだ」
ううむ。なるほど。聖剣を手に入れても、私達は条件を満たしていないので使えないと。
でも、持っていたら勇気がでたり、魔王を脅したりとかできそう。お守り的な存在と言うか。
次に、神鳥アーキクァクトについて。
「なんだ、それは? そんなもの、いたか?」
『私も、初耳です』
生きる魔法辞典であるホラーツとメーガスが知らないとは。
勇者の本はたくさんあったので、登場している物としていない物があるのか。
本を持って来ていたので、二人に見せる。
「結構序盤から出てくるんだけど~」
パラパラとページを捲るが、見つからない。
「……あれ?」
いくら探してもわからないので、アルフレートに手渡す。が。
「記述が、なくなっている?」
「なんだって~~」
消えていたのはアーキクァクトの記述だけではない。最後のページの古代文字も綺麗になくなっていたのだ。
ホラーツとメーガスが、訝しげな視線を本に向ける。
『これは――』
「呪いがかかっておる」
誰かが本に仕掛けをしていて、読み終われば消えるようになっているらしい。
いったい誰が、どんな目的で施したものかのか。
けれど、アルフレートは内容を暗記していて、別の紙に書き移してくれた。
『なるほど……神鳥アーキクァクト、ですか』
「気になる存在だな」
アーキクァクトの召喚が、魔王討伐の鍵になりそうだ。
『確かに、本にあった記述が本物ならば、神鳥は私達に救いの手を差し伸べてくれるでしょう』
どうか、そうであってほしい。
再度話し合い、今回の召喚術はアルフレートが行うことになった。
夜に、鼠妖精の村に行き、地下の研究室で儀式を執り行う予定だ。
▼notice▼
聖剣
魔王を一刀両断できる聖なる剣。
勇者のみ使うことを可能とする。
勇者スノウの持っていた聖剣は、柄も刃も鞘も白い。
※活動報告にて、SSを公開しています。よろしかったら是非!




