第七十七話 衝撃――そして、衝撃
会議のあと、個室へと連れ込まれてしまった。
「あの、アルフレート……」
「エルフリーデ、頼むから、召喚のことは言わないでくれ」
「え、なんで?」
「周囲が勇者だと、勘違いしてしまうだろう」
「まあ、そうだけどね」
確かに、勇者だと期待されても困る。私の魔法なんて、スイメール妃に憑りついた魔物が跳ね返す程度なのに。魔王など倒せる力などないのだ。
アルフレートは私が勇者だと名乗り、周囲の期待を浴びてしまうのが心配なのかもしれない。全国民、全世界の希望を背負うなんて恐ろし過ぎる。言わないので安心してほしい。
窓の近くでウロウロ歩き回るアルフレートを捕獲し、背中から抱きついた。
「アルフレート、大丈夫だからね」
手を握って宣言すれば、そっと指先を重ねてくれた。
もう落ち着いただろうか。
一度離れて、正面に回り込む。
アルフレートは、いまだ思いつめたような顔をしていた。
「エルフリーデ」
「何かな?」
「まとまった休日をもらっている。だから、御両親に挨拶に行きたい」
「わ~お!」
何を考えているのかと思いきや、私の両親への顔合わせについてだったか。
まあ、そろそろいいかなと、決心もついている。だから――
「ありがとう、アルフレート。嬉しい」
アルフレートは私の手を握り、盛大な溜息を吐く。どうやら、まだ早いと言われるかと不安に思っていたらしい。
「了承を得たら、すぐに結婚しよう」
「え、早くない?」
「なん、だと……!?」
挨拶くらいならいいけれど、結婚は……。そんなコメントをすれば、アルフレートは目を見開いて信じられないという表情を浮かべた。
「いや、私だって今すぐアルフレートと結婚したいよ! ずっとイチャイチャしたいし、もふもふだってしたい!」
でも、花嫁道具的な、ドレスとか、持参金的な物とかぜんぜん用意できていない。
どれだけ働いてお金を稼いだら揃うのかわからないけれど。
「いや、そんな物必要ない。身一つでいい」
「そういうわけにもいかないでしょう」
「エルフリーデの準備を待っていたら、あっという間に人生終わってしまう」
「さすがにそこまでかからないよ」
「とにかく、それについては心配しなくてもいい」
「う~ん」
曖昧な態度でやり過ごそうと思っていたのに、ガシっと肩を掴まれる。
じっと顔を見つめられ、冷や汗をかいた。これは、とっても怖い顔。夢にでてきそうだ。
「ア、アルフレートの、言う通りにします」
「わかればいい」
やっと解放された。ふうと安堵の息を吐きだす。
「ところで、エルフリーデの実家の場所なのだが」
「あ、地図とかあれば説明できるけれど」
残念ながらここの部屋にはない。けれど、アルフレートが紙に書いてくれるらしい。
素晴らしいことに、何も見なくても手書きで世界地図を書いてくれた。
「ここが、我が国の領土」
「え!?」
「どうした?」
「小さくない?」
「いや、そんなことはない」
「でも、私が習ったこの国の領土は……」
魔導神殿で習った記憶を頼りに、この国の領土を指先で囲む。
「これくらい、だったと思うけれど」
「その部分は他の国だ」
「ええ~~」
記憶違いだと思いたいけれど、世界情勢については厳しく叩き込まれた。なので、はっきりと覚えている。
「それで、エルフリーデの村はどのあたりなんだ?」
「え~っと、この辺?」
「そこは森だ。それに、その辺りは国も何もない」
「嘘……?」
「嘘を言ってどうする」
「だ、だよね」
とある可能性が頭に浮かび、指先が震える。
気のせいでありたいと思った。
「エルフリーデ、どうした?」
「あ、その……」
さすがに様子がおかしいと気づかれてしまった。具合でも悪いのかと聞かれたけれど、首を横に振るしかない。
「アルフレート……」
声が震えてしまった。全身に鳥肌も立っている。
言いたくない。でも、言わなくちゃ。こんなこと、私一人では抱えきれない。アルフレートには悪いけれど。勇気を振り絞り、言葉にする。
「えっと……その……多分、私はこの時代の過去か未来から、来たんだと、思う」
シンと静まり返る室内。アルフレートもびっくりしていた。
信じられないことなのはわかっている。私も、自分で何を言っているんだと思うくらいだ。けれど、地図の情報を確認する限りは、そうとしか言いようがない。
すぐに受け入れられる話でもないだろう。もう少し検証しなければと考えていれば、アルフレートは「大丈夫だ」と言って私の頭を撫でてくれる。
「信じてくれるの?」
「こんな途方もない嘘など吐かないだろう」
「そうだけど」
「ホラーツを呼んでくる」
「ごめん……」
ホラーツならば何か知っているかもしれない。
わからないことを整理して、一つ一つ、謎を紐解いていかなければと思った。
◇◇◇
『申し訳ありませんでした!!』
説明が終わるなり、ホラーツは床に額をつけて謝る。
なんでも、私の召喚条件の中に過去、現在、未来のすべてと書き込んでいたらしい。
その事実を知りながら、今まで隠していたと。
「爺、今回ばかりは許されることではない」
『は、はい……この身を捧げることで許されるのであれば』
「私も責任を取る。爺だけ散らすわけにはいかない」
『ア、アルフレート様……!』
「いやいやいや!!」
怖い会話をしている二人を止める。
なんでも、私は未来の世界からやってきたらしい。しかも、百年や二百年先どころではないとか。
『本当に、なんと謝ればいいのか』
「もう、過ぎたことだから」
突然の発覚でまだ受け入れることができないのかもしれない。
いろいろと、考える時間がほしいと思った。
「エルフリーデ。私達は、しばらく距離を置いたほうが、いいのかもしれない」
「なんで?」
「憎たらしいと思わないのか?」
「ぜんぜん。だから、気に病まないで。ホラーツも」
『エルフリーデ様……!』
ボロボロと涙を流すホラーツ。可哀想になって、袖で拭ってあげた。
「私は、ホラーツが召喚してくれなかったら、死んでいたし、それに、ここでアルフレートやみんなに会えたから、嬉しかった。家族や師匠に会えないことは……ごめん。まだ、気持ちの整理がついていないから、何も言えないけれど」
『そう、ですよね。これでは、誘拐と変わりません』
「いやいや、そんなことないって!」
いつか家族と会って話せるものだと思い込んでいたから、今はびっくりしているだけ。
その辺の問題に関しては、すっきり整理するまでもう少し時間がかかると思う。
「だから……一緒に悩んで欲しい」
アルフレートとホラーツの手を取り、お願いをした。
二人共ポカンとしている。
「ダメ?」
「いや、そんなことは、ない」
『精一杯、努めさせていただきます』
「よかった」
わからないことは皆で考えればいいのだ。
時間がかかっても、じっくり納得するまで話し合いたいと思った。
◇◇◇
衝撃の事実が発覚してから一週間経った。
今日はなんと、アルフレートの離宮にお泊りの許可が下りたのだ。
王都にきて初めての外泊である。嫁入り前の娘がと呆れられてしまいそうだけれど、リチャード殿下やサリアさんは「楽しんできてほしい」と笑顔で送りだしてくれた。
馬車での移動中、チュチュが悲しそうな顔をしていたので、どうかしたのかと聞いてみれば、私の元気がなかったので心配していたらしい。
無意識だった。いつも通りにしていたつもりだったけれど。
それだけ、ショックだったんだろうと思う。ずっと、遠く離れた国に召喚されたと思い込んでいたのが、実は違いましたとかなかなか受け入れられないだろう。
離宮に到着すれば、ブリゼール妃は私の体をむぎゅっとする。黙って、背中を撫でてくれた。
アルフレートから事情を聴いたのだろう。ただただ、優しく、抱きしめてくれた。
一瞬、バチンと弾かれて痛かったけどね。私達、魔力の相性がすこぶる悪い。
けれど、嬉しかった。小さい頃、母もこうやって抱きしめてくれたのだ。
故郷の記憶を蘇らせてしまい、泣いてしまった。
私はずっと強がっていたのだと、この時になって気づいたのだ。
夕食後、ブリゼール妃が素敵なことを言ってくれる。今宵、アルフレートのことは好きにしてもいいと。
お母様の突然の発言を聞き、飲んでいた水を気管に引っかけ、噎せるアルフレート。
背中を摩って心配していたけれど、まさかの提案に顔がにやけていたのは言うまでもない。
さて、何をしようかな~~?
▼notice▼
アルフレートの身柄
だいたい母上が握っている。




