第七話 鼠妖精の村にて――もう、可愛すぎるとしか
数は十五ほどいらっしゃるのか。皆、目が爛々と輝いていた。
「え~っと、皆様は、どういった集まりで?」
そう問いかければ、貫禄があるように見える鼠妖精が手にしていた巻き尺をぴんと両手で伸ばしつつ、一歩前に出てくる。
『私達は村の服飾店<森の木の実堂>の職人ですわ』
「へえ、服の職人さんなんだ」
『はい。今から、炎の御方さまの衣服の採寸と、意匠のご提案、製作を行わせていただきます』
「なるほど」
『よろしいですね?』
「あ、はい」
返事をした途端に、私の左右前後に高い段梯子が並べられた。
そこに、タタタ! と小柄な鼠妖精が高速でかけ上がってくる。
慣れた手つきで巻き尺を当てられ、記録係に向かってハキハキとした声で数字が読み上げられていた。
露出している部分に髭や毛が触れ、笑ってしまいそうになるのを耐える。
さきほどの貫禄ある鼠妖精は、仲間達に指示を出すので忙しそうにしていた。
十数分後。測り終えたようで、思わず安堵の息を吐く。
だがしかし、まだ大変なお仕事が残っていたのだ。
『最後に、胸の大きさを測らせていただきますわ』
「胸の大きさ……」
『包帯を巻いていると聞きましたが?』
「そうですね」
『正確な数値を測るため、取っても?』
断れる雰囲気ではなかったので、素直に上着と中のシャツを脱ぎ、包帯を取った。
恥ずかし過ぎる半裸状態で、採寸が終わるのを必死に耐えていた。
けれど、鼠妖精のもこもこが直接肌に触れるのは我慢できなくて、くすぐったくて笑ってしまった。
こうして、大変な採寸の時間は終了する。
けれど、作業はこれで終わりではない。
『これから衣装の形を決めます』
「はい」
今度はチュチュも参加するようで、ぴったりと寄り添うように隣に立っていた。
貫禄ある鼠妖精は、机の上に服の絵が描かれた紙を並べていく。
『こちらは以前、前領主様の奥方の依頼で作ったドレスになります』
「へえ……」
王都の流行りを取り入れた意匠で、華やかな印象のあるドレスばかりだった。
『こちらなんか、炎の御方様の綺麗な黒髪と赤い目に合うドレスだと思いまちゅ』
チュチュが指し示したのは、深い青色のドレスで、装飾がないシンプルな物だった。
結構良いなと思ってしまう。私とて、人並みにドレスへの憧れはあったりする。
けれど――
「うん、良いドレスだ。でも、作るのは今私が着ている服と同じような品を作っていただけないだろうか?」
『ちゅ!?』
隣で、衝撃を受けたような声をあげるチュチュ。
私は客人ではなく、この地を助けるために来た身で、さらにドレスだと身動きが取りにくいので、軍服に似た神子服に似た物を製作するよう重ねてお願いをした。
貫禄ある鼠妖精は『わかりましたわ』と返事をして、部下に指示を出す。
服の構造が知りたいというので、再び服を脱ぐことになった。
その後、生地などはどうするかとも聞かれたが、その辺はお任せすることにした。
『下着類は夜にでもお届けできるかと思います』
「ありがとう」
『そちらは、女性用で製作いたしますので』
「うん、その辺は任せるよ」
目に見えない下着くらいは女性用でいいかなと思った。
完成が楽しみだ。
『あと、胸の包帯は止めた方がよろしいかと』
「あ~うん、そうだね。気にするほど大きくもないし……」
若干面倒に思っていたところもあったので、包帯は巻かずにシャツを着込んだ。上着を着れば、見た目に問題はまったくなかった。
これにて、採寸と意匠決めは終了となる。
「みんな、ありがとう。チュチュも」
『わ、わたくしは、何も』
「〈森の木の実堂〉のみんなに服を作ってくれるようにお願いしてくれたし、意匠も一生懸命選んでくれたから」
『はい……そのようにおっしゃっていただけて、嬉しいでちゅ』
お礼を言ったら、もじもじしだすチュチュ。
あ〜もう、かわい(以下略)
他の鼠妖精も、礼には及ばないと謙虚な態度を見せていた。
「あ、代金なんだけど」
私の私物の中で高価な品と言えば銀の首輪しかないけれど、これだけはどう頑張っても外れない。どうやって支払いをすべきか考えなければ。
そう思っていたのに、貫禄のある鼠妖精は不要だと首を振る。
『私達のために来てくださった大精霊様から代金をいただくなんてことはできません』
「でも、商売なんでしょう?」
『ええ。ですが、服は私達からの感謝の気持ちだと思って、受け取ってくださいませんか?』
「まあ、そういうことだったら、お言葉に甘えようかな?」
『ありがとうございます』
どうやら代金については心配ない模様。
大親友アルフレートに借りることも考えたが、問題はあっさりと解決した。
『では、私達は帰って製作をしなければならないので、ひとまず失礼を』
「よろしくね」
胸をどんと打って、『お任せください』と言う。
それから、彼女らは一列に並んで帰って行った。
その姿を可愛いなとじっくり愛でながら、見送ることになった。
◇◇◇
アルフレートとホラーツはご多忙だということで、食事は部屋に持ち込まれた。
鶏のクリーム煮に、香草と共に蒸した魚、野菜の取り合わせに焼きたてのパン、食後のケーキと、お昼から豪勢な内容だった。
あっという間に平らげた。
午後からは村を案内してもらう。
チュチュが外は寒いからと、外套を持って来てくれた。
『前領主の奥様の服は小さいようでしたので、前領主様の外套をお持ちしました』
「ありがとう」
『一応、袖を一度も通していない物ですので』
「わかった」
別に、一度着た物でも構わないけどね。
前領主様は男性にしては小柄だったのか、寸法はちょうどいいように思えた。
「それにしても、この外套、物凄く軽い」
『ええ、<森の木の実堂>自慢の一着でちゅ』
「なるほどね。素晴らしいお仕事だ」
身支度が整えば、アルフレートの待つ玄関へと移動した。
ホラーツもいたが屋敷で仕事があるようで、お留守番らしい。
『炎の大精霊様。外は深い雪が積もっておりますので、靴が雪に沈まない魔法をかけさせていただきます』
ホラーツは杖を掲げ、呪文を唱える。
術式が完成すれば、私の足元に杖が向けられ、小さな魔法陣が浮かんだ。
『これで、歩行は問題ないでしょう』
「ありがとう、ホラーツ」
『もったいないお言葉です』
なんだろうか。妖精族のこの謙虚さ。私も見習わなければと思った。
チュチュも同行するようで、もこもこの外套を着込んでいた。頭巾も被っており、その震えを覚えるほどの可愛らしさは言葉にできない。
その姿に見とれていたら、アルフレートに急かされてしまった。
「ぼんやりしていないで、行くぞ」
「あ、うん」
玄関が開かれ、ついに屋敷の外に出た。
目の前に広がるのは木々に囲まれた村と、一面の銀世界。
白銀の雪絨毯が眩しくて、目を細める。
玄関からの階段を下り、雪の地面へ一歩足を踏み出す。
ホラーツの魔法がしっかり効いているので、靴が雪に埋もれることはなかった。
「一応、膝の高さまで積もっているのだが」
「そうなんだ」
元々、雪の深い地域なので、玄関などは地上より高い位置に造られているらしい。
雪のある生活には慣れているが、問題は雪が解けず、いつまで経っても春がこないことなのだ。
サクサクとしばらく道なりに歩いていれば、村の入り口へと到着する。
高い木々に囲まれた、鼠妖精の村だ。
家は半球型になっていて、とても可愛らしい。
初めて見る私に興味があるのか、窓から子どもが顔を覗かせる。
それは小さな鼠妖精だけではなく、大人も同様だった。どうやら好奇心旺盛な種族みたいで、手を振れば振り返してくれる。
村の中心は商店街が並んでいた。
さきほどお世話になった服飾店<森の木の実堂>に、お菓子を販売する<香ばし木の実のお店>、お茶を楽しむ<休憩喫茶野山の木の実>、雑貨類を取り扱う<赤い木の実文具店>。他にもいくつかの店があった。
鍛冶屋に靴屋、家具屋など、職人が経営する直売店も多い。
けれど、窓を覗き込んだ先で働いているのは、鼠妖精で――
ある物すべてが可愛い村の様子に癒されていれば、アルフレートに危ないからしっかり前を見て歩けと注意されてしまった。
「そんなの、わかって――!」
返事をしたのと同時に、足を雪の段差に引っかけてしまい、バランスを崩す。
倒れてしまう。そう思っていたのに、衝撃は襲ってこなかった。
「だから言っただろうが、危ないと」
「あ、ありがと」
転んでいたはずの私を、アルフレートが支えてくれていた。
至近距離で目が合えば、さっと逸らされる。
魔眼、平気なんだけどな。
ついでに体も雑に押しやってくれた。
「気を付けろ。次は、助けない」
「了解。肝に命じておくよ」
そうこうしているうちに、村長――チュチュの家に辿り着いた。
鼠妖精の家の入口は小さいので、身を屈めて入る。
村長は立派な眉を持っていて、優しそうな人……じゃなくて、鼠妖精。
奥さんも穏やかな感じで、素敵な家族に囲まれてチュチュは育ったんだなと思う。
『娘がお世話になっております』
「いえいえ、お世話になっているのは私のほうで――」
そんな挨拶を交わす。
本題は村の薪不足問題について。現状を聞かせてもらった。
『薪の備蓄は残り一ヶ月半ほどといったところでしょうか』
ちなみに、陶器を作る工房の竈にくべる薪も絶対に必要な物らしい。どうやら、竈の中の火を絶やさないようにしているとか。
『火と、竈の呪文が連動しておりまして、その力で特別な陶器を作っているのです。火が消えてしまえば、術の効果も消えてしまうので、長い年月、薪をくべ続けております』
「なるほどね」
火の番は職人の家族――主に奥様がしているとか。
それがまた、大変過酷な仕事だと話していた。
「そこ、ちょっと見学したりするのは可能かな?」
『ええ、もちろんです』
断られることも想定していたけれど、村長はあっさりと許可を出してくれた。
さっそく村長の案内で、陶器を作る工房に向かう。
陶器工房は村の外れにあった。そこには、いつくも半円状の建物が並んでいる。
『あれは作業場で、あちらは保管庫、その隣は在庫入れで――』
そして、中心部に煙突が突き出た建物が、竈のある焼き場だ。
中に入れば、中心に土を固めて作ったような大きな竈が鎮座している。
村の奥方が顔を真っ黒にしながら薪をくべていた。
『こちらが伝統の竈で、朝も昼も夜も、こうして薪をくべて火を絶やさぬようにしております』
「大変だね」
『ええ、そうですね。見てのとおり、重労働です』
私はせっせと働く鼠妖精の姿をみながら、しばし考える。
それから短時間で腹を括り、ある提案をしてみた。
「よかったら、消えない炎を提供したいのですが」
『はて、消えない炎とは?』
不滅の炎――炎系の上級魔法だ。幼い頃の私が二回連続で使って、ぶっ倒れた魔法でもある。
陶器の竈に限定して作れば、村の女性陣の負担も減るのではと思った。
「というわけなんだけど」
『それは、ご迷惑でなければ、大変嬉しく、光栄なものですが――』
村長はちらりとアルフレートを見上げる。
どうやら領主様の許可も必要みたいだ。
「炎の、私からも、頼む」
「わかった」
久々の上級魔法なので緊張する。
集中したいので、皆には外に出てもらった。
息を大きく吸い込んで、吐き出す。
術の発現に呪文はいらない。
頭の中に思い浮かべるだけだ。
消えることのない炎を、目の前の竈に作りだす。
体の中からごっそりと、魔力が消えてなくなるのを感じた。
それは脱力と共に襲ってくる。
炎の規模が大きかったからか、予想以上に魔力を消費してしまった。
明るい炎が竈の中で燃え上がっているのを確認する。
どうやら、術は成功したようだ。
ホッとしたのも束の間、くらりと眩暈を覚える。
だんだんと薄れゆく意識の中、なんだか倒れそうだけどアルフレートはもう助けてはくれないんだっけ? とそんなことを考えていた。
▼notice▼
エルフリーデは、目の前がまっくらになった。