第七十五話 氷解――明らかとなる謎
絹のような金の髪をなびかせる美女は、おろおろするばかりの私を見て、目を細める。
腕の中のメルヴは眠っているようだった。ひとまず、ホッとひと安心。
しかし、こちらの美しいお方は、もしかしなくても――。
「娘、近う寄れ」
「あ、はい」
何用かと思えば、メルヴを手渡された。
一瞬触れた指先は、驚くほど冷たい。同時に、バチンと音が鳴る。その衝撃に、メルヴを落としそうになった。
「やはり、お主とは相性が悪い」
みたいですね。
魔力と魔力が反発している。炎と氷は元より相性が悪いのだ。
そんなことよりも、気になることがある。
「あ、あの……」
「なんだ?」
氷のような冷たい視線を向けられ、背筋がぞくっとする。
凄まじい美貌と魔力の圧力に「なんでもないです」と言いたくなる。
なんとか堪えて、聞いてみることにした。
「アルフレートの、お母さんです、よね?」
「然り」
やっぱり。目の前におわす美しい御方はアルフレートのお母さん、ブリゼール妃だったのだ。でも、どうしてここに? 氷の中に囚われていたのでは?
でも、それを聞く前に、スイメール妃をどうにかしなくては。このまま、凍らせた状態で放置することもできないだろう。それに、皆の状態も気になる。
「メルヴ、ごめん、起きて!」
『ンン……』
背中をポンポンと叩けば、メルヴは目を覚ます。壊れたテーブル、捲れ上がった床、裂かれたカーテンなど、周囲の状況を目の当たりにして、驚いていた。
『アッ、アル様! 猫サンモ!』
「ごめん、葉っぱ、もらってもいい?」
『ウン、メルヴノ葉ッパ、使ッテ!』
私はホラーツの元に行き、メルヴはアルフレートの元へ。
契約関係にあるメルヴならば、近づいても問題はないだろう。
幸いにも、ホラーツは無傷だった。酷い攻撃を受けているように見えて、きちんと防御魔法は展開させていた模様。魔力を大量消費したので、今まで動けなかったらしい。
「大丈夫、ホラーツ?」
『はい、お陰様で。しかし、凄いですね、メルヴさんの葉は』
「うん、そうだね」
その効果は、私も十分に知っているのだ。
チラリとアルフレートのほうを見る。
メルヴはアルフレートの口に、ぐいぐいと葉っぱを詰め込んでいた。大丈夫かな、あれ……。
ブリゼール妃は、険しい表情で氷漬けとなったスイメール妃を見上げている。
二人の間に、いったい何が起こったのか。
『ア、アル様~~!』
嬉しそうに万歳するメルヴ。どうやらアルフレートが復活した模様。
起き上がって、メルヴの頭を撫でている。
そして、私のほうを見てくれた。目が合い、ドクンと胸が高鳴る。
近づいても大丈夫かとホラーツを見れば、コクリと頷く。どうやら問題ないらしい。
「アルフレート~~!!」
「!?」
走って近づく私を見て、ぎょっとするアルフレート。
そのまま抱きついて、頬を寄せる。メルヴも真似て、ヒシっと抱きついていた。
「おい、まだ終わっていないだろう」
「そうだけど~~!」
『アル様、ヨカッタ~~!』
メルヴが『クシュン』とくしゃみをした。気づけば、部屋の温度がぐっと下がっているような。それに、背中に何かチクチク刺さっている気がする。
振り返れば、ブリゼール妃がこちらを睨んでいたのだ。
息子に抱きつく謎の女――心穏やかなわけがない。慌てて離れ、頭を下げる。
アルフレートは、この時になってブリゼール妃の存在に気づいた。
立ち上がり、一歩、一歩と近づいていく。
ブリゼール妃は、アルフレートの接近を手で制す。
「母上?」
「話はあとだ。息子よ」
「!」
その瞬間、スイメール妃を閉じ込めていた氷にヒビが入った。割れたガラスのように散り散りとなる。
スイメール妃は全身を覆っていた氷を振り払い、羽を広げて跳び上がる。
『グルオオオオオオオ!!!!!』
耳を突き破るような激しい咆哮。頭がくらくらしてしまう。
スイメール妃は先ほどよりも興奮しているようだった。
目標は、ブリゼール妃一点に集中している。
腕を振り上げ、長い爪で裂こうと接近していたが、突然現れた壁が攻撃を遮る。
よくよく見れば壁ではなくて、床に敷かれていた大理石でできたゴーレム。ホラーツの魔法だ。
天井に向かって掲げられたゴーレムの左手に、私は炎を纏わせる。続いて、アルフレートも右手に氷を纏わせた。
魔法を宿したゴーレムの拳は、続けざまに打撃を与える。
スイメール妃は地面に叩きつけられ、動かなくなった。
ゴーレムは馬乗りとなり、バリバリと、魔物の皮を剥いでいく。
「ひえっ……!」
顔を覆う前に、アルフレートが私の肩を寄せ、抱きしめてくれた。
上着に顔を埋め、目の前の光景から目を逸らす。
ホラーツが『もう大丈夫です』と教えてくれた。
アルフレートから離れれば、ゴーレムの姿はすでにない。
床に倒れるスイメール妃の姿と、それを無表情で見下ろすブリゼール妃の姿があった。
「メルヴ、頼みがある」
『ウン?』
「スイメール妃のために、葉を分けてくれるだろうか?」
『イイヨ!』
もう憑いていた魔物は倒したので、問題はないとのこと。
メルヴの葉を食べたスイメール妃は顔色が良くなり、すぐに目覚めた。
「ここは――?」
その問いかけに、ブリゼール妃が答える。
「地獄だ」
「!」
ブリゼール妃の発言にハッと身を震わせ、起き上がるスイメール妃。その姿を目の当たりにすれば、悲鳴をあげていた。
そこで、騎士達が部屋に入ってくる。
荒れ果てた部屋を見て驚き、さらに、入れた覚えのないブリゼール妃を見て顔を強張らせていた。
「娘よ、人を呼べ。なるべく、偉い地位の者を」
ブリゼール妃は騎士に命じる。
アルフレートも続いて「頼む」と願った。
騎士達は姿勢を正し、敬礼をすると部屋をでて行った。
◇◇◇
部屋には、国王陛下、王太子様、リチャード殿下、アルフレート、スイメール妃にブリゼール妃と、錚々たるメンバーが集まっていた。
そこで、ブリゼール妃は事のなりゆきを語りだす。
「この愚かな女は、王妃亡きあとの座に、私が収まると勘違いをしておったのだ」
当時、一番美しく、聡明だったというブリゼール妃を、次期王妃にと望む一派があったらしい。国王も噂を否定しなかったことから、話は大きくなって真実味を増してしまったのだ。
第二妃の位にあったスイメール妃は、面白くないどころか、恨めしく思っていた。
ブリゼール妃が王妃の座に収まれば、息子の継承権も下がってしまう。以前よりライバル視もしていたので、憎しみは募るばかりだった。
このままではいけない。
そう思ったスイメール妃は、古い魔法書で魔物召喚の記述を見つける。
自分の手を染めたくなかった彼女は、ブリゼール妃は魔物に殺されたことにしようと、禁じられた術式を展開させてしまったのだ。
「この女の先祖は魔法使いだったらしい。まさか、その身に魔物を憑かせてやってくるとは、死ぬほど驚いたものよ」
魔物召喚は失敗した。知識のない素人が簡単に扱えるものではなかったのだ。
体と精神が魔物と混ざってしまったスイメール妃は、狂った状態で離宮へとやってくる。
「魔物憑きの対処など知る訳もなく、私は愚か者の悪しき力を封じた。自らが、結界の柱となることと引き換えに」
自ら氷漬けになったわけは、封印の礎とするためだったのだ。
国王様は静かな声で話す。スイメール妃に、これらのことは真実であるか、と。
「……はい、間違いありません」
「左様か」
国王様が片手を挙げれば、騎士がスイメール妃を拘束する。
そのまま、連行されて行った。
この先の話は聞かないほうがいいだろう。そう思い、私も部屋をでる。
窓の外から朝日が差し込んでいた。そこで、眠気を思い出してしまい、欠伸をする。
これからどうなるのか。
でも、ブリゼール妃の氷を解かすことができたし、アルフレートもお母さんと再会できて嬉しいだろう。いろいろと、複雑だろうけれど。
『エルサン……!』
メルヴは廊下で待っていたようだ。葉っぱのない頭部がなんとも寂しいことに。
「メルヴ、ありがとうね」
『ウン!』
メルヴを抱き上げ、部屋に戻って蜂蜜水でも飲もうと誘う。
「蜂蜜メレンゲも用意してもらおうか」
『ヤッタ~!』
▼notice▼
魔物召喚
禁術の一つ。どういった理由で生み出され、使われていたかは謎。




