第八話 アルフレート――衝撃の事実
ひやりと、額に冷たい布が置かれたのに気付く。
体が火照っていて、気持ち良かった。
けれど、体はまだ熱を帯びていて、ぐらぐらと湯の中で茹でられているよう。
これは、魔力の使い方を間違った時に起こる現象で、自らの中の炎を上手く操れなかった代償のようなものだと思っていた。
こういう時、我慢出来なくて頭から水を被ったり、氷を用意してもらってガリガリと齧ったりして、体温を下げていた。
今日はどうしようか。
そんなことを考えていると、額の上の布が取り上げられる。
その後、さきほどの布よりも冷たい何かが額に触れた。凄く心地よくて、それを握り締めて頬に当てる。
不思議と、体の熱が引いていき、気分も楽になる。
ほうと息を吐く。
いったん落ち着いたところで、私は我に返った。
――この、今も頬に当てている冷たい何かは、人様の手ではないでしょうか?
だんだんと、冷静になってくる。
一つ一つ整理してみよう。
私がいるのは、魔導教会の神殿ではなくてリンドリンド領。
さきほどまで、鼠妖精の村の陶器を作る工房にいた。
私は不滅の炎を使い、意識を失って、今に至る?
そしてもっとも大切なこと。
私が握り締め、頬に当てているのは間違いなく人の手。
リンドリンド領に、人は自分以外に一人しかいない。
つまり、私が今、握っている手は、リンドリンド領のご領主様で、リードバンク王国の第五王子様であるアルフレートの――
「うわ!!」
私は手を離し、瞼を開く。
すぐ近くには、目を見開いて驚いた顔をしたアルフレートの姿があった。
しばし見つめ合ったまま、沈黙。
非常に居心地が悪く、気まずい時間を過ごす。
「あ、あの……」
声をかければ、そこでアルフレートも我に返ったのか、今まで交わっていた目は逸らされてしまった。
「ここは?」
「お前の部屋」
「うわ~~。もしかして、運んでくれたとか」
「もしかしなくてもだ」
「あ、ありがとう」
術の成功後から一時間後、あまりにも遅かったので、アルフレートが中を覗き込めば、私は顔を真っ青にした状態で倒れていたらしい。
「次は、助けない」なんて言っていたのに、今回も助けてくれたようだ。
申し訳ないというか、なんというか。
「鼠妖精の村長が寝室を貸してくれるといったが、小さな寝台ではゆっくり休めないだろうと思って、ここに運んだ」
「それは、それは、とんだご迷惑を」
「まあ、三日間も目を覚まさなかったので、ちょうどよかったが」
「ん、三日?」
「ああ。ずっと目を覚まさなかった」
「そ、そんなに」
その間、チュチュや鼠妖精の使用人達が一生懸命看病してくれたとか。
「あまりにも目を覚まさないので、隣の街から医師を呼ぼうとしたが爺が、魔力が欠乏しているだけなので、必要はないと言っていて」
「……うん、そうだね」
危なかった!
お医者様に診られていたら、普通の人間と変わらないと気付かれるところだった。
博識なホラーツのおかげで、危機一髪、助かった。
「アルフレートも、看病してくれたんだね。ありがとう」
「私は、別に、爺に様子を見てくるように言われたから、仕方なく来ただけだ。看病なんかしていない」
「そっか」
看病をしていなかったことにしたいようなので、額に冷たい布を置いてくれていた事実は、知らないふりをしておいた。
もう一度、心の中だけでありがとうと繰り返す。
「それよりも、大丈夫なのか?」
「うん、体の熱は引いたし、魔力はそこそこ戻っているようだけど」
「違う、そうではない」
「?」
どういうことなろうか?
状態を起こし、すっかり元気であることを主張したが、アルフレートは眉間に皺を寄せるばかりであった。
「あ~、ごめん。もっと具体的に言ってくれると助かるんだけれど」
「……」
「まあ、無理にとは言わないけどね」
何故、そこまで深刻な顔をしているのか。
もしかして、私が精霊でないとバレたとか?
今更魔導教会に戻されても大いに困るのだ。
「アルフレート、その――」
まだまだ働けます。なので、ここに置いていて下さい。
そんなお願いをしようとすれば、とんでもない事実を聞かされることになる。
「私はかつて、人を氷漬けにしたことがある」
「え?」
「それは、五歳の時の話だが、その人はまだ、氷の中に閉じ込めたままだ」
びっくりした。いきなりそんなことを告げるだなんて。
なんでも、どうやって術式を発動したのか、どうして氷漬けにしてしまったのか、まったく覚えていないらしい。
一つだけわかるのは、制御不可能な氷の力を内に秘めていること。
発動条件などは謎で、普段から人や物に素手で触れないようにしていたとか。
そういえば、アルフレートは食事をする時も手袋を嵌めていた。そういうマナーを聞いたことがなかったので、若干気になっていたのだ。
「……」
「……」
えーっと、非常に反応に困るお話を聞かされて、困惑していると言いますか。
それとなく、アルフレートの周囲に人がいない理由を察してしまった。
きっと、今までいろいろあったのだろう。
私には師匠がいた。正しい魔力の使い方や知識を、しっかりと授けてくれたのだ。
もしかして、魔導教会に行かずに、そのまま村に残っていれば、アルフレートのように大変な事態を引き起こしていたかもしれない。
私は運がよかったのだ。
ホラーツとの付き合いも長いように感じるけれど、妖精族の使う魔法と人間の使う魔法は大きく異なる。なので、今までどうすることもできなかったのだろう。
気の毒な話だと思った。
軽い気持ちで、大丈夫だからなんて言えるわけがない。
けれど、わかることは一つだけある。
「アルフレート、私は強い魔力を持っている。だから――」
膝の上でぎゅっと固く握り締められていた拳に、そっと手を重ねた。
「あなたの氷の力に侵されることはない」
逸らされていた氷の視線が、私の姿を捉える。
その悲痛な色を浮かべた瞳は、捨てられた猫のようだと思った。
「困ったことがあれば、私に相談をして欲しい。可能な限り、力になろう」
アルフレートは私を助けてくれた。なので、今度はこちらが力になりたい。
頼ってくれるかはわからないけれど、そんな風に願ってみた。
彼は、辛そうに目を細めながら、「考えておく」と言ってくれた。
余計なお世話だと言われるかもしれないと思っていたので、ホッとしてしまう。
話が終われば、重ねていた手を離す。
異性に自分から触れたことなどないので、なんだか照れてしまった。
羞恥心を誤魔化すために、別の話題をふる。
「そ、そういえば、不滅の炎ってどうなった? 消えていないよね?」
「ああ、あれから三日、消えることなく燃え続けているらしい。陶器職人達が感謝をしていた」
「だったらよかった」
これで、職人一家の奥さん達が楽になればいいなと思う。
あともう一つ、気になっていた物が。
それは、寝台の脇に積み上げられた木箱。
大きな物が三つ、小箱が二つ置いてあった。
「アルフレート、これ、なんだろう?」
「さあ?」
アルフレートも知らない物とな?
「職人一家からのお礼じゃないのか?」
「こんなにたくさん?」
一番上にあった小箱を手に取り、寝台の上に置く。
パカリと蓋を開けば、中にあったのはフリルのついた白い布。
「なんだろう、手巾、かな?」
小さな布が、綺麗に折りたたまれてたくさん入っていた。
その中の一つを手に取り、広げてみる。
「こ、これは……!」
「!?」
両手で広げた布を見て、ぎょっとする私とアルフレート。
箱の中にあったのは、女性用の――下穿き。
私は下穿きを広げた姿で硬直し、アルフレートは瞠目したままでいる。
二人の間に流れていた時は、確実に止まっていた。
壁時計の鐘の音が鳴り響き、びくりと体を震わせた。
そのついでに、素早く下穿きを畳んで箱に収納し、蓋を閉じる。
そう言えば、<森の木の実堂>に服や下着を作ってもらうようお願いしていたことを、すっかり忘れていた。
もう一つの小箱はきっと胸当てが入っているのだろう。大きな箱はきっと服だ。
彼女らは三日ですべての品を仕上げたのだ。なんという仕事の早さ。
一人納得したあとで、視線をアルフレートに戻す。なんとも言えない表情を浮かべていた。
そんな彼に、あるお願いをしてみる。
「い、今のは、見なかったことに」
「……わかった」
これで問題解決! ……していたらいいけれど。
力技で誤魔化したようにしか思えなかった。
▼notice▼
エルフリーデは鼠妖精特製<フリルの純白パンツ>、<フリルの純白ブラジャー>、<魔導礼装一式>を手に入れた。