第五十二話 ホラーツ――なんという策士!
雪の大精霊様に呼ばれ、村にある祭壇に集合する。
やってきたのは私とアルフレートとホラーツ。
雪の大精霊様は祭壇の前で待ち構えていた。
手ぶらで行くわけにはいかないと、チュチュとドリスが焼き菓子を作ってくれた。木の実入りのクッキーである。
雪の大精霊様はふんふんと袋の匂いを嗅いで嬉しそうに尻尾を二、三回振ると、急に真面目な声色で祭壇の上に置いておくように言う。
『それで、話しだけれど――』
雪の大精霊様は祭壇前にあった大きな雪玉を前足でぽんと叩く。
固められていた雪が崩れて中からでてきたのは――二つに割れた神子の証の首輪。
『これなんだけど、なんか吸い取った魔力から首輪に刻まれていた術式を展開させていたみたい』
いったいなんの術なのか、聞いてみたら驚きの事実が発覚する。
『瘴気発生と、魔物召喚』
「う、嘘……!」
『残念ながら本当なの』
やっぱり、掠める者は私のせいでここにやってきていたのだ。
『まあ、あなたのせいって言うか、あなたを狙っていたようね』
なんでも、魔力を無限に貯めることができる神杯を体内に持つ私は貴重な存在らしい。
『多分、領主も狙っていたんじゃないの?』
アルフレートの持つ、魔力生成の力も欲していたのだろうと、雪の大精霊様は話す。
『ま、首輪は外れたし、この先心配いらないと思うけれど』
壊れた首輪は念のため、雪の大精霊様が封じておいてくれるらしい。
必要な時があれば、いつでも持ってくると言う。
『話は以上!』
そんな言葉を残して、雪の大精霊様は姿を消した。
アルフレートは仕事があると言って、先に帰る。
私はホラーツを誘い、村を散歩することにした。
「ごめんね、ホラーツ。忙しいのに」
『いえいえ。少し息抜きをしようと思っていました』
その息抜きの時間に、とんでもない告白をしようとしている私がいる。
アルフレートと話し合って、私が炎の大精霊ではないことを、ホラーツに言おうとしているのだ。
けれど、アルフレートは「きっと爺もエルフリーデが精霊ではないと知っているはずだ」と言っていた。
そうであれば、どうして知らない振りをしていたのか。
何故、私を召喚したのかを聞きださなければならない。
「ねえ、ホラーツ、私言わなきゃいけないことがあるんだけど」
『なんでございましょう』
見つめ合った状態で一拍間を置いてから、勇気をだして告げる。
私は炎の大精霊ではないと。
『……も、申し訳ありません、その、存じて、おりました』
「や、やっぱりか」
アルフレートの言うとおり、ホラーツは私が炎の大精霊ではいことを知っていた。
「どうして、私を炎の大精霊だと呼んでいたの? それから、なんで本物の精霊を召喚しなかったか、ということも気になるんだけど」
『はい、すべて、お話いたします』
村の大樹の木陰に並んで座る。
ホラーツは、いつもの落ち着いた口調で話を始めた。
『――村が雪で覆われ、困窮した状況に陥った日々を過ごしていた折に、精霊を召喚して助けを乞おうと提案したのは領主様でした』
精霊召喚は多大な魔力を要する。
ホラーツは止めた方がいいと、提案を一度却下していた。
『雪に関しては、いつか溶けると思っておりました』
溶けない雪を作りだす魔法は、いくら雪の大精霊様でも魔力切れを起こすだろうと、ホラーツは予測していたらしい。
その間、薪なども保つだろうとも。
『そう、何度もご説明したのですが、領主様は鼠妖精の不安を取り除くのが第一だとおっしゃいまして、その思いに心打たれ、召喚の儀式をすることを決意いたしました』
魔力はアルフレートのものを使ったと言っていた。
妖精であるホラーツと、人間であるアルフレートの魔力は異なるものだ。
いったいどうやって術を展開させたのかと聞けば、驚くべき事実が発覚する。
『領主様の血を、いただいたのです』
私を召喚するために、アルフレートの血を使って――
確かに会った時、顔色が悪かったような。
まさか、そこまでして召喚の儀式を行っていたとは。
『召喚の儀式は一度だけだとお約束をして、行いました。消費魔力は想定よりも多く、血を抜いた翌日、領主様は寝込んでしまい……』
看病をしていたらしいホラーツも辛かったに違いない。大変な術式だったのだ。
『領主様は大変お優しく、素晴らしい御方でした。そんなことを想っていましたら、私はふと、救うのは鼠妖精だけでなく、領主様にも、救いの手を差し伸べて欲しいと、思ってしまったのです。どうか幸せに、なっていただきたいな、と』
「アルフレートを、救える存在を、条件にしたんだ」
『はい』
ホラーツは空を見上げ、『申し訳ありませんでした』と謝る。
「どうして謝るの? 私は召喚によって命を助けてもらったし」
召喚の条件は【世界に絶望をしている人】。
その地に必要な存在を無理矢理召喚したわけではない。
そもそも、召喚されなかったら、私は処刑されていた。
ホラーツが謝る必要は何もないのだ。
「そういえば、なんでホラーツは人間である私を炎の大精霊様と呼んでいたの?」
『それは、領主様が、炎の大精霊――エルフリーデ様を意識しないためです』
「へ? どういうこと」
『私は、召喚される条件の一つに、領主様を心から愛して下さる女性、と記しました』
「え!?」
ホラーツはなんとも無茶な条件を示していたらしい。
鼠妖精の村の雪を溶かす力があり、アルフレートを愛してくれる明るく元気な女性――ってなんだそりゃ!!
『可愛らしい御方が来たとなれば、女性に慣れていらっしゃらない領主様はきっと、照れから冷たい態度を取ってしまうのではと危惧しておりました』
女性の姿をしていても、相手が精霊であれば異性だと意識せず、自然な振る舞いができるだろうと想定していたらしい。
『やってきたエルフリーデ様が大変愛らしい御方でしたので、最初はやっぱり照れていたようでしたが、精霊だという思い込みが功を奏したのか、自然なお付き合いができていたように、思います』
「そっか。そういうことだったんだ」
『私の望みとおり、領主様はエルフリーデ様のことを――』
「……うん」
アルフレートの気持ちは、聞かせてもらった。
とは言っても、異性として意識していると言われただけなんだけど。
『こういう、仕組まれた出会いは、領主様とエルフリーデ様は、面白くないと思うのです』
それについての謝罪だと、ホラーツは話してくれた。
「でも、召喚の条件なんて希望に過ぎないから」
『で、ですよね』
私の回答を聞いたホラーツは、しょぼんと肩を落としている。
そんな猫さんを安心させようと、本人にも言っていない気持ちを教えてあげた。
「私、アルフレートのこと、好きだよ」
『!』
鼠妖精の幸せを一番に考えていて、正義感が強く、厳しい態度の裏にある不器用な心優しさ。
ずっと前から、アルフレートのことをとても素敵な人だと思っていた。
けれど――
「でも、わからないんだ」
好きという感情が友情なのか、家族愛なのか、恋人を想うような愛なのか。
「私、ずっと炎の大精霊を演じなきゃって思っていて、自分の気持ちに向き合う余裕なんてなかったから」
『さ、左様でございましたか。よろしければ、お気持ちについては、ゆっくりお考えになっていただきたいなと』
「うん、ありがとう」
もしもこの気持ちが友情でも、ホラーツは大変ありがたいことだと言ってくれた。
十分、アルフレートは救われたとも。
「そっか。だったらよかった」
『エルフリーデ様には、どれだけ感謝をしても、し尽せません』
「そんなことないって。私も、アルフレートにいろいろと救われたところもあるから」
農村で育ち、魔導教会での常識しか知らない私にも、誰かのためにできることはあった。
すべては、アルフレートが導いてくれたことだった。
『もしも、生まれ育った村に帰りたい時は、おっしゃってください』
「うん、大丈夫」
きっと、今帰っても私の居場所はない。
だったら、必要としてくれる場所で生きたいと思っているのだ。
「だから、これからもよろしくね」
『はい、こちらこそ!』
ホラーツと話をして、胸の中のモヤモヤが晴れたような気がした。
▼notice▼
ホラーツはtitle【お見合いジジイ猫】を得た!




