第六十九話 調査――そして、調査
若干昨日の疲れを引きずっている感じだけれど、今日も一日頑張らなければ。
そうそう。メルヴと炎狼の王都自由行動許可がようやくでた。なので、今日から魔導研究局の一員として出勤している。 メルヴと炎狼の制服であるマント姿が、なんとも言えない。
『メルヴ、頑張ル!』
マントを背に、キリっとした表情で決意を表明するメルヴ。
頼りにしているよ!
ちなみに、セイはまだ申請が通っていないのでお留守番です。
本日の仕事は炎の魔石作り。
助手としてメルヴと炎狼、チュチュをつけてくれるらしい。
「――というわけで、みんなよろしくね!」
魔石の運用については、リチャード殿下の『熊刃』で試用し、管理が上手くいくようであれば、遠征部隊などで活用したいとのこと。
魔石一個あれば、大鍋を沸かすことができるので、そこまで大量の数は必要ではない。
一部隊につき、二、三個あれは十分だろう。
ほどよい大きさに砕いた石は鼠妖精の村から運ばれていた。あとは加工をするだけだ。
炎狼が石を運び、メルヴが器用に石を洗う。チュチュが乾燥させて石の角を削り、私が呪文を刻んで魔力を込めれば完成。
精霊であるメルヴの手が加わっているからか、いつもより上質な魔石が仕上がったように思える。
石の色合いも、完全な赤ではなく、それとなく緑っぽい部位もあった。不思議だな~。
完成した試作品は、耐久試験に回す。
長時間使用して、熱暴走などの問題が起きなければ、『熊刃』に渡ることになる。
夕方からはアルフレートのお母さんの事件の解明をするために行動に移した。
炎狼とチュチュは魔導研究局にお留守番。私とメルヴは調査を開始。
本日は潜入調査である。
栗色の鬘を被り、女中のお仕着せに袖を通し、目の色がこの国でよくある黒に見える眼鏡(※ホラーツ特製魔道具)をかけてみた。
メルヴは鉢に植えた。
これを抱えれば、私達はどこにでもいる、植物の鉢を運んでいる女中になれるのだ。
「メルヴ、準備はいい?」
『イイヨ~』
頭部の葉っぱで親指をピッと立てるような形を作ってくれる。
よっこらせとメルヴ鉢を持ち上げ、移動開始。
魔導研究局の制服で調査した時はチラチラ見られていたけれど、お仕着せ姿だと目立たないみたい。
アルフレートに魔導研究局の制服だと調査しにくいと言ったら、女中の恰好で歩き回ればいいと助言してくれた。
怪しまれた時のことも考えて、きちんと、身分もある。
偽名:ユーリン・ギルミギット。『熊刃』専属召使い。
アルフレートがリチャード殿下にお願いしてくれたのだ。その辺ぬかりはない。
まず、調べたいのはアルフレートのお母さんの話。
現在、離宮に当時の召使いは残っていない。事件の壮絶さを目の当たりにして、全員辞めたらしい。
調べたら、一人だけ当時アルフレートのお母さんに仕えていた人が王宮で働いているらしいのだ。名前はミーナさん。
その人は現在、召使い専用の食堂で働いているとのこと。
螺旋状の階段を下り、労働区域に向かう。
ここでは洗濯や新人の教育及び指導、食材の管理などが行われている。
周囲の人達は忙しなく動き回っていた。
食堂は現在準備中。
近くを通った料理人の恰好をした人に、話を聞いてみた。
「あの、すみません、ここにミーナさんって方はいますか?」
「料理長だったら休憩室だよ」
「ありがとうございます」
なんと、ミーナさんは料理長だった。
食堂の隣にある部屋を覗き込めば、うな垂れたように座る一人の痩せた中年女性が。なんだか、かなりお疲れのご様子。
「こんにちは」
「……どうも」
まずはご挨拶から。
「リチャード殿下の率いる騎士隊熊刃の専属召使いのユーリンと申します」
『メルヴハ、メルヴダヨ!』
片手を上げて、元気よく挨拶をしてくれるメルヴ。
植物の振りをしておくように頼んでおくのを忘れていた。今になって気づく。
けれど、ミーナさんの反応は薄く、「ユーリンさんと、メルヴさんね」と呟いていた。
メルヴの存在をあっさりと受け入れたので、ちょっとびっくり。いや、疲れているだけだと思うけれど。
「すみません、ちょっと聞きたいことがあるのですが」
「私に?」
「はい」
いきなりやって来たので拒絶されると思いきや、あっさりと「私が知っていることならばなんでも」と言ってくれた。
「あの、二十年位前の話なんですけれど、ミーナさん、ストラルドブラグ家のお妃様の元で働いていましたよね?」
「……ブリゼール妃?」
「そうです」
ブリゼール・ストラルドブラグ。アルフレートのお母さんの旧名だ。
お仕えしていたのかと聞けば、そうだと頷く。
「あの、それで、事件について聞きたいなって」
「ああ、あの日のことを聞きたいのね。ごめんなさい。私、覚えていないの」
「!」
アルフレートのお母さん――ブリゼール妃が氷の中へと閉じ込めた日の当日、ミーナさんも出勤日だったらしい。
けれど、事件の日の記憶がすっぽりと抜け落ちているのだと話す。
「医師は、魔法の衝撃で記憶がないのだろうと」
「なるほど」
そういうことは、ありえる。大きな魔法の力は、人に多大な影響を及ぼすのだ。
「お役に立てなくて、ごめんなさいね」
「いえ、いいんです」
何か事件の欠片でも判明すればと思っていたけれど、そう簡単にはいかない。
まだ、使用人はいたはずなので、調べなければ。
「――あ」
「どうかしました?」
「いえ、僅かに、記憶が」
メルヴと共に、詳しく聞かせてくれと身を乗りだす。
「ささいな記憶なんだけど――その日、茶器を二つ運んだ気がするの」
「それは、アルフレート殿下の分ではなく?」
「いいえ、違うかと。殿下は、猫舌で、紅茶は飲まなかったので」
「そっか」
ということは、事件の当日、ブリゼール妃を誰かが訪ねてきたということになる。
残念ながら、それが誰かという記憶は戻っていないようだった。
「覚えているのは、これだけ」
「いいえ、助かりました」
「だったら、よかった」
疲れたように微笑むミーナさんを見ていたら、故郷の母親を思い出してしまい、胸がぎゅっと切なくなる。
母も、疲れているのに無理をして、あんな表情をよくしていたのだ。
「えっと、ミーナさん、大丈夫ですか?」
「何が?」
「いえ、疲れているように、見えるので」
「ええ、そうね……」
なんでも、結婚とかでまとめて数人退職してしまったようで、人手が足りていない模様。
「社交期って、これだから困るのよね」
夜会はお見合いの場でもある。
召使いも、王宮などで見初められてあっという間に結婚というパターンが多いらしい。
目の下のクマを見ていたら、気の毒になってしまった。
『ダッタラ、メルヴノ葉ッパ、食ベル?』
「え?」
メルヴは『ヨイショット!』と言って頭部の葉を引き抜き、ミーナさんへ手渡した。
「これは?」
「え~っと、疲労回復の薬効がある物なんですけれど、騙されたと思って食べてみてください」
ミーナさんは不思議そうな表情でメルヴから葉っぱを受け取り、裏表をひっくりかえしながら見ている。
「そのまま食べて大丈夫なの?」
「はい。甘味があって、コリコリと食感もよくて、結構美味しいですよ」
以前、私もこれを食べて元気になった。凄い力がある薬草なのだ。
ミーナさんは戸惑う様子を見せながらも、メルヴの葉に噛りついていた。咀嚼し、飲み込む。
すると、目を見張った。
「これは――」
その一言をきっかけに、メルヴの葉っぱをどんどん食べ進む。あっという間に、一枚食べきったようだ。
「凄いわ、これ!」
ミーナさんの肌ツヤはよくなり、目の下のクマはなくなっていた。
うな垂れていた背中も、ピンと伸びている。
どうやら元気になったようだ。
「驚いたわ、本当に」
「良かったです」
でも、メルヴのことは内密にと口止めしておいた。
噂が広まっても、すべての人に葉を分けられるわけではないから。
「ありがとう。本当に助かったわ」
「いえいえ。よかったら、他にお手伝いをしますよ」
農家の娘なので、野菜洗いは得意だ。
「いいの?」
「はい」
せっかく元気になったのに、また無理な労働をすれば疲れを貯めてしまう。
少しでも手伝いができればと、申しでてみた。
「だったら、お願いできる?」
「お任せあれ!」
こうして、私は猛烈なスピードで芋を洗い、メルヴは皮を剥くことになった。
期待の大型新人コンビとか言われたけれど、今日限りのお手伝いだからね。
っていうか、メルヴをあっさり受け入れる食堂の人達って凄いなと思いました。
▼notice▼
メルヴの葉っぱ
最高レベルの万能薬草。
食べればひとたび元気に。数日経てば再び生える。




