第五十三話 決意――王都へ
掠める者戦から一週間が経った。
私は鼠妖精やメルヴと共に、荒らされた畑の柵を作ったり、土を耕したりと、農家の娘に相応しい活躍を見せている、と思う。
驚いたのは、リチャード殿下まで農作業に参加してくれたこと。
鼠妖精達は感激して、まんまるの目をキラキラと輝かせていた。
負傷していた騎士達も、あと数日もすれば完治するらしい。
リチャード殿下率いる『熊刃』が王都へ帰る日も迫っていた。
一方で、アルフレートは多忙な日々を過ごしている。
リチャード殿下の推薦のおかげで鼠妖精独立案が通り、毎日役場で最終調整的なことを行っているようだ。
夜、のんびりと過ごしているところに、扉が叩かれる。
チュチュかドリスかと思い、「入っています!」と返事をした。
すると、鋭い指摘が扉の向こうから聞こえる。
「今の返事では、入っていいんだか、悪いんだかわからない!」
「アルフレート?」
びっくり。アルフレートが私の部屋にくるなんて初めてだ。
扉を開き、中へと招き入れる。
ここ数日、まともに顔を合わせる時間がなかったような気がする。
アルフレートってば、目の下にくまが。
よほど、忙しかったのか。
長椅子に腰かけるよう、薦めた。
お茶とかお菓子を準備してもらおうかと聞けば、今さっき食事を終えたばかりなので不要だと言う。
「なんか、疲れた顔をしているね」
「ああ、少し、仕事を詰め込み過ぎた」
「ご苦労さま」
労いの言葉をかければ、ふっと微かな笑みを浮かべるアルフレート。
な、なんなんだ、今の表情!
かっこいいじゃなくて、かわいいじゃなくて……う~~ん、小悪魔的?
なんか違うような気がするけれど、当てはまる言葉が見つからない。
とにかく、ドキッとしたことは確か。
一人で百面相をしていたからか、訝しげな視線が向けられていた。
「いったい、何を考えている?」
「アルフレートのこと」
「……」
そう答えれば、目を伏せて、顔を背ける。
先日、ホラーツに教えられて発覚したんだけど、アルフレートのこの行動はすべて『照れ』なんだと。
どれどれ、愛い奴めと、遠慮なしに見つめてしまった。
アルフレートを愛でている場合ではない。話を本題へと移す。
「それで、何か話でも?」
コクリと、重々しい空気を放ちながら頷くアルフレート。
いったい、どんなことを言いにきたのか。
「エルフリーデ」
「何かな?」
「その、私は、近々、王都に帰ろうと、思っている」
「そっか」
鼠妖精の村が独立したとなれば、アルフレートはここにいる理由はない。
きっと王都に帰るだろうと思っていたのだ。
私はどうしよう。ここにいてもいいのかな?
そんなことを考えていれば、思いがけない提案をしてくれた。
「それで、エルフリーデも、一緒に来てくれたら、嬉しいと、思って……いる」
「え!?」
私も、王都に!?
そんなの、許されるのだろうか?
「私、一緒に行ってもいいの?」
「言っただろう。共にきてくれたら、嬉しいと」
「そうだけど、私、貴族でもなんでもないし、一緒にいたらアルフレートが恥ずかしい思いをするんじゃないかって、思って」
「そんなことはない」
なんと、アルフレートはいろんな手回しをしてくれていた。
まず王都行きが決まれば、私は隣国の貴族という身分が与えられるらしい。
リチャード殿下の知り合いに頼み込み、手続きをしてくれるとか。
「家名を変えることは、申し訳ないと思っている。だが、王宮に出入りする以上、こうでもしないと周囲の者達から守り切れないだろうから」
「うん、ありがとう」
魔導教会に引き取られた日から、家名なんてあってないようなものだった。
家族との思い出はしっかりと心の中にある。だから、大丈夫なのだ。
「王都では、魔導研究局、という新設された部署の所属となるだろう」
そこで、国内で起こった魔法が絡む不思議な事件の調査及び解決を目指すらしい。
もちろん、アルフレートが局長だ。
「同時に、王都は魔王討伐の準備にも取りかかる」
言い方が悪いけれど、私やアルフレートを餌に呼びだす作戦を考えているらしい。
王都は要塞都市でもある。
迎え撃つにはうってつけの場所でもあった。
「わかった。私もアルフレートと王都に行くよ」
「ありがとう」
安堵したような、無防備な笑顔を向けられ、再びドキッとする。
今のは反則だ~~と叫びたくなった。
「ただ――」
「ん?」
アルフレートは少しだけ言い淀んでから、語り始める。
「私の王都での評判は、よくない。だから、エルフリーデにも、被害が及ぶかもしれないが」
「大丈夫だって。私は平気だよ」
「すまない。幼少期から、いろいろ不安定で……」
でも、アルフレートは変わることができた。
魔力の暴走などがなくなれば、周囲の人達も頑張りも認めてくれる。
きっと、鼠妖精の村人のように、理解してくれるに違いない。
話はこれで終わりらしい。
悪い方にと考えていたので、ホッとする。
ぐっと背伸びをしていれば、アルフレートから贈られた指輪が視界に入ってくる。
「あ、そうだ。この前もらった指輪なんだけど、自分の魔力の色に染まってしまって――」
けっこう長い期間綺麗な青だったけれど、そのあとだんだんと色が変わっていって、首輪が外れたあとくらいから、赤くなってしまったのだ。
アルフレートの隣に座り、指輪を差しだす。
「また、青にしてくれないかな?」
アルフレートの魔力の色はとっても綺麗だからと付け加えておく。
「わかった」
「よろしくね」
今日は疲れているから、元気な時でいいよと言っても、大丈夫だと言って指輪を握り締めるアルフレート。
ぎゅっと目を瞑り、魔力を指輪に送ろうと集中している。
私にできることと言えば――
「アルフレート、頑張れ!」
耳元でそっと応援をしてみたけれど、アルフレートはパッと目を見開いて、驚いた顔をむけてくる。顔が、とっても近い。
それから、彼に突然変化が起こった。
「あ!」
私の声に反応して、ピクリと動く二つの猫耳。
応援で集中を妨げてしまったからか、魔力の揺らぎが猫耳となって出現してしまったのだろう。
私の視線に気付き、頭の上の耳に触れるアルフレート。
「なっ、これは!?」
「猫耳だね」
「なんてことだ!」
再び瞼を閉じ、集中力を高めて猫耳を消そうとする。
隣に座る私は、無防備な姿をさらしている猫耳男子を前に、ぶるぶると震えていた。
「アルフレート」
「今、話しかけるな。集中している」
「ん、でも」
「なんだ」
「が、我慢、できなくって」
「何をだ?」
「もふもふ……」
「!?」
だ、駄目だ。もう、我慢なんてできない。
私は溢れる欲望を抑えきれず、アルフレートを長椅子に押し倒してしまった。
「な、何をする!!」
「少しだけ……少しだけだから……」
逃げないように、馬乗りになる。
「正気になれ、エルフリーデ!」
「大丈夫だから……」
「その体勢ではまったく説得力がない!」
怖くない、怖くないと耳元で優しく囁けば、大人しくなった。
そして、もふもふへと手を伸ばしたが――
「だ、駄目だ!!」
ここで、我に返る。
アルフレートが嫌がっていることを、力ずくでしようとしていた。
咄嗟に謝罪を口にする。
「……ごめん」
一言謝って、アルフレートの上から降りる。
「私、アルフレートの猫耳を見ると、どうしても我慢出来なくなって」
すごくかわいいし、もふもふだし。
アルフレートはショッキングな出来事だったからか、長椅子に倒れ込んだ体勢のまま、動けずにいた。
心配して顔を覗き込めば、ジロリと睨まれる。
「――こ、ここまでしといて、何もしないとは」
「え?」
「なんでもない!」
手を貸して、起き上がってもらう。
その後、アルフレートはなんとか自力で猫耳を引っ込めていた。
指輪も、きちんと青に染めてくれた。
「ありがとう、アルフレート」
「……ああ」
私の暴走のせいで、一気に不機嫌になってしまった。
本当に申し訳なかったと思っている。
▼notice▼
もふもふの誘惑
エルフリーデは触れる寸前で打ち勝つことができた。




