第六十三話 アイスクリーム――魅惑の魔法で
ここ、リードバンク王国はかつて魔法で滅びかけた歴史があるらしい。
その昔、魔王の進撃から自国を守るため、国全体を包み込む結界を作るよう、国家魔法使いに国王が命じた。
術式は五年かけて作られた。
その間、国は魔王軍に蹂躙され、目も当てられない状況になっていたらしい。
待望の魔法式がついに完成し、展開が成された。が、魔法は上手く展開されなかったのだ。
国を守るための魔法は暴走し、国を呑み込もうと牙を剥く。
間一髪で術の展開を食い止めたのはいいものの、国は崩壊間近だった。
その後、何十年、何百年とかけて、少しずつ復興していく。
その事件以降、リードバンク王国はすべての魔法を一部の例外を除いて禁じた。
国中の魔法使いを国外追放し、魔法書や魔道具も処分する。
現代における魔法に関する問題は、妖精などを相談役として迎え、解決の糸口を探っている。
「え~っと、つまり、その相談役がホラーツってこと」
『はい』
休憩時間にこの国の魔法事情について教えてもらう。今更だけどね。
魔法に否定的な理由はだいたい理解できた。まあ、仕方がない話だと思っている。
「それにしても、ここで扱う案件多過ぎ!」
『ですね……』
魔導研究局が発足した途端に、国中の魔法が絡んでいるだろうと目星をつけた事件などが一気に集められているのだ。
毎日目が回るほどの忙しさで、どうにかならないものかと頭を痛めている。
『これまで、見ない振りをしていたのでしょうね』
「わかるけれど……」
魔法が絡んだ事件は突拍子もないものばかりだ。
例えば、作り置き置きしていたパンが減り、小麦粉の量が増えていたとか、真夜中に揺れる石畳とか、雨が降っていないのに虹がかかるとか。
その一つ一つを紐解けば、妖精だとか、古代の魔法使いのいたずら目的の仕掛けとか、精霊の気まぐれで起きた現象だとか、理由は解明される。
「まあ、国民の不安を取り除くのもお仕事なんだけどね」
『解決したあとは、皆さん安心されているようですし』
「喜んでくれるのは嬉しいけど……」
なんと言っても忙し過ぎるのが問題だった。
ここ三日ほど、アルフレートとまともに話せていない。各々、現地調査に当たっていて、そのまま直帰のパターンが多いのだ。
『まだ発足されたばかりで、案件の取捨選択などが手探りなところもあります』
「魔法を知らない人からすれば、原因不明の現象はどれも怖いだろうし、難しい問題だ」
これについては、現在国でも検討中とのこと。
とりあえず、今は頑張るしかない。
私にできることを精一杯するばかりであった。
◇◇◇
魔導研究局発足から二ヶ月後。
やっとのことでまとまった休みを取ることができた。
昼間はリリンとチュチュと共におでかけをする。とは言っても、お姫様なので、遠出はできない。
アルフレートの離宮に行って、アイスクリームを作ることになったのだ。
馬車の移動だけでも、リリンは嬉しそうにしている。
「エルフリーデお姉さま、木の葉の色がとっても綺麗!」
「紅葉しているんだね」
「葉っぱが橙に染まるなんて、初めて見たわ」
季節はあっという間に移ろいでいく。
最近まであんなにも暑かったのに、ここ数日は吹く風も冷たくなっていた。
「リリン、アルフレートのところにはね、歩く葉っぱさんがいるんだよ」
「まあ、想像できないわ!」
「明るくて、優しくて、とってもいい葉っぱなんだ。リリン、仲良くしてくれる?」
「大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ。炎のわんこと猫の赤ちゃんもいるよ」
「まあ、どうしましょう! わくわくするわ!」
私の話を聞きながら目を輝かせるリリン。可愛すぎてぎゅっとしてしまう。
目の前で話を聞くチュチュも、目を細めて微笑ましい表情でこちらを眺めていた。
チュチュも相当可愛いので、リリンと一緒に抱きしめたい。十六のお嬢さんを抱擁するわけにはいかないので、ぐっと我慢をするが。
今日はお休みということで、魔導研究局の制服ではなく、ドレスを着用していた。
黒に銀糸で花模様が施されたドレスで、刺繍に触れるたびにほうと感嘆の溜息がでる。
化粧もしてもらい、髪の毛も付け毛を三つ編みにして編みこんでくれた。
チュチュは大絶賛してくれたけれど、アルフレートにはどう映るだろうか。柄にもなく緊張している。
馬車に揺られること一時間でアルフレートの離宮へと到着した。
ホラーツが玄関先まで出迎えてくれていた。
『リリン姫、ようこそおいで下さいました』
リリンは口元を押さえ、瞳の中の星をキラキラと瞬かせている。
「ね、猫の、お爺ちゃん……!」
そういえば、ホラーツの説明をするのを忘れていた。
リリンは童話の世界にでてきそうな猫妖精を前に、感激しきった様子でいた。
それから、メルヴや炎狼、聖獣のセイをリリンに紹介した。
『メルヴハネ~、メルヴダヨ!』
ぴしっと手を挙げ、自己紹介をするメルヴ。キリッとした表情で、リリンと握手を交わしていた。
炎狼は体が大きいので、ちょっと怖かったのだろうか。遠巻きに挨拶をするばかりであった。セイは相変わらず自由で、リリンをちらりと見て、「にゃあ」と鳴いていた。
最近、セイに近づいてもぞわぞわすることはなくなったけれど、触れようとすればくしゃみが止まらなくなってしまうのだ。アルフレートは相変わらずぞわぞわする模様。
客間に案内される。
アルフレートはまだお仕事をしているとのこと。休日なのにご苦労なことで。
リリンとメルヴはすぐさま仲良くなったようで、きゃっきゃうふふと遊んでいる。
セイもリリンには気を許しているようだった。
チュチュが淹れてくれた紅茶を飲み、ホッとひと息。
こんなにのんびりと過ごすのは久しぶりで、リリンが楽しそうにしている姿を見ていると癒されてしまう。ホラーツも子どもが好きなのか、細い目をさらに細め、リリンやメルヴを眺めていた。
しばらくすれば、アルフレートがやってくる。
リリンは緊張の面持ちで挨拶をしていた。
「は、はじめまして、アルフレート様。わたくしは、リリンです」
アルフレートは片膝を突き、リリンに挨拶を返す。
そういう姿を見ていれば、王子様みたいだな~と思ってしまった。いや、王子様なんだけど。
「アルフレート、今日はね、アイスクリームを魔法で作ってもらおうと思って!」
「!」
私を見て、ぎょっとしたように目を見開くアルフレート。それから、ふいと顔を逸らされてしまった。
これはアレだ。恥ずかしくって顔を逸らす系の。
以前だったらショックを受けていたであろうこの反応。ホラーツから照れている時にこういう行動をすると聞いていたので、今回は勘違いをせずに済んだ。
いつもと違う恰好だから、見慣れないのかな? あとでしつこく問い質さねば。
話は戻ってアイスクリーム製作に取りかかる。
通常、アイスクリームの材料が入った缶などをアルフレートが振るだけで完成してしまうのだが、リリンのために手の込んだ魔法を見せてくれるようだ。
何もないところから杖を取りだしただけでリリンは大喜びをしていた。
アルフレートの杖、『霙の杖』が綺麗だと、褒めたたえている。
絨毯の上に敷物を広げ、その上にアイスクリームの元が入った缶を置く。
アルフレートは呪文を唱えた。
すると、魔法陣が浮かび上がり、キラキラと氷の粒が舞い上がる。
「うわ……綺麗……」
目の前で起こる美しい現象を、ホラーツが解説してくれた。
『リリン姫、あれは、ダイアモンドダストと呼ばれる物です。寒さが厳しい自然界でしか見ることのできないものなんですよ』
「そう……。なんて、素敵なの……」
本当に、私もそう思う。
アルフレートの魔法は綺麗だ。うっとりと魅入ってしまう。
キラキラと舞う氷の粒がアイスクリームの缶に降り注ぎ、ぱちんと弾ける。
大きな魔法陣が空中へと浮かび上がって霧散した。
どうやらこれでアイスクリームの完成のようだ。
アルフレートは缶を持ち上げ、開封してリリンに見せる。
「うわ、本当にアイスクリームができてる!」
チュチュが陶器の器を持ってきて、匙で掬い取った。
リリンは手渡されたアイスクリームを、じっと眺める。
「すごい……魔法のアイスクリーム……輝いてみえるわ」
リチャード殿下やサリアさんにも見せたいと呟く。
「あ、でも、早く食べないと、溶けちゃう……」
「リリン、その器はね、チュチュの村で作った魔法の器で、アイスクリームが溶けないようになっているんだよ」
「え、本当に?」
「本当だよ」
鼠妖精の村の陶器について教えてあげれば、このまま持って帰って両親に見せて食べてもらいたいと言う。
「す、素敵だから、お父さまと、お母さまにも、見せてあげたいの」
なんて優しい子なのか。目頭が熱くなる。
チュチュは新しい器を持って来て、リリンが食べる用にと準備してくれた。
そして、みんなでアイスクリームを食べる。
「うわあ、美味しい! アルフレート様、とっても、とっても美味しいわ」
「それはよかった」
アルフレートも嬉しそうだ。あんなに優しい目でリリンを見て……。
初対面の時には想像もできなかった穏やかな顔をしている。
ああ、アルフレートを眺めるホラーツも、目が潤んでいた。ハンカチを貸さなければ。
アイスクリームは冷たくって、甘くって、とっても美味しい。
至福の時間を過ごすことになった。
その後、リリンはチュチュと共に帰宅。早くアイスクリームを食べさせたいらしい。
私はアルフレートとゆっくり話をする時間を作ってもらった。
▼notice▼
アイスクリーム魔法
アルフレートがリリンのために考えた美しい魔法
これも一種の宴会芸なのかもしれない。




