第八十六話 報告――リチャード殿下へ
午後から、アルフレートと共に王宮の図書室に向かった。
王族専用とあって、中には誰もいない。
司書さんに『白きエリクシルの勇者』を探してもらう。
「こちらの棚すべてですね」
「おお~」
ざっと百冊以上はありそうな。
司書さんにオススメの一冊を選んでもらった。
分厚いので、離宮に持って帰ってから読む。
その後、定例会議に参加した。
国王陛下にリチャード殿下、それから偉そうなおじさま達が、苦渋の表情を浮かべて座っていた。
各国の状況を直接聞くことになり、周囲の人々は悲壮感が漂っている。
日々、魔物の勢力は増していき、被害が大きくなっていた。
魔王降臨については、まだ正式に発表はしていないらしい。けれど、商人などから聞き入れる噂を耳にして、不安に思っている人達が国王陛下への謁見を訴えているとか。
アルフレートの顔を見る。
こちらに視線は向けずに、厳しい表情で机の下でぎゅっと私の手を握った。
時期尚早だと言いたいのだろう。
わかっている。
今の私達には、勇者を名乗れる実力はない。
一応、リチャード殿下にだけ相談しておこうと、みんなで話し合って決めていた。
定例会議が終わったあと、時間を作ってもらう。
「それで、話とは?」
「まだ、実行に至れるかわからない話なのですが」
「うむ」
私達はリチャード殿下に、勇者計画を話した。
どういう反応をされるかドキドキだったけれど、案の定、反対されてしまった。
「自ら世界の期待を背負い込むなど、あってはならぬ。お主らには、静かに暮らし、幸せな日々を過ごして欲しい」
魔導研究局は騎士団の所属になっているけれど、戦場の前線には行けないような決まりを作っていたらしい。
そもそも、魔導研究局はアルフレートの能力を最大に発揮できて、心穏やかに過ごせるように作った組織だったとか。
「けれど、私達には、世界を救えるかもしれない可能性がある。兄上、どうか、家族としてではなく、王族としての理解を示して欲しい」
「……」
リチャード殿下は腕を組み、険しい表情を崩そうとしない。
こんなに怖い顔のリチャード殿下を見たのは初めてだ。それだけ、心配なのだろう。アルフレートはこんなにも愛されているんだと、胸が温かくなった。
「まったく、主の頑固は誰に似たのか」
「兄上だと思います」
「なるほどな。互いに引かないわけだ」
この件に関しては保留と言われてしまった。今、この場で認めるわけにはいかないと。
私達も、『白きエリクシルの勇者』の物語を読んで、勇者の苦労を知らなければならない。
その後、夕食に誘われたので、リチャード殿下の離宮に一緒に向かった。
ここで、久々にリリンと再会する。
どうやら寂しい思いをしていたようで、深く反省することになった。
「ごめんね、私、リリンのお姉さんなのに」
「ううん、いいの。チュチュもたまに来てくれるし」
「そっか」
チュチュとリリンは良いお友達付き合いをしているようだ。絵を描いたり、絵本を読んだりしているらしい。羨まし過ぎる。仲間に加わりたいけれど、忙しくてどうにもタイミングが合わない。
今度、一緒にアイスクリーム会をやろうと約束した。
雪の大精霊様と会ったら、リリンも喜びそうだ。
お食事会は終始和やかなムードで、美味しかったし楽しかった。
ここ数日、魔王について考えていたことによる張り詰めた心も解けていく。
夕食後、サリアさんにお茶に誘われた。
テーブルの上には三段のお菓子スタンドが。一番下はサンドイッチ、二段目はスコーン、三段目はケーキと果物。一段目から順に攻略していくらしい。夕食後だったけれど、どれも一口サイズなので、ぺろりと食べてしまう。
「こんなに食べて、太らないかな?」
「エルフリーデさんはもうちょっとふっくらしたほうがいいですよ」
最近、結構太ったかなと思ったけれど、そうでもないようだ。
一方で、サリアさんは相変わらずお美しくて、どうやったらそんなに綺麗になるのか。
聞いても、特に美容法などないと言われてしまう。
「強いて言うのならば、家族に愛していたくことでしょうか?」
「良いことを聞きました。それ、実行してみます!」
お義母様の愛はビリビリするけどね!
綺麗になるのならば……ああ、でも、ちょっと怖い。
サリアさんは淡い笑みを浮かべながら、質問してくる。
「結婚して、どうですか?」
「いや~幸せですね~」
自然と頬が緩んでしまう。
なんといっても、夜アルフレートと一緒に眠れるのが一番素敵。人の温もりがあると、夜もよく眠れるのだ。
アルフレートも魔力の負荷による体調不良がなくなったと言うし、本当に結婚してよかったな~と、幸せを噛み締めているのだ。
「エルフリーデさんのお話を聞いていたら、新婚時代を思い出してしまいました」
「新婚時代のリチャード殿下、どんな感じだったんでしょう?」
「今とほとんど変わらないですね」
そうか。リチャード殿下は若い頃から熊みたいだったのか。
サリアさんとリチャード殿下は幼馴染だったようで、初恋が実っての結婚だったらしい。素敵だな~。
いろいろと、夫婦円満の秘訣も聞かせてもらう。
お茶会、とっても楽しかった。
今度は社交界の奥様方の集まりに誘ってくれるらしい。こちらも楽しみ。
「結婚をしたけれど、ここはエルフリーデさんの実家なので、いつでも遊びに来てくださいね」
「ありがとうございます」
リリンも寂しがっていたし、暇を見つけて遊びに来ないとな。
私の実家だと言ってくれて、ちょっと泣きそうになってしまった。
ここの国の人達は、みんな優しい。
だから、ずっと笑顔で暮らせるように、守れたらいいなと思った。
◇◇◇
「アルフレート、サリアさんにお菓子もらった! リチャード殿下からはメルヴ達にって、蜂蜜をもらったよ」
「良かったな」
馬車の中で、本日の戦果を報告。
頭を撫でてもらい、でへへと変な笑い声がでる。
楽しい夜だった。たくさんお喋りして、美味しい物を食べて。
「でも、びっくりしちゃったね」
リチャード殿下に勇者計画は猛反対されてしまった。
賛成されるとは思っていなかったけれど、想像以上に怒られてしまったのだ。
それくらい、大変なことをしようとしていることはわかっている。
「納得してもらえるほどの、実力をつけるしかないだろう」
「うん」
なんとなく引っかかっていたことだけど、勇者計画にアルフレートを巻き込んでいいのかなと、改めて思ってしまった。
その辺も、メーガスと話し合わなければならない。
「エルフリーデ、今、しようもないことを考えていなかったか?」
「え、ううん、そんなことないヨ!」
指摘されてどきっとした。まさか、考えていることを読める魔法を習得したのではと、戦々恐々としてしまった。
お義母さん達が寝ないで待っていてくれた。
メーガスは寝ちゃったって。お爺ちゃんだもんね。たくさん睡眠を摂って欲しい。
扉を開けば、グラセが飛び込んでくる。
『母様~父様~』
「ただいま、グラセ!」
帰って早々、我が子を抱きしめる。
グラセは頬をすりすりしてくれた。あ~~、うちの子、世界で一番可愛い~~。
視界の端で、炎狼がチラチラとこちらを見ていたので、傍に寄ってヨシヨシする。大きくなっても、甘えん坊なのだ。
メルヴは一日あったことの報告をしてくれる。
『アノネ~、今日ハネ~、オ庭デ追イカケッコシテ、遊ンダノ!』
「そっか」
楽しい一日だったようで何より。
お風呂に入り、お義母様とお話する時間を過ごしてから、寝室に戻った。
寝台の近くにある灯りを点し、借りてきた『白きエリクシルの勇者』を読む。
アルフレートが読み聞かせをしてくれるらしい。
隣にごろんと転がる。
アルフレートは本を開き、ゆっくりと読み始めた。
「――その昔、この大地に突如として魔王が降り立った」
「ふぁあああ~~」
「おい、まだ一行しか読んでいないだろう」
「うん、頑張る」
アルフレートが読み始めれば、すぐに眠気が襲ってきた。瞼を摩りつつ、身を乗り出して、真面目に聞いている体を見せておく。
その昔、魔王が降り立ち、人の世は魔物に蹂躙された。
困った国々は魔力を集め、勇者の大召喚をすることになった。
各国より魔法使いを呼び集め、行われた召喚術。
魔法陣を通じて異界より現われた勇者――スノウ・ノーヴァ。彼こそが、史上最強と呼ばれる存在であった。
▼notice▼
白きエリクシルの勇者
世界最古の勇者の物語。それは、創作なのか、事実なのか、いまだ明らかにされていない。




