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炎の神子様は大精霊ではございません  作者: 江本マシメサ
第二章【魔法使いと魔法使いの弟子】

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第五十話 さようなら――炎の大精霊様

 放たれた矢は掠める者ハルピュイアの勢いを削ぐことに成功する。

 リチャード殿下の指揮で、騎馬隊が動きだす。


 掠める者ハルピュイアは羽根を使って風を起こし、鋭い爪先を武器にして抵抗してくる。

 だが、複数の騎士に囲まれ、攻撃されたら成す術もない。

 あっという間に五体、討伐していた。


 とるに足らない相手なのではと思っていた矢先、想定外のことが起きる。


 突然、上空へと飛び上がった掠める者ハルピュイアが断末魔の叫び声をあげる。

 全身から血が噴き出し、地面に落ちていった。


「え、何あれ、気持ち悪……」


 騎士達が止めを刺したようには見えない。自主的に、あのような状態になったのだ。

 いったいなんの意味が――そう思っていた矢先、周囲の空気が重苦しくなる。


 耐えきれなくて、その場に膝を突いた。

 メルヴが傍にかけ寄ってくる。


『エルサン!』

「ん、ごめん、大丈夫」 


 突然大量の瘴気が発生したのだ。

 なんとか息を整え、杖を支えにして立ちあがる。


 再び顔をあげれば、驚愕の光景が広がっていた。


「――な!?」


 掠める者ハルピュイアが大量にいたのだ。

 数は――三十以上!?

 もしかしなくても、先ほどの謎の行動は、召喚の儀式だったのだ。

 隊列は崩れ、皆、必死の形相で戦っている。

 ホラーツは雷鳴を轟かせ、炎狼フロガ・ヴォルク掠める者ハルピュイアに飛びかかっている。

 リチャード殿下も剣を抜き、戦闘態勢でいた。

 アルフレートも、魔法を展開させている。


 私も、炎の球を作った。

 数は二十五。

 集中して、掠める者ハルピュイアに向かって放つ。


 見事、魔法はすべて着弾し、そこそこのダメージを与えたようにみえた。が――安堵した瞬間に激しい咳き込みと共に、吐血をしてしまった。


『エ、エルサン~~!!』


 体が沸騰したように熱くなり、全身の力が抜け、その場に倒れ込んでしまった。

 メルヴが、葉っぱを差し出してくれる。


『メルヴノ葉ッパ、食ベテ!』

「あ、ありが、と」


 そう返事をしたけれど、こみ上げてくるものがあってまたしても咳き込み、吐血する。


『エルサン、オ願イ! 葉ッパ……』

「……うん」


 メルヴが自身の葉を小さく千切って口に入れてくれた。

 少しだけ、倦怠感が薄くなる。

 二口、三口と、メルヴの葉を食べているうちに、体調はよくなった。

 口元を拭い、立ち上がる。


『エルサン、魔法、使ッタラ、駄目!』

「それは……」

『アル様ガ、エルサンヲ、ココニ配置シタ意味、考エテ』


 アルフレートが、私をここに配置した意味?


 上から見ていてくれとだけ、言われた。

 上空の敵を叩き落とす役目をすればいいのかと思っていたけれど、違った?

 すぐに魔力切れを起こすから、邪魔にならないように隔離したかったとか?


 多分、どちらも違うのだろう。


『エルサン!』

「うわ!」


 突然、一体の掠める者ハルピュイアがこちらへ向かって飛んでくる。

 見張り塔の鼠妖精ラ・フェアリの騎士が矢を番え、掠める者ハルピュイアに放つ。続け様に射られた矢は、一つだけ肩に命中していた。


『アトハ、メルヴニ任セテ!』


 そう言って、メルヴは露台の手すりに上り、大ジャンプ。

 向かってくる掠める者ハルピュイアに飛びかかった。


「えっ、ちょ、メルヴ~~!!」


 びっくりしたけれど、メルヴは掠める者ハルピュイアの背に着地。素早く手先の葉を鋭くさせて羽根を切り裂く。

 片方の翼力をうしなった掠める者ハルピュイアは、ゆっくりと高度を下げる。

 メルヴもしっかりと掴まって、地上へと落ちていった。


 無事、着地したのを見て、深く安堵する。

 けれど、次の瞬間には、メルヴも戦い始める。


 戦況は芳しくない。 

 むしろ、圧されている。


 何もできない状況が歯がゆい。

 私は、なんのためにここにいるのだろうか?


 そんなことを考えていれば、背後より鼠妖精ラ・フェアリの騎士が声をかけてくる。


『炎の大精霊様、ここは危険になります。どうか、城に避難を!』


 状況が悪化の一途を辿れば、そのような対応をするようにアルフレートから命じられていたらしい。

 けれど、自分だけ逃げるわけには――


『わたしも手を貸すわ!』

「へ?」


 雪がはらりと舞い、魔法陣が床に浮き上がる。

 そこから出てきたのは、雪の大精霊様!

 どうやら加勢をしてくれるようだ。


 雪の大精霊様は地上に視線を向け、僅かな唸り声をあげる。

 すぐに向かうと思いきや、私を振り返った。


『ねえ、あなた、前から気になっていたんだけど――』

「え?」


 その場にしゃがみ込むようにいわれる。

 そして、雪の大精霊様は何も言わずに私の首をガブリと噛みついた。


「ええ~~!!」

『もふ、ううはいふわね!』


 もう、うるさいわね、と言いたかったのか。

 ひやりと、冷たい舌が首筋に触れ、背筋がぞっとする。

 食べられる! と思った刹那、パキンと、金属の折れる音がした。


 カランカランと、床に乾いた音が鳴る。

 地面に落ちた円型の飾りを見て気付いた。


「――あ、首輪!」

『ええ』


 なんと、首輪が外れたのだ。

 び、びっくりした。

 ホラーツやミノル族でも無理だったのに、雪の大精霊様のひと噛みで外れた!


『かなり邪悪な気配がしていたから、触りたくなかったんだけど!』

「あ、ありがとう、ございます」

『なんか、この騒ぎに関係あるみたいだったから』


 掠める者ハルピュイアが襲ってきたのは、私のせいってこと?

 そう聞き返せば、話を濁されてしまった。


『そんなことよりも、あなたに借りがあったから。これでチャラ! っていうか、詳しい話はあと! あなたも、戦えるでしょう?』

「あ、うん!」


 言われて気付く。

 押し潰されそうだった倦怠感が綺麗になくなっていることに。


『わたしの背中に乗って! 地上に連れて行ってあげるから』

「ありがとう!」


 お言葉に甘えて、雪の大精霊様の背中に跨る。


「う、うわ、凄い、もふもふ……」

『余計なことを言っていると、舌を噛むわよ!!』

「ひえっ!」


 大跳躍。

 満点の星が視界に広がったと思えば、景色は一回転し、真っ暗闇となる。


 着地の衝撃に耐えきれず、地面を転がってしまった。

 ちょうど、アルフレートの目の前に辿り着く。


「エルフリーデ、お前は――」

「ごめん!!」


 早口で首輪が外れたことを説明し、戦闘に参加する旨を伝えた。


「無理はするな!」

「大丈夫!」


 目の前では雪の大精霊様が吹雪を起こして掠める者ハルピュイアを攻撃している。

 アルフレートも氷の矢を作りだし、的確に急所を射抜いていた。


 残りの掠める者ハルピュイアの数は二十ほど。

 奮闘をしているようだけど、数が減ったと思ったら召喚で新しい掠める者ハルピュイアが、の繰り返しらしい。

 一気に殲滅をさせなければ。


 一体の掠める者ハルピュイアが、村の畑の柵を破壊し、芽吹いたばかりの野菜をなぎ倒すように低空を進んで行く。


 酷い。みんなで一生懸命作った作物を!


 でも、このまま魔法を使ってはいけない。

 負の感情に囚われたまま魔法を使えば、周囲にも悪影響を及ぼしてしまうから。


 なので、怒りは言葉にして吐き出す。


「ちょっと、村の畑になんてことをしてくれるんだ!!」


 掠める者ハルピュイアに向かって説教を始めた私に、アルフレートは隣でぎょっとしたような顔となる。


「エルフリーデ、何を……?」

「みんなが一生懸命作ったってこともあるけれど、農家の娘だから、畑を荒らされるのは個人的に許せないんだ!!」

「農家の、娘?」

「そう! ごめんね、今まで黙っていて」


 一言謝ってから、杖を構える。

 怒りはすっかり治まっていた。

 神子の首輪はないし、魔力も満ちている、ような気がする。

 もう何も、心配なことはない。きっと!


 アルフレートは私がしたいことを察し、指示をだす。雪の大精霊様にも声をかけていた。


 リチャード殿下が、騎士達に撤退を命じる。


 周囲に誰もいないことを確認して、魔法を発動させた。

 篝火の杖イグニス・ワンドを握り締め、呪文を唱える。


 ――凍て解け打ち破るは、いきり立つ炎獄の逬発ほうはつ


ぜろ、大爆発エクリスシス!!」


 ありったけの大魔法を、掠める者ハルピュイアにぶちこむ。


 想定以上の爆風に、私の体も飛ばされそうになった。

 けれど、後方にいたアルフレートが支えてくれて、なんとか耐えきる。


 炎と風が舞い上がり、辺りは土煙が吹き荒れる。


 強い風が立ち、視界が僅かに鮮明になる。


 掠める者ハルピュイアは――全滅していた。


「や、やった、のかな?」

「ああ、すべて、仕留めたようだ」

「そ、そっか」


 確認が済めば、腰に手を回し、ぐっと背後を支えてくれたアルフレートの腕の力が弱くなる。

 私が飛ばされまいと、強い力で抱き止めていてくれたようだ。


「魔力は、大丈夫なのか?」

「うん、平気」


 大魔法を使ったので多少くらくらするけれど、以前のような脱力感はない。


 まだ、周囲は土煙が舞っていた。多分、大魔法の影響だろう。

 辺りを見ても、人の姿が確認できない。

 しばらく、待機していた方がいいだろう。


 でも、このままではちょっと気恥ずかしい。

 いまだ、後ろから抱きしめられた体勢でいたのだ。


「アルフレート」

「なんだ?」


 ずっと隠してきたことを、告白しようと思う。


「――私、炎の大精霊じゃないんだ」


 さっき、怒りに任せて農家の娘宣言をしてしまったけれど、一応、きちんと話しておく。

 面と向って言うのは怖いから、今の状況はありがたかった。


 これで、アルフレートは解放してくれるだろう。

 そう思っていたのに、なぜがぎゅっと抱きしめられた。


 そして、耳元で囁かれた言葉は、想定外のもので――


「知っていた」

「ええ~~!?」


 嘘。

 アルフレートは、私がただの人間だと知っていたって?


「最初から、私にはただの可愛い娘にしか、見えなかった」

「――え、今、なんて?」


 強い風がびゅうっと吹いて、アルフレートのぼそぼそとした喋りが聞こえなかったのだ。

 もう一回聞き返しても、なんでもないと言われてしまう。


 腕の力が弱まったので、ゆっくりと解いて背後を振り返った。


 アルフレートは、困ったような顔をしながら、微笑んでいた。


「アルフレート、怒っていないの?」

「なぜ?」

「だって、私、みんなを騙していた」

「炎の精霊だと、勝手に決めつけていたのはこちらだろう」

「うん、だけど、訂正もしなかったし」

「私は気にしていなかった。エルフリーデが、なんであろうと。ずっと、以前から」


 その言葉を聞いた途端、ぼろりと涙が零れる。


 アルフレートはずっと、私が何者であっても、傍にいてもいいと言ってくれていたんだ。

 嬉しくて、さらに顔がぐちゃぐちゃになる。


 そんな私を、アルフレートは引き寄せて、優しく抱きしめてくれた。

▼notice▼


大爆発エクリスシス

炎系の大魔法。周囲の敵を一気に殲滅する。

かつて存在した、魔法国出身の炎の使い手が得意としている技だった。

馬鹿の一つ覚えのように連発していたので、契約していた妖精から『脳筋大魔法』と呼ばれていた。

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