第四十九話 掠める者(ハルピュイア)――悪しき魔物
リチャード殿下は、幼少期のアルフレートについて語る。
「アルフレートは、わけあって母親がおらず、魔法の力のこともあって、他人に心を許さぬ子どもだった」
それは仕方がない話かもしれない。
人との触れ合いによって魔力が揺らぎ、相手に悪影響を及ぼしてしまう。
そんな状況下であれば、自分の心を守るだけで精一杯だろう。
「ホラーツが傍に付くようになって、いささか性格も柔らかくなったが――」
ホラーツはアルフレートが普通の生活を送れるように、様々な魔法薬や魔道具を作ってくれたとか。
けれど、それらもあまり効果をもたらすことはなかったらしい。
「私も、魔法の影響を受けない魔道具などを取り寄せ、暇さえあればアルフレートと過ごす時間を作った。正直に話せば、魔力の強い波動とやらを受けて、寝込んだりすることもあった」
けれど、リチャード殿下は見捨てることはしなかった。
だから、再会を果たした時、アルフレートは驚きながらも嬉しそうにしていたんだなと、その時の様子を思い出す。
「情けない話であるが、再会を喜ぶあまり、無意識に弟の背を叩いてしまったが、手先が凍ったり、急に昏倒したりするのではないかと、恐れてしまった。けれど、そんなこともなかった」
アルフレートは魔力の制御を覚えたのだ。そのことを伝えたら、嬉しそうな笑顔を見せてくれるリチャード殿下。
「魔法は、すべてエルフリーデ殿が?」
「一応、ですが、成果があったのは、アルフレート……殿下の努力のたまものです」
「二人で頑張った、ということにしておこうではないか」
「はい、ありがとうございます」
話はこれで終わりと思いきや、何故か私に頭を下げるリチャード殿下。
「ありがとう」
「え?」
「ここに来て、本当に、驚いた。アルフレートは、魔法の制御ができるようになった上に、普通の青年のように過ごしていた」
それは、私のお手柄でもなんでもない。
ホラーツの長年の努力だったり、鼠妖精の健気な献身だったり、昔からの友人、ヤンの支えがあったりと、さまざまな要因が積み重なった結果だ。
「そうか、そうかもしれぬ」
そうなんですよ!
重ねて、周囲のみんなの力だと念を押す。
これから、アルフレートはきっと鼠妖精が独立するために力を貸し、王都に帰るのだろう。
再び、以前のように文官として働くことになるのかもしれない。
そうなれば、輝かしい門出を笑顔で見送りたいなと思っている。
「ふむ」
「?」
顎に手を当て、眉間に皺を寄せつつ、じっと私を見るリチャード殿下。
にっこりと笑顔を返す。
残念ながら渋面は崩れることはなかった。
「いろいろと、遠回しに言っても伝わらぬ、ということか」
聞こえるか聞こえないかくらいの低い呟き。
独り言かどうか判断に迷うし、言っていることの意味も不明。
「エルフリーデ殿、また、話をしよう」
「あ、はい」
これ以上、何を話すのか。
とりあえず、解放してもらえるようなので、部屋をでることに。
その後、お風呂に入って休むことになった。
深夜。
窓枠がガタガタと強く揺れる音で目が覚める。
嵐のような風が吹いていた。
畑は大丈夫だろうか?
芽がでていると、昼間喜んだばかりだったのに。
そんな心配と共に、何故か胸がざわつく。嫌な予感がした。
素早く着替え、部屋をでる。
夜も遅い時間だけれど、メルヴと話をしたいと思った。
メルヴと炎狼は、アルフレートの私室の隣にある普段使われていない部屋で休んでいる。
トントンと扉を叩き、中へと入った。
メルヴと炎狼は、ふかふかのクッションの上で眠っていた。
無防備な寝顔に癒される。
けれど、ざわつく胸はそのまま。治まりそうにもない。
起こそうかどうか、迷っていれば、ぱっと目を覚ますメルヴ。
『ン……エルサン?』
「メルヴ、ごめん。夜遅くに」
続けて、炎狼も起きたようだ。
メルヴはハッと何かに気付くような挙動をして、ガバリと起き上がる。窓の方を向き、昼間見せたような、頭部の葉っぱをピンと立てていた。
そして、慌てたようにこちらへと向き直る。
『エルサン、大変! ナンカ、変ナノガ。コッチニ、来テイルヨ!』
ついに、掠める者のお出ましらしい。
メルヴと炎狼に、アルフレートを起こすように頼む。
私はホラーツの元へと急いだ。
◇◇◇
短時間で戦闘準備が整えられた。
各々、任された位置につく。
私は村の外にある、見張り塔の上にいた。
目を凝らして遠くを見つめたが、いまだ、掠める者の姿は見えない。
けれど、どこかにいるのだろう。
嵐のように乱暴に吹きつける風が、その存在を示していた。
見張り塔の露台にでて、周囲の様子を確認する。
村人達の領主城への避難は完了。庭先では、筋肉妖精達が警護にあたってくれている。
迎える準備は万端であった。
相手の数は多くても五。
こちらは『熊刃』の騎士が三十、鼠妖精騎士団が五十。
メルヴは葉の付いた手をシュッシュと突きだし、戦闘態勢でいた。
私も、篝火の杖を手に、時計塔の上で待機をする。
ここから一番に、迎撃をするつもりだ。
村の外には既に陣形が組まれている。
騎士達が円を描くように並ぶのは、奇襲に特化した防衛陣形らしい。
リチャード殿下は円の中心にいた。
アルフレートも、後方で支援をするようだ。
その傍らには、ホラーツと炎狼の姿が。アルフレートを守るように佇んでいる。
突然、胸のざわつきが強くなる。
『エルサン、来タ!』
「了解!」
見張り塔の内部にいる、鼠妖精の騎士にも伝える。
すると、警戒を知らせる鐘が鳴らされた。
剣を鞘から抜き、戦闘態勢となる騎士達。
『――数七、左から三、右から四!!』
目撃された数よりも多かった。
緊張感が高まる。
暗い中なので、掠める者の姿を捉えるのは難しいと思っていたけれど、すぐに目視することができた。
とは言っても、光っている目しか見えないけれど。
掠める者は上空を飛んでいるようだ。
私は早速、炎の球を七つ、作りだす。
杖のおかげで、いつも以上に大きな物ができた。
集中して、狙いを定める。
どんどん近づいてくる掠める者。
今だと思い、炎を放った。
「当たれ~~!」
もはや神頼みしかない。あと、杖の力も。
願いが通じたのか、炎は全弾、掠める者に当たったようだ。
飛行の高度を落とすことに成功した。
「やった!」
『エルサン、凄い!』
メルヴは万歳をして、喜んでくれた。
私も、嬉しい。こんなにも杖の効果がでるなんて。
これもすべて、ホラーツの助言のおかげだ。
掠める者の悲鳴のような声が聞こえる。
闇に浮かぶ眼光を数えるが、炎の球の一撃で始末はできなかったようだ。
まだ、騎士達は動かない。
迎撃とは、タイミングも重要なのだろう。
低空飛行で近づく掠める者。
私はこの場での待機を命じられているので、動くわけにはいかなかった。
メルヴも同様に。
ついに、地面すれすれを飛行する掠める者の姿を確認することができた。周囲に置かれた松明の明るさを受けて、全貌が明らかとなる。
女性のような上半身に、手は羽根となっている。鶏のような脚に、鋭い爪先。
眼は、怪しい赤に光っていた。
悲鳴のような鳴き声に、人に似た姿。今までにない魔物を前にして、ぞくりと背筋に悪寒が走る。
そんな中で、ついに戦闘開始の合図がリチャード殿下よりだされる。
「――手加減無用、撃て!!」
弓兵の矢が、雨のように掠める者へと振りそそいでいった。
▼notice▼
掠める者
人を餌とする中位魔物。
色っぽい女性の姿で惑わし、男を誘い込む。




