第八十三話 回復――したけれど、さらなる大問題
帰宅後、雪の大精霊様にメーガスの首輪を取ってもらった。
「師匠、今から雪の大精霊様が神官の首輪取ってくれるから」
「ちょっと待て。なぜ、ここはそんなに精霊がいる?」
「不思議だよね。あ、雪の大精霊様、よろしくお願いいたします」
「おい、不思議の一言で片付けるな」
『じゃ、ガブっといくわよ~~』
「なっ、今、首に牙が当たって、冷た――!!」
雪の大精霊様がメーガスの首筋に噛みつく。すると、首輪は割れ、カランという音と共に石の床に落下した。
「――む?」
神官の首輪が外れたら、メーガスにも変化が起こる。
視力が僅かに回復したのだ。どうやら、首輪と連動させた呪いだった模様。なんて恐ろしい魔道具なんだと思った。
「良かった! 視力も戻るなんて!」
「いや、まだ周囲はぼやけている。人はともかくとして、人外はただのモコモコした物体にしか見えない」
「そ、そっか」
う~ん、残念。あとは魔法でどうにかするしかないらしい。
ホラーツの準備は整っているようで、これから術式をかけてみる模様。
『少々大がかりな魔法でして、補助を筋肉妖精にお願いしました』
「そうなんだ」
窓を開き、筋肉妖精を呼べば、近くにいたらしい十名が上がってきてくれた。
羽根で飛んできたんじゃなくて、壁を這いあがってきたからちょっと……いや、かなりびっくり。ちなみにここは四階デス。
筋肉妖精が十名もいたら、結構な迫力である。
右からローゼにリリー、クロッカスにマリー・ゴールド、ダリア、アネモネ、ヴァイオレット、デイジー、サンフラワー、ジニア。皆、化身となる花を誇らしげに胸から咲かせている。
最終的な打ち合わせをしているらしく、囲まれているホラーツの姿は見えない。
「あれが……筋肉妖精か」
「そうだよ」
人型なので姿はそれとなく確認できるが、はっきりと見えない状態らしい。
一言、「大きいな」と感想を漏らしていた。
どうやら打ち合わせは終わったようで、大きな円を描くように筋肉妖精は立ち、中心でホラーツが杖を構える。
トン、と杖を叩き、詠唱が始まる。
魔法の補助をする筋肉妖精は、ゆっくりと舞いだす。
ホラーツが杖で床を叩けば、優雅にくるりと回る筋肉妖精。
「妖精の舞いか。私はよく見えぬが、どうだ?」
「……うん」
どうかと聞かれても、なんかもう、「うん」しか言いようがない。
正直に言えば、筋肉質のおじさん達が女装して踊る光景にしか見えないからだ。
ただ、筋肉妖精が一生懸命踊ってくれているのはわかる。表情にも、慈しみが溢れているような気がした。
筋肉妖精達が踊っていた円が魔法陣となり、淡い光を放つ。
最後の一節の詠唱を終えれば、メーガスは優しい光に包まれた。
「お、おお……!」
顔を覆い、メーガスは感嘆の声をあげる。
光が治まった。
ホラーツのほうを見れば、やりきった表情でいた。きっと、魔法は成功したに違いない。
「師匠、どう?」
ゆっくりと顔を覆っていた手を離している。
目を、パチパチと瞬かせ、見た物は――
「うわあ! な、なんだ、あの、筋肉質なおやじ○×▼◇!」
視力を回復したメーガスの目に飛び込んできたのは、心配して覗き込む筋肉妖精でした……。
正直な感想を口にしようとしていたので、口元を手で覆って発言を誤魔化した。
筋肉妖精を見た目で判断するなと怒ったメーガスであったが、視力が戻った途端に「筋肉質な親父」と評していたのだ。
どうやら、私達は似た者師弟だった模様。
その後、気を遣ってくれたようで、メーガスと二人っきりにしてくれた。
「ねえ、師匠、私のこと、見える?」
「ああ、エルフリーデか……」
メーガスが手を伸ばしたので、床に片膝を突いた。
すると、頭を撫でてくれる。
「えへへ、嬉しい」
「結婚をした娘が、頭を撫でられて喜ぶな」
「だって、こうしてくれるのは、特別な時だけだったでしょう?」
初めて魔法が使えた時、テストで満点だった時、それから、神官になれた時は……なんだか切ない表情を浮かべていたような気がする。
「師匠はいつから魔導教会がおかしいって気づいていた?」
「十五年ほど前だろうか?」
なんでも、おかしなことが連続して起こったとか。
「神官が、続け様に行方不明となったのだ」
不思議なことに、いなくなった神官はどれも若い者ばかり。
メーガスは独自で調査を行った。
「突き止めた先で、儀式が行われていた」
それは、魔神を崇め、人を供物として捧げる恐ろしいものだったのだ。
「魔神は救世主でもなんでもない。ただの、悪しき存在だ」
「その魔神なんだけど、どうやらこの時代に降り立っているようで」
「なんと!」
一応、ここは過去の世界であるとメーガスには説明してあった。けれど、魔神についてはまだ話をしていなかったのだ。
ついでに、攫われそうになった話もする。
「魔神の、花嫁か……」
「うん、結婚式の日に、連れて行かれそうになって」
アルフレートの青い水晶がついた指輪をぎゅっと握り締める。
あまりにも恐ろしいできごとで、口にするだけでも胸がぎゅうっと締め付けられるような感覚となった。
「なるほどな……魔導戦争は、これからある魔神との戦いを示していたのか」
「魔導戦争って、実際にあったことなんだ」
「そのようだな。それほど遠い過去に呼ばれていたとは」
魔神がここにきた理由として、未来での魔力枯渇問題を挙げていた。
この時代では当たり前のように精霊などが具現化できるけれど、魔力濃度の薄い元の世界では難しいだろうとメーガスは言う。
「お前の精霊もどきも外にだすなと言っていただろう」
「ああ、炎狼ね」
呼びだして、メーガスに見える。
久々の再会に、炎狼も尻尾を振って喜んでいた。
「な、こいつ、見ないうちに大きくなりおって!」
「そうなんだよね」
炎狼は現在、馬と同じくらいの大きさまで育っていた。私の神官の首輪がなくなってから、さらに成長した気がする。
「もう、精霊もどきとは言えんな」
「うん、立派な精霊だと思う」
こんな風に炎狼がのびのび暮らせるのも、この時代にいるおかげで、召喚されてよかったと改めて感じる。
「それで、魔導戦争の時にでてくる炎の大精霊エルフリーデについてなんだけど」
「間違いなく、お前のことだろう」
「ひえええ~~!」
どうしてそんな風になったのか。恐ろし過ぎる。
「魔神と戦う支度をせねばならん」
「そっか……そうだね」
魔神が本格的に動きだすまえに、戦闘準備を整えなければならない。
「まずは、お前と夫の魔法を見直さなければならん」
「え?」
「魔導教会で教えた魔法は、基本的なものに過ぎん」
「そうだったんだ!」
私が普段使っていた魔法は、最大限に魔力と属性を生かされたものではなかったとか。
神官の反乱を恐れた魔導教会が、攻撃性の高い魔法を教えることを禁じていたらしい。
「でも、師匠はどうしてそれを?」
「私が魔導教会にきたばかりの時代は、その辺の規制もなかったのだ」
「なるほどな~」
「魔導教会も、どこかで教えや考えが曲がってしまったのだろう」
かつての魔導教会は、魔神を崇める場所ではなかったとか。それよりも、魔神と口にすることすら禁止されていたと言う。
「私の推測であるが、魔導教会は元々魔神を封じていた場所ではないかと思っていた」
「なるほど。それだったら、世界中の魔法使いを集めていた理由が説明できるね」
上層部の情報はほとんど遮断されていて、メーガスはその変化に長い間気付かなかった。
「おかしいと思ったのは、急に神官の証だと言って首輪を着用するように言われたあたりからだな」
それが、十五年前。神官の行方不明事件が相次いだ辺りからだとか。
「人が変わったのか、魔神が憑依して操ったのか、理由はわからん」
魔導戦争の最後は、魔王はとある祠に封じられたとあったらしい。
「歴史は繰り返してはならぬ。魔神とこの時代の魔王が同一であれば、封じるのではなく、確実に倒さねばならん」
「でも、歴史が変わったら、私達は消えたりする?」
「可能性は大いにある」
「そっか」
都合の良い話がゴロゴロと転がっているはずがない。
一応、最悪の事態を想定していなければ。
「師匠、私……」
「皆には言うな。不安を掻き立てる」
「うん」
泣きそうになっていたら、メーガスは私の頭をガシガシと撫でてくれる。
「元の時代に、戻れる魔法もあるんだよ? 私は、アルフレートがいるし、みんなが心配だからここに残るけれど、師匠は……」
「何を言っているのだ」
「だって、この先、戦争も始まるし、歴史が変わったら――」
「最後まで付き合うに決まっているだろう」
「師匠……!」
感極まって、メーガスを抱きしめる。
細い腕で支えてくれて、背中を優しく撫でてくれた。
「私、頑張らないと」
「頑張らなくてもいい。皆で協力して、なんとかするのだ」
「うん、わかった。ありがとう」
この時代で、たくさんの人に親切にしてもらったし、いろいろと助けてもらった。
今度は私がお返しをする番だと思う。
この先、消えてしまうかもしれないことは、凄くショックで、考えたら頭がくらくらする。
けれど、私は一人ではない。メーガスがいる。
だから、最後まで頑張ろうと思った。
▼notice▼
魔導戦争
童話として、また戦記小説として、のちの世に伝えられていた物語。
あまりにも恐ろしい出来事だったからか、はたまた短い期間での出来事だったからか、歴史としての記述はない。




