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炎の神子様は大精霊ではございません  作者: 江本マシメサ
第一章【雪に埋もれた村と、大精霊に勘違いされた少女】
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第五話 突然のふるもっふ――だがしかし、お触りはなりませぬ

 ホラーツのあとをやってきたのは、女中メイドの仕着せ姿をした村長の娘さん。

 私の膝丈くらいの背で、くりっとした円らな目が可愛らしく、白い毛並みが美しい、丸い耳がぴんと立った、綺麗な鼠の――……。


「ね、鼠!?」

『はい、彼女は鼠妖精ラ・フェアリでございます』

「こ、この子も妖精族……なんだ」


 鼠妖精ラ・フェアリ――二足歩行をする鼠の姿をしていて、人間と同じような意匠デザインの衣服を纏っていた。


 目が合えば、ぺこりとお辞儀をしてくれる。


『初めまして。わたくしは、チュチュでちゅ』

「チュチュ・デ・チュ、さん?」

『名前はチュチュでちゅ。どうぞチュチュとお呼びくださいませ』

「あ、そういうこと。チュチュが名前ね。これはどうも、ご丁寧に」


 私はなんと名乗ればいいのかと悩んでいたら、ホラーツが『炎の大精霊様です』とご紹介をしてくれた。ありがたくって涙が出そうになる。


『炎の大精霊様は、この地の問題を解決するために、来てくださいました』

『まあまあ!』


 胸の前で手を組み、目を輝かせるチュチュ。

 なんだろうか、この可愛い生き物は。抱きしめて、もふもふしたい。

 でも、彼女が村長の娘ということは――?


「もしかして、ここって鼠妖精ラ・フェアリの村なの?」


 聞けば、領主様が「そうだ」と答えてくれる。


 なんてこった。

 ここは鼠の妖精が棲む領地だったのだ。


「だったら、村には鼠妖精ラ・フェアリが、たくさん……」


 もふもふもこもこの、この可愛らしい生き物が大勢生活をする村を見て、私は正気を保てるだろうかと思った。

 今も、小首を傾げながらじっと私を見上げるチュチュの可愛さに、若干指先が震えていた。


 なんというか、史上最強に可愛すぎる。全力でもふもふしたい。


 けれど、ぐっと堪える。

 ありえない話だけれど――もしも、自分が可愛いからと親しくない人から撫でくり回されたらかなり嫌だ。

 なので、必死に我慢をしていた。


 チュチュは私の部屋の準備をしてくれるらしく、深々と頭を下げて去って行った。


「ああ、もう、可愛いなあ……」

『炎の大精霊様、どうかなされましたか?』

「ん、なんでもない」


 ふと、ホラーツの灰色の毛並みも綺麗だよねと思ってしまった。

 どうやら私は、深刻なもふもふ欠乏症な模様。


 今度は領主様に「どうかしたのか?」と聞かれてしまった。

 かぶりを振り、笑顔を浮かべ話を進めるようにお願いをする。


『では、本題に戻りますが――』


 契約はどうするかと聞かれた。

 今現在、双方の間を縛りつける物は何もないらしい。

 通常、召喚した者とされた者の間には、対価が用意され、それを元に契約が結ばれる。

 交わされる対価は、召喚者の魔力とか、生け贄とか、召喚者の命だとか。


「さきほどの報酬とは別に、こちらが何かを望めるってこと?」

『左様でございます』

「そっか」


 魔力は必要としないし、生け贄は要らない。

 一瞬、鼠妖精ラ・フェアリ永久もふもふ権とか思いついたけれど、あの可愛らしい妖精さん達に軽蔑されたら嫌だなと思って却下した。

 召喚者の命も物騒なので、候補から取り下げる。


「ん~、この場合、契約を持ちかけるのは領主様になるのかな」

『炎の大精霊様を召喚したのはわたくしめでございますが、使用した魔力は領主様の物でした』

「あ、そうなんだ」


 なので、どちら共契約を結べる条件が揃っているとホラーツは話していた。

 それにしても、やっぱり領主様は魔力持ちだった。

 目と目が合った瞬間に気付いたのだ。彼の瞳は魔眼だと。


 氷を溶かした湖水のような目と視線が交わった刹那、背筋が凍るようだった。おそらく、氷属性なのだろう。


 師匠メーガス曰く、魔眼持ちは大変珍しい存在らしい。

 なので、領主様に親近感が湧いてしまった。

 それと同時に、対価を思いつく。


「だったら、対価は領主が私の友になる、というのはどうだろう?」

「――なんだと?」


 領主様は驚いた顔をして聞き返す。

 もう一度、私とお友達になってと言えば、思いっきり顔を顰めてくれた。


 しばしの沈黙。

 信じられないと言わんばかりの視線が突き刺さっていた。

 魔眼に直視されるのは、なかなかきつい。


 いや、これは魔眼のせいではなく、気持ち的な問題というか。

 突き刺すような冷ややかな目は、魔眼の能力ではないだろう。


「だめ?」

「いや、そもそも私は――」


 何か、言い淀むような様子を見せていた領主様。それを見かねてか、ホラーツが間に入ってくれた。


『それは素晴らしい案ですね! ここに人の姿をしているのは領主様と炎の大精霊様だけです。なので、共に支え合って暮らせば、心にも余裕ができるでしょう』

じい、何を言っているのだ?」

『一度、領主様は対等な関係というものを知るべきです』

「対等な、関係……」


 何やらこそこそと揉めているご様子。

 友達になるのって、そんなに難しいことなのかな?

 それとも、他に問題があるとか?


 無理だったら、三食昼寝付きを希望しよう。そう思っていたら、領主様が決定を口にする。


「……わかった。その条件を、呑もう」

「お友達になってくれるんだ」

「……ああ」


 眉を顰めながらも、嫌々渋々といったご様子で頷く領主様。

 ま、契約上の対価だからね。本物の友情を求めているわけではないし。

 ただ、良好な関係が表面上でも築けたらいいなというのが目的だ。


「領主、あなたのことは――アルフレートと呼ばせていただこう。お友達だから構わないね?」

「……ああ」

「私のことはエルフリーデと呼ぶといい」

「……承知した」


 これで私達はお友達。とは言っても、事務的ビジネスライクなご関係である。


「さて、話がまとまったところで、契約ってどうするんだっけ?」

『双方の間で、言葉を交わすだけで結ばれます』

「わかった」


 私は領主様――アルフレートの前に立つ。

 目が合えば、ふいと逸らされてしまった。


 なんだか、少女時代に近所の飼い猫の目を覗き込んで、思いっきり逸らされてしまったことを蘇らせてしまった。


 どうしたものかと後頭部を撫でていたら、ホラーツが慌てた様子で寄って来た。

 そして、そっと耳打ちをしてくる。 


『炎の大精霊様』

「なんだい?」

『領主様は魔眼持ちなのです。どうか、お許しを』

「知っているよ」

『すでに、お気づきでしたか』


 アルフレートがかけている眼鏡は魔眼の力を軽減させる魔道具らしい。ホラーツの手作りの品らしいが、完全な物ではなく、目が合った瞬間、相手に影響が出る可能性があると言っていた。


 そんな理由があるので、アルフレートは目を逸らしたのだと、ホラーツが教えてくれる。

 私と目が合って不機嫌になったわけではなかったのだ。


「私も魔眼持ちだから、影響はないと思う。ちょっとぞくっとはしたけどね」

『良かったです、本当に』


 領主様の咳払いをきっかけに、私達は離れることになった。

 目の前で堂々と行われる内緒話。なかなか新しいと思う。


 気を取り直して、契約を行うことにした。


「じゃあ、とりあえず、お友達になって?」


 私は手を差し出したが、アルフレートは顔を逸らした状態で「……善処する」と言うばかりであった。

 行くあてのなくなった手は、役目を果たすことなく引っ込めることになる。


「えーっと、今ので契約完了?」

『ええ。問題はないかと』

「そっか」


 だったらいいけれど。


 その後、一度解散となった。時刻は日付が変わるような時間帯だったらしい。

 私が今までいたのは午後のおやつの時間で、こことは微妙にずれが発生していた。

 それはいいとして。


『軽食か酒など、何か必要ならば、お部屋にお運びいたしますが?』

「いや、いい。大人しくしておくよ」


 偽神子疑惑から処刑されかけ、王子(※普通のおじさん)再来、召喚、王子(※若くて美形)、妖精(猫、鼠)と、いろんな出来事や出会いがあって、すっかり胸がいっぱいになっていた。

 とても食べ物が喉を通る状態ではない。

 案外、私も繊細なところがあるのだ。


 それから、明日の予定について、少しだけ話し合う。


「村の対策については、いろいろと考えておくから」

『はい、ありがとうございます』


 ホラーツは尻尾をゆらりと揺らしながら目を細め、『お休みなさいませ』と言ってくれた。


「うん、おやすみ。アルフレートも」

「……ああ」


 アルフレートは「ゆっくり休め」と私に声をかけ、部屋から去って行く。

 足音が遠ざかれば、微笑むように目を細めていたホラーツが急に真顔になり、話しかけてきた。


『炎の大精霊様』

「ん?」

『領主様ですが』

「うん」

『ああ見えて、とても優しく、繊細な御方で』

「そうなんだ」

『ですが、酷く不器用なところもあり、他人に冷たく接する時もございます。ですが、心とは裏腹なことが多いので、もしも、そのようなことがございましても、お気になさらないようにしていただきたいのです』

「なるほどね」

『領主様について、いろいろと、話をすれば長くなりますので、今日はこの辺にしておきます』

「わかった」


 さっき、人の形をしているのは私とアルフレートしかいないと言っていた。

 王子様なのに、人間の供を一人も連れていないなんておかしいなと思っていたのだ。

 きっと、深い事情があるに違いない。

 

 ホラーツは『領主様をよろしくお願いいたします』と言って、深々と頭を下げた。

 私は、「善処します」と答えるばかりだった。


『すみません、お疲れのところ、込みいった話をしてしまい――』

「大丈夫」

『ありがとうございます。……チュチュを、呼んで来ましょう』


 しばし、部屋に一人取り残される。

 暇だったので召喚用の魔法陣を覗き込めば、発光が薄くなっていき、刻まれた呪文の一部がホロホロと消えゆく。


 円の外側に書き込まれていたのは、召喚する対象の条件であった。

 辛うじて、『フロガ』の文字だけが読み取れた。

 他にも文字が書かれていたようだが、薄くなっていてなんと書いてあったのかわからなかった。


 それにしても、便利な召喚陣だなと思う。

 この魔法陣はあらかじめ召喚に必要な呪文がすべて円の中に書き込まれていた。

 あとは外側に召喚する対象の条件を書き込み、簡易的な詠唱と魔力を注ぐだけで簡単に召喚魔法が使えるようになっている。

 違う国の者同士であっても、問題なく会話が出来るような仕組みの呪文は初めて見た。

 異国人であるアルフレートやホラーツと、普通に言葉が通じていた不思議を今になって気付く。


 これはホラーツが作ったものなのだろうか?


 それにしても、精霊として召喚されてしまった件については本当に驚いた。

 いつまで騙しとおせることやら。バレた時が微妙に恐ろしい。


 彼らの願いについても、上手く叶えられるか不安である。


 これからの身の振り方も考えなければならない。

 魔法を使える以外何もない私が、どうやって暮らしていくのか。

 魔導教会に戻ることはできないし……。


 そんな様々なことを考えていると、チュチュが私を部屋に案内するために来てくれた。


『お待たせいたしました、炎の御方様。お部屋まで案内をしまちゅ』

「うん、ありがとう」


 頭の中はまだごちゃごちゃだったけれど、チュチュを見た瞬間にすべてがどうでもよくなってしまった。


 なんていうか、もふもふは大正義である。


▼notice▼


=status=


name :アルフレート・ゼル・フライフォーゲル

age:22

height:180

class :リンドリンド領、領主 

equipment:雪国礼装、魔導眼鏡

skill:魔眼【氷】(LV.89)

title:リードバンク王国第五王子、ツンデレ【強】

magic:???


=status=


name :チュチュ

age:16

height:50

class :鼠妖精ラ・フェアリ

equipment:女中服、女中帽

skill:家事全般(LV.26)

title:村長の娘、村一番の美鼠、ふわもこガール

magic:???


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