第七十二話 謎を追い駆け――夜会へと
なんか嫌な予感がするので、スイメール妃について調べてみた。
変装をして王宮の召使いに噂を聞きに行ったのである。もちろん、潜入調査の相方であるメルヴ鉢と一緒に。
王宮召使いの共同休憩スペースに行けば、皆、お喋りを楽しんでいるようだった。
まず、メルヴ鉢をテーブルに置いて腰かける。
「お疲れ様。これ、ご主人様から下賜されたお菓子なんだけど」
街で人気らしいクッキー缶を差しだす。
本当はサリアさんからもらったお菓子なんだけど、理由はどうでもいいだろう。
皆、喜んでお茶請けとして食べてくれた。
それを情報料として、質問をする。
「そういえば、スイメール妃様について聞きたいんだけど」
その発言をした刹那、皆の表情が強張る。
どうやら、安易に名前をだしてはいけない御方らしい。収穫はゼロかと思いきや、ヒソヒソ話で情報が提供された。
「あのね、名前をだしてはいけない御方は、遠い場所で囁かれた悪口も聞いてしまうらしいのよ。だから、大きな声で名前を呼んではいけないわ」
「そ、そうなんだ」
なんだろう。その、人外的な能力は。噂はかなり誇張されているようだ。
「名前をだしてないけない御方、あまり公式な社交場にでてこないらしくて、見たことないんだけれど、ぞっとするくらい美人で、睨まれたら石になるらしいの」
「へ、へえ~」
「あと、これも聞いたわ! 悪魔を召喚して従えているらしいの」
「それは、凄い」
『怖イネ~』
「私が聞いたのは、仕事を失敗した侍女を、塔の上に一日中吊るし上げたって話」
「ひ、酷い」
『エゲツナイ~』
でるわ、でるわ。スイメール妃のとてつもない噂。いったいどんな人物なのか、非常に気になる。皆、興奮した様子で教えてくれた。
途中からメルヴも会話に参加していたけれど、誰も気づいていない。
噂話を纏めれば、権力もあるしとんでもなく怖い人物なので、近寄らないほうがいい、である。
サリアさんの助言は的確だったのだ。
けれど、私は確信する。
ブリゼール妃がスイメール妃に会ったあの日、何かあったのだと。
それを、知りたい。
多分、何か理由があって、氷漬けとなっているに違いないと思った。
はっきりと判明すれば、アルフレートも苦しまずに済む。
だから、勇気をだしてスイメール妃に接触をしなければならないのだ。
◇◇◇
召使いとして夜会に潜入したかったけれど、給仕係は男性だけらしい。
なので、ユーリンとして参加をすることにした。招待状もリチャード殿下がわざわざ用意してくれたのだ。
茶色の鬘を被り、侍女さんが綺麗に編んでくれる。
眼鏡をつけてドレスを着ると悪目立ちしてしまうので、瞳の色はホラーツが幻術で黒に見えるように細工をしてくれた。
本日のドレスは生成り色の地味な逸品。飾りが少ないので、似合っているような気がする。
そして、アルフレートは何かあった時のためにと、メルヴを傍につけてくれた。
メルヴはリチャード殿下から招待状をもらったと、喜んでいる。そして、首にはタイが巻かれていた。きちんと正装姿なのが微笑ましい。
キリッとした顔で振り返ると、素敵な言葉をかけてくれる。
『エルサンノコト、メルヴガ、守ルカラ……!』
「メルヴ……!」
まあ、歩く植物がいれば目立ってしまうので、メルヴもホラーツの幻術で姿を消されてしまうんだけどね。
今回、付添人は変装したドリス。
色っぽさが隠しきれていない。私より目立っているような気がする。
けれど、心強いと思った。
こうして挑むことになった夜会。
受付は滞りなく終了。今回は舞踏会なので、誘われたらどうしよう的な不安がある。なるべく人と目が合わないようにしなければならない。
「メルヴ~、逸れないように注意ね~」
『ウン、頑張ル!』
「ドリスも、無理しないでね」
「ええ、わかっているわあ」
皆で気合を入れ直し、会場に足を踏み入れる。
以前の夜会よりも会場の規模は大きいのに、中は人でごった返している。
「メルヴ、踏まれないようにね」
『大丈夫! デモ、タイガ、ズレタヨ!』
「うん、あとで、直してあげるね」
周囲を見渡せども、現状把握は難しい。ドリス曰く、スイメール妃はまだきていないとのこと。きっと、主役は遅れてやってくるのだ。
適当に、ケーキでも食べて待機していようと思い、人と人の間を縫うように歩く。
が、途中で男の人とぶつかってしまった。
「おっと、失礼」
「いいえ、こちらこそ……」
一言謝ってお別れと思いきや、じっと見つめられる。
背が高く、なかなか男前の若いお兄さん。アルフレートよりも、一つか二つ年上といったところか。ちょっと、面差しというか、雰囲気も似ているような? 金髪だからだろうか。目の色は濃い緑だけど。
「君、どこかで会ったかな?」
「え!?」
ど、どこだろう。そう言えば、会ったことがあるような、ないような。
もしかしたら、婚約発表のあとに挨拶に来てくれた人かもしれない。
でも、ユーリンの姿で会うのは初めてのはずなので、返事は否である。
ここで、背後にいたドリスが耳打ちをしてくれた。
「ユーリン様、あちらは、スイメール妃のご子息ですわ」
「おっと、それは……!」
ということは、アルフレートの義兄となる。なるほど。だから雰囲気とかが似ていたわけか。
祝賀会の晩の記憶は曖昧になっていた。王族とかが一気に挨拶にきてくれたので、いっぱいいっぱいだったのだ。
アルフレートのお義兄さん、名前は、う~~ん。思い出せない。
それはいいとして、ここでは誤魔化さなくては。
「き、気のせいかと」
「そうだよね。お嬢さんみたいな可愛い娘、忘れるわけないし」
反応が難しい返しをしてくれるお義兄さん。
スイメール妃は怖い印象があったけれど、その息子は愛想が良いようだった。
「よかったら、一曲踊らない?」
「え!?」
まさかのお誘いに、飛び上がるほどびっくりしてしまった。
一応、ひと通りダンスレッスンはしたけれど、正直に言えば自信がない。
「わ、わたくし、下手なので……」
「大丈夫、リードするから」
ぜんぜん、ぜんぜん大丈夫ではないのです。
丁重にお断りをしようとすれば、間に割って入ってくる者が現われた。
「――お嬢様、あちらで、婚約者様がお待ちです」
栗色の髪の従僕姿の、眼鏡をかけた男性に手を取られ、その場を離れる。アルフレートのお義兄さんには従僕が「連れがおりますので、失礼します」と挨拶をしてくれたようだ。
しかし、この従僕、私が大好きな人に声がそっくりだった。背丈や雰囲気も似ている。
「も、もしかして、アルフレート?」
人の少ない飲食スペースに辿り着き、聞いてみる。
振り返ったその顔を見て、確信した。
「アルフレート!」
「声が大きい」
メルヴもアルフレートを発見して嬉しかったようで、足元にヒシっと抱きついている。
その様子を、困った表情で見下ろしていた。私もアルフレートにヒシっと抱きつきたい。人目のあるところでそんなことをした場合、冷たい眼差しを受けることは必須だけれども。
「その、ありがとうね、助けてくれて」
「どこかで絡まれることは想定していたが、まさか義兄上が声をかけるとは想定外であった」
「うん、そうだね」
隙だらけなのか、会場に入った途端に、私を見ていた人が数名いたらしい。気づかなかった。
参加者に捕まって、スイメール妃と接触が取れなくなったら大変だ。
アルフレートは給仕をする振りをしつつ、危なくなったら助けてくれると言ってくれた。
その後、せっかくなのでケーキやお菓子などをいただく。蜂蜜のメレンゲ焼きをメルヴにこっそり渡せば、美味しかったのか、頭の上からパアッっと小さなお花をさかせていた。
その様子を愛でていれば、急に会場がざわつく。
どうやら、スイメール妃が登場したようだった。
遠目だったけれど、しっかりその姿は確認できた。
白銀の髪に、切れ長の瞳、すっと通った鼻筋。とても、二十代の息子がいる人には見えない美しさ。
けれど、その印象は冷たい。
周囲の人達の表情も、穏やかではないようだった。
「……魔女ですか」
そんな感想を、思わず呟いてしまった。
▼notice▼
蜂蜜のメレンゲ焼き
口の中でさっくりほろろと解れる優しい味のお菓子。
メルヴは気に入った模様。




