第七十九話 結婚式――だけれど大事件
アルフレートに一緒に寝ようと誘ってみたけれど、全力でお断りされてしまった。なぜなのか!
ブリゼール妃は好きにしてもいいと言っていたのに、いろいろと抵抗してくれるアルフレート氏。本気で嫌がっていたので、添い寝してもらうことは諦めた。
代わりに、チュチュに一緒に寝て欲しいと頼み込んだら、了承してくれたのだ。
恐れ多いとか言っていたけれど、そんなことはぜんぜんない。
遠慮をして、私から遠い位置に横たわる謙虚なチュチュ。
良いではないか~良いではないかと小さな体を引き寄せ、眠った。
緊張しているのか、体がピーンと伸びていたけれど、モフモフと頭を撫でていたら、リラックスしてくれた。
寒かったので、抱きしめれば、その、なんていうか、すごくモフモフで……。
我が人生に悔いなし! と思ったのだった。
翌朝、ブリゼール妃は笑顔で私を迎えてくれた。
「元気そうでよかったぞ。息子の身を捧げただけある」
「ありがとうございました、とっても……よかったです」
私達の会話を聞いていたアルフレートは、またしても水を気管に引っかけていたようだ。
執事のおじさんが優しく背中を摩っている。
「それよりも、お主らはいつ結婚する?」
「え~っと、なるべく早いほうがいいかなと」
「そうだな」
雹が降る前に、なんとか終わらせたい。少しでも長く傍にいて、備えなければ。
魔導研究局の忙しさのピークは過ぎたようだった。
現在は魔王対策に追われている。
王都には魔物避けの砦があり、いくつか魔法の仕掛けがある。それが使えるか、使えないか確認して回った。
同時に、結婚式の準備も始まった。
王族の結婚ということで、大々的に行うとか。今から緊張してしまう。
初めは身内だけでひっそりしたいと思っていたが、王族の結婚は国民の楽しみでもあると聞いたので、協力することにした。
招待状書きに、ダンスレッスンをしたり、優雅な身のこなしを習ったりなど、やらなければならないことは山積みであった。
アルフレートに恥をかかせないために、頑張らなければ。
さらに、師匠召喚計画も進められた。
魔法陣を作成し、条件を書いていく。中心に、メーガスと蜂蜜を使って書いた。
条件は私と同じ。もしも、困っている状態にあれば、ここに来るようになっている。
健康で元気に暮らしていればいいけれど、最後に見た姿は神官に取り押さえられているところだった。多分、良い待遇を受けていないだろう。
助けることができたらいいなと思う。
そのために、万全を期すつもりだった。
◇◇◇
あっという間に結婚式の当日を迎えた。
ふんわりとボリュームのあるドレスは素晴らしく可愛い。レースもリボンもたくさん飾りつけられていて、見るたびにうっとりとなる。
朝から、侍女さん達と格闘して、身支度を整えたのだ。長い戦いだった……。
純白のドレスを纏い、花嫁のヴェールを被る。
心を落ちつかせるように息を吸い込んで吐いていたが、あまり効果はない。
「なんとか間に合ったな」
なぜか、窓の外を見ながら呟くブリゼール妃、ではなくて、お義母様。
空色のドレスを纏っているが、花嫁より綺麗だとか反則だろう。
「挙式は、早く切り上げたほうがいいだろう」
「それは――」
ひゅうと、外では強い風が吹いている。
空は曇天。すぐにでも雨か雪が降りそうな雰囲気だ。
もしかして、今日、雹が降る?
「あの、おかあ――」
振り向けば、そこは闇の中だった。
「え、何? ここ、どこ」
王宮の控室にいたのに、周囲は真っ暗になっていた。
お義母様は? 侍女さんもいないの?
――花嫁、ワタシノ、花嫁……エルフリーデ!
背後より聞こえるしわがれた声に、ぞっとする。
振り向いてはいけないと思った。
ドレスの裾を掴み、先の見えない空間を走る。
懸命に駆けながら、師匠の言葉を思い出した。
――『いいか、エルフリーデ。魔導教会の信仰する魔神の正体は闇だ。もしも呑み込まれた時、決して、振り向いてはいけない。闇と同化してしまうから』
もしかして、魔神のお迎えってやつ?
なんだ、なんなんだ~~!! この野郎!!
これって、魔神のいる空間に呑み込まれたという認識でいいのか。
結婚式の日にこんな目に遭うなんて、不幸にもほどがある。
炎狼を呼んでみたけれどこない。
杖の転移術もできなかった。
魔法も、具現化できない。
動揺から、集中力が落ちているだけかもしれないけれど。
走って、走って、走って、ひたすら走った。
尽きない闇。背後から追ってくるナニか。正体なんて考えたくもない。
息も絶え絶えになりながら、必死になって逃げる。
せっかくの婚礼衣装も、汗でびっしょり。どうしてくれるんだ。
それにしても、魔導教会とはなんだったのか?
世界中から魔法使いを集めて、王族や貴族相手に商売をする小さな箱庭のような場所。
神官に首輪をつけて、魔力を奪い――魔神復活を目論んでいた?
そうだとしたら、その悪事に手を貸していたことになる。
ぞっとした。
私は、魔神に攫われてしまったのだろう。
不覚だ。
左指の薬指に輝く青い光をチラリと見る。
結局、急な結婚だったので、指輪とか間に合わなかった。なので、羊獣人の村で買ってもらった品が結婚指輪となっている。
昨日、アルフレートに魔力を込めてもらったので、水晶は綺麗な青に染まっていた。
「――ん?」
指輪の青がバチっと弾けたように見えた。気のせい?
余所見をしたまま走っていたので、転倒してしまった。
もう、体力も限界だったのかもしれない。
ゼエハアと肩で息をして、ぎゅっと身を縮める。
ぞわりと背筋に悪寒が走り、悲鳴を呑み込んだ。
何かが、左の足を引っ張っていたのだ。
抵抗する元気なんて、残っていない。
けれど、悲観はしていなかった。
なぜかと言えば、指輪から発する魔力に守られているような気がしたからだ。
パチパチと、点滅していた。指輪が光っているのだ。
「アルフレート……助けて」
その刹那、指輪が発光し、暗闇は青に包まれる。
闇は凍り、パキンと音が鳴ってヒビが入ると、パラパラと崩れていく。
「エルフリーデ!」
「!?」
青い光に包まれたかと思えば、景色がくるりと変わった。
ガバリと起き上がる。目の前には、怖い顔のアルフレートの顔が。
どうやら、私はアルフレートの膝枕で眠っていた模様。
え、何このご褒美。いやいや、それよりも。
「怖っ!!」
「何がだ。何がいる!?」
「あ、ごめん。アルフレートの顔が怖かったって話」
「なんだと!?」
怖かった顔がさらに怖くなる。
半笑いで謝りつつ、周囲を見渡した。ここは、さっきまでいた控室だ。
「いきなり倒れたと母上から聞いて、心配した」
「あ、そうなんだ……」
だったら、さっきのは夢?
妙に現実味があって、今もドキドキしている。
「医者は疲労だと言っていた」
「そっか」
魔神に囚われそうになったことが夢でよかった。あれが現実ならば、恐ろし過ぎる。
連日の結婚式の準備で疲れていたのだろう。
お休みをたくさんもらったので、ゆっくりしようと思う。
結婚式は中止にしようと思うとアルフレートは言っていたけれど、集まってくれる人もいるし、国民も顔見せを楽しみにしている。
「大丈夫だから、ちゃっちゃと終わらせよう」
「しばらく休んだほうがいいと思うが」
「平気平気!」
立ち上がって健康をアピール。
「うわ!!」
「どうした!?」
「アルフレート、すっごくかっこいい!! これぞ、正統派王子様って感じ」
「……」
はあと、盛大な溜息を吐かれる。褒めたのに、なぜ。
でも、正装姿のアルフレートってば、本当に素敵。こんな人が旦那様になってくれるなんて夢みたい。
「倒れたと聞いて、死ぬほど驚いたのに……」
「いつも通りの私だから脱力?」
「いや、脱力を通り越して――」
顔を両手で覆うアルフレート。そのまま動かなくなった。
ちょっと様子がおかしい。
もしかしなくても、泣いてる? 気のせい?
いつもと違う反応をまえに、ある恐ろしい憶測が脳内に過り――口にした。
「もしかして、私、本当に誘拐されてた?」
アルフレートは私の質問に答えない。
▼notice▼
エルフリーデの婚礼衣装
ブリゼール妃とサリアの合作。
裁縫が苦手なブリゼール妃は苦戦。
こっそり持ち帰り、息子に泣きつく。結局、アルフレートがほとんど縫った。
エルフリーデは知る由もない。




