第七十四話 対決――スイメール妃
魔物憑きって、そんな~~!!
スイメール妃は驚愕の変化を遂げる。
羽根が生え、口は裂け、牙が生えた。白い肌には緑色の鱗が浮かび、獣の咆哮をあげる。
変化中、周囲には魔法陣が浮かび、ガラスが張ったような結界ができている。
試しに光球を投げつけたところ、魔法陣に近づく寸前で弾かれた。
どうやら、強力な結界の模様。
ホラーツも結界を張り、被害が外部にいかないように防ぐ。アルフレートはメルヴを呼んで戦闘に備えていた。私も、炎狼を召喚し、杖を手元に転送して構える。
念のため筋肉妖精を召喚しようとすれば、術式は弾かれてしまった。
どうやら、外部との連絡を妨害されているようだ。ホラーツが教えてくれた。炎狼やメルヴは近くにいたので召喚できたらしい。
もう一点、気になることがあったので聞いてみる。
「ね、ねえ、ホラーツ、魔物を倒したら、スイメール妃、元通りになるよね?」
『………………ええ』
なんだ、今の長い間は。
戦うのが億劫になってきた。嫌な予感しかしない。
まだ、間に合う。
私は目の前に立つアルフレートの服を引っ張った。
「ね、ねえ、アルフレート……」
「心配はいらない」
「え?」
「いろいろと、覚悟はできている」
そんな決意を聞いてしまえば、これから言おうとしていたことも口にできなくなる。
この状況をどうにかするには、魔法で倒すしかない。でも、そうすれば、スイメール妃はよくて大怪我。きっと、関わった私達は罪人扱いを受けるだろう。アルフレートだけでも別の場所へ移動したほうがいいと思ったけれど、覚悟はできていると言われてしまった。それを、止めることはできない。
変化が完了したスイメール妃は、想定外の行動にでる。
自らを取り囲んでいた、魔法陣より浮かぶ透明な結界を叩きだしたのだ。
「あれって、スイメール妃を守っていたものじゃないの?」
『まさか――封印でしょうか!?』
「いったい、誰が?」
叩けば、結界にヒビが入りだす。
あれが破れたら、スイメール妃は暴れだすのだろう。
どうするべきなのか。
結界の強化ができればいいけれど、他人の術式なので干渉なんかしたら危険だ。
現状、身動きも取れず、その場に佇むばかりであった。
スイメール妃がどんどんと結界を叩けば、パリ、パリと、結界が壊れていく。
もしもでてきたら、戦わなくてはならない。
心がぎゅっと締めつけられる。せっかく、アルフレートの疑いが晴れそうだったのに。
「エルフリーデ」
「ん?」
アルフレートは私に背を向けたまま、話しかけてくる。
「大丈夫、悪いようにはならない」
「でも……」
「私は、エルフリーデに出会って、自分にさまざまな可能性があることを知った。今は、第五王子として国のために働いているが、それ以外にも、道があると思っている。安住の地は、一つではない。それに、気づくことができた」
「アルフレート」
「だから、気落ちしないように」
その言葉に、涙がでそうになる。
現状を悲観していない強さを、嬉しく思った。
「うん、わかった」
だったら、私にできることをしよう。
全力で、アルフレートを支えるのだ。
結界全体にヒビが入り、今にも壊れそうだ。
各々、杖を構えていたら、結界が霧散した。と、思いきや?
私達の目の前に、光の柱が出現する。
中から現れたのは――小さな子猫。
『アレ、セイチャンダ!』
「え、なんで!?」
セイは背中の毛を逆立て、『にゃう、にゃう』とスイメール妃に威嚇をしていた。
結界のヒビが修復されていく。
「私達を、助けようとしてくれているの?」
『しかし、それはあの魔法の術者でないと不可能です』
他人の魔法に干渉できるのは、聖獣だから? その憶測を、ホラーツが否定する。
『いいえ、どんな生き物であろうと、他の魔法に干渉することなど不可能です』
「爺、ならば、あの封印はセイが作ったとでも?」
『そう考えるほうが自然です』
セイ、いつの間にスイメール妃に近づいていたのか。
さっきみたいに、転移術で?
「セイって、よくわからない」
『それは、具体的には?』
「私やアルフレートにだけ懐かないし、この前ブリゼール妃の部屋に行こうとすれば、威嚇されて」
『ふうむ』
そこで、ハッとなったようになるアルフレート。
どうしたのかと聞けば、驚きの一言を呟く。
「……母上?」
「え!?」
「母上、でしょうか?」
セイに向かって、母と呼ぶアルフレート。
アルフレートの声に反応して、セイが振り向く。
『まさか!?』
「え、何、ぜんぜんわかんな――」
アルフレートがセイに手を伸ばす。が、突然パアンと何かが弾けたような音が鳴る。
『グルオオオオオオオ!!!!!』
「うっわ!」
『にゃう~~~~!!!!』
状況は悪化。
結界が壊れた。そして、セイが……。
『セイチャ~~~ン』
血を吐いて倒れるセイ。メルヴが駆け寄る。
『セイチャン、セイチャン、メルヴノ、葉ッパ……!』
「メルヴ、危ない!」
羽の力で浮上し、鋭い爪先を振り上げながら飛んでくるスイメール妃。目標は――アルフレートとメルヴ。
アルフレートがメルヴに腕を伸ばし、頭の上の葉っぱ掴んで後方に跳ぶ。
なんとか攻撃は避けられたけれど。
『セイチャ~~~ン!!!!』
セイは、スイメール妃の爪の餌食となり……。
『ウワ~~ン!!!!』
ポロポロと、涙を流すメルヴ。アルフレートの体に抱きつき、震えていた。
今、悲しんでいる余裕はない。
スイメール妃はこちらに鋭くなった赤い目を向け、舌なめずりをしていた。
アルフレートはメルヴを、ホラーツの深い頭巾の中へと入れる。
メルヴはまだ、すんすんと泣いていた。励ましてあげたいけれど、今は我慢。スイメール妃を止めるのが先決だ。
もはやスイメール妃の面影はなく、羽の生えた蜥蜴のような姿となっていた。
長い爪や尾、牙などで攻撃してくる。
とにかく素早くて、皆、攻撃を避けるのでいっぱいいっぱい。欠片も余裕はなかった。
炎狼は途中でスイメール妃の攻撃を受け、身動きが取れなくなってしまった。回復させるため、姿を消しておくように命じる。
『まずい!!』
叫ぶホラーツ。
攻撃を避けた時に、フードの中に入れていたメルヴが飛びだしてしまったのだ。
「うわ、メルヴ!」
孤を描いて、空中を飛んで行くメルヴ。ポテンと落ちた先は、セイの亡骸の近くだった。
『セ、セイチャン……』
無残な姿となったセイを、メルヴはギュッと抱きしめる。
『セイチャン、ゴメンネ、メルヴ、守レナクテ、ゴメンネ……!』
止めどなく流れる涙。その雫はセイに降り注ぎ、そして――
「えっ!?」
メルヴを囲むようにして突然浮かび上がる青い魔法陣。強く発光し、輝いていた。
その光を受けて、スイメール妃は身動きが取れなくなる。
隙を見て、アルフレートは魔法を発動させた。
いまだスイメール妃の首にかけてある宝石の首飾りを媒介として、術式を展開させる。
チャンスは一度だけの大魔法だ。
スイメール妃の足元から、凍っていく。
アルフレートの額から、汗が滴っていた。
展開させているのは氷漬けの魔法。どうか成功してくれと、願ったが。
バキンと音が鳴る。足元を凍らせていた氷にヒビが入っていた。
アルフレートは杖を構えたまま、顔面蒼白状態になっている。今にも倒れそうだ。
傍に駈け寄ろうとしたけれど、ホラーツに止められてしまう。
『エルリーデ様、危険です』
「でも、アルフレートが!」
『今近寄れば、あなたが氷漬けになりますよ!』
「そんな……」
どうすることもできないなんて。悔しい。
メルヴの周囲に展開された魔法も気になる。発光は止まり、現在は淡く光っているばかりだ。
「ホラーツ、メルヴの周囲にあるのは何かわかる?」
『あれは――』
とうとうバキンと氷が割れてしまった。魔法は失敗。だけど、アルフレートは諦めていなかった。重ねて、同じ魔法をかけようとしている。
『アルフレート様、二度目はなりません!!』
あの魔法は首飾りの媒介あって成功するものだ。それが壊れてしまった今、自分の魔力だけで発動させるのは、無謀というもの。
「アルフレート、止めて!!」
叫んだ刹那、アルフレートは血を吐き、地面に膝を突く。
ゲホゲホを咳き込み、その場に倒れてしまった。恐らく、魔力切れだろう。
駆け寄っていこうとしたけれど、ホラーツに腕を取られ、遮られてしまった。
「アルフレート!!」
『エルフリーデ様、落ち着いてください。今、近づけば、死にます』
もう、頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられない。
いつの間にかメルヴも、魔法陣の上で倒れている。何があったのか。
終わった。
そう思ったその時、突如として咆哮をあげるスイメール妃。
足元の氷を振り払い、飛び上がる。
こちらに向かって爪を振り上げてきた。
私は今日初めての、攻撃系の炎魔法を発動させた。
倒さなければ、殺される。そう思い、炎の球をスイメール妃に飛ばした。
これで終わるはず。そう思っていたが……。
『グルオオオオオオオ!!!!!』
咆哮をあげれば、炎は吹き消されてしまった。
こんなことってありですか!?
「ま、まさかの、耐魔の高さだ!」
『困りましたね』
ホラーツにも、焦りが浮かんでいるように見えた。
攻撃を避けるにも、限界がある。
そろそろ体力切れを起こしそうだ。
「――あ!」
逃げ遅れたホラーツが、爪の餌食となる。
壁に縫いつけられるように抑えつけられ、首筋に噛みつこうとしていたので、杖で殴りに行った。攻撃が止まる。
ダメ元の一撃だったけれど意外にも、ダメージがあった模様。以前、魔法書で読んだことがあったのだ。耐魔の高い敵には、物理攻撃が有効だと。
『エルフリーデ様、逃げ……!』
「そんなのできないよ!」
スイメール妃は高く飛び上がり、狙いを定める。
今度は、私の番だ。
可能な限り強力な結界を作ってみたけれど、どれくらいの衝撃を耐えてくれるのか。
術式を作る時間も短いので、自信がない。
スイメール妃は足を突きだし、私に向かって蹴りを繰りだす。
結界は攻撃を受け止めた。
ホッとしたのも束の間、パキンと音が鳴る。やはり、そこまで耐久度はないようだ。
結界が壊れている様子を目の当たりにする。
結界は攻撃に耐えきれず、消えてしまった。
そして、眼前に迫るスイメール妃。
思わず瞼を閉じる。
衝撃に備えていたが、何も起きない。
不思議に思って恐る恐る瞼を開けば――氷漬けになったスイメール妃が。
「まったく、手間をかけさせおって」
聞こえたのは苛ついた女性の声。
そちらに目を向ければ、メルヴを腕に抱いた長身の美女の姿が。
あ、あれは……!
▼notice▼
メルヴの涙
精霊の美しき涙。宝石のように輝く雫が、奇跡を起こす。




