第六十二話 邂逅――嵐のようなお姫様!
翌日、隙を見てアルフレートに昨日のことを聞いてみる。
私が頼んでいた通り、桶に水を張って用意してくれていたらしい。
「う~ん、なんでかな~」
「蜂蜜の量が足りなかったのだろうか?」
「水の中に含まれる魔力量不足か……私も今晩はもっと蜂蜜を増やしてみるよ」
アルフレートと話せたのはそれだけ。書類仕事も結構あるみたいで、無駄話をする暇などないようだ。
私も、外回りを命じられる。
本日のお仕事は、長年開かずの扉とされていた王宮の飾り扉の調査。ホラーツと共に向かう。
『扉について、私も一度調査にあたったのですが』
「ホラーツがわからない物ならば、私にはもっと難しいような」
『そんなことないですよ。私は頭が固いので、エルフリーデ様の柔軟な解釈なども、解決の糸口になると思っています』
「どうかな」
役に立てたらいいけれど。
侍女っぽいお姉さんの案内で辿り着いたのは王族が住まう宮殿。アルフレートの離宮よりずっと大きくて広い。
床にはふかふかな絨毯が敷かれ、白い壁には歴代王族の肖像画が飾られてあった。
警備の騎士様も配置されていて、前を通れば鋭い視線が突き刺さる。
長い長い廊下を歩き、やっとのことで目的の場へとたどり着いた。
「これが、例の扉?」
『ええ、そうです』
それは見上げるほどの重厚な扉だった。
飾り扉と言われているだけあって、精緻な細工が成されている。花模様と、なんか、羽と角の生えた馬? みたいな生き物の彫刻とか。
『記録上では、一度もこの扉が開いたことはないそうです。元々、開かない扉かと思い、飾り扉と呼ばれていたとか』
けれど、ホラーツの調査で、この先にも何か通路や部屋があることが発覚したらしい。
「開かずの扉か~。なんか夢があるなあ」
「あなたもそう思う!?」
突然背後から声をかけられ、ぎょっとする。振り返ればドレス姿の迫力のある美人が。年頃は私と同じくらいだろうか? 扉の細工に夢中で、まったく気配に気づかなかった。
くるくると巻いてある艶やかな金色の髪に翠色の瞳、豪奢なドレス。童話にでて来そうなお姫様だ。
隣にいたホラーツが突然膝を突いた。多分、本当に王族のお姫様なのだろう。
私も続こうとしたけれど、途中で自分も王家に名を連ねる者だったと思い出し、その場で硬直してしまう。
ぎこちない動きしていたけれど、目の前のお姫様は気に知る素振りも見せなかった。
「あの扉、わたくし、ずっと気になっていて」
「は、はあ……」
「念願かなって、調査してもらったのはいいけれど、強い魔法で封じられていて開けることはできないって」
「え、ええ、困りましたね」
どんどんと目の前に迫ってくるお姫様。こちらはどんどん後ずさり、最終的に飾り扉にぶつかってしまった。
細工を傷つけたかと思い、思わず悲鳴をあげてしまう。
「あら、大丈夫よ。その細工、すっごく頑丈なの」
なんでも、壊して中に入ろうと思ったらしく、金槌などで扉を打ったことがあるらしい。
「金槌で打っても、銃で撃っても、大砲をぶつけても開かなかったの」
「た、大砲まで」
「ええ、びっくりよ」
なんていうか、凄いお姫様だ。猪突猛進と言いますか。
「あ、申し遅れました。私は魔導研究所の局員である、エルフリーデ・クイーンズベリーです」
一応、リチャード殿下の家名を名乗らせていただく。会釈をすれば、お姫様も優雅なお辞儀を返してくれた。
「あら、わたくしこそ、ごめんなさいね。うっかり興奮をしてしまって」
お姫様の名前はクレシル・ドウ・アレッサ。第四王女だと言っていた。年齢は私の一つ下の十七歳。
「わたくし、魔法について凄く興味が合って、でも、この国は魔法をよく思っていないでしょう?」
飾り扉が、唯一の近場にある魔法だったと、クレシルは話す。
「魔導研究局の話が出た時も、是非とも入りたいって申しでたんだけど、駄目だって……」
「は、はあ」
「ずっとね、アルフレートお兄様にも会いたいって言っていたけれど……これは、本人からお断りが」
「そうだったんだ」
アルフレートは、まあ、お堅い性格だから簡単には会ってはくれないだろうなあ。私も、よく気を許してくれたよなとは思っている。誇り高い王子様なので、敬意を持って接しなければ。
今度お茶をしようと誘われ、苦笑いで了承する。
美人に迫られると、判断能力を失ってしまうのだ。
「それで、何かわかった?」
「ちょっと待ってくださいね」
ホラーツも開けることができなかった扉。私にわかるわけが――
「あ、馬の目のところ、窪みがある」
『何かおかしく感じますか?』
「うん。これって、何か宝石とか嵌っていたんじゃないかって」
神殿にもそういう銅像とかがあったのだ。
『なるほど。人の美術品について疎いので、これはこういう細工だと思い込んでいました。確かに、球体の宝石などが嵌りそうです』
大人しくしていたクレシル姫を振り返る。すると、目を輝かせ、私の手を掴んできた。
「エルフリーデ、素晴らしいわっ!!」
「あ、どうも……」
「今まで、誰も気づかなかったのにっ!!」
「まあ、はい」
クレシル姫はさっそく、馬の目に合う宝石がないか、国宝庫を探りに行くと言う。
何かわかれば、魔導研究局に知らせると言っていた。
「それでは、ごきげんよう!」
「ご、ごきげんよう」
クレシル姫……嵐のような御方。でも、嫌いではない。
馬の目、見つかるといいなと思った。飾り扉の奥の部屋も気になるし。
「え~っと、今日のお仕事はこれで終わり?」
『ええ、そうですね。大きな一歩を踏みだしました』
「それはよかった」
とりあえず、一安心、かな?
再び、来た道を帰る。魔導研究局の本部はドリスだけで、アルフレートは会議に行っているようだった。
ちなみに、チュチュは家でリリンの話役をしているのだ。
「局長は先に帰るようにおっしゃっていましたわ」
「そっか。まだ明るいけれど、お言葉に甘えて」
『私はここで局長のお帰りをお待ちしております』
「お願いね」
私は帰ってリチャード殿下に相談する魔石の提案書を作らなければ。時間があれば水鏡通信魔法についても考えたい。
お言葉に甘えて、帰宅することにした。
◇◇◇
遠征時に使う炎の魔石はリチャード殿下もあったら助かると言ってくれた。
やはり、火の始末などの問題で、寒い思いをしたり、冷たい食事を食べていたり、野営と時に大変な思いをしていたらしい。私がいなくても、魔石があれば煙や灯りを出さずに調理などが可能だと伝えれば、大層驚いていた。
材料は鼠妖精の村に置いてあるし、すぐに作りことも可能だろう。
リチャード殿下の承認書とともに、企画書をアルフレートにだして許可が下りたら、騎士団の会議にかけてくれるとか。
魔石は魔法に絡んだ品なので心配だけれど、リチャード殿下の後押しもあるからなんとかなるだろう。
その後、お風呂に入ったり、夕食を取ったりと時間を過ごしているうちに、あっという間に夜は更ける。
お風呂に入る前に、水鏡通信を試してみたけれど、今日もダメだった。
蜂蜜の量も随分を増やしたのに。
炎狼に「今日も失敗だった」と伝える手紙を届けてもらう。アルフレートからは「残念だ」という返事が返ってきた。
眠る前に、もう一度試してみる。
「……ん?」
術式を組み立て集中していると、きらりと光るアルフレートの魔力の糸が。
急いで掴み、傍へと引き寄せる。
今まで静かだった桶の水面が揺らぎ、鏡のように何かを映しだした。
「あ、繋がった!」
根気よくしていたことが功を奏したのか。さっそく、声をかけてみる。
「アルフレート、聞こえる?」
「!?」
向こう側からバシャリと、水音が聞こえた。アルフレートの声は聞こえない。
「アルフレート?」
「エ、エルフリーデか?」
「うん、そう」
「術は、失敗だったのでは?」
「そうだったんだけど、眠る前に試したら成功して」
「そうか……」
再び、パシャリと水の音が聞こえた。
依然として、桶の映像は何も見えないままである。
けれど、響く声といい、大きな水音といい、一回目と状況がよく似ているように思えた。
「もしかして、そこはお風呂?」
「そうだ。今回姿は見えていないのだな」
「ちょっと待ってね」
集中度を高める。すると、水面の映像が鮮明となり……
「見えた!」
「見るな!」
アルフレートの上半身裸が浮かび上がった。
「いいじゃん……減るもんじゃないし」
「私の気力が減る!」
「そっか、じゃあ見ない」
「疑わしい」
うん、まあ、見ているけどね。
アルフレート側から私の姿は見えないので、確認のしようがない。
「気づいたのだが」
「何かな?」
「もしや、私が風呂に入っている時しか、こうして繋がらないのでは?」
「あ、そうかも!」
蜂蜜では、水中に含まれる魔力が足りないということなのか。
アルフレート自身が湯に浸かったことにより魔力量が安定し、使えたということなのだろうか?
だとすれば、なんという、私得魔法……!
「でも、今回限りかな。アルフレート嫌がっているし」
「いや、複雑な気分だが、嫌というわけでは……」
「だったら、たまにでいいから、こうして話をしたいな」
王都に来てから、ゆっくり話ができていなかった。周囲の目もあるので、気軽に話しかけることは許されていない。
「もちろん、アルフレートが良ければ、だけど」
「……私も、ゆっくり話がしたい」
同じ気持ちだと言ってくれて、嬉しくなる。
「だが、この状況は……」
私が一方的にアルフレートの裸を見ながら話す。きっと物凄く嫌だろう。湯にのぼせる可能性もあるし、長話はできない。
「どうにかならないかな」
「ならなくはないが……」
「なんだろう?」
言いかけて黙り込むアルフレート。
裸を見せる以上に言いにくいことなのか。
「アルフレート、難しいんだったら、無理をしなくても」
「いや、難しくない! むしろ、私は望んでいる……」
「そう?」
「なんというか、まだ、その段階ではないと言うか……」
「どういう方法なの?」
「それは結婚……いや、なんでもない。あとで話す」
「そっか」
言えるようになったらいつでも話してねと伝えておく。
アルフレートは「わかった」と呟いていた。
「でも、直接ゆっくり話をしたいな。アルフレートをモフモフもしたいし」
「モフモフ……」
「ダメ?」
「いや、ダメ……ではない」
やった~! と言いそうになるのをぐっと抑える。
許可がでたので、隙を見て思いっきりモフモフしたい。
夢は膨らむばかりだった。
▼notice▼
クレシル・ドウ・アレッサ
十七歳、第四王女。
アルフレート同様、公妾のお姫様。(この国では妾の子も王族として認められている)
魔法マニアで、猪突猛進な性格。
開かずの飾り扉に大砲を発砲した話はあまりにも有名で、嫁の貰い手がついていない。
どこかに姫の挙動にも驚かず、冷静で落ち着いた男がいないものかと、王は頭を悩ませている。




