第七十八話 決心――選択のエルフリーデ
喜んでアルフレートの部屋に向かったけれど、真剣な顔で向いの席に座るように言われた。
「話がある」
「でしょうね」
また思いつけたような顔をしているアルフレート。よくよく見たら、目の下にクマはあった。もしかして、睡眠不足とか?
自分のことを考えるのに精一杯で、周囲のことが見えていなかった。反省しなければならない。
「ここ一週間ほど、爺と話し合った」
「うん」
「それで……」
以降、言葉が続かない。
顔を伏せるアルフレートの元に回り込み、隣に座った。いったい何を悩んでいたのか。
そっと、手を握って顔を見上げる。
「エルフリーデ」
「何かな?」
「元の時代に、戻れる目途がついた」
「え!?」
召喚魔法は難しい。逆も然りである。
そんなことが可能なのかと聞けば、アルフレートは頷いた。
「エルフリーデが傍にいるだけで、幸せだと思っていた。けれど、それは思い上がりであった」
「どうして?」
「これは、私だけの幸せだ」
「そんなことないよ」
アルフレートは首を横に振り、頑なに「違う」と決めつける。
「家族と二度と会えない人生など、不幸でしかない」
「それは――」
「家族に会えない辛さは、私も痛いほどわかっている」
「……」
それは、ここ一週間ずっと考えていたことだ。
どちらか一つ選ばなければならないと。
「私さ、十歳の頃に魔導教会に連れていかれて、その時、家族には二度と会えないかもしれないって、師匠から言われていたんだ」
けれど、いつか会えるんじゃないかって、心のどこかで思っていた。
それはここの国に滞在する時も、同じ気持ちでやって来たのだ。
「でも、生きている時代が違うってわかった、驚いて、頭の中が真っ白になって、どうしようってなって……」
アルフレートは私の肩を引き寄せ、抱きしめてくれる。
「家族に会えないのは悲しい。会いたいか、会いたくないかって聞かれたら、会いたい……。でも、アルフレートはどうしようって、思って……」
私と結婚しなかったら生涯独身とか言っていたし、落ち込んで心を閉ざしたりとかしないかなとか、心配だったり。
「私は平気だ」
「本当に?」
コクリとしっかり頷くアルフレート。
「考えて、気づいたのだ。エルフリーデの幸せこそ、私の幸せでもあると。遠く離れていても、笑顔で暮らしていれば、それでいい」
「そんな……」
「どうか、幸せになってほしい」
アルフレートは私を元の世界に戻してくれると言う。あとのことは心配いらないと。
でも、魔王のことが気がかりだ。
「それは、この時代の者達が頑張ることだろう」
「でも、知らない振りをするのは――」
「帰って、歴史書でも見てくれ。この国が大きくなっているのであれば、悲観するような未来でもないのだろう」
「あ!!」
「?」
そこで気づく。
世界を救った炎の大精霊エルフリーデの話を。
あれは古代の伝説だと思っていた。もしかして、あれはこの時代について書かれた伝承だったのかも?
「だとしたら、やっぱり私が魔王を倒す勇者?」
「なぜ、そう思う?」
「未来に伝承? みたいなものがあって」
でも、詳しい大精霊エルフリーデの話は知らない。両親は何度か読んでくれたけれど、同じ名前で気恥ずかしくなり、しっかり聞いていなかったのだ。
「師匠だったら、知っているかも」
「そうか……」
先日、アルフレートと共に水鏡魔法を試してみたけれど、師匠に繋げることはできなかった。改めて魔導書を読んでみれば、恋人同士のみに使える魔法とのこと。最初から無理なことだったのだ。
「エルフリーデ、猶更、元の時代に戻ったほうがいいと――」
アルフレートは私を引き放すと、肩に手を添えたまま言い聞かせるように話す。
魔王が本格的に活動を始めれば、治安も悪くなる。その前に帰るよう勧められた。
目を閉じて、しばし考える。答えは、すでに心にあったのだ。
「アルフレート、私、決めた!」
「何をだ?」
「ここに残ること」
「は?」
家族はきっと私がいなくても、楽しく幸せに暮らしているだろう。けれど、アルフレートには私しかいない。私にとっても、それは同じことだと思った。
「だからね、アルフレート、私の家族になってください!」
アルフレートは、目を見開いたまま、微動だにしていない。
ダメかなと聞いたら、ふるふると首を横に振ってくれる。
「いいのか、そんなことを、私が叶えても?」
「もちろん――おっと!」
本日二度目の抱擁を受ける。
耳元で「これは夢だろうか」という呟きが聞こえた。
少しだけ離れて、アルフレートの目を見て話す。
「夢じゃないよ。全部本当のことだから」
嬉しいのか、悲しいのか、よくわからない顔をしている。
まだ、信じられないのだろうか。
「そうかそうか。だったら特別に、その疑心暗鬼の魔法を解く方法を教えてあげよう」
「そんな物があるのか?」
「あるよ」
アルフレートの耳元にそっと囁く。
はっと、見開かれる青い目。みるみるうちに顔が赤くなっている。
あからさまに照れないでほしい。大真面目に言った私まで恥ずかしくなる。
名を呼ばれ、再度引き寄せられた。
そして、顎に手を添えられ、口付けを受ける。
なんだかとても嬉しくて、気恥ずかしくて、胸がいっぱいになる。とても、幸せな気持ちで満たされた。
それと同時に、驚くことになる。
何かと言えば、魔力の力に。
他より体液を受ければ、魔力の譲渡は行われると知識で知っていたけれど、これほどとは。
くらくらして、気持ちが良くて、体がどんどん熱くなる。
酩酊とは、こういう状態なのか。
私には魔力を無限に受け止める神杯という物があるらしい。なので、いくらでも、魔力を欲してしまうのだろう。
力を増していく私とは正反対で、アルフレートの体から力が抜けていた。
ぼんやりとした表情となり、頬は赤く染まり、目も潤んでいる。
そんな表情が堪らなくて、自分から唇を寄せる。
夢中になって、何度も何度も口付けをした。
ふと気づけば、アルフレートを押し倒し、馬乗りとなっていた。
我に返ったのは、力任せで引いたシャツのボタンが額に当たったから。
「――あら?」
これはヤバイ状態だと気づき、額にびっしりと汗を掻く。
「アルフレート、大丈夫?」
「……いや」
「え?」
「平気だ」
「よ、よかった」
とりあえず、剥きだしになっていたアルフレートの胸元をシャツで覆い、上から退く。
そして、即座に地面に膝を突き、ホラーツがしていた大反省のポースを取る。
「アルフレート、ごめん!!」
私は自分の行動に引いていた。
まさか、あんな風になってしまうなんて。アルフレート魔力、恐ろし過ぎる。
「魔力切れになっていない?」
「少しぼんやりするが、魔力はまだ十分にある。むしろ、体が軽くなって、驚いた」
「そ、そっか」
以前、ホラーツにこういうことをして欲しいと頼まれたことがあったなと、思い出してしまった。
確かに、アルフレートの負担を軽減させるのにうってつけな行為だったのだ。
それよりも、何よりも。
「うわ~、怖っ」
「何がだ?」
「いや、これ、アルフレートの魔力全部奪っちゃう事態とか起きかねないから」
「それは、心配いらない。以前、ホラーツに聞いたことがあるのだが――」
体液を通して積極的に魔力を吸収するのは神杯の特性であるらしい。ただ、相手の魔力が枯渇状態になれば、その流れはいったん止まるとか。
「だったら、アルフレートの魔力を無尽蔵に奪うことはしないってことか」
「ああ、だから安心して……」
言いかけて言葉に詰まり、そっと目を逸らすように窓の外を見るアルフレート。
私も、アルフレートのシャツのボタンを弾け飛ばしてしまった事実を目の当たりにして、窓の外を見る。
外は真っ暗で何も見えないが。
「それはそうと、メーガス殿召喚の件だが」
「うん」
「もうすぐ雹が降るだろう。その時、私の魔力は満たされる」
そういえば召喚のチャンスがあると以前ホラーツが言っていたのだ。
「もしかして、私がアルフレートの魔力をもらって召喚するって作戦だったの?」
「そうだ」
だから、あの時ホラーツは言いにくそうにしていたのか。
「毎年、雹の時期は大変な思いをしていた」
魔力を抑えるのに精一杯で、布団から起き上がれない日もあったらしい。
魔力生成の力は恐ろしいと思う。
「あ、そういえば、『白きエリクシルの勇者』の本、あるかな?」
以前気になっていた勇者の話の本。今まですっかり忘れていた。
「それがどうしたのか?」
「魔力生成と神杯を持つ勇者の話だから、何か参考になるエピソードとかないかなと」
「なるほど。今度、探してみよう」
いいかげん長椅子に座るよう言われる。
ずっと、反省のポースを取ったままだったのだ。
まあ、それらの件にかんしては、引き続き深く反省。
▼notice▼
神杯と魔力生成
神杯・・・魔力を無限に受け止める器。
魔力生成・・・ある一定の条件を満たせば、魔力が作られる能力。
神杯と魔力生成、二つ合わせて初めて効果を発揮する。
魔力生成のみ持って産まれた場合、生成される魔力を受け止める器がないため、身を裂かれるような苦しみを味わうことになる。




