第六十七話 腹をくくった――アルフレート氏
気まずいと言っても、リチャード殿下がいるから大丈夫だよね。と、気楽に考えているひとときもありました。
報奨の授与式は昼間に国王陛下の謁見の間で行われたらしい。王族の代表と大臣のみが招かれた、厳かな式典だったとか。
祝賀会は大勢の人を招いて、国内で一番大きいというリスモン宮で行われる。
リスモン宮に到着後、リチャード殿下とはすぐに別れる事態となった。国王陛下の元に行くらしい。私は侍女の案内で、アルフレートの元に向かっていた。
大丈夫、きっと、ホラーツとかもいるから……。付き添いのドリスもいるし、二人っきりにはならないだろう。
ちなみに、チュチュは本日正式な招待客となっているので、あとからやってくるらしい。新作のドレスで参加するとのことで、とても楽しみにしている。
考えごとをしているうちに、アルフレートのいる部屋へ辿り着いたようだった。
侍女が扉を叩けば、「入れ」という返事が聞こえる。
扉の前で警備をしている騎士の手によって、ドアはゆっくりと開かれる。
どうもどうもと軽く会釈をしながら入った。が、まだ私だけしか足を踏み入れていないのに、扉は無情にも閉ざされてしまった。
ドリスは? 侍女さんは?
恐る恐る前を向けば、シルエットは一名分しか見えない。
こちらに背を向け、窓の外を眺めているのは、言わずもがなアルフレート殿下。
なんかね、背中からね、怒りが漂っているような……? 多分、気のせいではないだろう。
理由はわかっている。ここ一ヶ月ほど、避けまくっていたからだ。
そうでもしなければ、あとで辛くなるのだ。仕方がない。仕方がないんだけれど、胸が痛む。
なんと声をかけて良いものか迷っていると、アルフレートが背を向けたまま話しかけてくる。
「エルフリーデ」
「何かな?」
「ここ最近、忙しかったか?」
「あ、うん、まあ、結構ね」
忙しくてバタバタしていたのは嘘ではない。魔石作りも人手が足りないので、筋肉妖精を呼ぼうと思っているのだ。
「人員については、今、調整をしているところだ」
なんでも、鼠妖精の局員を何名か招くらしい。チュチュも、同郷の者がいれば安心できるだろうとも。
「そっか、よかった。ありがとう、アルフレート」
アルフレートの背に向かって頭を下げる。
なんか、こう、喋りにくい。なぜ、こちらを見ないのか。それほどに、怒っているからなのか。
「ずっと、聞きたいことがあったのだが」
「なんだろう?」
しばしの沈黙。
何やら、背中から凄まじく張り詰めた空気を感じるんだけれど、気のせいなのか。
静かに、アルフレートの言葉を待つ。
緊張感みたいなものが私にも伝わって、額に汗がじわりと浮かんでいた。
そして、ようやく話が始まる。
「エルフリーデは、私のことが嫌いになったのだろうか?」
「そんなことないよ」
そういう話だろうと思っていた!
アルフレートの好意は知っていたし、私も同じ気持ちだ。
けれど、社交界では好きだからという理由だけでは一緒にいられないのだ。
鼠妖精の村でのほほんと暮らしていた時は、いつか結婚とかもできると思い込んでいた。
けれど、実際に王都にでてきて、はっきり生きてきた世界が「違う」と実感してしまったのだ。
貴族の奥様はサロンでお茶会をして上品で優雅な会話をしたり、女主人として家を守ったり、お手紙を通じてさまざまな人とお付き合いをしたりしなければならない。
時には、宮殿などに出仕して、王族の相談相手になったりもする。
こうした内助の功によって、夫となる人を支えるのだ。リチャード殿下の奥方、サリアさんの話を聞いていて凄いなと、他人事のように思っていたけれど、アルフレートと結婚をすれば、それらをしなければならないのだ。
私には、できない。
優雅な仕草も、人の相談に乗れるような器量もない。それらは、育った環境の中で徐々に培われて行くもの。
私が魔導教会で学んだ礼儀や作法などは、所詮真似事に過ぎなかったのだ。
「ここ最近、避けられているように感じていたのだが、単に忙しかっただけと、いうことでいいのだな?」
「うん、そうだよ」
なるべく、明るい声で返事をする。
アルフレートを傷つけない形でお別れしたいのだけれど、きっと難しいだろう。
先ほどから空気がピリピリ冷や冷やしている。恐らく、魔力が安定していないのだろう。
刺激しないようにしなければ。
「先日、兄上から、エルフリーデに見合いを申し込む話があったと聞いた」
「そうだったんだ。初耳だ」
きっと、リチャード殿下とお近づきになりたい方からの申し出なのだろう。私に言わなかったということは、断っているのかもしれない。
まさか、人外以外からも結婚の申し出があったとは。王族パワーがあったとはいえ、感動した。
「嬉しそうだな」
「え?」
くるりと振り返るアルフレート。
礼服をきっちりと着こなしていて、震えるほどかっこいい。眼鏡をかけていないのは、魔力の制御ができるようになったからか。でも、魔眼はご健在なので、目が合った瞬間ぞくりと背筋が震えてしまった。
私を見て、目を見張っているアルフレート。気合入りまくり、露出しまくりな恰好にちょっと引いているのか。背中はもっと凄いんだよと、ふざけて言いたくなったが、そんな軽口を叩ける雰囲気でもない。
「そんな恰好で……祝賀会に……」
「うん、ちょっと恥ずかしいよね」
今日はアルフレートの相手役も努めなければなたないのに、なぜもっと無難なドレスを選んでくれなかったのかと、責任者に訴えたい。
アルフレートは一歩一歩、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
目が怖いので、後ずさってしまう。
「なぜ逃げる?」
「いや、アルフレート、目が怖いって」
「普通にしているつもりだ」
歩調が早まるので、私もサカサカと背後に下がっていったが、残念ながら壁にぶつかってしまった。
眉間に皺を寄せ、目を吊り上がらせてやってくるアルフレート。怖すぎる。
思わずアルフレートに背を向けてしまった。
「――ヒッ!」
これ以上逃げないようにという対策か、アルフレートは壁に両手を突き、腕の中に私を閉じ込める。
「これは……なんて服なんだ」
「ですよね」
ドレスの開いた背中を見て、驚きの感想を漏らすアルフレート氏。全力で同意する。
「そのままでいい。聞いてくれ」
その提案をありがたいと思う。アルフレートの剥きだしになった魔眼を見つめながら話をするのは困難だろうから。
「頼みがあるんだ」
「なんだろう?」
叶えてくれるだろうかとも聞かれ、コクリと頷く。
「私にできることであれば、なんでも」
「ありがとう……」
やっと聞けた。アルフレートの穏やかな声。部屋の気温も下がったように感じる。
「それで、お願いとは?」
「結婚をしてほしい」
「……うん?」
「私の妻になってくれ」
「……はい?」
振り返ろうとすれば、ぐっと身を寄せられて、動けなくなってしまった。
いつの間にか、抱きしめられているような状態となる。
アルフレートの息が首筋にかかり、肌が粟立つ。
恥ずかしくって叫びそうになった。後ろを向いていて、心底よかったと思う。きっと、情けない顔をしているだろうから。
それよりも、私と結婚だなんて。ちょっと待ってよお兄さんと言いたかったけれど、喉がカラカラになって声がでない。
とにかく、早まらないで、アルフレートと言いたいのだ。
そんな私の気持ちを知りもせずに、熱っぽい声で話しかけてくるお兄さん。
「ここに来て、嫌われたのかと思っていた。でも、違ったから、良かった」
ぐっと、腰に回された腕に力が入る。
「お見合いの話も、正直焦った。兄上の養子に入る前から、熊刃の騎士数名から、申し出があったらしい」
それはびっくりだ。リチャード殿下の御威光がなくても、結婚してくれる人はいたのだ。
「結婚は数年後……エルフリーデが王都の暮らしに慣れて、もっと落ち着いてからと思っていたが、そうこうしているうちに、誰かに取られそうで」
アルフレートは何を焦っているのだろうか。不思議でならない。
それよりも、話が結婚確定っぽく進んでいるのが気になる。
……ま、まさか、先ほどの「なんだって?」という意味の「はい?」を、「結婚します」という意味の「はい」に取り違えてしまったとか?
「アルフレート、ごめん、ちょっと待って」
「なんだ?」
急に温度が下がるお部屋。わかりやす過ぎる。やっぱり、魔力が安定していないようだ。
「部屋が寒くなっているから、魔力を安定させて」
「……それはすまなかった」
アルフレートは私から離れ、精神統一をしているようだったが――パキンと音がする。
振り返れば、窓の硝子にひびが入っていた。
「うわ……」
「調子が悪いようだ」
「みたいだね」
これ以上酷くなったら大変なので、お手伝いをする。
アルフレートの両手を握りしめ、ゆっくりのんびりと話しかけた。
「アルフレートが落ち着ける場所を想像して――」
以前だったら静かな森とかを想像していたけれど、今だったら鼠妖精の村だろうか?
「どこを思い浮かべた?」
「鼠妖精の領土を」
「アルフレートも?」
同じ場所を思い浮かべていたので、嬉しくなる。
「のどかな風で回る風車、黄金色の麦、健気な鼠妖精達……」
そんな話をしているうちに、部屋の温度は元通りになったような気がする。
アルフレートの魔眼を見ても、突き刺さるような寒気は感じなくなった。
「もう、大丈夫みたいだね」
「ああ。ありがとう」
「いいってことよ」
とりあえず、座ってゆっくり話そうと提案した。
▼notice▼
アルフレートの魔眼
炎系最高位の神官をしていたエルフリーデでさえも震え上がらせてしまうもの。
魔力の制御によって、瞳の色が変わる。




