第五十四話 楽しい休日――それから
森は鮮やかな緑色に染まり、太陽からさんさんと強い日差しが照りつける。
季節はすっかり夏になっていた。
リチャード殿下率いる『熊刃』は王都に帰ってしまった。
お城の中が寂しい気がするけれど、アルフレートは無事に送りだすことができてホッとしているようだった。
今日はアルフレートがお休みなので、みんなで一緒にでかけることにした。
森の中腹にある湖にピクニックに行くのである。
「ホラーツ、準備できた?」
『はいはい、できておりますよ』
「メルヴは?」
『メルヴモ、準備、デキテイルヨ~~』
メルヴは今日もアルフレートからもらった鞄を背負っている。
初めてみんなで行くお出かけにはしゃいでいるようだった。
アルフレートはシャツにベスト、黒いズボン、ブーツ姿で現れる。
いつも、タイをしっかり結んだ恰好でいるので、動きやすい服装なのは新鮮だ。
それに、髪も整えていないので、ちょっと若く見える。
「……エルフリーデ。私を見て、何か失礼なことを考えていなかったか?」
「いやいや、私服、かっこいいなあ~って」
「絶対に嘘だ」
怒らないからと言うので、正直に「今日は若く見えるね!」と白状したのに、怖い顔でほっぺをぷにっと抓まれてしまった。まことに遺憾である。
冗談はさておいて。
チュチュとドリスは朝から張り切ってお弁当を作ってくれた。
五段重ねの気合が入りまくりの物を準備してくれる。
チュチュは動きやすいワンピースに、フリフリのレースとリボンがついたボンネットを被っていた。かわい過ぎて震えてしまう。
ドリスは踵の低い靴と軽いエプロンドレスで行く模様。
準備が終われば、出発する。
領主城の森林が生える小道を抜け、村を通り、森へと入る。
ここに来るまで汗ばんでしまったけれど、森の中はひんやり。
空を見れば、木と木が重なって隙間から太陽の光が差し込み、キラキラしていてとても綺麗。
途中で木苺を摘んで食べ、湧き水を飲んで休憩する。
太陽の位置が真上になったころ、ようやく湖に到着した。
「うわ~~すっごい良い景色!」
この湖は『鼠妖精の村の秘宝』と呼ばれており、水面が青く輝いていて美しい。
水面は鏡のようで、昼間は森の木々を鏡のように映しだす。夜は満天の星空が映ってそれはもう、うっとりするくらい壮麗で幻想的な光景だとチュチュが教えてくれた。
綺麗な景色も良いけれど、もうすっかりお昼の時間なので空腹だ。
チュチュやドリスがお弁当を敷物の上に広げてくれているので、お手伝いをする。
メルヴも、敷物の端を陣取り、鞄からいそいそと、蜂蜜水と炎狼の食べる花の蕾を取り出して並べていた。
お弁当は蜂蜜サンドに、燻製肉のサンド、野菜サンド。それから、お肉の香草焼きに揚げた魚、夏野菜の串焼き、チーズなどなど。ごちそうがずらりと並ぶ。
みんなで食前の祈りをして、いただくことに。
料理はチュチュやドリスの腕もあって、凄く美味しいんだけど、こうして晴れ渡った空の下、みんなで食べるとさらに美味しく感じる。
昼食後、チュチュとドリスは木苺狩りに向かうと言っていた。ホラーツもお手伝いするらしい。
メルヴと炎狼は湖畔でお昼寝をしている。
アルフレートは湖を穏やかな表情で眺めていた。
その横顔をぼんやりと眺めていれば、話しかけられる。
「エルフリーデ」
「何かな?」
「私は、王都ですべての役目を終えたら、また、ここへと戻ってきたいと考えている」
王族としての役目は、今後十年、二十年、三十年と続くと言っていた。
ということは、老後のお楽しみとか、老後のご隠居とか、そういう意味なのだろう。
「いいね、そういうの」
鼠妖精に囲まれて暮らす老後なんて最高じゃないかと、返す。
「それで、エルフリーデ」
「ん?」
「その、なんだ、良ければ、だが……」
「うん」
続きの言葉を言い淀むアルフレート。
私はじっと待つ。
はあ~~と長い溜息のようなものを吐いていた。いったい、何を言おうとしているのか。
「……エルフリーデ」
「はいはい」
「将来、また、この地で、共に暮らせたら、と思っているのだが」
「うん、いいよ!」
お安い御用だ! と言えば、目をまんまるにして見下ろしてくる。
意外な反応だったのか。
「私も、できるなら鼠妖精の村で老後を過ごすことを楽しみにしたいよ」
「そ、そうか」
「それまで、一緒に頑張ろうね」
「……ああ。そうだな」
一瞬、首を傾げて「本当にわかっているのか?」なんて呟いていたけれど、いくら鈍い私でもそれくらいはわかる。
自意識過剰な可能性もあるけれど、きっと、アルフレートは私に結婚的なことを申し込むような気持ちで言ってくれたに違いない。多分。自信はあまりないけれど。
良い機会だと思ったので、私は王都でやりたいことを報告する。
「ねえ、アルフレート」
「なんだ?」
「王都に行ったら、みんなでアルフレートのお母さんの氷を溶かそうって思っているんだ」
「母上の、氷を?」
「そう」
ホラーツは無理だったと言っていたけれど、力を合わせて調査をすれば、きっと、溶かすことだって可能なのだ。
「私は諦めてない。だから、アルフレートも――」
その問いかけに、泣きそうな顔でアルフレートは頷いてくれた。
◇◇◇
陽が落ちる前に、村へと帰る。
木苺は大量だったようで、チュチュとドリスはホクホク顔でいた。
「これで、王都で食べるジャムには困らないわねえ」
『そうですね! 故郷の味が恋しくなったら困りますので』
「チュチュさんにとっては、慣れない王都暮らしですもの」
『そうでちゅ』
――んん? 王都?? 故郷の味??
二人の会話の中で、不思議な内容が聞こえる。
慣れない王都暮らしとか、私のお世話とか。
「えっと、もしかして、チュチュとドリスも、一緒に王都に来てくれる、とか?」
「そのつもりだったけれど」
『炎の御方様さえよければ、ですが』
「うわ~~ん!」
背後から二人を交互に抱きしめた。
「ありがとう! 私、チュチュやドリスとはお別れだと思ってた!」
「私のお仕事はエルフリーデさんにお仕えすることなので」
『わたくしも』
うう、とっても嬉しい!
悲しかったので、そのことについてはずっと触れることができなかったのだ。
「でも、二人共大丈夫なの?」
「ええ。いちいち悪評なんて気にしていたら、人生損をするから」
『わたくしも、家族とは話し合いました』
「そっか」
王都に行っても、チュチュとドリスがいるなら心強い。
憂い事が減って、心が軽くなった。
そんな話をしているうちに、領主城へとたどり着く。
とっても楽しい一日だった。
◇◇◇
王都へ行く準備は着々と進められていた。
私の荷物はそこまで多くない。
鼠妖精が作ってくれた神子風の服や下着に、アルフレートとの旅行用のワンピースに髪飾りとか、化粧品とか。それくらい。
魔法書などはホラーツに転移を頼めばいつでも読める。
ここから持ち出さないほうがいいだろうと、話し合って決めた。
お昼からはチュチュに髪を切ってもらった。
微妙に伸びていて、気になっていたのだ。すっきりとした気分になる。
ドリスは伸ばせばいいのに、と言っていたけれど、「検討しておくよ」とだけ答えておく。
手入れが大変そうだし、ワンピースを着たい時は付け毛を使えばいいことだし。
そうそう。王都では魔導研究局という部署に所属になるらしいけれど、制服が支給されるとか。
神子服に似た、詰襟の上着にズボン、ブーツ、軽装マントの四点セットなんだけど、なかなか素敵な意匠でして。
全身黒尽くめなんだけど、マントの裏の生地は異なっている。
アルフレートは青で、私が赤、それ以外の人は黒となっている。
マントに限っては、メルヴや炎狼の分まであって、驚いた。リチャード殿下が手配をしてくれたのだろうと、アルフレートが言っていた。
マントを身に付けたメルヴと炎狼がキリッとした顔で佇んでいたので、微笑ましく思ってしまう。
腕には隊章が巻かれ、氷竜が炎を吐いている絵が描かれていた。こちらもカッコイイ。
チュチュやドリスには、全身黒のお仕着せが。もちろん、氷竜の隊章入り。
みんなで出勤をする日がとても楽しみになった。
▼notice▼
魔導研究局制服
お揃いの黒尽くめな一品。
製作には鼠妖精の服飾店も関わっており、さまざまな呪文が制服の内側に縫われている。




