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炎の神子様は大精霊ではございません  作者: 江本マシメサ
第三章 【王都にて、氷解】

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第六十四話 氷結の間――アルフレートのお母さん

 久々にアルフレートと二人きりになった。ちょっと前まで勉強会とかで毎日一緒にいたのに、かなり前のことのように思えるから不思議だ。

 さっきまで、ドレスについて聞こうとか考えていたのに、いざ本人を目の前にすると、照れてしまって聞けないでいる。


「エルフリーデ、どうかしたのか?」

「なんでもない」

「そうか?」

「そうなんです」


 アルフレートは穏やかな雰囲気でいる。

 今日、リリンと会えて嬉しかったと話していた。


「リリン、凄く喜んでた。アルフレートの魔法、素敵だねって」

「それはよかった」


 紅茶を飲み、お菓子を食べ、静かな時を過ごす。それだけなのに、心が落ち着く。

 王都に来てからずっとバタバタしていたので、深く安堵してしまった。


 今日、こうして離宮に残ったのは、ゆっくり過ごすためではない。

 氷に囚われた、アルフレートのお母さんの姿をみるためだった。


「じゃあ、案内してもらおうかな」

「本当にいいのか?」

「うん、せっかくだから」


 ホラーツの許可は取ってある。

 危険はないだろうとのこと。


 目指すのはアルフレートのお母さんの私室。

 騒動が起こったあと、そのままの姿で保存されているとか。


 現場に近づけば、ひやりと冷たい風が漂ってくる。

 アルフレートは上着を私の肩にかけてくれた。


「いいの?」

「ああ。私は、寒くない」

「そっか。ありがとう」


 絨毯が敷かれた廊下を歩いていけば、ふわふわとした柔らかさからシャリシャリと凍ったような硬さに変わっていく。

 壁も、ほんのりと氷の膜が張っているように見えた。


『――にゃあ』


 突然、背後より猫の鳴き声が聞こえて振り返る。


「あ、あれ、セイだ。メルヴは? 一人で抜けだしてきたの?」

『にゃあ、にゃあ』


 小さな体は毛が逆立っており、何かを訴えているように見えた。

 アルフレートも振り返ったけれど、気にするなと私の腕を引く。


「たまに、ああやって部屋を抜けだすことがある。捕まえようとしても逃げるから、放っておけ」

「そうなんだ」


 あの何かを訴えるような鳴き方は気になるけれど、よくあることらしい。さすがのメルヴも、セイとは意志の疎通ができないので、知る由もなかった。


「それにしても、あの猫、何か引っかかる」

「聖獣だから、気まぐれなんだろうけどね」


 メルヴや炎狼、子どものリリンに鼠妖精ラ・フェアリのチュチュには友好的というか、気を許しているみたいだけれど、私やアルフレートにはちょっと塩対応なんだよねえ。

 ホラーツは無関心みたい。互いに興味がないから、干渉し合わない模様。


「ま、いっか。今はアルフレートのお母さんのことに集中しなきゃ」

「そうしてくれ」


 部屋はだんだんと薄暗くなる。

 この辺は普段は立ち入り禁止区域となっているらしい。アルフレートの幼少時代からなので、十数年と人の手が入っていない場所になる。

 埃臭さとかまったくなくて、天井までびっしりと氷結し、ひゅうひゅうと冷たい風が吹くばかりであった。

 転ばないように、慎重な足取りで進んでいく。


「アルフレートもここに来るのは久しぶりなの?」

「……母上を氷の中に閉じ込めて以来だ」

「そう、だったんだ」


 ずっと、罪の意識に苛まれるからと、会いにいくことができなかったらしい。


「でも、エルフリーデに氷を溶かそうと言われて……母と向き合おうと、思った」

「うん」


 一緒に頑張ろう。そんな思いを込めて、アルフレートの背を撫でる。


「でも、アルフレート、本当に寒くないの?」

「平気だと言っている」


 そういえば、私は炎の魔法があるので、寒くないようにできるのをすっかり忘れていたのだ。

 上着を返そうとしたけれど、着ていてくれと言われる。


「え、でも……」

「そのドレスは、肌が見えていて……落ち着かない」

「おっと!」


 夜の正装は胸元が開いている。私のささやかな胸も、矯正下着コルセットの力で押し上げられていたのだ。

 着せられている時はとにかく矯正下着コルセットの締めつけがきつくて、終わったと言われて深く安堵するばかりだった。けれど、言われてみれば肌が見える服は着たことがないので、落ち着かないような気がする。


「いいから、着ておけ」

「そうするね」


 前ボタンを閉じてから、移動を再開。


 シャクシャクと凍った床を歩きつつ、ポツリと呟く。


「なんか、不思議」


 天井や壁、床を覆う氷はほのかに光っていた。

 それらは、冷たい印象はなく、どことなく温か。


「アルフレートの氷魔法とは、また違うような?」

「ここの氷結は私の魔法の影響だと思っていたが」


 う~ん。アルフレートの氷魔法とは別の感じがするな~。


「アルフレートの氷はキラキラしていて、ほわ~~って感じなんだけど」

「わからん」


 まだ仮定だけれど、この魔法はアルフレートのお母さんの魔法な気がする。


「母上の……?」

「そう」

「ならば、どうして……」


 氷の傍へ近づけないような対策とか。

 でも、そんなことをする理由がわからない。


「この辺りは、母上が氷の中に閉じ込めたあとに発生したものだ。だから、それはありえない」

「う~~む、そうか」


 いくら考えても、わからない。調査はそこそこにして、先に進む。

 しばらく歩けば、アルフレートのお母さんの部屋に辿り着く。


「母は人嫌いで、望んで離宮の隅の部屋を使っていたらしい。客人も、ほとんど訪ねることはなかったとか」

「なるほどね」


 初めて聞くアルフレートのお母さんの話。

 隣国から嫁いできた女性で、周囲の人達との付き合いはほとんどなかったようだ。


「母を知る者は、決まって『お高くとまっているいけすかない女』と評していたらしい」

「深く付き合わないと、人ってわからないからね」


 アルフレートだって、初対面と今の印象はまったく違うし。


「私は初め、どう見えていた?」

「クールなお兄さん」

「今は?」

「素敵なお兄さん」

「……」


 素敵という言葉では納得しないらしい。

 アルフレートを一言で表すのは難しいような。


 話がまた脱線してしまった。

 とりあえず、部屋の中に入ってみる。

 扉は全体的に凍りついていた。炎で溶かして、ドアノブを捻る。


「――わ!」

「……」


 部屋の床や天井からは先の尖った氷柱が生え、淡い光を放っている。

 部屋の中心に、群晶クラスター状となった氷の塊がある。

 その中に、ドレスを着た美しい女性が眠るようにして閉じ込められていた。


「あれが、アルフレートの……」

「ああ、母上に、間違いない」


 年頃は二十代前後。アルフレートがお母さんの年を追い越してしまったのは衝撃的なことだろう。

 魔法が発動したあと、じっくり見る余裕なんてなかっただろうから、今回初めて目の当たりにしたんだと、推測している。

 かける言葉が見つからなかった。

 アルフレートの指先に手を伸ばし、ぎゅっと握り締める。

 驚くほどひんやりとした手だったけれど、握り返してくれたので、よかったと思う。


 それからしばし、静かな時間を過ごす。

 沈黙を破ったのは、アルフレートだった。


「以前、爺に調査してもらったんだが――」

「うん」


 あとの言葉は続かない。

 きっと、言いにくいことなのだろう。私はじっと待つ、が。


「くっしゅん!!」


 大人しくしていようと思っていたのに、くしゃみが我慢できなかった。

 アルフレートは眉尻を下げ、すまないと言って謝る。


「つい、考えごとを……」

「ううん、大丈夫」


 アルフレートは切なげに話し始める。氷に宿った術式についてを。


「この魔法は、呪いのようになっているらしい」


 単純に、凍っているだけではないとのこと。

 宮中に渦巻くさまざまな思惑や陰謀、人々の悪しき感情を取り込み、大きな呪いとなって新たな術式に変わってしまっているのだとか。


「だから、この魔法を解くのは難しいと」

「そっか」


 思っていた以上に魔法は複雑で、解呪は雲を掴むようなものと、ホラーツは結論つけているらしい。


 試しに、近くにあった氷柱に炎を当ててみる。

 結果、どれだけ炙っても、氷が溶けることはなかった。


「なるほどね」

「まずは、母を取り巻いていた問題から調査する必要がありそうだ」

「そうだね」


 気になる点はあったのだ。

 なぜ、アルフレートが母親を氷の中に閉じ込めてしまう事態になってしまったのかと。

 その辺の記憶はないと言うので、本人からは聞けない。

 貴人の傍には侍女がいる。まずはその人に話を聞かなければと思った。


▼notice▼


エルフリーデのドレス

アルフレートを魅了できるものを。そんな目的でチュチュよりチョイスされた。

効果は抜群だった!

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