第六十五話 重なり合う想いと――すれ違う想い
調査終了後、アルフレートにお茶を飲んでいかないかと誘われたけれど、もう時間も遅いのでお断りした。本音を言えばもっとゆっくりしたかったんだけどね。
借りていた上着を脱いで返す。微妙な表情で受け取るアルフレート氏。
「これ、いまいちだった?」
「……」
眉間に皺を寄せ、私を見下ろしている。目が合えば、はあと溜息を吐かれてしまった。
やっぱり露出のない清楚系のドレスが好きなのだろうか。夜のドレスはどれも胸元が開いていて、派手な意匠なんだよなあ……。
「正直に言えば――」
「うん」
ドキドキしながら続きを待っていたけれど、口元をぎゅっと結んでいて話してくれるようには見えない。
もっと慎み深い恰好をするようにと説教したいけれど、これは女性の夜の正装なので何も言えないパターンだろう。
「いいよ、アルフレート。言わなくてもだいたいわかる」
嘘でもいいから「似合っているよ」と言って欲しかったのが乙女心である。けれど、そんなことなどお堅いアルフレートに期待できないのだ。
仕方がないので、モフモフの刑を処す。
そう宣言すれば、二、三歩、後ずさるアルフレート。
パチンと片目を瞑って見せれば、踵を返して早足でここを去ろうとしていた。
「逃がすか!」
「何を言っている!」
こちらを振り返りもせずにツッコミを入れてくれた。さすがである。
走りだしたので私もすかさず、あとを追いかけた。
この先は行き止まり。わかっていて、猛追する。
「くっ、なぜ、追いかけてくるんだ!?」
「アルフレートが、逃げるからだよ」
「それから、なぜ、ドレス姿で、早く走れる!?」
「農家の娘だから。基礎体力が違うんだ」
「そんなわけあるか!!」
どうしよう。嫌がるアルフレートを追いかけるの、凄く楽しい……。なんだろうね、このわくわく感は。
童話とかでお姫様を追い詰める悪者はこんな気分だったのだろうかと、想像する。……ちょっと違うか。
とうとう行き止まりまで追い詰める。
アルフレートはこちらに背を向けたまま、黙って佇んでいた。
遠慮なく、背後から抱き締めさせてもらう。
「捕まえた~~」
「!」
ビクリと過剰な反応を示すアルフレート。
よいではないか~よいではないか~と心の中で思いながら、背中に頬をすり寄せる。
「ごめんね、アルフレート。嫌だったら、手を振り解いて」
そんなことを言いつつも、アルフレートの体に回してあった手に触れられたら、息を呑んでしまった。
このまま振り解かれると思ったけれど、違った。私の手の甲に指先を重ね、ぐっと握ってくれる。
良かった。嫌じゃなかったんだ……。
「エルフリーデ」
「うん?」
「ドレスだが」
「うん」
「その……よく、似合っている」
「嘘だ~。どうせ、清楚な服装が好きなんでしょう?」
「なぜ、私が嘘を吐く必要がある?」
「だって、凄く怖い顔でドレスを見ていたじゃない」
「それは――」
突然腕を解かれ、振り返るアルフレート。
じっと見つめられて、恥ずかしくなって顔を逸らしてしまう。
今になって、照れて顔を逸らしてしまうわけに気づいてしまった。この先、このことでからかったりできないだろう。
「考えていたのだ」
「な、何を?」
「着飾ったエルフリーデを他の人に見せたくないと。それから、なんて狭量なのかと、自らを情けなく思い――」
「だから、顔をしかめていた?」
コクリと頷くアルフレート。
「そっか。そうだったんだ……」
そうとは知らず、嫌がるアルフレートを嬉々として追いかけてしまった。深く反省しなければならない。
それから――
「似合っているって言ってくれてありがとう。とても、嬉しい……」
「そうか」
互いの気持ちを確かめ合ったところで、もう一回モフモフしたい感じなんだけれど、どうだろうか? 視線で訴えれば、手を引かれ、抱きしめられる。
まさかの行動に、顔が熱くなるのを感じていた。
同時に、幸せだなと思う。
胸が切なくなって、それから、ホッとする。
この時間がいつまでも続けばいいのに。そんなことを考えていれば、アルフレートが耳元で囁く。
「……帰したくない」
とんでもないことを言うので、うぎゃ~~と色気のない悲鳴をあげそうになった。
アルフレートが本音を語ると、心臓に悪い。体全体がじんじんと熱くなる。
早く家に帰って、火照りを冷まさなければ。
「で、でも、そろそろ、帰らなきゃ……」
「そうだな。無理を言って、すまなかった」
「ううん、そんなことないよ」
「だったら、よかった」
アルフレートは本当に変わった。
夜会とかにでれば、きっと皆が放っておかないだろう。
そうなったら私は、嬉しい。
たくさんの人が素敵なところを認めてくれて、いずれは傍で支えてくれる女性が――
「どうした?」
「なんでもないよ。ちょっと寂しくなっただけ」
これ以上一緒にいたら辛くなる。
そう思って、アルフレートから離れた。
慣れないドレスで淑女のお辞儀をして、帰ることにした。
馬車に乗りながら考える。
鼠妖精の村にいた頃と、随分と状況が変わっていたと。
多分、私達は今まで通りの関係ではいられないだろう。
アルフレートは王子様で、私は農家の娘。
いずれは、別の道を歩くことになるだろう。
その日が来たら、笑顔で見送りたい。
だから、私はアルフレートと距離を置くべきではないのかと、思ったのだった。
◇◇◇
翌日。魔導研究局の任務をサクッと終えて、アルフレートのお母さんの調査を始める。
まず、宮殿の召使いを総括している事務所に向かった。
「働く者の情報が知りたいですって? 無理です。そもそも、あなたは何者なのでしょうか? 見かけない制服ですが――」
怖そうなおばさまに不審者のような扱いを受けるが、国王陛下の発行してくれた懐中時計型の身分証を見せれば、態度は一変する。
「それで、聞きたいこととは?」
この態度の変わりよう。
国王陛下の身分証って凄いと実感することになった。
まず、聞きたいのはアルフレートのお母さんに仕えていた侍女について。
すぐに調べてもらったけれど、書類上では空欄になっている。
「あれ、使用人がいなかったってこと?」
「そんなわけ――ああ、思い出しました」
アルフレートのお母さんはその当時、一番美人だと噂されていたらしい。同時に、人嫌いであるということも。
「確か、侍女は自分の国から連れてきていた者だったように思えます」
「なるほど」
だとすれば、調査は暗礁に乗り上げてしまう。
アルフレートの母方のご実家に連絡などできるのだろうか? あとで聞いてみなくては。
「あの頃の王宮は殺伐としておりまして」
「ほうほう」
なんでも、王妃様が若くして亡くなってしまったとか。
ここの国の婚姻についての決まりはちょっと特殊で、王様は何人もの奥さんを迎えていいことになっている。それから愛人――公妾さんも。
生まれた子どもすべてに王位継承権が与えられるのも、変わっている部分だろう。
これは何百年と前に、流行り病で王族が次々と倒れ、危うく血を途絶えさせてしまいそうになったことがあり、このようなことが二度とあってはならぬと制定されたものだとか。
話は戻って、十数年前、王妃様がお亡くなりになって、お妃様達がざわつく事態となったらしい。
「その時期はどこもピリピリしておりましてね」
「みんな、王妃様になりたかったんだね」
「ええ。恐ろしい事件も起こりました」
ライバル関係にあった妃の悪い噂を流すくらいは可愛いもの。子どもを誘拐して城から下がるように指示をしたり、お茶会で毒物騒ぎがあったりと、身の毛がよだつような事件が頻発したらしい。
けれど、結局王様は新しい妃を選ばなかったのだ。
その声明を発表後は、王宮にも平和が戻ってきたと言う。
「そうそう、アルフレート殿下の母君の事件も、その頃だったような」
「!」
これは偶然なのだろうか?
正妃になろうと騒ぎを起こすお妃さま達と、アルフレートのお母さんが氷の中に閉じ込められてしまった事件は。
ある憶測が脳を過り、額に汗をかく。
ドクドクと、心臓が鼓動を打っていた。
▼notice▼
魔導研究局身分証明
国王が発行した身分証。これがあれば、王宮内のありとあらゆる場所に入れる。
懐中時計型で、普段は胸ポケットに入っている。落下防止のため、チェーンが上着のボタンと繋がっているのだ。




