第六話 朝――おはようはもふもふと共に
チュチュのあとをついて行って部屋まで移動する。
今までいたのは地下だったようで、長い階段を上がることになった。
リンドリンド領の領主アルフレートが住むのは五世紀以上前に建てられた古城。
『ここはかつて魔法使いだった領主様が建てた、魔法のお城なんでちゅ』
「へえ~」
たまに、チュチュが振り返りながら建物の中を案内してくれる。
なんでも、完璧な保存魔法がかかっているようで、五百年以上経った今でも、劣化せずに綺麗なままで在ると。
しかも、塵や埃も発生しない仕様で、掃き掃除などは必要ないとか。
『なので、ここで働いているのは、お世話係のわたくしと他に五、お料理担当が十、執事、庭師、従僕……全部で二十もいなかったと』
「お城の規模を考えたら、随分と少ないね」
『はい。王族であるアルフレート殿下がいらっしゃった時、百ほどの家事使用人が働いておりましたが、そんなに必要ないと言われてしまい――』
ちなみに、削った使用人はアルフレートが新しく作った役所で働いているらしい。
「妖精族の村に役所、か」
妖精族の村では初めてだと、チュチュは誇らしげに話していた。
『皆、以前より前の領主様に不信感を抱いておりました。それを報告すれば、一部の行政をわたくし達に託してくださって』
「へえ、それは凄い」
前の領主様はいろいろと悪事に手を染めていたらしい。
鼠妖精の皆はそれに気付いたみたいだけれど、国に報告をする手立てもなかったとか。
『なので、良い領主様が来てくれて、わたくし達は幸せ者で……』
今回の事件がなかったら、悪い領主のままだったので、そこまで現状に悲観はしていないようだった。
『領主様は毎日、雪の大精霊様の祠にご挨拶に伺っており、お怒りも、そのうち治まるでしょう』
「だといいね」
『はい!』
話しながら歩いている間に、部屋に到着をした。
そこは重厚な二枚扉がある部屋で、隣がアルフレートの部屋らしい。
「……領主様の部屋の隣なんだ」
『ホラーツ様のご指示でそのように』
「なるほど」
領主のお友達なので、特別に厚待遇なのだろうか?
よくわからないが。
さっそく通されたのは白と金に基調としたお上品なお部屋で、並べられた白い家具はとても可愛い。天井から吊るされたシャンデリアを見れば、眩しさで目がくらんでしまう。
なんだか元村人の私には過ぎたお部屋というか、なんというか。
神子時代も扱いはほどほどに良かったが、建物は単調かつ質素なものだった。
なので、お貴族様のような暮らしは落ち着かないものだろう。
長椅子に腰かければ、はあと疲労感を含んだ溜息が出てしまう。
そんな私を、チュチュが心配そうに覗き込んでくれた。
『炎の御方様、温かいお乳でもご用意いたしましょうか? 良く眠れますよ』
「あ、うん、ありがとう。お願いしようかな」
キラキラしている内装の中、なんだか眠れそうにないので、チュチュの申し出をありがたく思った。
数分後、小さな手押し車の上に温めたミルクを載せ、運んで来てくれる。
小さな彼女が人間用のあつあつのカップを持ち上げるのは大変そうなので、お礼を言って手押し車から直接受け取った。
『蜂蜜をたっぷり垂らし、温めました。お口に合うといいのですが』
「ありがとう」
口に含めば、優しい甘さが広がり、ホッとした気分になる。
なんだか眠れそうなので、チュチュには再度お礼を言って下がってもらった。
寝室は隣の部屋になっており、大人五人が余裕で眠れるような大きな寝台に驚く。
なんとまあ、天蓋付きで、童話の中でお姫様が使っていた物に良く似ていた。
チュチュが着替えるように言っていた、前領主の奥方の寝間着(未使用品)を纏い、布団に潜り込む。
目を閉じた瞬間に、私は眠ってしまった。
◇◇◇
翌朝、チュチュの声で目が覚める。
『ほ、炎の御方様、その、起きてくださいまし』
「ん~~」
腕の中にあったふわふわもこもこに顔を埋め、もう少しだけと呟く。
ふわふわもこもこは、温かくて、柔らかくって、手触りは最高。
離したくないなと思ったが、ふと、我に返る。
素晴らしく手触りの良くて温かな寝具などあるわけがない、と。
その時になってはっきりと意識が鮮明になった。
瞼を開けば、信じられないことにチュチュを腕の中に抱き込んでいたのだ。
「うわ! ごめん、チュチュ」
『い、いいえ、構わないのですが』
解放すれば、『ちゅう』と切なげな声をあげていた。
本当に、申し訳なく思う。
寝台には、鼠妖精用の小さな段梯子のような物があり、それに上って起こしてくれようとしていたらしい。
寝ぼけた私は、チュチュを傍に引き寄せて、抱き枕にしていたようだ。誰かに聞くまでもなく、女性を突然抱きしめるというのは、確実にしてはいけないことだろう。一応許してくれたが、深く反省をしなければならない。
『どうか、お気になさらないでくださいまし』
「うん」
着替えは昨日着ていた神子服。いつの間にか回収し、洗濯してくれていた。
朝から洗って、魔法で乾かしてくれたらしい。
「ありがとうね」
『いえいえ。ですが、お召し物は他にも必要で――』
「そうかな?」
『前領主様の奥方の服も、お体に合っていないご様子ですし』
「それは、まあ」
奥方は小柄だったのか、寝間着の寸法は随分と小さかった。無理矢理着たけれど。
『あともう一つ、気になることがあるのですが――』
「何かな?」
深刻そうな顔でチュチュが取り出したのは、綺麗に洗濯をされた包帯。
どこか怪我をされているのではと、恐々と聞かれてしまった。
「あ、それは――」
『もしも、怪我をなさっているのであれば、村の医師を』
「いや、怪我はしていないよ」
『でしたら、この包帯はいったい……?』
「それは胸に巻いていた包帯なんだけど」
『む、胸に!?』
私みたいなささやかな胸の持ち主でも、触れたら女だと分かってしまうので、包帯を巻いて誤魔化していたのだ。まあ、隠すほどの大きさでもないけれど。
事情を伝えたら、チュチュは驚いた顔をしていた。
『苦しくなかったのですか?』
「ん~最初は違和感を覚えていたけれど、慣れたら平気かな、なんて」
『前に仕えていた奥様は、寸法の合っていない胸当てを付けただけで苦しいとおっしゃっておりました』
「大きい人はそうかもね」
『いえいえ、そんなことは――』
チュチュは急に真顔になり、『わかりました』と言う。
何がわかったのだろうか?
まあいいかと、適当に受け流す。
そろそろ朝食の時間だと言うので、食堂に移動することにした。
◇◇◇
食堂に行けば、アルフレートとホラーツの姿があった。
「おはよう」
『おはようございます、炎の大精霊様』
アルフレートは目も合わせずに、朝の挨拶をしてくれる。
まだまだ慣れるまで時間がかかりそうだなと思った。でもまあ、今日はおはようと言ってもらえただけでも良しとしよう。
チュチュが一見して重そうに見える椅子を引いてくれた。
ありがとうとお礼を言って、腰かける。
アルフレートは人間用より一回りほど小さな新聞紙を広げてみていた。
「あれ、それ、もしかして妖精族の新聞?」
「そうだが」
どうやら、村には新聞社があるようだ。
「どんなことが書いてあるの?」
「今日の一面は、<赤い木の実通り>の鍛冶屋夫婦に、子どもが誕生。三つ子で、名前はチュリ、チュラ、チュロ……」
うん、平和だ。
とてつもなく素晴らしい記事だと思った。
「毎朝読んでいるんだ」
「ああ。ここに来てからの日課だ」
事件性なんか欠片もない記事を毎朝きちんと目を通しているなんて、感心だなと思った。
領主としての正しい姿だろう。
他にも新聞について話をしていたら、コンコンと食堂の扉が叩かれる。ホラーツが返事をすれば、鼠妖精達が一列に並んでやって来た。
「――っ!」
チュチュ以外の鼠妖精を初めて見たけれど、やっぱり可愛い。
毛色は茶色や黄色、黒など、様々だった。
早くあの可愛い妖精さんに慣れなければ悶え倒れてしまう。
今はまだ、奥歯を噛みしめて必死に耐えるばかりであった。
そんな考えごとをしているうちに、朝食の準備が始まっていた。
配膳をするために、慎重な足取りで運んでくれる。
途中、小さな彼らが人間用の机に届くよう、高い段梯子が持ち込まれた。
料理が載った皿を両手で持ち、梯子を伝って配膳をしてくれる。
一生懸命給仕をしてくれる彼らの姿が大変いじらしい。手伝いたいという気持ちがふつふつと湧いてきていたが、仕事を奪ってはいけないので、ぐっと我慢した。
朝食は丸いパンに野菜のスープ、炒った卵に炙った燻製肉。
どれも美味しかった。
食後に、昨日言っていた対策について話し合うことにした。
「そうそう、村の防寒対策についてなんだけど」
魔法で消えない炎を生み出すことができると、こちらの能力についての情報を説明した。
だがしかし、この魔法は大量の魔力を必要とするので、村の三十世帯分用意することは不可能。
子どもの頃一日に二度消えない炎を作り出す魔法を使い、倒れたことがあった。その後、三日間昏睡状態だったのだ。
「そんなわけだから、この力は却下」
私自身に無理が生じることに加え、炎は永遠に燃え続けるので、夏になったら暑くて地味に困る。
私が生まれた村で作った炎は、夏場に魔導教会が回収しに行ったらしい。その後、どうなったかは不明。
消えない炎の代わりに、とある品を作って提供することを提案してみる。
「炎の魔石を配るのはどうだろう? 家に一つあれば、十分な暖は取れると思うし」
『魔石、ですか』
ホラーツは久々に聞いた言葉だと、懐かしそうに言う。
「魔石というのはどんな物を示す?」
「それはですね――」
魔石とは魔力の含まれた石に呪文を彫り、仕上げに魔法をかけた物。
高い魔力が保有されている宝石を使えば、最高の魔石が完成する。
けれど、今回の魔石はそこまで高価な物を使う必要はない。
「例えば、鉱山の石とか」
『ああ、なるほど』
ちなみに、リンドリンド領には鉱山はないらしい。
「隣の街にならば閉鎖した鉱山があるが、あそこは瘴気が発生しているから一般人は近づけない」
瘴気とは魔物が出る場所に発生する物で、通常、人の目には捉えることは不可能。
けれど、魔力を持つ者は、靄がかかったように見えるのだ。
そういった地域に一歩踏み込めば、高い確率で人に襲いかかる魔物と遭遇してしまう。
瘴気のある場所は大変危険なのだ。
「う~ん。材料集めだけでも結構大変みたい」
『ですね。昔は魔石売りなんて職業もあったのですが……』
気が遠くなるほどの大昔――古の時代には、魔法をかける前の魔石を売る商人がいたらしい。
その当時は魔法使いも多かったので、大変儲かる職業だった模様。
現代を生きる魔法使いは、自力でどうにかするしかない。
「アルフレート、どうする?」
「行くにしても、すぐに、というのは難しいだろう」
まずは鉱山を所有する領主に連絡を取り、鉱石の採掘許可をもらわなければならない。
次に、その地に行くまでの移動手段を確保が必要だ。
「領主への連絡、移動、共に翼竜便の者を頼らなければならない」
「そっか」
「鉱山に入る時も、人員は最低限でも前衛、中衛、後衛が必要となるだろう」
「おお……」
いろいろと準備や決めることがありそうだ。
そうそう簡単にはいかない。
「この件に関しては、少し検討したい」
「わかった」
ひとまず炎の魔石についてのお話はこれで終了。
決定は夜にでも教えてくれるらしい。
「午前中は好きに過ごせ。午後からは、村の案内をする」
「了解」
給仕をしてくれた鼠妖精にお礼を言って、立ち上がる。
さて、今から何をしようか。
召喚された地下の部屋に、大量の本があったような気がしたので、それを読んでもいいかと聞けば、アルフレートはあっさりと許可を出してくれた。
予定も決まったので、この場から退散することにする。
食堂の扉の前にチュチュが待っていてくれた。
『炎の御方様、ちょっとよろしいでしょうか?』
「うん?」
部屋に戻るように言われた。
なんの用かと首を傾げながら私室へと行けば、とんでもない光景を目にすることになる。
私の部屋に、大勢の鼠妖精が待ち構えていたのだ。
「こ、これは、いったい――!?」
チュチュを振り返れば、不敵な笑みを浮かべている……ような気がした。
そして、彼女はぴょこんと耳を動かしながら言う。
『今から、採寸と服の意匠決めを行いまちゅ』
その言葉をきっかけに、私は可愛らしい鼠妖精に取り囲まれることになった。
▼notice▼
エルフリーデはtitle【平らな物をさらに平らにする女】を手に入れた。