第八十一話 大召喚――結果は
翌日、午前中はゆっくり休み、午後からは荷物を纏めて鼠妖精の村へ。
もちろん、新婚旅行先である。一週間ほど、ゆっくりと過ごす予定だ。
村ではたくさんの鼠妖精達が迎えてくれた。
とても嬉しいし、みんな、可愛いよ。
チュチュも里帰りできて、嬉しそうだった。
お義母様も一緒にきていて、可愛らしい鼠妖精を前に、目を細めている。
メルヴと炎狼は筋肉妖精との再会を喜んでいた。
夜は私とアルフレートの結婚祝賀会が行われる。
領主城の大広間に集まって、賑やかな会が催された。
鼠妖精騎士団の剣舞から始まり、奥様方と娘さんの華麗なダンス、男衆の名物皿回し、お祝いの歌の斉唱など、いろんな出し物を見せてくれた。
最後のおおとりは、筋肉妖精達の華麗なる舞い。
鼠妖精達はうっとりと見入っていたけれど、美意識が違う私とアルフレートは、若干白目を剥きそうになっていた。
ひらりとスカートの布がなびけば、露わになる立派な太もも。
う~~ん。なんとも言えない。
途中、チュチュのお父さん――村長が果実汁を注ぎに来てくれた。
『早々、賑やかにしてしまい、申し訳ありませんでした』
「いや、祝ってもらえるのは、嬉しく思う」
アルフレートの言葉にコクコクと頷いて同意を示す。
『実は、エルフリーデ様を見た瞬間に、こうなるのではと誰もが予想をしていました』
「私達が結婚をすると?」
『はい』
なので、アルフレートの妻となる人という意味で、私のことを『炎の御方様』と呼ぶように指示をだしていたらしい。知らなかった。
当然ながら、精霊ではないことには気付いていたとか。
魔力の質で違うとバレていたらしい。何か理由があるのではと思い、黙っていたと言う。
「知らぬうちに、迷惑をかけたていたな」
『いえいえ、とんでもないことでございます。殿下がお幸せそうな様子を見ていたら、私どもも大変幸せです』
村長の言葉に、じんわりしてしまう。
『妃殿下も、とても麗しく――』
「あ、うん。ありがとう。ドレスも、なんか戴いちゃって」
『ええ、とてもお似合ですよ』
今着ている薄紅のドレスもお祝いの品だった。可愛らしい意匠なのでちょっと恥ずかしいけれど、似合っていると言ってもらえてホッ。
久々に鼠妖精のみんなに再会できて、大変癒された。
端に座るドリスも頬を染めて、うっとりと眺めている。彼女の鼠妖精好きは相変わらずなようだった。
夜も更け、祝賀会はお開きとなる。
私達は眠らずに、召喚陣が敷いてある地下部屋に移動した。
村に行かずとも、ここへは頻繁に来ていたので、懐かしさも何もないけれど、階段を降りてやってくるのは久々だった。
今宵、ここでメーガスの召喚を行う。
アルフレートの魔力をもらったので、力は有り余っていた。成功する気しかしない。
召喚の準備は整った。呪文も暗記している。
あとは、メーガスが困った状況にいれば、ここに現れるような仕組みになっている。
同じくらいの魔力量をアルフレートからもらえば、元の時代に戻すことだって可能だ。
大丈夫。
自分にそう言い聞かせ、杖を握る。
トンと杖の先端で地面を打てば、魔法陣がほのかに光る。
息を大きく吸い込んで、呪文を唱えた。
――求めよ、求めよ、求めよ、さすれば汝は求めるものを受け取るだろう。叩け、叩け、叩け、さすれば叩いた門が汝が汝の為に開かれるだろう……
妖精召喚にも使われる呪文は、通常魔法にも引用される。
詠唱が終われば、魔法陣が強く発光した。中から、強い風が吹きつける。
杖を構えたまま、風圧に耐える。歯を食いしばっていれば、ぶれそうになっていた杖を支えてくれる人が。
「アルフレート!」
「もうしばらくの辛抱だ」
私を召喚する時も、こんな感じだったらしい。
アルフレートは私の杖と、腰を支えてくれた。
ひときわ大きな光に包まれる。
我慢できなくて、瞼を閉じた。
しばらくすれば光が治まったので、瞼を開いた。
魔法陣には――人影が!
「なんだ、この、クソ……」
聞こえて来たのは、懐かしい声。
「空気が、明らかに違うな――」
「うわ~~ん、師匠~~!!」
「!?」
魔法陣の上に胡坐を組むその人に抱きついた。
「な、その声は――」
「会いたかったよ~~」
「エルフリーデか!?」
「そうだよ」
「お前、今まで、どこに」
「召喚されていたんだ」
「召喚……?」
改めて、メーガスの姿を確認する。
いつもの神官の黒い外套ではなく、白い貫頭衣を纏っていた。これは寝間着ではなくて――。そこで異変に気づく。
「離れろ、エルフリーデ。もう、随分と湯を浴びていない」
「師匠……、もしかして……」
メーガスはまっすぐに私を見ず、見当違いの方向を向いている。
多分、視力を奪われているのだろう。
「目は、どうしたの?」
「ああ、これか。罰としてちょっとした術式をかけられただけだ」
「そんな……!」
私のせいで囚われ、呪いをかけられていたのだ。
けれど、メーガスは違うと首を振る。
「長きに渡り、俺は魔導教会のやり方に疑問を覚えていた。いつか、反抗してやろうと考えていた。けれど、実行に移す矢先に、お前の教育係りを押し付けられた」
「そう、だったんだ」
「ああ。だから、お前がいなくなって、ちょうどいいと思った。でもまあ、失敗して、このザマだ」
『エルフリーデ様』
「あ、うん」
積もる話はあるけれど、メーガスはとっても疲れているように見える。
ゆっくりお風呂に入って、休んでもらわなければ。
「エルフリーデ、お前は、優しい人達に呼ばれたようだな」
「そう。そうなんだ。だから、師匠がずっと辛い思いをしていたことが、悲しくて――」
「老い先短いジジイのしたことだ。気にするな」
「でも……」
けれど、良かった。こうして再会できたのだ。
「あ、そうだ。こっちの国の人を紹介するね」
まず、近くにいたホラーツを紹介する。
「私を召喚してくれた賢者、ホラーツ。凄いお爺ちゃんなんだよ」
『初めまして、ホラーツと申します』
握手を交わせば、想定外のモフモフにメーガスは驚いていた。
猫妖精であることを言うのを忘れていた。
『呪いは私にお任せください。きっと、解呪してみせます』
「ああ、すまない、頼む」
『ええ、お任せを』
ホラーツの話を聞いて安心した。メーガスの視力は治りそうだった。
「えっと、それで、こちらが、アルフレート」
リードバンク王国の第五王子様で、凄く神経質そうな男前で、けれどとっても愛らしい人で、それから、私の旦那様。
「エルフリーデ、お前、結婚をしていたのか!」
「そうなんだ」
「少しは、色っぽくもなったか?」
「ごめん、多分なっていない」
アルフレートはメーガスの目の前に片膝を突く。
「はじめまして、メーガス殿。アルフレート・ゼル・フライフォーゲルと申します」
「貴殿が、エルフリーデの夫か」
「はい」
「そうか……」
手を伸ばして、すぐに引っ込めようとするメーガス。アルフレートはその手をしっかりと握った。
「ご挨拶もできない状態で、結婚したことを、申し訳なく思っています」
「気にするな。アレは、私の孫娘でもなんでもない」
「いいえ、エルフリーデにとって、あなたは家族でした」
二人の話している様子を見ていると、涙が滲んでくる。
良かった、会えて。本当に良かった。
その後、メーガスは休養させるために、一階の客室に移った。
食欲もあるようで、ひと安心。
元気になってから、またたくさん話せたらいいなと思っている。
▼notice▼
大召喚
多大な魔力を必要とする儀式。
エルフリーデは夫アルフレートからもらった魔力を元として、見事成功させた。
世界的な禁術の一つで、周囲の人には内緒にしている。




