第六十話 森の湖――謎を解明
地面に敷物を広げ、三人仲良く座って昼食を取る。
チュチュとドリスが作ってくれたお弁当、いただきます。
森の空気は澄んでいて、流れる風は水辺だからか少しひんやりしている。
日照り続きの季節なので、涼やかな気持ちになった。
私は荷物の中からヤカンと水筒を取り出し、魔法で湯を沸かす。
カップに乾燥させた香草を入れ、湯を注いだ。
香草は鼠妖精の村で採れた物。渋みが強いけれど、健康に良さそうな味わいで、私は気に入っている。
蜂蜜をひと匙入れるのも美味しい。家から持参していた蜂蜜を、渋いお茶の中へと垂らす。
アルフレートとオルコット卿、ホラーツの分と四人分淹れた。
「オルコット卿、これ、香草茶です。お口に合えばいいのですが」
「ありがとうございます」
オルコット卿は無表情で受け取り、ごくごくと飲んでいく。
お湯、結構アツアツな気がするけれど、大丈夫なのか……。
飲んだあとも無表情だった。舌は火傷していない模様。
「どうですか?」
「大丈夫です。多少渋みはありますが、普通に美味しいかと」
「よかった」
表情から読み取れなかったので、一安心。きっと、この人は不味くても顔にでることはないんだろうな。
ふと、じっと顔を見られていることに気づく。
「オルコット卿、どうかしましたか?」
「いえ……魔法は便利だなと、思いまして」
なんでも、野営の時など、煙を立てると討伐対象に気づかれることがあるので、火を熾せないことが多いらしい。温い水を飲んで過ごすことが大半だとか。
もちろん、食べ物も冷たいまま食べるという。
「大変だったのですね」
「それが、普通でしたので」
「そうでしたか。あ、魔石だったら煙もでませんよ。使い方も簡単ですし、今度、リチャード殿下……父上とも話しておきますね」
「助かります」
私の魔法が役に立ったら嬉しい。さっそく、夜にでもリチャード殿下に話をしてみようと思う。
「エルフリーデ」
「はい?」
手を差しだしてくるアルフレート。どうやら香草茶をご所望らしい。
話をしていたので、手元に置いたままだったことをすっかり忘れていた。
どうぞと手渡したけれど、どうしてか不機嫌。
「どうしたの?」
「なぜ、先に向こうに渡すのかと思って」
「だって、アルフレートって猫舌でしょう? すぐに飲めないと思って」
そう指摘しても、眉間の皺を深めるばかりだ。
なんとなく、オルコット卿よりも先に欲しかったということなのか。
そうだったら、ちょっと子どもっぽくて、微笑ましく思ってしまう。
今度からは、アルフレートを一番にしようと決意を固めた。
準備は整ったので、食事を始める。
「……」
「……」
「……」
美味しいサンドイッチ、豊かな自然、温かなお茶……どれもこれも、素晴らしい物なのに、目の前の男性二人はなんとも微妙な雰囲気でいる。
片や、無表情。片や、険しい顔。共通すべきは無言であるということ。
食事の時くらい、笑顔でいればいいのにね。
以前、オルコット卿へ私的な話をしないと約束していた。なので、こちらから話しかけることはできない。
一方、アルフレートは怖い顔をしているので、話しかけないほうがいいと思った。
よって、気まずい雰囲気の中、お食事をすることに……。どうしてこうなった!
しばらく経てば、調査をしていたホラーツが戻ってくる。
猫舌だろうから、温め直さずにそのまま手渡した。
『ああ、ありがとうございます』
一口飲み、ホッとしたような顔を見せるホラーツ。
『それで、調査結果なのですが――』
湖の中に何かがいることは確実らしい。けれど、さすがのホラーツでも、正体はわからないと。
『見てのとおり、美しい湖です。悪しき存在が潜んでいるようには、とても思えなくて』
「なるほど」
確かに、魔物の類であれば、この辺は瘴気で汚染させているはずだ。呑気にお食事なんてできるわけがない。
「でも、商人の荷物を盗んじゃったんだよなあ……」
被害は商品だけで、商人が怪我をしたとかの報告が上がっていないのは不幸中の幸いと言うべきか。
「目的は商人の持っていた品物……」
一人目は宝石商、二人目は絨毯商、三人目は香辛料商。共通点はないように思える。
ホラーツは顎に手をやり、何か考え込んでいるように見えた。
「単純に、荷物を食べて空腹感を満たそうとしていたのかな?」
お腹に入れる物はなんでもいい的な。
そう言えば、ホラーツが『あ!』と声を上げる。
「ど、どうしたの?」
『エルフリーデ様、それです!』
「え、なんだろう?」
「ああ、そうか!」
アルフレートもわかったらしい。頭の上に疑問符を浮かべているのは、私とオルコット卿ばかり。
「え~っと、どういうことかな?」
『あ、すみません。エルフリーデ様の空腹でピンときたのです。湖の中の生き物の目的は、魔力なんですよ。世の中にある物の中でも、宝石は特に多くの魔力が含まれているのです』
湖の中の何かは、宝石が目的で商人の荷物を狙っていたのだ。
『おそらく、湖の中で魔力切れを起こし、動けない状態なのでしょうね』
「なるほどなあ……」
目的はわかったけれど、解決には結びついていない。
このまま放っておいたら、また道行く商人を襲うだろう。
『なんとかお話を聞けばいいのですが』
「だよね」
どうしようかと考えていると、今度はアルフレートが「あ!」と声をあげる。
「ど、どうかした?」
「エルフリーデが昨晩していた覗きの魔法……!」
「いや、あれは覗きの魔法ではなくて、水鏡通信と言って……あ!」
そうだ、あの魔法なら、湖の中の生き物と会話できるかもしれない。
それを話せば、ホラーツもなるほどと頷いていた。
「ホラーツはここに何がいると思う?」
『精霊かなと推測しているのですが、まだ、なんとも』
「そっか」
一応、念のためにメルヴを呼んだほうがいいかもしれないとホラーツは言う。
アルフレートも、賛成していた。
湖にいるくらいだから、水属性だろう。草属性のメルヴとは相性がいいはずだ。
アルフレートは早速杖を取り出し、メルヴの召喚をする。
「――静謐なる森の化身よ、顕れよ、我が目の前に」
呪文を唱えれば地面に魔法陣が浮かび上がり、発光する。
カッと、一瞬だけ強く光ったかと思えば、葉っぱと根っこのシルエットが浮かび上がる。
メルヴは片脚で立ち、片手を上げて、ピシっとした姿で現れた。
『メルヴ、来タヨ~~!』
「ああ、ありがとう」
事情を説明すれば、メルヴは『イイヨ』と言ってくれた。湖の謎生き物との面会に立ち会ってくれるらしい。
さっそく、術を試してみる。
まずは、ご挨拶とばかりに、鼠妖精の村の蜂蜜を垂らしてみた。
すると、湖がボコボコと泡立つ。きっと、蜂蜜を魔力として吸収しているのだろう。
集中して、湖の謎生き物の魔力を探る。
「……う~~ん」
この魔法繋ぎたい相手の魔力の糸を掴むイメージで発現するんだけれど、なかなか上手くいかない。
細い糸のような物は感じるけれど、どうしてか掴めないのだ。
「やっぱり、相手を知らないと無理なのかな?」
『かもしれないですね』
この術自体、わりと新しいもので、元々は恋人同士の夜の密会が目的だったと魔法書に書かれていた。
知らない相手と繋がるのは難しいのかもしれない。
「難しいなあ……」
『ジャ、メルヴ、釣ッテミルネ』
「え?」
難しい顔をして湖を覗き込む私達を他所に、メルヴは頭の上から蔓を生やしてぽちゃんと水面に垂らす。
いや、釣りって……。
そんな馬鹿なと思っていれば、メルヴの体がピクリと動く。
『釣レタ~~~~!!』
「ええ~~~~~!?」
メルヴは一度しゃがみ込み、その場でぴょんと跳んだ。
すると、水面から何かが飛びだしてくる。
『ヤッタ~~~~~!!』
「う、嘘でしょ~~!?」
一同、瞠目し、呆然としてしまう。
メルヴはとんでもないものをつり上げてくれた。
▼notice▼
香草茶
チュチュとドリスが鼠妖精の村で摘んだ香草で作った物。魔力を多く含んでいる。疲労回復などにも効果あり。ただ、渋みが強いので、蜂蜜などを入れて飲んだ方がよい。




