第五十七話 家族ができました――恐縮です
「すまぬ、待たせたな」
「い、いいえ、ぜんぜん!」
「さようであったか」
目の前に現れた人物は、見上げるような長身の厳つい顔をした熊男――ではなくて。
「リチャード殿下!」
「久しいな、エルフリーデ殿」
うわあ、びっくりした!
やって来たのはアルフレートの二番目のお兄様、リチャード殿下だった。
もしかして、貴族の方の仲介をしてくれるのだろうか? 直々に? う~~む。
でも、元気そうでよかった。
騎士団『熊刃』のみんなも相変わらずだと言う。
「お会いできて嬉しいです」
「これからは、私の娘になるから、毎日会えるな!」
「はい――え!?」
リチャード殿下、今、とんでもないことを言ったような……?
「気軽に、父と呼んでほしい」
「お、お父……様?」
「ああ、そうだ。私がエルフリーデ殿のお父様だ」
な ん だ っ て ~ ~ ! ! !
叫びたいのをぐっと堪える。
同時に、さきほどアルフレートが微妙な顔だったことを思い出し、納得した。
そりゃ、王族の養子になるとわかれば、困惑もするよね。私も絶賛困惑中。
「え~っと、最初は隣国の貴族の養子になると、聞いていたのですが」
「ああ。アルフレートの母君の実家、ストラルドブラグ家が引き取るという話で進んでいたのだが、将来を考えれば、国内に籍を置いていたほうが、都合がいいと思ってな」
「将来とは?」
「まあ、その話はおいおいするとして。もういくつか、理由があるのだ」
将来のことが一番気になるのですが……。
でも、老後を鼠妖精の村で過ごすには、そのほうがいいのかもしれない。
お役御免とか言われて、知り合いもいない隣国に行くように命じられても困るし。
「一つ目は、私がエルフリーデ殿のことを好ましく思っているからだ。自信を持って言える。お主は、どこにだしても恥ずかしくない、よい娘だと」
まっすぐに愛を語ってくるので、照れてしまった。
リチャード殿下がそんな風に思っていてくれていたなんて。嬉しい。
「で、二つ目が、私のかねてからの願いを叶えて欲しいと、思っている」
「お、おお……!」
リチャード殿下の願い。なんだろうかと思ったけれど、こちらもおいおい話すらしい。
「叶えられるかわからないですけれど、精一杯頑張ります」
「ああ、頼んだぞ」
最後、三つめの理由は――
「実は、私には六つの娘がいるのだが、最近、姉が欲しいと熱望しだしてな」
「な、なるほど」
都で人気の絵本で、姉妹がでてくる物語があって、それに影響されているらしい。
自分が姉になると思いつかないところが可愛いというか、なんというか。
「そんなわけで、エルフリーデ殿には、娘リリンの姉になってほしいのだ」
「了解しました!」
養子として引き取ってくれる理由は、十分に理解できた。
どれも、嬉しいものだった。
期待に応えられるように、努力を重ねるしかない。
特に、リチャード殿下の願いの成就については、どうにかしたいものだ。
内容を聞かないことにはどうにもならないけれど。
「ではさっそく、今から父と娘になろうではないか、エルフリーデよ」
「はい、お父様!」
リチャード殿下を父と呼ぶなんて、恐れ多いことだけれど、受け入れるしかない。
話を聞いた時はひたすら慄いていたけれど、私に、家族ができたんだって思うと、今は心がじんわりと温かくなっていた。
家族と言えば、リチャード殿下が父親になれば、もしかしなくても、アルフレートは私の叔父さんになるのかな?
「どうかしたのか?」
「いえ、アルフレートが叔父になるんだなあと」
「ああ、心配はいらぬ。親戚同士でも、血が繋がらぬ者同士は結婚――」
『うおっほん!!』
同席していたホラーツが突然咳き込む。大丈夫かと背中を摩りながら聞けば、平気だと言う。
「あ、すみません、リチャード殿下、それで心配って?」
「いや、なんでもない。この点に関しても、後々……な」
『ですね』
「わかりました」
なんだか後々に話をすることが多い案件だった。
「それはそうと、敬語ではなく、実の父のように話しかけてくれると嬉しい」
「わかりま……わかった!」
「ありがとう、エルフリーデ」
再び、もじもじしてしまう。
リチャード殿下みたいな立派な御方がお父様だなんて。
ちなみに、チュチュはリチャード殿下の家で、私付きの侍女として住み込みで働くことになるとか。彼女がいれば心強い。
「話は以上。では、今から家族に会って欲しいのだが」
「喜んで!」
こうして、私とリチャード殿下はアルフレートの部屋をあとにしたのだった。
◇◇◇
アルフレートの離宮をでて、馬車で揺られること一時間。
リチャード殿下の立派な離宮に到着した。
ステルノ城と呼ばれる離宮は、数百年の歴史あるお城で、かつては軍事利用されていた施設らしい。
外観に華やかさはないけれど、内部に入ってみれば絢爛豪華な様子が見て取れる。
ずらりと並んだ使用人に出迎えられ、おお! とのけ反ってしまった。
息の合った「おかえりなさいませ!」は迫力がある。
ちらりと背後を振り返れば、ついて来ていたチュチュも緊張しているように見えた。
ぜんぜん大丈夫じゃないけれど、目が合ったので、虚勢を張って微笑んでおいた。思いっきり、顔引き攣っていたけれど。
肖像画が飾ってある廊下を通過し、大きな扉の前に到着する。ここが家族団らんの場らしい。
執事と従僕っぽい人達が、扉を開いてくれた。
中にあった長椅子に座っていたのは、たおやかな美女と、幼い美少女。
リチャード殿下が紹介をしてくれる。
「エルフリーデ、私の家族だ」
「お、おお……!」
なんだろう。素晴らしい芸術品を見ているかのような気分になる。
リチャード殿下の奥方、サリア様……。
ブルネットの美しい髪に、湖のような優しい目をしている。
立ち上がって近づき、そっと手を握ってくれた。
「あなたが、エルフリーデさんね。はじめまして。リチャードの妻の、サリアです」
「は、はじめまして、お会いできて、光栄です」
「私も、夫から話を聞いていて、会うのを楽しみにしていました」
「ありがとうございます……!」
リチャード殿下はいったい何を話したのか。
炎を魔物にぶちかまして、農作業をして、のびのびと過ごしていた姿くらいしか見せていなかったけれど。
「これから、よろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそ!」
サリアさんと挨拶を済ませれば、今度は小さなお姫様が紹介された。
お母さんと同じく、ブルネットの髪に、湖の目をした可愛い子ちゃん。
「あれが娘のリリン」
「リリン……ちゃん」
リリンは長椅子に座ったまま、立ち上がろうとしない。
顔もうつむいたままで、こちらを一瞥すらしていなかった。
「むう、リリン、挨拶をしないか」
「照れているのでしょうね」
「ううむ……」
私はゆっくりとリリンに近づく。
腕は背中で組み、怖くないよ~という空気を振りまいてみた。
少し離れた位置に膝を突き、ゆっくりと話しかけてきた。
「こんにちは、リリン」
「……」
話しかけた途端、ぎゅっと唇を噛みしめるリリン。だめかな~~?
もう少しだけ、語りかけてみる。
「私、エルフリーデって言うんだ。今日からここに住むことになったんだけど、よろしくね」
ギギギと、油の差さっていない歯車のような動きで、顔を逸らされてしまった。
困ったな~~。こうなったら、最後の手段!
「ねえ、魔法、見せてあげようか?」
そう聞けば、パッとこちらを見てくれる。釣れた!
にっこりと微笑えみかけ、私は怖くないよ~と視線で訴える。
目が合えば、そろそろとゆっくり逸らされてしまったけれど、その表情は照れとか、羞恥とか、そんな感じだ。
大丈夫、リリンは人見知りをしているだけ。
丁寧に魔法の説明をしてから、術式を展開させる。
「リリン、私は炎の魔法が得意なんだ」
指先にポッと小さな炎をだす。
ゆらゆらと揺れていた炎だったが、魔力の流れを変えて、蝶の形にしてみた。ひらりと舞った蝶は、空中で消えていった。
「す、すごい!!」
リリンが叫び、手を叩いてくれる。
「あ、あの、アルフレートお兄さまも、魔法使えるって本当?」
「本当だよ。魔法でアイスクリームが作れるんだ」
「すごい、すご~い!!」
リリンの瞳が、星のようにキラキラと輝く。
興奮した口ぶりで、リチャード殿下にアルフレートとも会いたいと話していた。
「リリン、わかったから、まず、エルフリーデに言うことがあるだろう」
「あ、はい」
リリンは立ち上がって、スカートの裾を摘まむと、可愛らしい淑女の礼を見せてくれた。
「は、はじめまして、リリンです。その、ずっと、楽しみに、しておりました」
「ありがとう。これから、よろしくね」
そんな風に言えば、頬を染めてはにかんでくれた。
▼notice▼
炎の蝶
エルフリーデの宴会芸。
王都で魔法を見せてくれと言われた時に、害のない魔法が作れるよう、密かに練習していた。
さっそく、役に立った。




