第七十六話 ブリゼール妃については――問題解決!
メルヴと一緒に蜂蜜水を飲んでいれば、麗しい親子が肩を並べてやってくる。
その片方であるアルフレートは、今まで見たこともないような気まずそうな顔でいた。
どうやら、感動の再会にはならなかったらしい。
親子は仲良く長椅子に隣り合って座り、向かい合う形となった。途端に、私も気まずくなる。
「母上」
「なんぞ、息子よ」
「彼女は、エルフリーデ。その、私の婚約者です」
「知っておる」
ブリゼール妃はアルフレートのことが心配で、猫の姿を借りて見守っていたのだ。
先ほどから隣に座るメルヴがそわそわしている。
恐らく、セイであるブリゼール妃と話をしたいのだろう。
「あの、ブリゼール妃?」
「なんぞ、嫁子よ」
まさかの嫁呼び。いや、まだ結婚していないんだけど。まあ、それはいいとして。
気を取り直して話しかける。
「ブリゼール妃は、セイで間違いないんですよね?」
「然り」
『!』
メルヴがばっと立ち上がった。その様子を見て、目を細めるブリゼール妃。
「メルヴ・メディシナル。よいぞ。近う寄れ」
『セイチャ~ン!!』
ぴょ~んと飛び出していくメルヴ。
ブリゼール妃は手を広げ、抱擁を受け止めた。
ああ、良かった。本当に、良かった。
セイが死んだときのメルヴは本当に可哀想で、私も胸が締めつけられるような思いになっていたのだ。
余りにも嬉しかったからか、頭の上から青い花を咲かせていた。頭部が寂しくなっていたので、ちょうどよかった。
「それにしても、驚いたことよ。しばらく見ない間に国は発展し、国王は老い、息子は可愛くなくなっておった」
個人的に、アルフレートは今でも凄く可愛いと思うけれど、幼少期の愛らしさには負けてしまうのだろう。
そんなことを考えていれば、アルフレートは真剣な顔で質問を投げかけていた。
「母上は、これからどうなさるおつもりで?」
「人の世では暮らせまい」
「それはなぜですか?」
アルフレートは共に暮らそうと言う。けれど、ブリゼール妃は首を横に振った。
「それはできぬ」
「人目が気になるとでも?」
「そうではない」
「ではなぜ――」
「私は人ならざる者だからだ」
ここで初めて語られるブリゼール妃のご実家の話。
隣国の大貴族、ストラルドブラグ家は大精霊様を祖先に持つ一族だったのだ。
「始祖に近い者は強い力を持っておった。けれど、それも月日が流れるにつれ、精霊の血も薄くなっていったのだ」
けれど、ブリゼール妃は違った。精霊と同じくらい大きな力を持って産まれてきたのだ。
それを、先祖返りと周囲の人達は呼んでいたと言う。
「今までの血の濃かった一族と同じく、精霊化が進むだろうと言われていた」
精霊化。老いもせず、大きな力を持ち、人でなくなっていく現象。だいたい、二十歳前後で成長が止まり、以降は人としての部分が抜け落ち、精霊となってしまうらしい。
「周囲は私を憐れんでいたが、私はそう思っていなかった。こういう風に考えてしまうのも、精霊化が進んでいたからとも言えるが」
ブリゼール妃は人としての幸せを望まず、一族の繁栄を選んだ。
それが隣国に嫁ぎ、子を成すことだったのだ。
「もちろん、反対もあった。親の性質は子にも受け継がれる。生まれる子も、大きな力を持って産まれてくるのではと周囲は警戒をしていたのだ」
でも、そうなった場合生涯その子を守ればいいと考えていたらしい。
「氷漬けとなったのは、アルフレートの力を封じる意味もあった。まあ、想定外に大きな力を持っていて、防ぎきれていなかったが」
目を細め、困ったような表情を浮かべるアルフレート。複雑なのだろう。
「息子のことは本当に気がかりであった。氷漬けでなければ、できることもあったのにと、歯がゆく思った。だが、想定外のことも起こった」
ブリゼール妃は私を見て、微笑む。温かな表情に、胸がドクンと高鳴った。アルフレートの笑顔にそっくりだったし、今まで無表情だった人の笑顔なんで破壊力が高すぎる。
「ある日、魔力を封じる魔法を必要としなくなった。不思議に思った私は、余った魔力を使い、猫の姿を借りて、息子の領する村に向かった」
様子を確認してすぐに帰るつもりだったらしい。けれど、ブリゼール妃は村に一歩足を踏み入れた瞬間に筋肉妖精に捕獲されてしまった。
「久しく見た息子は、笑顔だった。幸せそうだった。猫の爺がいて、鼠達に囲まれて、メルヴ・メディシナルがいて、よくわからぬ大型妖精がいて、そして、嫁子がいたのだ。その様子を見ていたら、嬉しくなった。心がじんわりと温かくなった。本当に、このような感情を、私は知らない」
人とは違う身で産まれたブリゼール妃を、周囲は腫れものを扱うかのように育てたらしい。大きすぎる魔力の暴走を恐れていたと。
「私はそれを気にしていなかった。元より、精神構造が精霊寄りだったのだろう」
けれど、アルフレートは精霊ではなく、完全な人だった。だから、ブリゼール妃は心配していたらしい。一人で寂しく暮らし、孤独に傷ついているのではないかと。
「それも杞憂だった。ありがとう、エルフリーデ」
「い、いえ、そんな私は何も……」
「そんなことはない。息子を支えてくれた。母として、これ以上の喜びはない」
なんだか泣きそうになってしまう。
アルフレートも、ブリゼール妃も、たくさん頑張った。だから、これからは肩の力を抜いて、日常のささやかな幸せを感じ取れるような暮らしをして欲しいなと思った。
「母上は、ここからでて行かれるのでしょうか?」
「否。たった今、気が変わった。お前の結婚式は絶対に見たいし、孫の顔を見たい。しばらく見守るつもりでいる。その先は、そうだな、メルヴ・メディシナルや炎狼とでも考えよう」
その発言を聞いたメルヴは嬉しそうにしていた。
前のご主人様とお別れになった話を切なそうにすることがあったので、良かったなと思う。
っていうか、メルヴって『メルヴ・メディシナル』という立派な名前があったようだ。知らなかった。
積もる話は終わったので、ここで解散となる。
徹夜でいろいろしていたので、かなり眠い。
安心してじっくり眠れそうだった。
◇◇◇
その後、スイメール妃の騒動で王宮内はざわざわしていた。
現場検証など、魔導研究局の担当となり、忙しく駆け回ることになった。
ゾッとなったことと言えば、スイメール妃の噂話は誇張ではなく、ほとんどが真実だったということ。
時間が経つにつれて魔物の憑依が強まり、魔力を得るために家畜の生き血を啜り、ひと睨みで召使いを石にして、たまに魔物の姿になる時もあったとか。
周囲で仕える者達は恐ろしさから口外することもできず、日々、生命の危機に怯えながら働いていたらしい。
人が死んでいないことだけが救いだろう。
石になった人はホラーツが霊薬で戻してくれた。
けれど、ブリゼール妃の氷に閉ざされていた日々と、アルフレートの苦悩の毎日があったことは許されることではない。
生涯幽閉か、極刑かの二択だろうと国王様が定例会議で言っていた。
最も気になるのは、スイメール妃を唆した存在がいたという事実。
『魔神様』と呼んでいたのは、おそらく魔導神殿に祀られていた邪神と同じ存在だろう。
そして、この世界に降り立った魔王であると。
勇者はまだ召喚されていない。
各国の代表は焦っているらしい。
今回の事件でわかったとおり、召喚魔法は大変危険なものなのだ。
ホラーツもオススメしていない。
それから、途中で大臣が言っていた言葉も気になる。
――もうすでに勇者は召喚されていて、どこかでのほほんと暮らしているのでは?
飲んでいたお茶を思わず吹き出しそうになった。
隣に座っていたアルフレートの顔を見上げる。
机の下にあった手をぎゅっと握られた。
ここでは、何も言うなという意味だろう。
召喚されてここにいる身としては、勇者問題はなんとも耳に痛い話であった。
▼notice▼
ブリゼール妃
アルフレートの美しき母君。見た目年齢は二十歳前後。
その身は人ではなく、ほとんど精霊。
クールな性格だが、メルヴや炎狼と仲良し。




